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第10話 敷島からの放浪者

 闘技場を出て賭場の換金所で賭け金を清算する。倍率は3倍ほど。強豪が多く、票が割れたが、隼人はそこそこ人気だったらしい。

 ちなみに、周りに目を向けると、梅子が同じ年頃の少女と初老の武者に頭を下げていた。あれが彼女の仲間なのだろう。どうやら初老の武者に説教をされているようだった。

 ふと隣を見ると、カテリーナが賭け金を受け取っていた。どうやら隼人に賭けていたらしい。


 「おいおい、俺に勝つんじゃなかったのか?」


 隼人はカテリーナに声をかける。


 「あ、隊長。勝つつもりで勝負しましたが、やっぱり優勝する確率が一番高いのは隊長なので、思わず賭けちゃいました」


 カテリーナはバツが悪そうに、しかしケロッとした顔でそんなことを言う。


 「こいつめ」


 そんな風にじゃれていると、ナターシャとカチューシャの姉妹が小走りに近づいてきた。


 「もう、兄さん。トーナメントに出るなんて、心配したんですよ」


 「お兄ちゃん強いから、あたしはそんなに心配してなかったけど」


 純粋に心配してくれるナターシャに対し、カチューシャはある程度信頼してくれているのか、そんなことを言って顔をそむける。ナターシャは年下なのに、隼人に対して若干過保護のようだ。


 「まあ、これからは真剣勝負の殺し合い有りのトーナメントには出ないから勘弁してくれ」


 隼人の言葉に3人が当然だとばかりにうなずく。こんないい仲間に恵まれて隼人は幸福を感じていた。



 

 翌日の昼、遅れていた交易品の積み込みを終え、ノースグラードを出発した。これからさらに西へ向かうつもりだ。



 異変を感じたのはその日の夕刻近く、そろそろ野営の準備をしようかといった時間帯だった。


 「止まれ」


 先頭を進んでいた隼人は右手を上げ、隊商を止めて耳を澄ます。かすかに聞こえるのは怒号、悲鳴、剣戟の音。戦闘騒音だ。


 「歩兵隊は全周防御!騎兵隊は我に続け!」


 隼人達は戦闘騒音の発生源に向かって駆けだした。




 本当についてないな。梅子はぼんやりとそう思った。昨日は自身の実力を過信し、賭け金をすった。そして今は20ほどの盗賊に囲まれている。勝てないことはないだろうが、主君である少女、一条桜に傷をつけず、となると難しそうだ。自分はともかく、嫁入り前の主君(嫁にいけるかは怪しい情勢ではあるが)に傷をつけられるわけにはいかない。主君と、自分の祖父である近衛熊三郎と共同して10人は斬り捨てたが、まだ相手は数の有利をたのんで包囲しており、こちらは疲労していた。

 こんなことになっている理由は単純だ。梅子達が雇われた行商人、彼が他に雇った傭兵団が、実は盗賊団だったのだ。こういったことはそれほど珍しくはない。行商人が盗賊団とグルで、護衛を盗賊団に売り払うことさえある。そういった目に遭わないように気をつけていたのだが、今回は行商人の方に見る目がなかったらしい。人のいい、誠実な行商人だったが、野営の準備を始めた時に始まった襲撃の、最初の段階ですでに殺されていた。今味方は梅子達3人だけである。

 そんな時、遠くから馬が駆けてくる音が聞こえた。




 隼人達が戦場に近づいた時、見覚えがある顔が盗賊らしき集団に囲まれていた。周囲には10ばかりの戦死体が散乱している。さらに近づくと、見覚えがある顔が、昨日闘技場で戦った近衛梅子であることが分かった。


 「助太刀する!」


 隼人は迷わず声を上げ、槍を構えた。


 「カテリーナ、7騎を預ける!右翼を掃討しろ!残りは俺に続いて左翼を掃討するぞ!」


 「了解!」


 カテリーナ以下8騎が右翼に向かって分離する。


 「助太刀、感謝!」


 初老の武者が声を上げ、突然の増援に狼狽する盗賊団に斬りこんでゆき、それに梅子と、薙刀を持ったもう一人の少女が続く。

 戦闘は一方的なものになった。狼狽する盗賊団の背中を槍で突き刺すだけの簡単なお仕事だ。隼人達が戦闘に加入してから僅かな時間で盗賊団は撲滅された。



 

 「伝令!隊商はこの地点まで速やかに進出せよ!」


 一人の女性騎兵が復唱し、来た道を引き返していく。戦利品の収集などに人手が必要だからだ。


 「助太刀、かたじけない。中島隼人殿…でよかったかな?」


 初老の武者が声をかけてきた。茶色の着物に黒い袴を着用している。黒い短髪には白い物が目立っているが、その威風堂々たる雰囲気は彼が歴戦の武者であることを感じさせる。


 「その通りです。あなたは?」


 隼人は下馬して答える。


 「これは申し遅れた。わしは近衛熊三郎と申す。あそこの近衛梅子の祖父で、ともに一条桜様にお仕えしている」


 行商人と思われる死体のそばで、二人の少女が手を合わせていた。片方は近衛梅子で、もう片方が一条桜と言うのだろう。背中を向けているので顔はわからないが、白い着物に赤い袴を着用しているので、まるで巫女のようだ。美しい黒髪を背中まで流している。

