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第99話 10月事件

 前回の投稿で多数の読者様にアクセスしていただき、長く休んでいた身には感謝にたえません。厚くお礼申し上げます。


 今回はようやく予告していた10月事件です。

 帝国歴1796年10月24日払暁、普段であればいまだロリアン全市内を静けさが支配している時間。しかしその日は妙に騒がしく、ガリア王国国王アンリ王は早くに目が覚めてしまった。アンリ王の勘が何かが起こっている事を告げる。

 アンリ王は寝間着のまま帯剣すると、不寝番に立っている衛兵を呼ぶ。


 「衛兵!この騒ぎはなんだ!?」


 「わ、わかりません」


 2人組の衛兵は顔を見合わせて言う。


 「わからんで済むか!衛兵詰所と近衛騎士団詰所に行って確認してこい!」


 「「は、はい!」」


 だがここでアンリ王は焦り故か、彼にとっては大きな、後の目で見れば些細なミスを犯した。情報を得る事を焦るあまり、衛兵を2人とも使いに出してしまったのである。

 アンリ王の武術の腕は並の下だ。故に護衛が1人もいない状態は実によろしくない。しかし、これから起きる災厄には衛兵が2人いたところで結果は変わらなかっただろう。




 しばらくして、10人ほどの足音が近づいて来た。アンリ王はこれを衛兵長とその部下と思ったが、乱暴に開け放たれた扉から現れたのは予想とは違った。現れたのは野心家の第2王子のレンヌ・ルイと宰相のルブラン・ポールと、10人ほどの近衛兵と衛兵だった。兵士達は青いたすきを両肩にかけている。


 「騒々しいぞ!何事だ!」


 アンリ王は一喝するが、ルイ王子気にするそぶりも見せずに無造作にアンリ王に近づく。そして手早く剣を抜き、アンリ王を切りつける。


 この時アンリ王は初めて驚愕の顔を浮かべ、叫ぶ。


 「な、何をする!」


 それに対してルイ王子は冷然と言い放つ。


 「父上、あなたはやり過ぎた。故にお命頂戴致す。父上の寵愛するヨアン王子もすでにあの世に旅立っている所だ。寂しくはないから安心召されよ」


 「なっ……!」


 アンリ王は今になって第2王子派と旧貴族守旧派が手を結んでいたことを知る。すでに手遅れではあるが、一太刀は浴びせないと王としての面目が立たない。血を流し、脳への血流が減少している思考で自らの剣に手をかける。

 しかしルイ王子はそのアンリ王の手を切り飛ばし、心臓めがけて剣を突き立てる。


 「ごほっ」


 口から血をあふれさせ、遠のく意識の中で最後に見たのは、自分を冷ややかに見る。ルイ王子とルブラン宰相の瞳だった。




 10月24日払暁から早朝にかけて、入念な準備の後に決行されたクーデターの、城での主な犠牲者はアンリ王の他、側室の子の第1王子ヨアン、近衛騎士団長、ロリアン城衛兵長、ガリア王国海軍総長、財務大臣、内務大臣、そしてルイ王子の母親と妻以外の王妃、王女達だった。


 しかしこのクーデターでルイ王子派として参加したのはルブラン宰相の他、密偵頭と外務大臣、そしてルイ王子派と旧貴族守旧派の貴族とその子弟、あるいは彼らを支持する近衛兵と衛兵だけだった。計画の露見を恐れて、極少数の者達しか計画に入れなかったのである。

 そのため、ルイ王子派、あるいは旧貴族守旧派に属していても、日和見する態度が大きかった近衛騎士団長や衛兵長も殺害されている。


 クーデター計画ではその後、ルブラン家などの兵を城に入れ、城を完全に制圧した後に他の旧貴族派に決起を促し、ロリアン市内を制圧してしまう手はずであった。

 しかし長を失った近衛騎士団、衛兵、そして海軍兵の抵抗が予想外に強く、予定より早くルブラン家の兵を城に招き入れたにもかかわらず、城を制圧した頃には朝もだいぶん過ぎており、ロリアン市内全域にクーデター騒ぎが知れ渡っていた。

 市内各所で旧貴族守旧派の兵と、近衛騎士団、衛兵、海軍、新貴族、旧貴族開明派の兵が争っていた。市内のあちこちで火の手が上がり、情報が錯綜している。しかし抵抗勢力は統一して指揮を執る者がおらず、唯一組織的に機動できたルブラン家の兵が戦闘に加入すると逃げ散り、あるいは撲滅された。この過程でロリアン市内の半分が瓦礫と化したと言われている。


