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第108話 フォッサノ会戦 勝敗と講和

 今回は少し短め。あとすごく久しぶりに通貨単位が登場。


 9/21 タラント王国の運命について少し加筆。タラント王国は滅亡寸前のまましばらく生き永らえます。筆足らずで申し訳ないです。

 時は少し遡って帝国歴1797年8月1日、タラント王国軍側の本陣。


 「バドリオ元帥、少し敵との距離が離れすぎているのでは?攻撃前進で兵が疲労しますぞ」


 本陣の将がバドリオ元帥に不満を漏らす。


 「ルブランとやらが遠距離から砲弾が本陣に飛んできたとのたまったからな。陛下からくれぐれも注意するようにお達しが来ているのだ」


 バドリオ元帥は敗軍の将のホラ話だと思っているが、国王に注意喚起されれば無視する事も出来ないわけだ。バドリオ元帥は、負けた側の相手についての報告は誇張されがちだと知っているので、遠くから砲弾が飛んできたのではなく、本陣が近すぎたのではないかと考えている。

 それでもバドリオ元帥は国王に忠実であり、なおかつ慎重派なので距離をとっているわけだ。


 「それにしても接敵まで長く歩く事は確かだ。強行軍も続いた事だし、2日ほど休養をとる。敵は少数と言えども油断はするな。特に夜襲にはよく注意するように」


 バドリオ元帥はそう言ってこの日の作戦会議を解散させた。攻撃計画の策定は明日、敵の出方を見てから決める事にしたのだ。


 だが、翌日バドリオ元帥達が見たものは思いがけないものだった。


 「……土塁に堀、柵だと。こちらの攻撃を待ち受ける気か。しかしこれでは野戦ではなく攻城戦になってしまうではないか……」


 野戦であれば倍近い兵力を持つ自分たちが有利だ。だが防御陣地はその有利を打ち消してしまう。そして工事はまだ続いている。バドリオ元帥は迷った。今すぐ攻撃に出て、損害を覚悟で陣地を落とすか、それともアンドラ高原各地の兵力と攻城兵器を抽出して時間のかかる攻城戦に切り替えるか。


 そして慎重派のバドリオ元帥は後者を選んだ。戦いはこれだけではないのだ。ロリアンやマリブールにタラント王国軍旗を立てなければならない。時間がかかっても兵力の損耗は避けるべきであった。




 だが時間が経つにつれ、敵の防御が固くなっていく。1週間後にはもう立派な山城と呼んで差し支えない陣地になっており、さらに第2ロマーニ帝国軍は両翼の要地に新たな陣地を構築しだした。

 これを見てタラント王国軍も遅ればせながら本陣の陣地の構築を開始するとともに、第2ロマーニ帝国軍を囲むように展開、そこでも攻撃用陣地を作り始めた。




 その頃、第2ロマーニ帝国軍では隼人達幹部も陣地の設計、工事の監督をしつつ、時には自らスコップを振るって汗を流していた。


 「汗の1滴は血の1滴を救う。血の1滴は命を救う」


 隼人はどこぞの砂漠のキツネの言葉を借りて兵を作業に駆り出す。兵達も皇帝自ら作業するので手を抜かずに作業にいそしむ。

 そしてどこかの陣地で作業が遅れていると聞けば視察に飛んで行く。そこで隼人は決まってこう言った。


 「子爵、男爵、手を見せてみたまえ」


 すると9割方の子爵、男爵は汗こそかいているが、手は綺麗だった。砂漠のキツネはこれで激怒する予定だったようだが(ちなみに手を見せた将校の手は汚れていて、逆に褒めたらしい)、隼人の場合は自分の汚れた手を見せる。そして「汗の1滴は血の1滴を救う。血の1滴は命を救う」と言ってたとえ貴族でも作業に参加するように諭して回った。

 この噂は第2ロマーニ帝国軍全軍に広まり、兵の士気は上がり、下級貴族はもちろん、伯爵、公爵でさえも一部は作業に参加するようになり、次第に団結力が高まっていった。

 さらに、第2ロマーニ帝国軍では将も兵も食事内容は同じにするように通達してあった。もちろんそれだけでは貴族の負担になるので、食材は中島家が一括調達する。食材は主に現地調達で、現金払いだ。なので山に逃げていた農民も家畜を提供し、農村の地面を掘り起こして隠してあった農産物を販売する。相場は農民側が足元を見たので高めだったが、言い値で買い占める。この事が噂で広がり、遠方の村からも農民が食料を売りに来て、商人も近隣の都市からやって来て商売を始めた。


 こうして第2ロマーニ帝国軍は疲労こそ蓄積されていたが、士気は最高の状態を維持する事ができたのである。




 そして8月21日の決戦の日。タラント王国軍は大砲、トレバシェット、カタパルトなどの雑多な攻城兵器で、堅固な要害と化した第2ロマーニ帝国軍本陣へと射撃を開始した。早朝だったので多くの兵がたたき起こされたが、素早く持ち場につき、砲兵は実体弾による応射を行う。

 2時間近く断続的に続いた砲撃戦ではどちらも目に見える効果は得られなかった。バドリオ元帥はしっかりとした効果が出るか、弾がなくなるまで攻城兵器による攻撃を続ける腹積もりだった。しかし、何人かの貴族が勝手に攻撃前進を開始し、他の貴族もこれに続いたことから、現状を追認するように攻撃命令を出さざるを得なくなってしまう。

