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第12話 ブリタニア料理

 旅は極めて順調だった。いくら盗賊が多いとはいえ、200人近い集団を襲うような大規模な盗賊団はそう多くない。ここでも多くの盗賊団は50人前後の人員であり、100人を超えるような盗賊団はまれだ。さらに言えば、盗賊団の目的は隊商の破壊ではなく略奪であるので、せいぜい同規模の相手しか狙わないものだ。隊商に損害を与えるだけで、積み荷は奪えませんでした、では盗賊として生きていけない。

 それでも寝込みを狙った夜襲は何度か遭遇したが、隼人から訓練を受けている隼人隊はもちろん、盗賊との長年の戦いで鍛えられているマチルダ隊の隙を突くことができず、いずれも撃退されている。




 「なんだか拍子抜けだな」


 「考えてみれば、200人近い集団を襲うなんて盗賊団はそうそういませんよね」


 隼人とマチルダがたき火の前で語り合っていた。戦利品の細かい配分を決めるためだ。


 「往きはそれなりの頻度で襲撃を受けたんだがな」


 「さすがに120人と180人とでは違うようですね」


 「賊らしき男達が泡を喰って逃げ出していたからな…」


 二人して苦笑する。思っていたよりもずいぶん気楽な旅になりそうだった。




 ロストフ出発から10日後の朝、隼人達はマリブールの街を視界に納めていた。

 マリブールは、大陸海から西のガリア湾にそそぐマリ河のほとりに立地する都市だ。マリブールから西に半日歩けば、ブレストという名の漁村がある。地理的には北は山脈地帯、南は湿地帯、西はガリア湾に囲まれており、陸路ではマリ河をさかのぼるルート以外は厳しい。

山脈地帯の突破そのものは難しくないものの、ロマーニ帝国崩壊のころから盗賊がねぐらにしているため、事実上封鎖されている。さらには山脈地帯の盗賊団がたびたび村々を襲っており、領主のスペンサー家もたびたび出兵しているが盗賊は一向に減らず、困難な状態が続いている。

 マリブールの街はこの地方の困難さを象徴するような街だ。城壁は二重になっているが、内側の城壁の方が新しい。新しい城壁に囲まれた中心部はまだ活気があるが、古い城壁近くの市街は半ば無人のゴーストタウンと化している。それでもマチルダは生まれてからずっと育ってきたこの街を、胸を張って自慢する。


 「ロマーニ帝国時代はブレストには海軍基地がおかれていてな、マリブールはブレストを守る衛星都市だったんだ。ロマーニ帝国衰退後は海賊が跋扈してブレストは衰退してしまったんだが、その代わりにマリブールが発展したんだ。東のエジョフの領地、セダンの後詰めとしてな。とはいえその繁栄も盗賊がはびこってこのありさまだが…。しかしいい街だぞ。ブリタニア、ノルトランド、ガリア、スカンジナビア、アーリアの文化が混じり合っている。私が言うのもなんだが、面白い街だ」


 そんなマチルダの解説を聞きながら一行は入城した。




 外周のゴーストタウンは廃墟というよりも遺跡と言ったほうが正しいような骨董品だった。聞けばここの建物の多くはロマーニ帝国時代の物だという。すでに補修が行われなくなって久しく、今では新しい建築物の建材として石材やレンガが剥ぎ取られているらしい。

 内周の城壁の中に入ると、一転して生活感あふれる中世の街並みが姿を現した。その街並みも、南欧風や北欧風の石造り建造物や、さらに北方の木造建造物など表情豊かだ。街ゆく人々も多様な民族が混合しているようで、じつに国際色豊かだ。

 隼人達は早速商業ギルドに向かう。宿はマリブール滞在中、マチルダの城の兵舎を貸してもらえることになったので、捕虜の売却と交易品の売買だけだ。3日後の出発までに塩を中心とした交易品の積み込みを依頼する。


 「出発は3日後の朝だ。それまで我が城でしっかり休んでくれ」


 マチルダが兵達にねぎらいの声をかける。

 



 その後武具店でともに戦利品の売却を終えると、マチルダが頼みごとをしてきた。


 「隼人殿、せっかくだから剣の稽古をつけてくれないか?私は剣の才能を父から引き継げなかったようでな、どうにか剣の腕を向上させたい。そこで『闘技場の殺し屋』に頼みたいのだ」


