第1話 チュートリアル
みなさんこんばんは。得川です。さて、今夜の「歴史の実像」、今回は建国記念日に合わせまして、我がロマーニ帝国、つまり第2ロマーニ帝国を建国した大帝、中島隼人の生い立ちに迫ってみようと思います。
大帝の出生地、幼少期のことは今もはっきりしたことはわかりません。そんな彼が歴史に初めて登場するのは……
ここに、パソコンの前で怪しげなことをしている男がいる。彼の名前は中島隼人、ひと山いくらで売られているような、特徴のない大学1年生だ。大学で初めての夏休み。彼女もいなければ交友関係も薄い彼は今、VRシミュレーションRPG「クリエイティブファンタジー」の自作大型MODを組んでいる。
VRゲームといえばオンラインゲームとよく思われがちだが、オフライン、またはオフライン主体のゲームも数多く存在する。「クリエイティブファンタジー」もオフライン主体のゲームの一つだ。このゲームの宣伝文句は、「何でもできる、あなただけのファンタジー」だ。
これだけだと過剰宣伝のように思われるが、実際には宣伝文句の通りなのだ。このゲームには簡便なMOD作成ツールが付属しており、ユーザーが自由自在に、自分だけの世界を創造することができるのだ。もちろんバニラ、つまりはMOD無しでも十分に大作たるだけの面白さをそなえており、幅広いファンを獲得している。
MODとは主にユーザーによって作られる、非公式な改造データのことである。使用は自己責任だが(起動しなくなることもあるので注意!)、ゲームを面白くもつまらなくもする魔法の道具である。具体的には、アイテムやキャラクター、クエストなどの追加やテクスチャの改善のような比較的小規模なものから、ゲーム自体を大幅に変更するような大型MODまで、実にさまざまである。
さて、この中島隼人という男、自作、他作を問わず多くのMOD(含:18禁。彼も男である)を組み合わせ、自分だけの世界を創り上げようとしていた。テーマは魔法を削除して中世世界で覇権を唱えることだ。ただし、主人公や味方が負傷で数カ月戦線離脱はゲーム的に面白くないので、治癒魔法の自然治癒力を強化するタイプのみ残している。
「…よしっ、できた。次は動作確認だな」
そう言って彼は、バニラの倍以上の容量のデータを「クリエイティブファンタジー」にぶち込んだ。
「動くかな?」
VRヘルメットをかぶり、やや不安げにつぶやく。
ゲームのタイトル画面が表示される。彼は「よっしゃよっしゃ」と独り言を言いながらニューゲームを選択する。すると大量のエラーメッセージが表示される。しかしエラーメッセージが出てもゲーム動作には影響がない例もあったし、実際にプレイして問題点を洗い出したかったこともあり、彼は無視してしまう。
ここで異常動作が始まった。まずキャラクター名が本名に自動設定され、キャラクターデータが、最も育っているセーブデータのものに設定された。そして困惑する彼をおいてそのままゲームは始まってしまうのであった。
「これは重傷だな。勝手に決められたばかりか初期位置の設定すらなかったぞ」
このゲーム、開始地点は複数から選択できるはずだったのだ。不具合をぼやく隼人に声をかける者がいた。
「重症なのはあんたじゃないのか?港に着いたぜ。わけのわからないことを言ってないで早く下りてくれ」
プレイヤーを初期位置の都市まで運ぶ船の船員だった。
「ああ、すまない。ところでここはどこの港だい?」
「?まだ寝ぼけているのか?カーディフだよ、カーディフ」
「ああ、ありがとう。思い出したよ」
そういって彼は立ち上がり、手荷物(初期アイテム:数打ちの片手剣と木盾、弓矢にいくばくかの食糧)をまとめた。「じゃあな、良い旅を」と言った船員に感謝の言葉を返し、船を下りた。そこにはガリア王国属州ブリタニア、その州都カーディフを守る、隼人の想像以上の城壁が出迎えていた。
入市検査は厳しいものではなかったが、行列ができていたため時間がかかった。入市税は5デナリで、残金は95デナリだ。
ここでこの世界貨幣単位を解説しておこう。基本通貨はデナリで、補助通貨としてフロリンがある。100フロリンで1デナリとなる。デナリもフロリンも、かつて大陸を統一していたロマーニ帝国の通貨である。金銭感覚は1フロリンが1日本円と考えてもらえば良い。貨幣は以下の通りとなる。
