表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/135

第110話 産業の拡大と熊三郎の引退

 お待たせしました!今回も短めですが、第110話、投稿です。

 帝国歴1798年5月1日、隼人はマリブールの最重要機密区画の一角に多くの貴族達を集めていた。彼らの共通点は、彼らの領地、ないし代官領で紡績、紡織業が盛んに行われている事だ。数が多いので、隼人は台の上に立ち、メガホンを持って彼らに語りかけた。


 「諸君、今日はよく集まってくれた!今回は諸君の領地、代官領での産業の在り方について通達したいことがある!だがその前に、諸君には見てもらわねばならないものがある!本日よりこれまで機密としていた我がマリブールの紡績工場と紡織工場を公開する!」


 隼人がこう言うと、貴族達の中でどよめきが起こった。これまでマリブール産の織物は不気味な存在だったのである。決して品質は高くないが、かといって劣悪でもない、平凡よりは多少品質の良い、そして均質な織物。だがその流通量は多く、織物の需給バランスが崩れ、価格破壊を起こした織物。各地で研究が行われていたが、その謎は解き明かせず、隼人に聞いてもはぐらかされるだけだった。諜報員も帰って来ない者が多く、工場の位置すらつかめていない貴族も多かった。それが今日、公開されるのだ。貴族達に驚きの感情が生まれるのも当たり前の事だった。


 「アントニオ、セオドア、工場長!開けてくれ!」


 隼人の合図に工場の大扉が開かれる。工場内の機械の大きさに貴族達から驚きの声が上がり、そしてその機械達が何をしているかを理解すると絶句した。1つの機械が幾巻もの糸を紡いでいた。工員はほとんど芯を交換するだけだ。その作業効率を自分達の領地のそれと比較すると、背筋が寒くなった。

 一行はアントニオと工場長の案内で紡績と紡織の作業工程を見て回ったが、あまりの壮絶さに誰も声をたてず、説明も頭に入って来なかった。気が付けば工場見学は終わっており、昼食が用意された会議室に座っている状態だった。


 「……これが、中島家の力か……」


 「……あんな工場が増えたら我々の商品では太刀打ちできんぞ」


 「どうにか陛下に陳情して、あの機械を売ってもらわねば……」


 しばらくして衝撃から覚めた貴族達が危機感を共有し合う。昼食に手を付けるものは誰もいない。空腹ではあっても、皆それどころではないのだ。

 そこへ別室で昼食をとり終わった隼人が会議室に入室する。それにやや遅れて気付いた貴族達が立ち上がって敬意を表す。


 「諸君、座ってくれ。……マリブール産の織物の秘密は見ての通りだ。今現在の価格で暴利を貪っているが、半額で売ってもまだまだ利益が大きく出る。私は近いうちに衣服を庶民が手軽に買える値段で販売する予定だ。しかしそうなると諸君らの領地での紡績、紡織業を壊滅させることになってしまうだろう。そこで、ここと同じ工場をロリアンをはじめとした複数の都市で建設する事にした。建設費用と運営費、そして利益は折半するつもりだ。

 しかし諸君ら全ての領地に工場を建設する事は不可能だ。そこで諸君らには特産品の変更を頼みたい。具体案としては、とにかく腕の良い職人を育て、我々が作る織物とは比較にならない高品質な織物を生産する事。あるいは全く別の特産品を開発する事だ。これらにかかる費用の一部は我々が補助金を出して支援する。

 これから織物業界が大変動するが、商人や職人が路頭に迷わないように各自しっかり対策を立ててくれ。来年から段階的に織物の値段を下げていく予定だ。

 それでは工場を新設する都市を発表する。マリブール、ロリアン、……」




 隼人が解散を告知し、退室すると、貴族達もバラバラと自分の屋敷に帰っていく。工場の新設が決まった貴族達はホクホク顔で、そこから漏れた貴族達は青い顔をして帰っていった。


 それから向こう5年間で第2ロマーニ帝国産の織物価格は半額になり、しかも年を経るごとにさらに安値になっていった。その間、工場が建設されなかった都市では帝国と貴族達の努力により一応の特産品が開発され、第2ロマーニ帝国内の織物業界は大きな打撃を受けることなく徐々に機械化していく事に成功した。

 一方で他国には安価な織物が大量に流入し、織物市場が大混乱に見舞われるのであった。


 同月内に製鉄業も機密指定を解除され、帝国各地で官営製鉄所が新設されたが、こちらは織物ほど大きな影響を市場に与えなかった。製鉄所の建設と並行して兵器工場も新設されたし、都市内交通として鉄道馬車が採用されたことで鉄鋼の需要も大きくなったからである。

 これにより第2ロマーニ帝国軍は近代化され、規模も拡大していった。それとともに、多くの貴族軍は近代化の予算が捻出できず、小規模なものからどんどん国軍に吸収されていく事になる。後に都市警備隊さえ装備の旧式化が深刻化し、国軍に吸収されるとともに、情報省管轄下の政治警察とは違った、内務省管轄の一般警察が整備される事になるが、それはもっと後の話である。