 しばらくして二人が隼人のもとに近づいてきた。


 「先ほどは助けていただき、感謝いたします。私は一条桜と申します。あなたは闘技場で活躍なされた中島隼人さんですか?」


 一条桜は黒い瞳をもった、清楚な感じの美少女だった。歳は梅子と同じ16歳くらいのようだが、胸は梅子よりも少しばかりふくらんでいる。理想の大和撫子といった感じだ。


 「はい、その通りです。今回は不運でしたね」


 思わず隼人は握手を求める。それに桜、梅子、熊三郎が答える。おじさんはともかく、二人の美少女と握手した手は洗いたくないな、とおもった。


 「はい、あの行商人の方は良い人だったんですが……」


 「そこは拙者が説明しよう」


 梅子が割って入り、今回の事情を説明する。その間に熊三郎は3頭の立派な軍馬を連れてきた。3人の持ち馬らしい。




 説明が終わったところでカテリーナ達が近づいてきた。


 「隊長、死体は32体です。他にご覧のように荷馬車が一台遺棄されています」


 「報告御苦労」


 「あら、あなたも闘技場で活躍されていましたね、たしか……カテリーナさんでしたか?」


 桜がカテリーナに声をかける。


 「そうです。あなたは?」


 「私は一条桜と申します。こちらは近衛熊三郎と近衛梅子です」


 「よろしく」


 カテリーナが3人と握手する。



 そうこうしていると、隊商が追いついてきた。


 「あら、てっきり奴隷狩りをなさっているのかと思ったら、あなたも行商人なんですね」


 「ええ、これから西へ向かうつもりです。ところで、戦利品の配分はどうしますか?」


 「さすがに荷馬車は手に余るので、そちらで持って行ってもらいたいのですが、他は……」


 ここで桜が隼人の目をじっと見つめてきた。大和撫子な美少女に見つめられ、どぎまきする。


 「そうだ!私達をあなたの隊商に加えてもらえませんか?」


 桜がさもいい考えだとばかりに手を打つ。


 「桜様!?」


 これに驚いたのは梅子である。


 「会ったばかりの隊商に参加するのは危険です!」


 「あら、これまで何度も会ったばかりの隊商を護衛してきたではありませんか」


 「隊商を護衛するのと隊商に参加するのとでは話が違います!」


 「隼人さんなら大丈夫ですよ。きっと私達を守ってくれます。あなたも剣を交わしているのならわかるはずです」


 「それはそうですが…」


 梅子が沈黙する。


 「桜様がそう申されるなら、わしは桜様に従いましょう」


 「お爺様!?」


 ここで熊三郎が賛成にまわる。


 「しかし桜様、そこまで申されるならば、我らのことについて隼人殿に説明するべきでは?」


 「!?」


 熊三郎の言葉に梅子が狼狽するが、気にせず桜は話を進める。


 「それもそうですね。隼人さん、すでにお気づきかもしれませんが、私達は敷島国の人間です。そしてわたしは、敷島国の王女なのです。……いや、王女でした、と言うべきですね」



 

 彼女の言によると、敷島国では最近謀反があったらしい。敷島国の王家である一条家は一族郎党ことごとくとらえられたが、桜だけが乳母姉妹である梅子とその祖父である熊三郎を連れて逃げのびることができたらしい。彼女たちは追手に追われて海を渡り、大陸に安住の地を求めて放浪していたらしい。



 

 「そうですか……実は私もわけありでしてね」


 隼人はボルガスキーを殺して脱走した経緯を話した。

 ちなみにこの間に、隊商が到着し、隼人の指示で野営の準備と戦利品の収集、死体の片づけが行われている。


 「大変だったのですね……。でもそうなると、ノルトランド帝国にいるのは危険では?」


 「ばれてないようなので大丈夫でしょう。それに、ノルトランド帝国からはできるだけ早く離れるつもりです」


 「そうですか……。うん、やはり決めました。隼人さん、私達を隊商に参加させてください。私は医術と治癒魔法の心得がありますし、梅子も熊三郎も剣の腕が立ちます。きっとお役に立てるはずです」


 そう言って桜は力強く隼人を見つめた。正直に言ってかわいい。それに、どこか人を動かすような眼力があった。拒否しようなどとは思えなかった。


 「…わかりました。認めましょう。ただし、条件があります」


 「条件?」


 「ええ、これから俺の隊商に参加する以上、俺の指示に従ってもらいます」


 「ええ、もちろんです。これからよろしくお願いしますね」


 桜は隼人と握手する。しかし不服に思う者もいた。梅子だ。


 「!?無礼ぞ!桜様は敷島国第1王女であらせられるぞ!」


 「たわけ!姫様の決定じゃ!姫様に逆らうか!」


 これに熊三郎の怒声が飛ぶ。


 「お爺様!しかし、王女様を部下にする隊商など聞いたことがありません!」


 「あら、隠れ蓑になってちょうど良いではないですか」


 「姫様、そういう問題ではありません!」


 「まあ、指揮権統一上の問題だから、妙な命令はしないよ。炊事くらいはしてもらうかもしれないが」


 「あら、お料理は大好きです」


 「姫様!」


 「梅子、これは決定です。従いなさい」


 桜がその眼力をもって梅子を説得する。


 「うっ…わかりました。隼人殿、お世話になります」


 梅子も桜の決意に従い、隼人に頭を下げる。


 「ああ、部下として、仲間として歓迎するよ」


 4人は握手を交わして、仲間の証とした。


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