 勝手に世間につけられた、あまりありがたくない二つ名を持ちだして頼んでくる。


 「その二つ名はあまり気に入っていないのですが…。せっかくなので仲間と一緒に鍛練しましょう。熊三郎は私よりも強いですし」


 「そうなのか…では昼食の後に城の中庭で頼む。昼食は皆の分を用意するから、皆を集めてきてくれ」




 隼人は昼食には少し遅い時間になって、いつもの面子で城を訪問した。そこに黒い悪魔が潜んでいるとは知らずに……。


 「さあ、遠慮なく食べてくれ」


 テーブルに載っている料理は、これからの鍛錬に備えてか、それともいつもこうなのかは判然としないが、軽い料理だった。具体的に言えば、フィッシュアンドチップスに、いくつかの季節の果物、それにパンに、ガラス瓶の中に黒いペースト状のものが入っていた。いぶかしげに見つめる隼人に給仕の一人が声をかける。


 「あれはマーマイトと申します。パンに塗るとおいしいですよ」


 しかしこの時給仕は致命的な部分の説明をうっかり忘れる。


 隼人は給仕に感謝の意を伝えると、パンにマーマイトをしっかりと厚く盛り付ける。

 他の仲間達も隼人の行動をまねてマーマイトを適当に盛る。そしてほぼ同時にかぶりついた。


 「「「ウエェェェ」」」


 「馬鹿者、マーマイトをそんな風に塗ったくるやつがあるか。マーマイトは薄く塗って楽しむものだ」


 マチルダがあきれて「常識」を口にする。できればもう少し早く言って欲しかった。

 こうなればフィッシュアンドチップスも怪しいものだが、モルトビネガーを少し振って食べてみた。美味しい。こっちは良い油を使っているようだ。さらにモルトビネガーをドボドボかけて、美味しくいただいた。果物はもちろん美味しかった。




 食事の後は運動だ。まずは軽く剣の型をなぞる。いきなり激しい運動はお腹に悪いからだ。一通り体が暖まると、お待ちかねの試合だ。マチルダの要望でまず隼人とマチルダの試合が行われる。


 「全力でいくぞ!」


 その言葉通りにマチルダが突っ込んでくる。隼人の方は余裕を持ってそれを受け止め、相手の技量を見極める。正直に言って隙が多い。どうやら攻撃することばかりに気がいって、自身の防御がおろそかになっているらしかった。これで戦場に出すのは危うい。


 「防御に気がまわってない!」


 隼人は隙のできた胴に軽く打ち込む。


 「!?」


 その言葉にマチルダはハッとして、防御に気をつかいだす。だが今度は逆に攻撃が消極的になり、雑になる。


 「攻撃が雑だ。攻撃と防御、両方に気を配れ」


 「わ、わかった」


 マチルダは四苦八苦しながらも隼人に打ち込み続けるが、その度に剣でいなされ、盾で防がれる。そして、隙ができれば容赦なく、しかし軽い攻撃がマチルダを襲う。

 さんざんに打ち込まれ、疲弊したところでマチルダの木剣が隼人にはじき落とされて試合がおわった。


 「参った。さすがに闘技場で有名になるだけのことはある」


 「ありがとうございます。ところで、あまり剣の稽古ができていないのではありませんか?」


 「うぐっ、やはりわかるか。良くないとは思うのだが、政務が忙しくてあまり時間がとれなくてな。それに、父が健在のころは女だからとあまり熱心に訓練をしてもらえなかった」


 「そうですか。しかしそれで戦場に立つのは危ういですね。まあ指揮官ですから、防御を中心に訓練し、戦闘は部下に任せるのも1つの手だと思いますよ」


 「そういうものか…。まあ指揮官が討たれると困るからな。そういう考えもあるのか…」


 マチルダは自身の腕が隼人に全く通用しなかったことに少なからず衝撃を受けたようだ。


 「隼人殿、偉そうに言っておりますが、あなたもまだまだですぞ」


 そう言って熊三郎が構えをとる。次は隼人が殴られる番だった。




 「隼人殿がここまでやられるとは、剣の道はふかいな」


 マチルダが、あざだらけになった隼人を見てそんなことを言う。

 実際のところ、隼人の剣の腕はゲームの経験とこの世界に来て得たチート能力のおかげで、チートを抜きにすればマチルダとどっこいどっこいの腕でしかない。本物の剣術家と戦えば負けることの方が多い。闘技場で活躍できたのも、たまたま隼人よりも強い相手にあたらなかった、という理由が大きい。


 「そろそろ私は政務に戻るとしよう。中庭はしばらく使っていてくれてかまわない。夕食はどうだ。都合がつけば夕食にも招待したいのだが」


 「ありがたくいただきます」


 「ではまた後ほど」


 マチルダは軽い足取りで城に戻って行った。




 その日の夕食はパン、サラダ、スープにパイだった。パイは3種類あったが、一つ、非常に目を引くパイがあった。


 (((なんだこれ・・・)))