 情勢がある程度落ち着いたのは同日24日の夕方の事である。ルイ王子とルブラン宰相はようやくクーデターの成功を確信できるまでになった。今や敵対勢力は中島伯爵邸と海軍埠頭に僅かに残るのみであり、すでに海軍は海に敗走し始めていた。


 「もう少し多くの人物に声をかけるべきだったか……」


 ルイ王子は冷淡にロリアン市内の炎を眺めながら嘆息した。


 「内務大臣がアンリ王陛下の子飼いで、引き抜けなかった以上、やむを得ないでしょう。これ以上人を募れば露見する危険性が高かったでしょう」


 ルブラン宰相も炎を睨みつけながらルイ王子を慰める。

 本来ならほぼ無傷で手に入るはずだったロリアンが荒廃してしまった事は彼らにとっても手痛い「出費」だった。ロリアンは首都だけにその経済力は大きなものだ。それが焼けてしまっては素直に喜べない。


 「ロリアンもそうだが、海軍が完全に敵に回った事も痛いのでは?」


 ルイ王子はルブラン宰相に問いかける。


 「確かに大きな誤算ですが、秩序が回復すれば連中も我々に従うしかないでしょう。それよりも、セレーヌ王女の件、なにとぞ頼みますぞ」


 「わかっている。今唯一の不確定要素が奴だ。しかし事ここに至れば中島伯爵も奴を匿いきれまい」


 「で、しょうな。そして殿下が唯一のレンヌ王家として戴冠なさる、と」


 「そういうことだ」


 ルイ王子は得意げに笑みを浮かべる。ルブラン宰相も同意するように笑みをこぼす。だがルブラン宰相は腹の中でこの18歳の第2王子を嘲っていた。セレーヌ王女が自分の息子、ピエールに嫁げば、ピエールにも王位継承順位が生まれる。それに、そもそもこのクーデターもルブラン宰相が主導したものだ。クーデター後に主導権を握るのは自分だ。邪魔になれば始末するのみ。ルブラン宰相はルイ王子よりも先を見据えていた。

 このあたりのルイ王子の思慮の浅さがアンリ王に疎んじられた理由であり、ルブラン宰相が手を組む相手に選んだ理由である。




 同時刻、中島伯爵邸。

 ここでは中島家の守備隊と、方々から敗走してきた様々な所属の兵が最後の抵抗の準備をしていた。指揮は屋敷を統括する川崎大次郎がとっている。


 川崎は午前中にクーデターの情報をつかみ、脱出の用意をしていたが、脱出の準備が整う前に旧貴族守旧派の攻撃を受け、応戦しているうちに脱出の機会を失ってしまったのである。何とか女子供を若者の護衛を付けて埠頭にある連絡船まで脱出させたが、それまでだった。

 中島隼人はその財力、軍事力から新貴族の中でも中心人物に成り上がっており、旧貴族に目を付けられて屋敷は完全に包囲されてしまったのだ。川崎にできたのは彼らクーデター派の要求を、幸運にも無傷だった電信設備でマリブールに知らせ、書類を焼却処分する事だけだった。




 中島伯爵邸の執務室で窓の両側を背に2人の男が床に座っていた。川崎大次郎と、新貴族になったばかりのランベール男爵である。窓の外は夕焼けを炎が普段以上に赤く照らしていた。


 川崎は中島伯爵邸に逃れてきた者をできるだけ港の連絡船や海軍埠頭に向かうように指示を出し、屋敷の敷地にもほとんど入れてこなかったのだが、ランベール男爵はちょうど中島伯爵邸が完全に包囲された時にやってきたので受け入れざるを得なかったのだ。そのランベール男爵も方々から敗残兵を集めており、中島伯爵邸は衛兵、近衛兵、海軍兵、貴族の敗残兵でその兵力は150余名を数えた。

 川崎自身はこの屋敷と運命を共にする腹積もりである。すでに息子がマリブールで仕事を得ているため、あえて自分まで生き残ろうとは思わなかったのだ。若い者は全て退避させているため、この屋敷には同じ意志を持った者達しかいない。


 「ランベール男爵、港に行けば生き残る事ができたのに、何故わざわざここへ?」


 「私が男爵になれたのは陛下と中島伯爵のおかげですからね。スカンジナビア地方平定戦での働きが認められたのですよ。ですから、一矢報いるならここかな、と思いましてな。私の屋敷は早々に焼け落ちましたので。川崎殿のお邪魔でしたかな?」