小銅貨1フロリン
中銅貨10フロリン
大銅貨1デナリ
小銀貨10デナリ
中銀貨100デナリ
大銀貨1000デナリ
小金貨1万デナリ
中金貨10万デナリ
大金貨100万デナリ
面倒なのが、これが450年前に分裂、滅亡したロマーニ帝国の通貨ならば、という条件がつくことだ。現存する国家が発行した通貨ならば、遠い国でなければロマーニ帝国通貨と同等に扱ってくれる。しかし滅亡した国家の通貨や、遠い国の通貨は事実上金属塊としての価値しか持たない。
ちなみに、言語は大陸全土で帝国語というものが使用されているが、国産ゲームなので、帝国語の実態は言葉も文字も日本語である。
さて、無事カーディフに入った隼人はチュートリアルクエストを探していた。「クリエイティブファンタジー」のチュートリアルクエストは、酒場で商人から奴隷狩りに捕まった娘の救助を依頼されて始まる。彼は酒場を巡り歩き、聞き耳を立て、情報収集に努めていた。そしてそれは5軒目の酒場でのことだった。
「私はジュピター商会のエマと申します。お願いです!少しでいいのでお金を貸して下さい!必ず返しますから!」
そう言っていきなり中年女性の商人が頭を下げてきた。
「(チュートリアルクエストだな)どうしたんだ?」
「息子が奴隷狩りに遭ったんです。警備隊も盗賊狩りに出たばかりで動けないそうなんです。すぐに身代金を用意しないと……」
「よし、俺が息子を取り戻してやろう。身代金の受け渡し場所は?」
そう言うと商人は青ざめて引きとめてきた。
「そんな無茶は止めてください!息子が殺されてしまいます!」
「俺は腕に自信がある。それに、その状況で身代金が集まるのか?」
「うっ…」
商人は言葉に詰まる。
しばらく悩んだ後、意を決したように言った。
「……ではお願いします。相手は結構な人数のはずです。隠密性を考慮して、少人数の傭兵を雇うべきでしょう。受け渡し場所はカーディフから川の上流に南に6キロの廃屋、時間は今夜から3日間の夜です。息子が返ってくれば謝礼を差し上げます。わたしはもう少し身代金を集めてみるつもりです」
憔悴して言う商人に「任せろ」と肩をたたき、隼人は酒場を出る。商人はその後ろ姿を溜息とともに見送り、再び金策に戻るのだった。
隼人は、チュートリアルクエストの救助対象が変わっていることを疑問に思いつつも、バグだと考え、そのままクエストを続けることにする。とはいえ、傭兵を雇うのは後回しだ。実はこのチュートリアル、ゲームの操作に慣れていれば、1人で隠密に行う方が難易度が低いのだ。そんなわけで、食糧と水を補給して街の外に出る。夜までに1人で狩れる賊を退治するつもりだ。
結局、夜までに狩れた賊は1組5人だった。先に発見し、弓で奇襲したのであっというまだった。この戦闘で賊から装備をはぎ取った結果、ボロい革鎧と革帽子、革盾、それに予備の剣と弓矢、そして約200デナリを入手した。外見も行動も盗賊っぽくなったが。
日が落ちてから件の廃屋に向かう。あたりは平原で、廃屋には灯りがついていたのですぐに見つかった。クエストでは相手は5人だが、最低一人は生かして無力化する必要がある。廃屋は身代金の受け渡し場所であり、人質の監禁場所ではないからだ。
「今日は何人来ますかね?」
賊の一人が隊長格の賊に尋ねる。
「まぁ、来ても一人くらいだろう。まず、明後日だろうな」
そう答える隊長にもう一人の賊が不安げに尋ねる。
「警備隊は大丈夫なんですよね?」
「心配するな。警備隊は買収済みだ。でなきゃ8人も誘拐できん」
「一人頭5万デナリで合計40万デナリ。へへ、いい商売だ。ガキは奴隷商に売らないんで?」
「馬鹿、そりゃ素人のやり方だ。そんなことをしたら次に来るのは身代金じゃなく剣になる。俺たちも信用第一の商人のはしくれさ」
最初に質問した欲深い賊の質問に、隊長の男は皮肉げに答えた。
その時、ドサッという音が2つ連続して聞こえた。その音を聞いた隊長の男は素早く火を消してかがむ。
「おい、ジャック、外の2人の様子を見てこい。もしかすると討伐隊かもしれん」
欲深い賊に緊張した面持ちで命じる。
「へい」と言って慎重に扉を開けて外をうかがったジャックだったが、何事かを報告しようと振り向いた途端に首から矢を生やして絶命する。
「くそっ、ダニー!逃げるぞ!」
