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第11話 女領主の依頼

 桜達が隊商に合流して1週間、充実した訓練ができていた。これまで隼人が常に教える立場だったが、熊三郎が隼人以上の強者であったため、この世界に来て初めて教えられる立場に立てたからだ。剣術自体の訓練がはかどるのはもちろん、訓練を受ける立場に立てることも大きかった。これにより自身の訓練方法の欠点が浮き彫りになり、さらに効果的な訓練が可能なった。

 日常生活の面でも豊かになった。料理上手な桜が率先して調理してくれるため、毎日保存食でありながら、それなりに美味しい食事をとれるようになった。部隊の士気も目に見えて向上している。腹が減っては戦はできぬ、だ。

 当初は桜が調理することに反対していた梅子だが、今では桜に丸めこまれて、一緒に調理してくれている。

 戦闘面でも3人は頼りになる。梅子と熊三郎は剣術と槍術に長けていたし、桜も弓術に長け、今ではカテリーナとともに騎兵戦力の中核である。さらには桜は医術にも長けているので、多少の負傷ならすぐに治るようになったため、戦力の温存と移動速度の向上が実現できていた。

 3人、特に桜は今や部隊に欠くべからずな存在となっていた。兵達のなかでも桜はすぐに人気者になり、最初期から活躍してくれていたカテリーナに代わって隼人の右腕にならんばかりだ。さすがは王女様である。

 とはいえ、自身の活躍の相対的な低下に悩むカテリーナを慰めたり、梅子の桜に対する厚い忠誠心からくる嫉妬をかわしたりと、急激な人間関係の変化からくる人間的摩擦に対処する必要がでていたが。



 

 そんなこんなで山脈地帯の麓にある都市、ロストフに到着した。ロストフは、西にあるスカンジナビア半島全域を覆う山脈から派生した山脈地帯の、北側の麓にある都市だ。ただし、南の山脈地帯に盗賊が多数出没するようになって衰退してきている。

 隼人たちはここで、ノースグラードから持ってきた毛織物や、途中の街や村々から調達した品を売却し、特産の石炭などを購入、山脈地帯とその先にある森林地帯を迂回するように南東に向かう予定だ。



 

 ロストフに入城し、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャ、桜、梅子、熊三郎を伴って商業ギルドに向かっていると、若い女が声をかけてきた。


 「待ってくれ!お前達は今入って来た行商の者か!?」


 その声に振り向くと、数人の共を連れた男装の美少女がこちらに駆け寄ってきていた。歳は18歳くらいか。青い瞳をしており、ウェーブのかかった長い銀髪が風になびいていた。身なりの良い服装から、貴族らしいことがわかる。服のなかで窮屈そうにしている胸がはずんでいる。隼人は一瞬釘づけになったが、どこかからか冷たい視線を感じて慌てて目線を上へ上げる。


 「その通りですが、何の御用でしょう?」


 「よかった。手を貸して欲しいのだ。詳しい話は宿で話す。ひとまずついて来てくれ」


 「いや、宿の手配や交易品の売却があるので後で伺いたいのですが…」


 「いや、交易品を今売られたら困る。とにかく今…と、宿の手配は必要か。絶対に損はさせないから交易品は売却せずに宿だけ取ってくれないか?」


 「はぁ…、そういうことなら」


 彼女はホッとした様子で商業ギルドまでついてきた。よほど大事な頼みらしい。

 商業ギルドで部下達の宿の手配を終えると、男装の美少女に引っ張られるように高級宿に連れて行かれた。その間腕にはやわらかな感触が伝わって来たが、後ろからの冷たい視線が痛かった。



 

 宿に着いてようやく隼人は解放された。男装の美少女は宿の受付に人数分の紅茶を注文すると、大きな部屋の1室に案内した。


 「来てくれてありがたい。私はスペンサー・マチルダという。子爵だ。お前の名前は?」


 「中島隼人と申します。ノースグラードの方から行商に来ました。こちらは部下の桜、梅子、熊三郎、カテリーナ、ナターシャ、カチューシャです」


 名を呼ばれた順に頭を下げる。桜達の正体露見を防ぐために氏は伝えない。


 「よろしく頼む。早速だが、その積荷を我が領地、マリブールで売ってもらいたい。ここよりも高く買い取らせてもらうし、我々も護衛する。ただ、盗賊の多い山脈地帯を通ってもらうことになるが」


