第109話 銀行制度の発足と新しい命
今回は執筆時間がとれず、いつもよりかなり短めで、駆け足です。筆者も知識不足のまま書いたので、少し自信がないです。それでもよろしければ楽しんでいただければ幸いです。これからも拙作をよろしくお願いします。
9/22 セオドアの政略結婚について少し加筆
帝国歴1797年11月28日、タラント王国からイベリア地方北西部の土地の譲渡書と莫大な額の賠償金を受け取った隼人は、ようやくタラントを返還し、帰途についた。マリブールに帰着したのは年が明けて帝国歴1798年2月3日の事だった。ナターシャとカチューシャに出迎えられた隼人達は2人に手を引かれ、マチルダとセレーヌが待つ執務室にせわしなく導かれる。
「おお、隼人、待っていたぞ。おかえり」
「隼人……、おかえりなさいまし」
隼人はマチルダ、セレーヌの姿を見てしばらく驚きで返事ができなかった。
「……ただいま。それは、俺の子か?」
「当たり前だ。お前以外の男の子なんて産むものか。……どうやら隼人達が出陣する少し前にできたらしい」
2人のお腹は大きく膨らみ、妊婦になっていたからだ。
「どうやら医者によると、妊娠8か月くらいだそうですわ」
「と、いう事は生まれるまであまり日がないな」
「そうですわね。男の子か女の子か分かりませんが、素敵な名前を頼みますわよ」
「う、うん。考えておくよ。しかし一度に2人妊娠させてしまったか……」
今思えばその時期、夜の生活を自重していなかった。むしろナターシャとカチューシャが妊娠しなかった方が奇跡だ。同時に、2人を含めた他の妻達にもこれから自重なく夜の生活を楽しむべきか、などと考えていると、桜がおずおずと隼人に報告する。
「隼人さん……実は……」
桜は言いにくいのか、梅子に目線を送る。
「拙者達3人も妊娠したみたいでな。いつ言おうか困っていたんだが、もう妊娠2カ月くらいなんだ」
「へへ、私もようやく2人目です」
「へ、桜に梅子、カテリーナも!?」
そう言えば戦勝の後も、エーリカ以外とも夜の生活を自重していなかった(ちなみにエーリカとも夜の生活を楽しんでいたが、危険日周辺はきっぱり寝室を別にしていた)。こうなるのも時間の問題だっただろう。妻達はエーリカの第2子を見て、そろそろ……、と狙っていたようだ。
「こりゃまたベビーラッシュだな。名前を考えるのが大変だ」
「ふふ、それもいいが、ナターシャとカチューシャもそろそろ子どもが欲しいらしいからそっちも頼むぞ」
「も、もう!マチルダさん!」
マチルダの暴露にナターシャは顔を赤くして抗議し、カチューシャは同じく顔を赤くしながら顔を逸らす。中島家はしばしの平穏にささやかな幸せに包まれるのであった。
2月半ば、論功行賞が終わり、戦争の後始末が終わったところで、隼人は財務大臣たるセオドアの執務室を訪ねていた。執務室にはセオドアの他に、すでに2児の母であるとともに、セオドアの秘書として働いているアエミリアと、隼人の出陣前にセオドアと結婚した、セダン代官エモン子爵の妹のジゼルもいる。
ジゼルとは結婚前からセオドアとアエミリアの3人でよく会うようになっており、アエミリアとジゼルの気が合った事もあり、今後政略結婚の標的にされるだろうセオドアを2人で守る事を約し、ようやく結婚までこぎつけたのである。今後増えるであろうセオドアの妻達はアエミリアとジゼルで管理する事が3人で決められている。
何せセオドアは押しに弱いところがある。それに加えて隼人が妻達の合意で側室をこれ以上増やさない事に決めている。となると、次善の策として国庫を管理する財務大臣が狙われるのだ。そしてセオドアは商人の出なので、貴族だけでなく有力商人もつながりを持とうと娘を縁談に持ってきている。
今は多忙を理由に全て保留しているが、人材不足が解消されればその言い訳も通じなくなる。いずれは政略結婚を甘受せざるを得ないとアエミリアとジゼルが合意しているため、後は背後関係を洗って人物鑑定をするだけだ。セオドアには実はもう退路はないのだ。
