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第98話 ブリュネ元帥の急死の影響

 大変長らくお待たせして申し訳ありません。ようやく執筆ができるまでに体調が回復し、新生活にも順応できるようになりました。読者の皆様にはご心配をおかけして申し訳ありません。


 それから、今回は話のきりが良かったので少し短めです。久しぶりの執筆なので出来栄えには少し自信がありませんが、どうぞお楽しみください。

 時は遡って、隼人がマリブールに帰還してからしばらくの間、中島家は平穏そのものであった。

 盗賊は陸軍により減少し、盗賊が生け捕りにされればされるほど、奴隷と言う名の労働力が増えていった。亡命者や流民も集まってきており、亡命者の一部はアントニオの下で技術者や錬金術師として研究を進め、その他の流民たちも技術があればそれなりの職につき、そうでなければマリブールの拡張工事や、製鉄、鍛冶、繊維工業、あるいは続々と開拓される新たな農村で技術を身につけている。

 アントニオの業務も、自身の研究よりも、技術者や錬金術師の管理の比重が大きくなりつつある。アントニオはこの状況に、表面上は不平を言っていたが、実のところ隼人からの無茶振りを手早く部下に押し付けられるため、自分の好きな研究をする時間が取れ、内心では安堵している。今は天文学の研究と天文学資料の発掘を主に活動しているようだ。


 そんな平穏の中、帝国歴1795年10月18日、エーリカが女子を出産し、リリーと名付けられた。母親に似て整った顔つきで金髪碧眼。将来は間違いなく美人になるだろう。

 もっとも、隼人とエーリカの子なので性格までは保証できないが。


 外交、通商面でも隼人は活発に活動した。頻繁にパーティーを開催し、あるいは招待を受けて出向いた。そして仲良くなった新貴族や旧貴族開明派に余剰武器や安価な鋼鉄を優先供給した。無論、技術供与を求める貴族もいたが、これは隼人達にとっての生命線なので断っている。その他にも隼人に側室として親類を入れようとする貴族もいたが、これも妻達の圧力により全て立ち消えになっている。ついでに言えば、側室候補として紹介された美女に見とれた隼人が妻達に説教や、説教(物理)を受ける事もしばしばである。


 化学面でも大きな進歩があった。火薬の点火薬としての初歩であるアジ化鉛の生産に成功したのである。原料は水銀、アルコール、硝酸だ。ただし、衝撃に敏感なので取り扱いに注意が必要な代物だ。

 さらには硝酸と硫酸の混酸で綿を処理する事により、ニトロセルロース、いわゆる綿火薬の製造にも成功した。煙が少ないので、この大陸初の無煙火薬である。ただし、爆薬として安定性に欠けるため、より安定性の高い爆薬を開発中だ。

 この他にも少量のTNTの製造にも成功した。安定性が高いので起爆薬が必要だが、鉱山開発や工兵爆薬、砲弾の炸薬に適しているので、大量生産の研究中である。


 反面、硝酸の入手経路は未だ硝石丘法などに頼っているので、化学肥料にまでは回らないのが現状だ。一応実験農場で高い効果は認められてはいるのだが、今日の大陸情勢では軍事用途が優先されざるを得ない。


 これでプレス加工が実用化にこぎつければ、金属薬莢が完成し、後装式小銃が立派なものになるのだが、プレス加工の技術熟成がまだ足りず、精度が悪く、故障も頻発しているようだ。

 とはいえ、今は前装式ライフル銃の生産が軌道に乗ったところなので、先にこちらの配備を優先すべきなのだろう。


 そんな慌ただしいながらも平穏な日々が終わろうとしていた。帝国歴1796年2月27日朝、1羽の伝書鳩がマリブールに飛来したからである。




 伝書鳩が飛来してから30分後のマリブール城の会議室には重苦しい空気が漂っていた。


 「すでに聞き及んでいると思うが、ブリュネ元帥が急死された。今回はその善後策を話し合いたい」


 会議の口火を切った隼人の声も重々しい。


 「まずはセレーヌ、元帥の後任人事は予想できるか?」


 「……全くもって予想できませんわ。単なる元帥適任者ならば何人か挙げられますけど、新貴族と旧貴族の対立がここまで深くなると、両者を御せる者はいませんわ。そもそも穏健派自体が少数なので、ブリュネ元帥がいなくなれば調停できるだけの地位と力量を持ち合わせている者がいなくなりますわ。誰が元帥になっても不満が燻ぶる。故に元帥人事は陛下と宰相閣下の話し合い次第ですわね。調停者がいませんから、元帥人事だけでなく、この先全ての事柄で対立が激化するでしょうね」


