第106話 第1次タラント王国戦争開戦
帝国歴1797年3月以降、軍備の近代化と拡大が精力的に行われた。特に近代化が進んでいる部隊は、元から中島家の兵力であった近衛第1師団で、次いで旧近衛騎士団である近衛第2師団だ。これらの他にも各代官領の守備に当たっていたガリア王国直轄騎士団から人員を供出、集成した歩兵第1師団、さらに領地を持たない男爵軍を集成した歩兵第2~4師団があった。
これらの師団は歩兵4個連隊と騎兵2個連隊、砲兵1個連隊に工兵大隊、通信中隊、憲兵中隊、輜重2個連隊などを数える大型師団に編制された。この他に直接第2ロマーニ帝国陸軍の指揮下に入る独立砲兵連隊が4個ほど編制された。
ただし、男爵軍から集成した師団は指揮系統の構築のための人選が難航し、6月の頭にようやく編成が完結する始末であった。これは指揮官が男爵ばかりで上下関係があいまいで、かつ連隊長や師団長などの高級指揮官に手を挙げる伯爵、公爵がなかなか見つからなかったからである。
これは新貴族派閥である隼人に旧貴族が信頼を置いていなかった事もあるが、もっと大きな原因は、これまで指揮下に入れていた子爵、男爵軍を第2ロマーニ帝国直轄部隊とされる事を嫌ったためである。単純な権利の剥奪を意味するだけでなく、これまで地元領地の盗賊狩りに使っていた兵力を簡単に動かせなくなる事も意味していたからだ。軍事力全ての第2ロマーニ帝国への集約は実に隼人が大陸を統一した後までかかる事になるのである。
帝国歴1797年4月1日には内政面でも大きな進捗があった。まず内務省管轄下に警視庁と検察庁が置かれた。この2つの組織の目的は、複数の貴族領や帝国直轄地にまたがる事件を一元捜査する事である。要するに、軍人、軍関連の事件を扱う憲兵の業務以外の全ての警察業務を一手に引き受ける、巨大な国家警察の創設を目論んだ組織である。
しかしこれも貴族の権利を侵害するのみならず、教会領などの宗教関連領主の権利をも侵害するため、これらの組織が十全に動けるようになるのは大陸統一直前まで待たなければならなかった。
この他にも4月1日には多くの組織が編制された。まずは憲兵の親玉となる憲兵司令部。そして防諜を担当する帝国公安委員会。それから諜報を担当する帝国中央情報局だ。この内、憲兵司令部は国防省直轄、帝国公安委員会と帝国中央情報局は情報省直轄だ。
これらの組織は貴族達の了承を得ていくごとに管轄範囲が広がり、帝国中で悪名と勇名をはせる事となる。
産業面では、帝国各地を電信網でつなぐことが決定され、実施されるとともに、これを統括する機関として逓信省が創設された。この逓信省は後に鉄道業務も行うようになり逓信鉄道省と改名され、国庫を大いに潤す事になるとともに、軍を除けば帝国最大の行政機関となる。これらが分割、民営化の道を歩むのはずいぶん先の話である。
帝国歴1797年7月1日、ようやく新しい組織の運営が軌道に乗り出した頃、緊急の御前会議が行われた。慌ただしくも、幹部達は何か察したように達観している。この時期に緊急御前会議など、理由は限られている。
全員が集まったところで、玉座で待っていた隼人が立ち上がり、出席者もそれに倣う。本来ならば部下達が全員集まってから隼人が入室するように宮内大臣から指導されているのだが、隼人の実務的な性格に加え、緊急の要件なので今回は大目に見てもらっている。
「うむ。みんな集まったな。まずは今回の会議の主題となる案件の電文を読み上げる。『タラント王国軍およそ12万がアンドラ高原に侵入、北上、進撃中。6月26日。』諸君、ついに来るべきものが来たようだ。今回は最高指揮官として俺が、副指揮官としてエーリカが陣頭で指揮をとる。熊三郎はすぐに軍の招集を行ってくれ」
「了解じゃ」
隼人の宣言に答えて熊三郎は副官に軍の招集に関係する書類を用意させる。他の出席者達はとうとう来たか、と自分達の予想が正しかった事を知る。
「熊三郎、梅子、敵味方の動員可能兵力を教えてくれ」
「わが軍はだいたい8万から9万と言ったところですな」
「タラント王国軍の動員可能兵力は20万といったところですが、アンドラ高原の広さと国内の守備を考えると、当面の12万が最大兵力と言ってよいでしょう。ただし、ブリタニア地方から別動隊の進軍も考えられるので、そちらの警戒も必要となります」
「となると、歩兵第4師団あたりをブリタニア地方南西部に派遣し、その地域からの遠征部隊も抽出できないから、アンドラ高原に出兵できるのは7万程度か。半分程度なら用意できるわけか」
熊三郎と梅子の報告から、エーリカが出兵できる兵力を算出する。敵の半分しか兵力を集められないが、半分ならまだ勝算はある。ここは隼人とエーリカの腕の見せ所だ。