 また軍の拡大とともに、教本の配布のために印刷技術も活版印刷への挑戦が始まった。日本語と同一であるこの大陸の言語、帝国語は文字数が多いため、木版印刷からの始まりであったが、軍用教本や宗教教典の出版が盛んになるとともに金属活字の研究が進められていった。

 一方で印刷技術による知識の普及は既得権益層、特にソラシス教教皇派にとって極めて不都合であった。大陸中央と西部に信者の多いソラシス教清教派は教典を中心とした宗教であるのに対して、大陸南西部に信者の多いソラシス教教皇派は教皇庁で決められた恣意的な教義が中心であったからだ。ソラシス教教皇派はこれにより寄付を貴族や商人に強要していたが、教典が大量に出回るとともにその信者は減少傾向にあった。これが教皇庁の焦りを生み出すが、その結果は来年に表れる事になる。




 帝国歴1798年は産業の変革が始まった年ではあったが、第2ロマーニ帝国では戦争もなく、軍も盗賊狩りにいそしんだため治安も向上し、好景気に沸いていた。

 中島家でもマチルダ、セレーヌ、カテリーナ、梅子、桜、カチューシャ、ナターシャが出産し、賑やかになった。それぞれの子は、ドワイト、ティファニー、オリガ、桔梗、正人、ディーナ、ゲオルギーと名付けられた。

 マリブールの居城も突貫工事で政庁と、仮の生活空間の仮御殿が造営され、隼人達は新居に移った。短期間でできるだけ華美に仕上げた、政庁区画の迎賓館には大幅に劣るが、コンクリートと木材を使った地上3階、地下1階の、皇帝の御殿を名乗るには少し小ぶりな御殿だった。正式な御殿はより広く、和洋折衷な様式の御殿になる予定で、完成は3年後を予定している。

 新マリブール城の防御施設は今もなお工事中で、これも完成は3年後を予定している。城の構造は隼人が設計した事もあり、日本式であった。城壁をいたるところで折りたたみ、各所で十字砲火を浴びせられるようにし、城門から本丸までの道は曲がりくねり、上り坂もあれば下り坂もあった。生活や経済、政治活動には不便だが、防御力はこの時代で最高峰と言えた。

 もっとも、大砲の発達時期と重なったため、最新の城塞は五稜郭のような低く、分厚い土塁を星形に組み合わせた城塞が主となっていくので、類似の城はほとんど造られなかった。しかしコンクリートと、上層に大理石を張り合わせた優美な姿は第2ロマーニ帝国の象徴となっていくのである。




 そんな順風満帆の帝国歴1798年12月20日。熊三郎が隼人の執務室を訪れていた。


 「辞表!?」


 熊三郎が懐より取り出した書状に隼人は動転した。


 「そんなに驚かなくてもよかろうに。わしももう67じゃ。ひ孫の顔も見る事ができた。隼人殿も優秀じゃ。これからはわしの力がなくてもやっていける」


 「いやいやいや、熊三郎ほど頼れる人間はいないんだ。それに67ならまだ若い。その上熊三郎は年齢以上に若々しいじゃないか。そもそもなぜこんな時期に……。何も問題なんて起こってないじゃないか。辞める理由がないぞ」


 「だからこそ今、なのじゃよ。問題が起きてからでは遅いのじゃ。それにわしは老害にはなりたくはない。自分でも最近頑固になりつつある事が分かるのじゃ。それは隼人殿の新しい国造りの障害になるじゃろう」


 「熊三郎……、今だから言うが、我々は熊三郎が後ろで見守ってくれて、的確な助言をもらっていたから今まで順調に事を運ぶ事ができたのだ。熊三郎、どうかこれからも我々を助けて欲しい。頼む」


 隼人は立ち上がり、熊三郎に頭を下げる。それに熊三郎は微笑んで隼人を諭す。


 「執務室とはいえ、皇帝がたやすく頭を下げるものではないぞ。……気持ちは嬉しいが、やはり引退する決意は変わらん。なに、わしは梅子の祖父じゃから、ひ孫の教育や、皆の愚痴を聞くくらいなら手助けするつもりじゃ」


 「そう……か。辞意は変わらない……か。残念だが無理に引き留める事は、信頼する熊三郎だからこそできないな……。後任の国防大臣に推薦する人物は?」


 隼人は寂しさ8割、今後も手助けしてくれるとの言葉での安堵2割の気持ちで熊三郎の辞任を認め、後任人事の推薦を求める。


 「それは皇帝陛下の仕事じゃ。この爺から独り立ちしてもらわねば困りますぞ。それでは引継ぎの準備をするので失礼しますぞ」


 だが熊三郎はそれを笑って拒絶する。熊三郎なりの縁の切り方だった。

 1週間後、国防大臣の後任に、ガリア地方に領地を持つ新進気鋭のゴラール公爵を就任させた。これ以後、熊三郎はひ孫達の遊び相手を主にして日々を過ごす事になるのだった。

 熊三郎、人材を引き連れて帰って来てくれてから、ほとんど活躍の機会を作ってあげられなかった事が心残り。でもそろそろいい歳なので引退もやむなしかな。今後再登場するかは未定。子供達とのふれあいや、隼人達のピンチに颯爽と登場してくれることを期待。でも若者も活躍させないと……。このまま引退させるには惜しいキャラなんだけどなー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