 「迂回はしないのですか?途中に都市がありますし、そこでも交易品を売買した方がこちらとしても儲かるのですが」


 「それは理解している。しかし私はあそこの領主と少し諍いを起こしていてな、通行が制限されてしまっているのだ。それで無理を承知で頼んでいるのだが、どうかお願いできないだろうか」


 若干上目遣いでマチルダが頼んでくる。男として少し断りづらい状況だ。そこで仲間達に意見を求めて視線を送る。


 「私は隼人さんの好きにすればいいかと」


 真っ先に桜が判断を丸投げしてくる。


 「わ、私も隊長の判断に従う」


 カテリーナもお株を奪われまいとその意見に同調してくる。できれば自分の意見を表明してほしかったところだ。熊三郎は我関せずといった雰囲気で、ナターシャとカチューシャの姉妹はこの提案に困惑しているようだ。


 「どのような諍いか、お聞きしても?」


 梅子がマチルダに尋ねる。


 「…いいだろう。と言っても実に下らない話だ。そこの領主、エジョフが私に縁談を持ちかけてきて、私が断ったというだけの話だ」


 「なぜ断ったのですか?」


 梅子がさらに踏み込んでくる。


 「…側室、実質的には妾としての縁談でな。そうなると私は領地の経営権を失う。あやつの領土は税が高く、とてもじゃないが善政をしいているとは言い難い。私の領地は貧しいから税があがるとますます衰退していくだろう。それに…あいつは女癖が悪くてな。1人の女として嫌いだというのも理由の1つだ」


 口ぶりからして後者の理由が大きそうだったが、嘘は言っていないように思える。


 「隼人殿、マチルダ子爵は嘘をついていないように思える。私としては彼女の助けになりたいが、おそらく儲け話にはならないだろう」


 梅子がマチルダの目を見て、自身の判断を伝えてくる。


 「同意する。少し考えさせてくれ」


 「どうか、お願いする」


 マチルダが頭を下げる。多少の利益とマチルダとのコネを天秤にかける。いや、もう1つあるな。マチルダの幸せだ。正直、ここで見捨てるのは目覚めが悪い。これは考えるまでもなかったな。


 「顔を上げてください。協力しましょう」


 「本当か!ありがたい!もう身売りするしかないかと思っていたところだ!」


 マチルダが隼人の手をとり、本当にうれしそうに手を振る。


 「できれば片道だけでなく、何往復かしてくれればありがたいのだが、どうだろう」


 マチルダがついでとばかりに頼みこんでくる。頭を下げた格好だから完全な上目遣いになる。


 「は、はい。やらせていただきます」


 隼人は思わず同意してしまう。


 「そうか。そうか。やってくれるか。これで肩の荷が下りたぞ。これは愉快だ。よし、今夜は私がおごろう。この宿で食べていってくれ。いや、愉快愉快」


 満面の笑みでマチルダが手を振る。握っている手が暖かで、剣だこの固さにどこか柔らかさと弾力がある。

 幾分か邪な私情が入った判断だったが、仲間達は気づいていないようで一緒に喜んでいる。ただ熊三郎だけは「若いな」という言葉を表情だけで伝えてきた。




 その後の話し合いで出発は明後日にすることで合意した。隼人達は一旦部下達の宿泊する宿に戻り、今後の方針を説明する。


 「このたびスペンサー・マチルダ子爵の依頼により、積み荷をマリブールへ運ぶことになった。盗賊が多数出没する山脈地帯を通過することになるから心得ておくように。諸君らの実力であれば今や盗賊など恐れるに足らん。それに、今回はマチルダ子爵の軍勢も護衛に参加する。ロストフと何往復かすることになるが、生き残ることは難しくないだろう。出発は明後日だ。今日と明日で英気を養っておくように。総員の活躍に期待する。以上だ」