そう言って隊長は駆けだした。
まず、屋根の上と扉の前にいる賊を弓で仕留めた隼人は、扉を開けて出てきた賊も続けて始末する。さあ突入をかけようかという段になって1人、いや2人が逃亡を計る。意外にも反応の良い賊に舌打ちしつつ、しまいかけた弓をつがえる。狙いは先頭の男の頭と二番目の男の腹。風力風向を感じ、距離と矢の到達時の未来位置を考慮して狙いを定める。幾度となく「実戦」で繰り返してきた作業だ。いまさら失敗は無い。連続して2本の矢を放つ。果たして2本の矢は導かれるように目標に到達した。
ダニーは隊長を追って駆けた。警備隊は買収したはずでは?そもそも警備隊は討伐隊を東へ派遣し、自分たちを追う余力は無いはずでは?そんな疑問が恐怖とともに浮かび上がる。そんなことを考えている間に前を進む隊長の影がぐらりと揺れたかと思うと、前のめりに倒れる。しかし隊長を気にかける余裕はダニーにはなかった。なぜなら直後、腹部に激痛を覚えたからだ。
矢の命中を確認した隼人は、剣を抜いてゆっくりと2人に近づく。1人がまだ生きていることを確認し、ほっと安堵のため息をつく。痛みにのたうち回る男の首に剣を当てる。
「人質はどこだ?」
事務的な口調と剣の冷たさに男は一言小さく悲鳴をもらしただけだった。もう一度隼人が問うと、男はおずおずと答えた。
「……西に5キロの山林の中の洞窟だ。お願いだ、命だけは助けてくれ」
それを聞いた隼人は「ありがとよ」と一言言うと、頸動脈を引き裂いた。
それから2時間あまりのち、隼人は山林を静かに登っていた。皮鎧は賊の1人から剥いだ、幾分上等なものに変わっていた。荷物や戦利品の一部は廃屋に置いて来ている。これまでに3人の賊を弓で、2人を剣で始末していた。もちろん音をたてずにだ。洞窟は中腹にあった。歩哨に賊が1人立っているから間違いはない。
剣を抜き、音をたてずに、うつらうつらする賊に近づく。狙いは腎臓、一撃で声を上げさせずに仕留める。声も上げられずに崩れおちる賊を静かに横たえ、念のためとどめを刺し、耳をそばだてる。洞窟からは下品な笑い声以外に音は無い。気付かれていないようだ。
隼人はそっと洞窟に忍び込む。そこかしこで寝転んでいる10人ほどの賊の首に剣を突き刺していく。奥に向かうと、酒をあおり、談笑している5人ばかりの集団がいた。彼は弓を静かに引き絞り、もっとも偉そうな男を狙う。矢を放つと同時に弓を捨て抜剣、談笑の輪に殴りこむ。戦闘は一方的だった。油断していたところに頭目が殺害され、剣を抜く暇なく残る4人も斬り殺された。
牢の前に立った隼人は戸惑っていた。そこには8人の子供たちがいた。クエストでは一人だったはずだ。だがこれも彼はバグと考えることにした。ともかく、賊は全て撃滅したことを確認し、人質の無事も確認できたので、牢の鍵の捜索と賊からの剥ぎ取りを行うことにした。
賊の財産はそれなりにあった。頭目のものと思われる皮鎧には鉄で補強がしてあったし、剣もそれなりのものだったし、敵を気絶させて捕虜にできるメイスも入手できた。お金も合計で約10万デナリほどあったし、何よりもうれしいかったのは、少し離れた場所に馬車があったことだった。チュートリアルクエストとしてはありえないほど豪勢な戦利品だったのだが、舞い上がった隼人はそのことを深く考えなかった。
賊から奪った物を馬車に載せると彼はようやく人質の解放に向かう。子どもたちはみな不安げにしていた。戦闘の怒声が急に起こり、それが収まったと思うと返り血を浴びた男がやってきて、放置されたのだ。困惑し、不安にもなるだろう。
「救助に来た。外に馬車があるから乗り込め」
隼人はそう言って人質たちを連れ出す。子供たちが死体を見て何度か吐いたので、その世話をする羽目になり、夜が白んできてしまった。そのころには子供たちは馬車の中でぐっすりだ。ともかく隼人は廃屋に置いてきた荷物の回収と、カーディフへの帰還に出発した。
カーディフに帰ったころには朝もそれなりに過ぎていたが、中規模の盗賊団を“1人で”撲滅し、人質を全員連れ帰ったことでひと騒ぎになった。彼は被害者たちから「クエスト」報酬として5万デナリ、警備隊から報奨金5万デナリを受け取った。これも「チュートリアルクエスト」としてはかなり高額なのだが、隼人は「街の英雄」とおだてられて全く気付かなかった。