第103話 建国記念日
お待たせしました。第103話、更新です。今回は短いので2話同時更新です。
帝国歴1796年11月25日、この日、焦土と化したロリアンを占領した隼人が始めに行った事は、セレーヌを女王として戴冠させ、自らは王配である事を宣言する事だった。
これに対して中島家軍のロリアン占領に間に合った貴族が苦言を呈した。なぜなら隼人の正室は桜だからである。ガリア王国の女王たるセレーヌが側室でいいのか、という反発である。
この反発は予想されていたものだったのだが、中島家家族会議でセレーヌが積極的に側室になる事を希望していた。そのため隼人はクーデターの混乱が冷めきれぬ内にセレーヌの戴冠と結婚を宣言したのだ。
戴冠式と、2度目の結婚式はロリアンの焼け落ちた大聖堂で行われた。頭上には青空が見え、ロリアン市内の火災もまだ終息の目途が立っていない時期だった。
さすがに拙速に過ぎるので略式で行い、正式な戴冠式と結婚式はまた後日に持ち越されたが、こうして隼人とセレーヌはガリア王国の正統な支配権を獲得する事ができた。
次は現有戦力で消火活動に全力を挙げるとともに、各地の諸侯に私戦の即時停止を命じる文書を、隼人とセレーヌの連名で送り始めた。
各地の貴族がクーデターのどさくさで領地拡大を目指している事はすでに述べているが、彼らにしてみれば、中島家がクーデターに反旗を翻した時点で、内戦は少なくとも数カ月は続くと考えていたのだ。そんな彼らにしてみれば、自分の領地を守るため、あるいは権益拡大のために周辺の領地を攻撃する事は理にかなっていた。地盤を固めない事には援軍も送れないし、後の恩賞も保証されない。だからこそ貴族同士の武力紛争が頻発したのだ。
隼人にとっては邪魔な貴族を排除する絶好の口実ではあったが、まずは国内の安定が先決だ。特に懸念材料になっている事は、ルブラン宰相と外務大臣、密偵頭が姿をくらましている事だ。国内で好機をうかがっているかもしれないし、どこかに亡命して外国の武力を背景に再戦を挑んでくる可能性もある。
すぐに私戦を終わらせ、信賞必罰を行い、確固たる地盤のないガリア、ブリタニア両地方を掌握する必要があった。
それと並行して被災民の今後についても対策を立てる必要があった。何せロリアン市街のほとんどが灰塵に帰したのだ。今は遺体の片づけや、道路をふさぐ瓦礫の撤去を忙しく手伝わせ、城の備蓄食料を配給しているからこそ、現段階では忙しさで気が紛れている。だがいつまでもこのままというわけにもいかない。
幸いな事は、ロリアン城の国庫が手つかずに残されていた事だった。さすがにガリア王国は大国なだけあってその額はかなりのものだ。特に最近の戦争で負けていないから、国庫は潤沢だ。
しかしいくら金があってもそれが直ちに貴族の忠誠や被災民の家屋、食料などに化けるわけではない。しかも季節は冬で、これからどんどん寒くなる。遺体が腐敗しづらいという点においてはありがたいが、ロリアンは比較的高緯度なので、少なくとも仮設住宅くらいは必要だった。
27日、隼人はロリアンの住民を順次、海軍艦艇や輸送船を利用してマリブールに移住させる事を決めた。同時に生きている電信網まで早馬を走らせ、マリブールに残留しているマチルダに、マリブール郊外に避難所と仮設住宅を建設するように指示を出す。仮設住宅の材料はルーレオーの木材と、今のところマリブールでしか生産していないコンクリートだ。建設にはロリアン被災民の他、奴隷を最大限に利用して人夫にあてる。同時にロリアン城に保管されている国家予算もマリブールに移送し、予算と警備の不安も解消させる。それでも不足する家屋はブレスト港やロリアン港に係留されている艦船で代用する事になった。
ロリアンは中島家の直轄地とするが、住民のほとんどを移住させるため、事実上の遷都であった。翌年には復興の第1歩として新たな都市計画が策定され、コンクリート工場と火力発電所の建設が始まるが、ロリアンがかつて以上の賑わいを取り戻すのは数十年後の事となる。
12月1日、貴族達への私戦停止命令の発令が一段落した隼人は、ロリアン城の1室で思い悩んでいた。隼人の視線の先の壁には3枚の旗が掲げられていた。1枚はこれまで隼人が使用していた旭日の旗、もう1枚はガリア王国に受け継がれてきた白地に青鷲の旗、そしてもう1枚は桜に作ってもらった、全く新しい旗、白地に赤鷲があしらわれた旗だった。