「まあ、半分ならまだ勝てる範囲だな。熊三郎はタラント王国軍のブリタニア地方侵入に備えてくれ。アンドラ高原は俺とエーリカで何とかする」
隼人の確認するような口に熊三郎とエーリカが力強くうなずく。
「それではみな、この戦争について意見や報告がある者は頼む」
隼人の言葉に外務大臣のフェルトン公爵が手を上げ、隼人が発言を許可する。
「陛下としては、この戦争の落としどころをどう考えているのでしょうか」
「うむ。重要な論点だな。俺としては防衛戦争だから、アンドラ高原の保持が最低目標となる。上手く敵野戦軍を撲滅できれば、イベリア地方の一部、又は全部の割譲を求めたいところだ。とはいえ、わが国は長期戦ができるほど内戦の傷は癒えていない。土地ではなく賠償金で解決する事も考えるべきだろう。これに関してみなの意見を聞きたい」
「外務大臣としては、もう少し条件を狭めて欲しいですな」
まずフェルトン公爵が隼人の幅が広すぎる終戦案に苦情を申し立てる。
「財務大臣としては賠償金で解決してもらえると助かります。マリブール新市街の建設やロリアン復興、軍拡と、いくら金があっても足りませんから」
セオドアが賠償金案を支持する。
「でも貴族達には恩賞が必要ですわ。土地が増えないと与える土地に難儀しますわよ。今でも新領が代官領ばかりで不満が出ていますからね」
セレーヌが貴族達への恩賞のための土地の確保の重要性を指摘する。
「セレーヌ、何度も聞いていると思うが、これからは土地と貴族を分離する方針なんだ。そのあたりはだましだましやっていくしかない。今回だけ代官領ではなく領地を与えるのでは不公平になるしな」
「ええ、それは理解していますわ。でもこの不安定な時期に貴族の不満を解消しない事は危険だということも承知しておいてくださいな」
隼人がセレーヌに重ねて貴族対策を主張するが、セレーヌは改革の難しさを指摘する。だが隼人はセレーヌの警告を軽視したため、後の戦争でより多くの敵を持つ事になる。
「海軍としてはロマーニ湾のタラント辺りを割譲させても、そこでの海軍力の維持は困難だ。アンドラ高原がタラントと目と鼻の先である以上、自然に割譲させる土地は紛争地とは別の土地からとなる。それに、海軍としてはイベリア地方沿岸の襲撃が精一杯だから、今度の戦争では支援はほとんどできない」
アルフレッドが海軍の事情を説明する。
「それでもタラント王国軍のブリタニア地方侵入を牽制できる事は大きい。海軍の努力も期待している。しかしタラントはタラント王国にとってはロマーニ地方とイベリア地方を陸路でつなぐ最後の砦でかつ王国発祥の地だ。それに対して我々にとってタラントはお荷物でしかない。そこをうまく突いてイベリア地方の一部の割譲か賠償金をふんだくりたいものだ」
「まあ、そこまで決まれば終戦案は十分だろう。俺達はまずタラント王国軍を打ち破らなければならないからな。戦争はまず勝たないと意味がない。戦略はどうするんだ、隼人」
エーリカがうずうずしながら隼人に戦略決定を迫る。
「戦争に勝てても、勝利の使い方を知らなければ意味がないのだがな。まあ、勝利が戦争を有利に終わらせる最も単純な手段だから、ぜひとも勝利はつかみたい。戦略としては短期決戦でタラント王国軍野戦軍を打ち破り、賠償金かイベリア地方の一部の割譲で、短期間で戦争を終わらせる。こんなところか。アンドラ高原で一度勝利した後、タラントに迫ればタラント王国も決戦せざるを得まい。我々は2度の会戦で勝利する必要がある。おそらく、どちらも半分程度の戦力でだ」
「それは楽しみだ。新式の軍隊と俺達の指揮能力がどこまで通用するか楽しみだ」
隼人の、一見悲壮とも取れる言葉を隼人とエーリカは楽し気に語り合う。2人に不安はない。隼人は少し気合が入っているものの、エーリカはどちらかというとピクニック気分だ。
「それではフェルトン公爵、アーリア王国あたりの伝手でタラント王国との外交ルートを確保しておいてくれ。それから、陸軍の稼働戦力全部はアストンに集結させる。それでは解散」
隼人の宣言で幹部達が己の仕事に戻る。そして隼人は早速桜達に戦支度を手助けしてもらいながら、手勢を率いてエーリカ、桜、梅子、カテリーナらを連れてアストンに出陣する。
7月6日にアストンに向かう道中でタラント王国の使者から宣戦布告文書を受け取り、12日にアストンに到着した。
アストンはアンドラ高原がタラント王国領だった時代に、タラント王国との最前線だった都市だ。そこでアンドラ高原に残る貴族軍に遅滞戦闘を命じつつ戦力の到着を待つ。
そして帝国歴1797年7月26日、隼人は7万の兵力を率いてアンドラ高原に出撃するのだった。
戦争まで行ったけどまた会議……。
毎回会議ばかりで新鮮味に欠けるかも。
次回こそは戦闘シーン。