 隼人の質問にセレーヌは先行きが暗くなる予想を示す。


 「ただでさえ最近は対立が激しかったのに、さらに激化するのか……。これはマリブールの守りを強化せねばならんか」


 マチルダがマリブール南のモンソーに領地を持つ、反中島家の急先鋒のモラン伯爵を念頭に置いてぼやく。スカンジナビア地方は全て新貴族派なので大きな動乱は無いであろうとの判断だ。だがこの発言にエーリカが食いついた。


 「いや、こういう時は守りの姿勢を見せるよりも攻めの姿勢の方がいい。こういう時に守りに入ると後々まで侮られる事になる。俺はマリブールの南で演習を行うべきだと思う」


 「いやいやいや、待て待て。さすがにこんな時期に挑発行為と受け取られない行動を起こすのは外聞が悪すぎる。ここは喪に服するべきだろう」


 「それではモラン伯爵の奇襲を受けかねんぞ。領民を守るためには断固とした行動が必要なのだ」


 ここから今後の方針をめぐって、喪に服するか、積極策に出るかで意見が分かれる。とはいえ積極策を支持しているのはエーリカの他、アルフレッドとパウルくらいだ。しかし隼人は両者の意見を黙って聞く。


 両者の意見が出尽くしたところで隼人が口を開く。


 「……演習は無しだ。その代わりエーリカ、マリブール南部の巡回を強化してくれ。決してモラン伯爵に対する挑発行動はとらないように」


 「……隼人がそう言うなら仕方ない」


 積極策を強硬に主張していたエーリカだが隼人の言葉に持論を引っ込める。


 「だがその代わりロリアンでの国葬の弔問には精鋭500を連れていく。軍をつかさどる元帥の国葬なら面目は立つ。我が精兵の勇姿を見れば、少なくともマリブールには手を出してこないだろう」


 穏健派の一部から、他人の葬式を軍事デモンストレーションに利用するのはどうなのか、という視線が突き刺さるが、隼人は無視して続ける。


 「いずれにせよ、平穏を維持するには我々の力を見せておく必要はある。混乱が始まりそうな時期に先手をとる事は重要だ」


 隼人の言葉にエーリカは深くうなずく。いまだに否定的な穏健派ももはや感情面でしか反論できないので渋々黙認する。

 実のところ、隼人と同じ発想をする貴族もそれなりにおり、ロリアンでは特に咎められる事はなかった。


 「それからアントニオ、電信網の敷設を急がしてくれ。特にロリアンからの情報は重要だ。出来るだけ早いうちに頼む」


 「わかりました」


 さらに隼人は電信網の敷設の促進をアントニオに命じる。アントニオは真剣な顔でうなずく。彼の努力のおかげで重要な時期に重要な情報がもたらされる事になる。


 この後も臨時会議は続いたが、アンリ王、及び各貴族の出方を調べる事が最優先との結論となり、ひとまずはブリュネ元帥の国葬の準備を始める事となった。




 帝国歴1796年3月26日、ブリュネ元帥の国葬がロリアンで盛大に取り行われることになった。隼人は海路で使って出席した。随行するのは桜、梅子、マチルダである。

 ロリアン市街中心部の大神殿で葬儀が行われ、葬儀を終えるとブリュネ元帥の棺は彼の領地まで馬車で運ばれる。

 この馬車が中島家の屋敷を通過する時に弔銃でも発射しようかと隼人は考えていたが、桜、梅子、マチルダに叱られて捧げ銃をする事に変更になった。発砲音を轟かせたりすると馬車の馬が驚いて暴走しかねないからだ。

 だが黒い軍服を着た一糸乱れぬ最敬礼をする集団は、貴族達にはもちろん、ロリアン市民にも強い印象を与える事に成功するのだった。




 翌3月27日、各貴族の屋敷に驚嘆する内容の布告が城から送られてきた。

 アンリ王が元帥を兼任するという宣言である。


 当然ルブラン宰相をはじめとする旧貴族守旧派は激怒し、ルブラン宰相がアンリ王の下へ詰めかけたが、「1カ月の話し合いで人事が決まらなかった以上、国軍をまとめられるのは余だけだ」とにべもなく門前払いにされてしまった。

 この出来事はアンリ王とルブラン宰相の対立をもはや修復不可能なものとした。話し合いではもはや何も決められず、小さな案件でも王命が乱発され、さらに王命に反発する派閥が実力をもって対抗するという、内戦一歩手前の不安定な情勢が続く事になる。


 そして帝国歴1796年10月24日、ロリアンで重大な事件が、起こるべくして発生するのである。この事件は後に10月事件と呼ばれる。

 次回はいよいよ10月事件を執筆します。


 それから、しばらくは投稿が不安定になるかもしれません。出来る限り週1回の投稿を目指しますが、2週間に1回になるかもしれません。片道2時間半の通学は辛いのです……。

 拙作、『鉄鋼帝国』の執筆自体は、主人公の隼人君が老衰するまで続けるつもりです。読者の皆様には長い目で見ていただけると幸いです。

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