そのジゼルも秘書としてアエミリアを補佐しており、ついでにセオドアとの初めての子どもを身ごもっている。
そんな甘い場所に隼人が踏み入ったのは、賠償金の使い道についてセオドアと相談があったからだ。
「賠償金の使い道ですか?それは会議で決める事では?」
セオドアがもっともな事を言う。だが隼人の権威が大きすぎて、隼人の言葉が事実上鶴の一声になる事も事実だ。根回しはそれほど必要ではないのだが、今回は事案が事案だけにセオドアと詳細をあらかじめ詰めておきたかったのだ。
「ああ、通常なら会議で使途を決めて、詳細を詰めるのだが、今回は賠償金を全額つぎ込んで作りたいものがあってな」
「全額ですか……。豪胆ですね。通貨でも発行するつもりで?」
この大陸の通貨は400年以上前に滅んだロマーニ帝国の硬貨が未だに使用されている。過去にも新しく硬貨を発行した国家もあったが、国家の滅亡とともにその価値は消滅している。結果としてロマーニ帝国時代の硬貨が現在でも最高の信頼を持っているのだ。
「半分当たりだ。俺は銀行と、通貨を発行する中央銀行を作りたいんだ」
「銀行と中央銀行、ですか?」
「ああ。概要を説明すると、まず銀行が市井から預金を集める。そしてそれを元手に商人や職人に公正な金利で貸し出す。それで得た利益で預金者の預金に金利を付ける。こいつの最大の機能は、市中に出回る金を実際以上に増やす事だな。
そして中央銀行は貨幣を発行する事と、銀行に資金を貸し出す事が基本任務だ。これによって市中に出回る貨幣の量を調整し、銀行の金利を適正に導くんだ」
「はあ。銀行の方は何となく分かる気がします。しかしよく納得できないので詳しい説明をお願いします」
その後、隼人はインターネット知識に頼りながら銀行制度を夜になるまで説明し、論議した。特に意外だったのは、セオドアだけでなく、アエミリアとジゼルも説明を飲み込み、論議に参加した事である。彼女達もセオドアの業務を手伝う事で経済の事を理解するようになったようだ。
そこでアエミリアを中央銀行総裁にと打診した。財政と金融、通貨政策は連帯して動くべきだからだ。その点、この夫婦なら理想だ。
最初は渋ったものの、執務室をセオドアと同室にしても良いとなるとアエミリアとジゼルが積極姿勢に転換し、結局セオドアと隼人が全力で支える形で中央銀行の創設が決まった。
翌日には民間銀行を大手商会に発足させるとともに、いくつかの国営銀行も発足させる事も決まった。開拓銀行、産業銀行、住宅銀行などが目玉だ。
さらにその日はアントニオを交えて、金本位制の紙幣の発行を打診した。隼人はもちろんの事、セオドアとアエミリア、ジゼルは前のめりだったが、アントニオが偽造対策が現状では難しいと固辞した事で、今後の課題として流れた。紙幣の発行は印刷技術が発展した12年後の事となる。
その翌日の閣僚会議では賠償金の額に色めき立ち、軍備増強、国境城塞の強化、国営産業の拡大、大規模な治水工事、開拓など様々な案が出た。一部は賠償金の使途として認めたが、大部分は隼人が銀行制度を懇切丁寧に説明する事で、少々の不満を残しながらも銀行制度の発足が認められた。
この事はセオドアらに根回ししていた事も大きいが、隼人の功績が大きすぎて異を唱えづらい雰囲気になっている事が、すんなりと隼人の意見が通った最大の要因である。幸い、熊三郎をはじめとした、古くからの仲間は諌言してくれるが、貴族から起用した者達は、イエスマンとまではいかないが、かなり遠慮している。この問題に隼人はひそかに頭を抱えていたが、隼人が引退するまで、ついぞ解決する事はなかったのである。
3月に入り、4月の銀行制度発足を目指して、中島商会を含む大手商会が集められた。最初はどんな無茶ぶりをされるのか戦々恐々としていた彼らも、銀行制度の説明を受け、新たな商売の臭いを嗅ぎつけて乗り気になっていった。
これにより4月1日に無事、帝国中央銀行が発足し、この1798年中に全ての都市に銀行が開業する事になる。そしていままでおざなりだった民間分野での開発が一気に加速する事になるのである。