第112話 ルブランの暗躍
皆さま、約2カ月ぶりです。王立ジョーク連隊でございます。自身の精神不調を過小評価しておりました。無気力状態で中々筆をとる事もできず、長らくお待たせする事になってしまいました。申し訳なく思います。
ついでに言えば、今回は主人公勢力は登場しません。ほとんどが状況説明になってしまいました。良く言えば嵐の前の静けさですが……。
物語が大きく動き出すのは次回からとなります。筆者の体調の都合により、しばらく不定期更新とさせていただきますが、どうか拙作をお楽しみください。
ルブラン元宰相はガリア王国での権力掌握するため、長年努力を重ねてきた。アンリ王の王位簒奪を手助けして自らは宰相の地位についた。その後はアンリ王と敵対したが、タラント王国との長期戦でじわじわとアンリ王の力を削いでいた。
だがそれを覆してしまったのが中島隼人という新参者だ。軍事内政で才覚を示し、特にスカンジナビア戦役で大活躍をしてしまったせいでルブランの権勢が相対的に低下した事は間違いない。さらに厄介だった事は、アンリ王の王位簒奪時に、息子のピエールに嫁ぐことが密約されていたセレーヌを、アンリ王と共謀して匿っていた事だ。これでアンリ王を退位に追い込む大義名分を逃してしまった。ルイ王子が扇動に乗らなかったらアンリ王の追い落としは叶わなかっただろう。
そしてクイ会戦で敗戦して、タラント王国にようやく落ち延びた。中島隼人の才覚を過小評価していたらしい。
その後はタラント王国を焚きつけたまでは良かったが、どうにも燃焼が鈍い。季節柄、お国柄仕方のない点もあるが、時間は確実に中島隼人を味方する。内戦で疲弊した今が旬であるのに。
だからこそ、ルブランはタラント王国が動きやすくなるため、そして保険をかけるためにオラス王子をつれてコンキエスタに向かった。
中島隼人も人間だ。調べれば短所も出てくる。
中島隼人最大の短所は、短慮である事だろう。特に外交に関わる点や、宗教政策に関してはこれが顕著だ。ナルヴェク攻略時のように臥薪嘗胆する事もなくはないが、これも売られた喧嘩を買った事が事の起こりだ。短慮というよりも短気と言った方が良いかもしれない。
そして外交も下手くそ、と言っても過大評価になりかねない。外交に無関心であると言った方が良いだろう。逆に言えば、その分内政と軍備に注力しているのだが、それを他国がどういう視点で見ているか、という感覚がない。
第2ロマーニ帝国を僭称している事、軍備に注力している事は間違いなく他国の警戒を受けるし、内政の充実は中島隼人を倒した時に得られる大きな果実だ。対策を練らないはずがない。だが問題は、それぞれの国は孤立しており、単独で中島隼人を倒せる確証がある国がない事だ。一方でこの問題点を克服し、上手く連携をとれるように工作すれば大きな力になるはずだ。問題はどう各国を協調させるか、戦後の影響力をどう保持するかだ。
第2ロマーニ帝国の遺産は各国で奪い合いになる事は間違いない。自分の影響力を残すにはこの時しかない。戦後の第2ロマーニ帝国の分割の調停者となる。そして緩衝国家としてガリア王国を復興させ、今一度宰相としてその席に座る。
最初の野心と比べれば大きく後退しているが、もはや自分の才覚のみに頼るしかない以上、ここまでが限界だろう。
さて、第2ロマーニ帝国の隣接国について見てみよう。
まず南に面するタラント王国。国力は申し分なく、失地奪還の野望もあるのだが、前回のガリア王国との戦争での傷がまだ癒えていない。そして教皇庁の影響力が大きいため、国内の統制に難がある。
そして南東にあるコンキエスタ教皇領。領地は小さいが、宗教による政治力は大陸でも1番だろう。そして各地の教会領から集まる富とそれによって賄われる傭兵と聖戦への義勇兵は、教皇庁の軍事力を大陸でも屈指の規模に押し上げている。とはいえ、その軍事力もバクー王国との聖戦に浪費されており、その戦いは終わりが見えない。宗教戦争だから講和が困難というのもあるが、教皇庁に対峙するバクー王国の国力も相当なものだ。突破点があるとすれば、両国ともに戦費で借金が膨らみつつあることか。
それから東部のアーリア王国。この国は戦時になると強いのだが、貴族の権限が強すぎる事と、国王の指導力不足、予算不足で目を覆わんばかりの政治停滞を生んでいる。内政の充実を主張する穏健派、西、北、南、東と、それぞれに侵攻すべしというまとまりのない強硬派。混迷が過ぎて外部からの干渉もためらわれるほどだが、この国を使うなら避けては通れない。アーリア王国は軍事力だけなら屈指の力を持つ。ここを動かさない手はないだろう。
最後に北東部のノルトラント帝国。この国は歴史だけはとにかく長い。かつてのロマーニ帝国分裂時にまで遡るというのだから、戦乱で栄枯盛衰が激しいこの世では化け物じみている。