 パイに魚が突き刺さっていた。比喩でもなんでもなく、頭を上にしてパイ生地から突き出していた。


 「今夜はミートパイとギドニーパイとスターゲイジーパイだ。ギドニーパイは腎臓のパイだから下手な店で食べると臭くてまずいが、うちの料理長が作ったものだから絶品だぞ」


 そんなふうにマチルダは自慢するが、みな魚のパイ、スターゲイジーパイの異様な光景に目を奪われている。

 ちなみにスターゲイジーパイがこんな形になっているのは食品偽装を防ぐため、ちゃんと魚が入っていることを証明するためだ。とはいえ視界の暴力な見かけは何とかならなかったのかと問いたいが。

 それでも見かけによらず、美味であった。




 次の日、隼人はマリブール市内の観光に、一人でぶらついていた。この街の街並みは、初日にも思ったが、実に面白く、飽きることがなかった。

 そんなふうに街並みを散策していると昼ごろ、茫然と立ち尽くしている敷島国3人組に遭遇した。隼人はどうしたんだ、と声をかける。


 「う、うなぎが、うなぎが…」


 熊三郎が絶望したように声を絞り出す。熊三郎がこんな声をだす状況など信じられない。熊三郎達の目線の先にある屋台に目を向ける。そこには衝撃の光景が広がっていた。


 「うなぎが、浮いている…」


 そこの屋台で売られている食べ物は、うなぎゼリーと呼ばれるものだった。透明なゼリーの中にうなぎのぶつ切りが浮いている。


 「うなぎは、かば焼きにするべきなのに…」


 桜が声を絞り出す。これには日本人である隼人は全力で同意する。間違ってもこんな食欲を減退させるような見かけにすべき食材ではない。しかし、味見をせずに料理の評論をするなど、言語道断である。隼人は勇気を振り絞って注文した。


 「まいどあり。塩か酢をかけて食ってくれよ」


 気のいい店主がそんなアドバイスをくれる。隼人は助言通りの食べ方をする。その味は調味料の味だった。




 気を取り直して、3人とともに、別の屋台に挑戦する。


 「これはなんだい?」


 「おっ、兄ちゃん、ハギスを知らないとはこの辺の人間じゃないな。このハギスはこのあたりの特産でな、3本足の毛むくじゃらの動物の肉なんだ。うまいぞ」


 「聞いたことないな…じゃあ試しにもらうよ」


 「まいどあり」


 ちなみに店主の説明はジョークである。実際のハギスは羊の内臓やオート麦、野菜などを羊の胃袋に詰めた料理だ。

 ハギスの味は濃厚だった。熊三郎は「酒が欲しくなる味ですな」と気に入っていた。他の3人の評価は、「評価するのが難しい」といったものだった。

 そんな平和な一日は瞬く間に過ぎていった。




 「出発!」


 翌朝、マチルダ隊の荷馬車が2台増え、総計17台の荷馬車を擁するようになったキャラバンが出発する。今回も指揮官はマチルダだ。一行は再びロストフに向かって山脈地帯を目指した。




 そのころ、マリブールから東に5日の距離にある都市、セダン。その城館の中で、一人の男が報告を受けていた。エジョフである。


 「スペンサー家が自ら隊商を組んだ?さすがは田舎の新興貴族よ。我ら真の貴族とは考えることが違うな」


 ちなみにエジョフ家が貴族にとりたてられたのは4代前のことであり、古い貴族からはどんぐりの背比べと思われている。


 「しかしあの山脈地帯の盗賊相手ではそう簡単にはいくまい」


 「それが、別の隊商も雇ったようで、隠密の報告では無事にマリブールに到着したと」


 家宰がさらに不愉快な報告を加える。


 「ふんっ。あの盗賊どももたまには役に立つかと思っていたが、とんだ見込み違いだな。せっかく領地を拡大し、容姿の良い女を手に入れる好機であるものを」


 「盗賊とて、利がなければ動かぬということでしょう。どうでしょう、裏から連中に金を渡しては?」


 「露見した時のこと考えれば、あまり良い手ではないが…。まあそれしかないか。詳細は任せる。マチルダは必ず綺麗な体で生け捕りにするように」


 「お望みのままに」


 家宰が退室する。


 「無駄な金を使わせおって。この代償はしっかり体で払ってもらわねば」


 エジョフは好色な笑みを浮かべた。隼人達が罠に陥るのは、もう少し後のことになる。


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