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奴隷のお仕事

お待たせしました。

 奴隷の仕事、と言えば皆さんは何が思い浮かぶだろうか。重いものを運んだり、人力車を引いたり、身の回りのお世話をしたり、はたまた護衛や私兵として戦わせたりと、様々な用途がある。

 どの奴隷も、用途用途に特化したものがあるが、まあどんな仕事もさせていいことになっている。

 俺は良く言えばオールマイティ、悪く言えば……いや、事実を言えば何もできることのない奴隷である。俺みたいなのは、使える奴隷にするために、色々な教育を施さなければならない。そのため、費用や維持費が箆棒に高いのである。しかし、手間がかかる分、色々な技術や教養を身に付けさせることもできるので、上流階級の皆様に需要がある。

 だが、教養が身につくまで楽ができるということではなく、極限までこき使われるのだ。

 でもね、言わせてもらいたい。俺は中身はともかく、体は九歳なんだぜ? これはいくら奴隷って言っても無理難題すぎるんじゃねぇのかい、お嬢ちゃん?

「さあ、早く倒しちゃいなさい!」

「おほほほ、そんなちっちゃい奴なんかに、私のブルーノが負けるはずありませんわ! そうよね?」

「イエス・サー」

 イザベラは俺に叫び、なんか巻き毛のお嬢さんは胸を張り、マッチョは俺にウィンクしてくる。なんなんだこのクレイジーな状況は。

「何が私のブルースよ! 父親の奴隷を借りてるだけでしょうに! 私のアレクは私が買ってもらった私だけのアレクなのよ? それにそこのでかいのよりすっごく強いんだから!」

 おいおいイザベラ? 何をわけわかんないこと言ってんのかな? 勝てるわけないじゃん。あの筋肉を見ろよ、みすぼらしい恰好が逆にかっこよく見えてきやがる。「どこのラ○ウですか?」というくらいの盛り上がった筋肉に、凍るような冷たい目で笑いながらウィンクされるんだぜ? 逃げてもいいよな?

 周りの雰囲気はもう確実に決闘の観戦モードになっていた。今は魔法学の授業だったらしく、俺たちはそれっぽい闘技場に居る。他の生徒は各々自分の観客席につき、どちらが勝つか……というより、マッチョがどう俺のことを殺すかが楽しみな様子だ。

「アレク、何やってるの? あんなの簡単に倒しちゃいなさいよ」

「い、いや、あの、お嬢様? あれは私にはちょっとどうしようも……」

「私の言うことが聞けないって言うの!?  つべこべ言わずさっさと行きなさいよ!」

 理不尽な鞭をもらい、俺はとぼとぼ闘技場の真中へと歩を進めた。さしずめ地獄への道ってところだろうか。

「さぁーて、始まりました。奴隷同士のデスバトル! 勝利の旗が上がるのははたしてどちらの奴隷なのか! 実況は私、クルトがお送りします!」

 あ、やっぱこういうやついるんだ。俺の高校にも居た、文化祭などでMCやりたがる目立ちたがり屋。

「今回はスペシャルゲストとして、ザルダートの英雄、クラウゼヴィッツ軍務大臣の御子息である、学園の貴公子、アルフォンス・クラウゼヴィッツさんに解説を行ってもらいます。アルフォンス君、よろしくお願いします」

「何で俺が……」

 出てきたのは憎たらしいほどカッコいい一人の美男子だった。なんだかものすごい肩書だったが……学園の貴公子なんて現実に居るものなのか?

「さて、奴隷の紹介をしておきましょう。まずは、内務大臣であるヘンライン公爵家の戦奴隷、ブルーノであります! あの屈強な体で、どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみですね! アルフォンス君?」

「もうあいつの勝ちでいいだろ、これやる意味あんの?」

 ……アルフォンス君、君の意見には激しく同意するよ。だがしかし、手前ぇみたいなイケメン野郎に言われると腹が立つ!

「もう一人は、外務大臣であるバッハシュタイン公爵家のご令嬢、イザベラ様の奴隷、アレクであります! その小さい体躯から、どんな技を繰り出すのか、とても楽しみですね! アルフォンス君?」

「身のこなし、体の出来……どれをとっても最低ランクだ」

 そこまで言うかこのガキ! よし、いいだろう。本気で戦ってやる。

 俺は目の前のデカブツに向きなおり、ファイティングポーズをとった。

「おっと、アレクが早くも挑発しております!」

 小三の夏休みに学校の体育館でやっていた空手教室で先生に筋がいいと褒められた俺の実力、そのでけぇ体に嫌というほど覚えこませてやる!

「会場の熱気が高まってきました! それでは始めましょう。レディ……ファイッ!」

 とは言ったものの、前世では喧嘩など数えるほどしかやってないし、あんなマッチョ相手に勝てるはずもない。

 マッチョは余裕の笑顔である。

「ほら、来ないのか? 最初一分間だけは好きなようにやられてやるぜ?」

 よくある台詞だな。しかし、本当に思いきり殴ってもあんまり効果がなさそうだ。それどころか、俺が「ゥアタタタタ」をやったところで、手が「イタタタタ」となるだけのような気がする。

「早く戦いなさいよアレク!」

 イザベラが後ろで檄を飛ばしている。もとはと言えばあんたのせいなんだぞ! くだらねぇことで喧嘩しやがって。十二年前の勇者についてどちらが多く知ってるかだって? どうでもいいわ! 畜生勇者とやらめ、お前のせいで俺はマジで歿する五秒前だよ!

 ああ、もうどうにでもなれ。

「う、うわぁああ!」

 俺は走り出した。

「おおっと、先に仕掛けたのはアレク選手であります。どんな攻撃を繰り出してくるのか!」

 俺は思いっきり踏み込み、状態を後ろに倒しながら前にジャンプし、両足を同時に蹴り出した。そう、俗に言うドロップキックである。俺が考える一番威力のある攻撃だった。

 しかし、踏切り時に足が滑り、十分な高さがとれていなかった。俺の当初の予定では、心臓のあたりに蹴りを入れようと思っていたのだが、ジャンプが低くなってしまい、予想外の事態が起きた。

 俺のキックが当たったのは――――下腹部であった。

 足の裏から、何か巨大な二つの玉の感触が伝わり、次の瞬間にはその玉が歪に変形したのが分った。あ、これは痛いな。恐怖と緊迫の中で、それだけは分かった。

「ぬぅぉおお……」

 その呻きを最後に、ブルーノは沈黙した。場に静寂が満ちた。

「か、勝ったのは……アレク選手だぁああ!」

 クルトの言葉と同時に、観客がこれでもかというほど沸いた。

 そう、俺は勝ったのだ。あのでかぶつに勝ったのである!

「やったぁああ!」  

「凄いわアレク!」

 俺は人生初の勝利を噛みしめた。何事も行動だな!

「ブルーノ! 何やってるの、早く立ちなさい!」

「無理です、サー」

 はっはっは、無駄だ。そいつはあのすさまじい痛みと、下腹部から湧きあがる吐き気と格闘しているころだろう。

 歓声がピークに達したころ、一人の教師がやってきた。

「おいおい、これはどういうことだ?」

「いや、先生。これはですね……」

 そのあと、クルトが教師に連れて行かれ、その場は解散となった。

「よくやったわ、アレク。帰りましょう!」

「はい。お嬢様」

 その日、帰りの馬車でのイザベラは、気味が悪いほどご機嫌だった。

次はある一人の紳士の話です。

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