隼人は朝から昼前までずっと思い悩んでいた。この3枚の旗はこれから進むべき道を示している。
まず旭日の旗。これを選ぶことは、これまで通り中島家として歩むという事。つまりはセレーヌを支え、裏からガリア王国を支える事を意味する。
そして白地に青鷲の旗。これは隼人自らがガリア王となってガリア王国を導く事になる。
最後に白地に赤鷲の旗。これは全く新しい旗だ。白地に赤は今の旭日の旗の名残り。そして鷲は王、又は皇帝が使用する意匠だ。桜にはその辺りを黙って作ってもらったが、聡明な桜の事だ、大まかな意図は勘づいているだろう。にもかかわらず、黙って用意してくれたのだから、隼人は自分には過ぎた妻だと思う。無論、手放す気はないが。
そうして思い悩んでいると、突然扉が開かれる。
「隼人、入るぞ」
エーリカの声とともに入ってきたのはエーリカの他、桜とセレーヌの3人だった。
「……しばらく1人にしてくれと言ったはずだが……」
「何、あまりに引きこもっているようだから、桜からお前らしくもなく悩んでいるのだろうと聞いたもので、少し激励しようと思ってな」
エーリカの言葉に3人して苦笑する。隼人としては1人で決めたかったのではあるが、そろそろ誰かに背中を押してほしいと思い始めていた事も事実だ。こんなちょうどいいタイミングで来てくれたのだから、エーリカの勘には助けられる。
「隼人さん、私は隼人さんがどんな決断を下そうとも、どこまでもついていきますよ」
桜はそう言っているが、目は強気で行けと語っている。
「わたくしも同じ気持ちですわ。ガリア王国にこだわる必要はありませんわよ。隼人には自分の信じる道を進んでいただきたいですわ」
セレーヌも背中を押してくれる。
「隼人、お前の望みは何だ?お前は何をしたいんだ?俺達はどんな大変な道でも隼人とともに歩いていくぞ」
ついていく、ではなくともに歩くと言ったところがエーリカらしい。
3人の妻達に励まされ、隼人は重い口を開く。
「……俺は、俺達の子供達に平和な時代を渡してやりたい。こんな誰もかれもが戦争をしている世の中ではなく、みんなが平和と繁栄を謳歌できる時代を。そのために俺は……」
ここまで言って隼人は妻達の方に振り向く。
「俺は……、大陸を統一する!大陸を統一してこの世界から戦争を一掃する!そして世界に平和と繁栄の時代を作るんだ!」
隼人は3枚目の旗、白地に赤鷲の旗の下に歩み寄る。
「俺は今日、第2ロマーニ帝国の建国を宣言する!俺達で平和な時代を勝ち取るんだ!」
隼人の言葉に3人の妻が深くうなずく。
「隼人さん、その夢にどこまでもついていきますよ」
「隼人、わたくしも隼人を支えますわ。隼人がその道を進むなら、わたくしも腕がなりますわ」
「よく言った、隼人。俺の夫なんだから夢は大きくないとな!しかし隼人、俺達が来る前に結論は出ていたんだろう?次からは男らしく悩まずに決断してくれよ」
最後のエーリカの言葉に隼人は苦笑する。全く言われた通りだったからだ。桜に旗を作ってもらった時点で考えは決めていたのだ。それを決断できず、ずるずると先延ばしにしていたにすぎない。
「ありがとう、みんな。お前達のおかげで腹が決まったよ。これからもよろしく頼む」
「「「もちろんです(だ)!」」」
隼人はこの日の昼過ぎ、現地の貴族らを集めて、ロリアン城の大広間で第2ロマーニ帝国の建国を宣言した。貴族達は、セレーヌは中島家の神輿にすぎないと思っていたので、戸惑いこそなかったが、やはり驚きは隠せなかった。国号を変更し、ガリア王国の簒奪者になる事の宣言であるからだ。これは内戦の絶好の口実になる。だが同時に、クイ会戦で見せつけられたように、新しい時代を見せてくれるのではないかという希望も、確かにあった。
帝国歴1796年12月1日、この日は後の巨大国家、第2ロマーニ帝国の建国日として歴史に記録される事になる。
休載中に評価ポイントが2000ポイントを超えており、筆者は驚き、喜んでおります。読者の皆様に感謝申し上げます。これからも拙作をよろしくお願いします。