 川崎の問いにランベール男爵はニヤリと笑って答える。


 「正直に言うと、邪魔ですな。この戦いは若い者はお断りしているんですよ」


 「そうでしたか。しかし私はこう見えて31ですから、戦いに参加する資格はありますな。もっとも、若い兵も連れてきてしまいましたが」


 「では若者だけ降伏させましょうかな?」


 「若い者ほど覚悟が決まってしまっているので、もう無理ですな。せめて潔く散りましょう。突撃なら慣れてますから」


 「いや、突撃では無為に死ぬだけです。ここは最期まで屋敷に籠るしかありませんな。もう矢も尽きましたから、撃たれ放題ですからな」


 川崎は不敵な笑みを浮かべて方針を述べる。

 屋敷にも武器弾薬はある程度準備されており、昼過ぎまではクーデター派と激しい射撃戦を繰り広げていたのだが、弓は矢が尽き、弩はボルトを撃ち尽くし、銃は全ての弾薬を使い切った。今は度々押し寄せる敵を玄関広間にて白兵戦武器で押し返していた。それも何度になるか誰も分からなかったし、負傷していない者もいなかった。それでもクーデター派の降伏勧告に耳を貸す者はいなかった。


 「そう言えば川崎殿は中島伯爵と連絡を取り合えるようですが、伯爵はなんと?」


 「しきりに撤退を命じてきましたよ。しかしこの屋敷にも機密品が残っていますからな。すぐに撤退というわけにもいかず、包囲されてしまった次第です。その次は降伏の許可をもらいましたが、降伏したところで生き残れるとは限りませんからな。拒否してやりました。そうしたら『諸君の勇気と忠義は忘れない』との言葉をいただきましたよ」


 「それはそれは、名誉な事ですな」


 感嘆するランベール男爵に川崎は冗談めかして話を続ける。


 「これでも私は利己的な人間でしてな。息子はマリブールで仕官しているのですよ」


 「ほほう。それならよかった」


 「そう言えばランベール男爵のご家族は?姿を見ていませんが」


 「私は男爵になるまで天涯孤独の傭兵でしたからね。家族はいませんよ。男爵になって恋人はできましたが、この情勢ではどうしているか、生死すらわかりませんよ。まあ平民ですし、頭も良いですから上手くやっていると思いますがね」


 「ご不安ではないのですか?」


 あっけらかんと言い放つランベール男爵に川崎は心配そうに尋ねる。


 「不安ではありますが、今は彼女の名誉のために潔くあろうとのみ考えていますよ」


 「そうですか……」


 しばしの沈黙ののち、川崎が口を開こうとしたところで伝令が壊れかかった扉を開け、敵襲を告げる。川崎とランベール男爵は剣を抜いて玄関広間に急いだ。




 玄関広間を視界に収めた川崎は、これが最後の戦闘になると悟った。敵はこれまでのような徴集された平民兵や軽装歩兵ではない。おそらくは下馬騎士を中心とする重装歩兵だ。練度も士気もこれまでとは段違いだった。


 「電信室に伝令!マリブール宛に送信!『我レ、最後ノ戦闘中。中島家ニ永久ノ繁栄ヲ』!送信が済んだら電信設備は叩き壊して油をまいて火をつけろ!これが最後の戦闘だ!」


 伝令兵は生涯で最も真面目な敬礼を返すと、電信室へ駆けて行った。


 「ランベール男爵、参りますぞ」


 「ええ、あの世で会いましょう」


 2人はうなずくと、川崎が声を張り上げて命令する。


 「総員突撃!」


 この命令に、負傷者、非戦闘員を含む全ての生存者が玄関広間に殺到する。しかし非戦闘員は防具はおろか、まともな武器さえ持っていない。包丁を括り付けた木の棒ならマシな方で、先を尖らせただけの木の棒や、底を割ったワイン瓶まで持ち出している。

 負傷兵も中には片腕を失った者や、骨折して足を引きずっている者までいる。だが誰もがその闘志には欠けていなかった。


 その闘志にクーデター派の兵はひるみ、玄関まで押し戻す事に成功する。


 だが、それまでだった。玄関まで押し戻したところで中島家側はその兵力を半数までに減らしており、クーデター側の損害は軽微だった。そこにクーデター側の指揮官の叱咤激励が飛んで、当初の混乱が収まったのだ。そこからは力尽き、ろくに武器もない中島家側への一方的な虐殺となった。




 戦闘らしい戦闘が終わった時、屋敷は2階の電信室を中心に消火不可能な猛火が広がっていた。しばらくして救助と消火作業が始まったが、日付が変わるころには中島伯爵邸は灰塵に帰した。中島家側の生存者は重症を負い、意識を失っていた者が4名。川崎大次郎とランベール男爵の遺体は他の者と同様、猛火により判別がつかず、ついぞ特定される事はなかった。

 10月事件に対する隼人君側の反応は次回です。

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