 その後、食糧やその他消耗品の補充に駆けまわっていると日が暮れてきたので、マチルダ子爵の待つ宿に向かう。




 「先にも言ったが今日は私のおごりだ。気にせず飲み食いしてくれ。乾杯」


 マチルダの音頭で会食が始まる。もちろんグラスをぶつける乾杯ではなく、ただ単に掲げるだけの上品な乾杯だ。


 「マリブールまではどのくらいかかりますか?」


 隼人が肉料理を飲み込んでから問う。


 「うん、ここから10日くらいだな。盗賊さえいなければそれなりに通りやすい経路だ。山脈地帯の反対側の麓にはいくつか村もある」


 マチルダがワインを飲みながら答える。


 「マリブールはどんな街ですか?」


 桜がスープを堪能しながら問う。


 「旧帝国時代からの歴史ある都市だ。とはいえ盗賊が多くてな。おかげで街の外周はなかば無人地帯だ。産業としては下流の漁村で作られる塩と魚の塩漬け、それに麻と織物と言ったところだな。とはいえ規模は小さいから、貧しい都市だ。だからこそ私のような者が統治しているのだがな」


 「というと?」


 マチルダの言葉に隼人が続きを促す。


 「私は、父が一代で騎士から子爵に成り上がった新興貴族でな。ついでに名前からわかるように、私はブリタニア系の人間だ。だからノルトランドの貴族社会では肩身が狭いのさ。だからこそ貧しい領地を与えられたんだな。そんな父も去年戦死してな。それまでも統治では私も父を補佐していたんだが、兄も同時に戦死したせいで後継の男子がいなくなってな。それで私が領地と爵位を継ぐことになったんだ。今は母とともに何とか領地を切り盛りしている状態だ」


 「そうなんですか…。大変なんですね」


 「まあな。だがやりがいはある。なにせ領民の生活が双肩にかかっていると実感できるからな」


 そう言ってマチルダはカラカラと笑う。だいぶ酔いがまわっているらしい。周囲を見渡せば、カテリーナと熊三郎がずいぶんと飲んでいる。特にカテリーナは遠慮せずに高い酒をザルのように飲んでいる。少しは注意した方がいいのだろうか…。

 そんなことを思っていた隼人も、カテリーナとマチルダに飲まされ、帰りはナターシャの肩を借りるはめになった。




 少し遅い時間に起きた翌朝、隼人は朝食をとり、マチルダの宿に細部の打合せに向かう。

 マチルダは護衛兵120だけでなく、荷馬車を10台ばかり用意しているようだ。往復するたびに荷馬車は少しずつ増やすつもりらしい。マチルダとは移動中の荷馬車の配置、護衛の配置を話し合った。まず指揮権はマチルダの側にあることを確認した。民間の隊商と領主の隊商ではさすがに格の違いがある。次に行軍隊形は、マチルダが先頭集団を形成し、それに隼人達の隊商が続く形にすることで合意した。お互いこれが初めての共同行動であるから、できるだけ混乱の芽を減らすために分割した。野営は合同で行うが、警戒は4直とし、それぞれの部隊から2直ずつだすことにする。戦利品と捕虜の分け前は5分5分とすることになった。ついでに次回からは交易品は、マチルダ側が要求する品を隼人達の方で一括して仕入れ、マチルダ側が相応の対価を支払う形式をとることにした。餅は餅屋というわけだ。

 打合せは昼食をはさみつつ行われたが、それほど紛糾しなかった。良くも悪くも、マチルダが新興貴族で特権意識が薄かったため、無理難題を要求しなかったからだ。彼女自身が行政や経済に明るかったことも、打合せがスムーズに運んだ理由の1つでもある。




 「それでは明朝に」

 隼人は宿を辞すと、武具店をまわる。まだ盗賊からの戦利品を売却していなかったからだ。今回は捕虜をとっていなかったので奴隷商との取引はない。そんなこんなで隼人は休むことなく働いた。




 「前しーん!前へ!」

 マチルダの合図で総勢200人弱、荷馬車15台の大型キャラバンが出発する。そんな壮観な光景を目に収め、東へ駆けていく影があった。


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