とはいえ政治体制も軍制も旧態依然としたもので、その力は当てにならない。しかもガリア王国との戦争で多くの土地を失っている。第2ロマーニ帝国への復仇心はあるだろうが、実力としては陽動の役目を果たせればいい方だ。
それにノルトラント帝国には東のタイハン国への備えもある。タイハン国は指導者を失って、後継者の座をめぐって内紛中だが、最盛期には大陸全土を飲み込みかねない軍事力を誇っていた。ノルトラント帝国を味方につけるなら、タイハン国との不戦協定の斡旋は必須だろう。
あとは中島隼人がタイハン国、アーリア王国の東にある金、バクー王国と手を結ぶ事の無いように妨害する事だが、中島隼人に外交センスや外交に関する興味を感じられないために、こちらはあまり警戒しなくともいいだろう。
今回の中島隼人包囲網の目玉は教皇庁だ。中島隼人と教皇庁は、宗教の違いや、中島隼人の教皇庁に対する寄付、寄進の大幅な制限、聖戦に参加しないように国内貴族への締め付けなどで関係は険悪になっている。教皇庁とバクー王国との停戦の斡旋の片手間で、教皇庁の矛先を中島隼人に向ける事はできるだろう。
だが、教皇庁とバクー王国との調停が最大の難関だ。宗教戦争だからどちらかが滅びるまで、あるいは両者が力尽きるまで戦いは終わらない。
現状、両者ともに疲弊はしているが、余力を残している。ルブランとしてはその余力を中島隼人にぶつけてもらわないと困る。そして教皇庁の余力はタラント王国の余力の一部でもある。ルブランは教皇庁の興隆には興味はないが、バクー王国と共倒れという事態だけは避けなければならなかった。
幸い、第2ロマーニ帝国に聖戦をしかけ、ガリア地方、ブリタニア地方から戦力を引き出すべきとの主張も、一定程度支持されている。
ルブランは教皇庁でこの派閥の影響力の拡大を支援し、外務大臣らを、アーリア王国経由でバクー王国と教皇庁の講和に向けて工作させる。困難ではあるが、中島隼人を倒すためには絶対に成功させねばならない。
それと同時に、教皇庁の人間を使って、第2ロマーニ帝国の教会領や、信心深い貴族に工作をかける。第2ロマーニ帝国は栄華を極めているが、これまでの権利を制限された既得権益層の反発は燻ぶっている。その中でも信心深い人間は中島隼人の政策に不信感を持っている。第2ロマーニ帝国を徐々に政情不安にしていけばその国力を下げられるわけだ。
タラント王国はすでに第2ロマーニ帝国討伐に向けて動き出しているので、支援はそれほど力を入れる必要はないだろう。
問題はノルトラント帝国だ。所詮は陽動としての役割しか果たせない事はわかっているが、それでもいないよりはマシだ。だがノルトラント帝国を使うにはタイハン国との不戦協定が必要であるのだが、肝心のタイハン国での交渉相手がわからない。最悪、ノルトラント帝国を焚きつけるだけになるかもしれない。
そして最後にアーリア王国だ。西進派は一定程度存在するが、国王の指導力が圧倒的に不足している。彼ではアーリア王国をまとめる事は無理だろう。一部貴族を暴発させて小規模な戦力で我慢する事も視野に入れるべきかもしれない。
方針は固まった。だが人材が足りない。多くの味方は戦場の露と消え、タラント王国に入国するまでにも多数の同志を失った。コンキエスタ教皇領で味方を増やしつつ、少しずつ計画を進める他ないだろう。時間は中島隼人を味方する。我々はそれ以上の力をため込まなければならない。
状況は不利だ。だがまだ希望はある。ルブランはこれまでの人生で最も精力的に働いた。全ては復讐のために。もはやルブランにはそれしか生きがいがなかったのだ。自分の全てを奪った中島隼人を倒す。ルブランはそのためだけに生きていた。
そんな中、フォッサノ会戦でタラント王国が敗戦し、多額の賠償金と領土の割譲を迫られたとの報告が入った。
「タラント王国単体ではやはり駄目か。時間がかかり過ぎたし、何より中島隼人の軍事力を軽視していたからな。やはりここは万全を期さねば……」
ルブランは失望するが、その意志はむしろ強固になった。そしてルブランの活動はついに実を結ぶ。帝国歴1799年初頭、ついに教皇庁とバクー王国との講和が成り、同時に中島隼人に対する最後通牒と破門が決定されたのだ。
そして同時にアーリア王国での政変の計画も始動する。現在の王を廃し、新たに拡張派の人物を王に据える。おそらく同時に内戦に発展するだろうが、アーリア王国の戦力の一部を使えるだけでありがたい。
さらにこれらの計画をノルトラント帝国に伝えると、ノルトラント帝国も乗り気になった。何せこのままではジリ貧なのだ。博打ではあるが、これ以上の好機は無いわけだ。
「さて、ノルトラント帝国、アーリア王国、教皇庁、タラント王国の同時攻撃に国内の反乱。どこまで足掻けるかな、中島隼人」
帝国歴1799年6月2日、第2ロマーニ帝国の国境各地で敵軍が越境した。さらにほとんどの教会領と一部貴族が蜂起。第2ロマーニ帝国は最大の危機を迎える事になるのであった。