 このような統制のとれない攻撃はこの頃から始まったタラント王国軍の病だった。先のガリア王国との戦いで多くの将を失った事。教皇庁の聖戦で統制のない戦いに慣れた貴族達ばかりになっていた事。この2つが大きな要因として挙げられる。いずれにせよ、この時期のタラント王国軍は烏合の衆に近かったのである。


 そしてタラント王国軍が第2ロマーニ帝国軍の陣地まで700メートルまで迫った時、轟音が陣地全体から鳴り響いた。そしてタラント王国軍の本陣に向かってオレンジ色の線が伸びていった。これがバドリオ元帥が見た最後の景色だった。




 第2ロマーニ帝国軍の攻撃が始まってから5分後、タラント王国軍は混乱の極致にあった。なおも強引に陣地を攻撃しようとする部隊、指揮官を失ってその場で右往左往する部隊、完全に腰が引けて撤退する部隊。いずれもまだ第2ロマーニ帝国軍の射程内にいる。本陣が知らぬ間に壊滅しているので攻撃続行か、撤退か、いずれも指示が来ない。


 とはいえ、個人の判断は彼らの得意とするところだ。伊達に明確な指揮官もなしにバクー王国と聖戦を繰り広げてきたわけではない。生き残った指揮官が兵をまとめ、陣地に引き揚げを命じる者、なおも攻撃を止めない者と様々だが、統制はとれていないものの、初期の混乱からは脱しつつあった。

 だがそんな彼らにも死は平等に降り注ぐ。次第に指揮官の貴族の討ち死にが増えるとともに再び混乱が広がった。

 30分後にはタラント王国軍は3つのグループに分かれていた。陣地で防御を固める集団、戦場の真ん中で指揮官を失って敗走に移りつつある集団、そして第2ロマーニ帝国軍の陣地にたどり着き、白兵戦を始めている集団だ。




 「……敵は全く統制がとれていないな。まあ、この戦況で白兵戦に持ち込んだ連中の勇猛さは褒めるべきかもしれんが」


 隼人は陣地から戦況を俯瞰して嘆息する。


 「こうまでバラバラだと突撃の時期を計るのも難しいな」


 エーリカも困惑気だ。


 「しかし今から突撃しても何とか間に合う。よし、突撃だ!」


 隼人の合図で高らかに突撃ラッパが鳴り響く。音は完全に日本陸軍のパクリだ。

 この合図で陣地に籠っていた歩兵が飛び出し、攻め寄せた敵に逆襲をかける。隼人、エーリカ、梅子、カテリーナも馬に乗り、騎兵隊の突撃の指揮をとる。

 まずは陣地までたどり着いた敵を包囲撲滅し、次に敗走する敵を追撃する。陣地に籠った敵への正面攻撃は歩兵に任せ、騎兵は敵陣地の後方から襲撃する。


 戦闘はこの後、2時間ほどで終了した。第2ロマーニ帝国軍の損害は戦死984、負傷3768、タラント王国軍のそれは戦死3万4527、捕虜7万8493、逃走に成功した数は1万に満たない。タラント王国軍はほとんど雲散霧消してしまったのだ。逃走に成功した最上位の貴族は伯爵が1人だけだった。




 第2ロマーニ帝国軍は捕虜を管理するために一旦アストンに帰還、1万を監視に残し、アンドラ高原に戻った。アンドラ高原で攻囲された城塞を次々と解放していき、奪われた領地を奪還していった。

 そして9月6日にはタラントに到着、そのまま砲兵で城壁を破壊してその日の内にタラントを占領した。その後、タラントの公共の財貨をマリブールへ向けて輸送する手はずを整え、送り出したところで講和の使者をタラント王国に立てる。講和条件は捕虜とタラントの解放と引き換えに、身代金と賠償金3億デナリ、およびルブラン、オラス王子の引き渡し。賠償金は一部をイベリア地方大西洋沿岸の都市の割譲で代える事ができるというものだ。


 タラント王国は稼働戦力のほとんどを失っており、この条件を飲むしかなかった。ところがルブランとオラス王子はコンキエスタに行ったきり帰っておらず、引き渡す事ができなかった。これに隼人は激怒したがどうすることもできず、懲罰として賠償金を2億デナリ追加する事になった。

 その結果としてイベリア地方の北西部にそれなりの規模の土地を得る事に成功する。

 この後タラント王国は急速に衰退していく事になり、貴族の反乱、盗賊の跋扈の鎮圧すら厳しいものとなっていくのだった。だがタラント王国は植物状態そのものであったが、幸か不幸か滅亡には今少しの時を要した。第2ロマーニ帝国はタラント王国を占領、統治するだけの兵力と人材に欠けていたし、隣国のコンキエスタ教皇領とは関係は良好。そしてもう一つの隣国であるバクー王国はコンキエスタ教皇領との聖戦で疲弊しており、火事場泥棒をする余裕がなかった。

 その結果、ロマーニ地方とイベリア地方は治安が極度に悪化した状態が続き、民衆は苦しみ、不満を募らせるようになった。民衆にとってタラント王国の興廃など興味はなかったが、自分の生活を直撃すれば話は別だ。こうした民衆の不満は他国の工作員の暗躍の温床となるのである。タラント王国の最後の時代。それは大陸でも屈指の暗黒時代となるのだった。

 そして多くの土地と金を得た第2ロマーニ帝国であるが、ルブランとオラス王子をとり逃した事が後に大きな戦の引き金となるのだった。

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