関わってはいけない
七歳になった。奴隷として売られるまであと三年。だけど、その前に絶体絶命のピンチを迎えている。
「このっ、糞野郎が! 何てことをしてくれたんだ!」
ビシィ! という空気を裂く音とともに、焼けるような痛みが背中に走る。
「お前のせいでっ、うちの商館が大ダメージを負うかも知れないんだぞ!」
「いづっ!」
また一つ鞭が俺の背中を打つ。肥え太ったトドが……いや、うちのオーナーだったかが、じきじきに俺に鞭を打ってくれるのだ、こんなに嬉しいことは無い。……覚えとけよ糞爺。みやびなお子様の体に何度も鞭を打ちやがって、あとが残ったらどうするんだよ。お嫁に行けなくなるじゃねえか。冗談はさておき、うちのオーナーが何故こんなにご立腹かと言うと、それは二時間前にさかのぼる。
退屈すぎて檻の中で柔軟運動をしていた俺は、突然エマヌエルにつかみ出され、何だか豪華な部屋に連れてこられた。中にはオーナーと、厨二っぽい軍服の厳ついおっさんとボディーガード。それと俺のほかに何人かの奴隷達がいた。他の奴隷も、みんな俺と同じくらいの年齢だ。
「はい、この奴隷で最後になります」
オーナーが下心を隠そうともせず、下卑た笑みでおっさんに話しかける。このおっさんはどっかのお偉いさんなんだろう。奴隷の視察かなんかか?
おっさんはおもむろに立ち上がると、一列に並んだ奴隷達を順番に一人一人観察していった。最後に俺の番だ、おっさんは覗き込むように俺の目をまっすぐ見据えた。
「……こいつの目は、気に食わんな」
「はあ!? なんなんだこのおっさん! 初対面でいきなり気に食わないだぁ? えらっそうにしやがって、ちょづいてると踏み潰すぞ!」と、心の中で罵詈雑言を吐いた。え? 本当に言うわけ無いじゃん。自分、小心者ですから。それに俺は前世で第一印象が優しそうだと言われた男だぞ、目つきが悪いわけでもないと思うのだが……ああ、生まれ変わったの忘れてた。顔も当然変わるのか。
まあそんな発言を厳ついおっさんが言ったもんだから、トドは焦りまくりだった。早口で何かを捲くし立て、急いで俺を部屋から出させた。
「お前馬鹿だな、後でどうなるかわかんねえぞ、ヒヒヒッ」
とは、エマヌエルの言葉だ。言葉のとおり、その後俺は鞭を貰うことになった。
「このっ、このぉ!」
「ぐふっ、ぐあぁ……いっ!」
鞭で打つだけでは飽きたらず、蹴る殴るの暴力も加えてきやがった。っていうかこのトド、もう息上がってるし、腕痛くなってきてるでしょ。しばらく俺を痛めつけていたが、途中で疲れてどっかへ行ってしまった。
うーむ、それにしてもあの厳ついおっさんは何者なのだろうか。トドの反応を見るに、かなり上の立場にいる事は間違いないが、うちの奴隷商って結構他に影響力があるとかなんとか、前にバルトルトさんが言ってたような……。それより上ってどんな奴だ? 軍服を着ていたから、帝国軍の関係者か。
檻に戻った俺は、うつ伏せになって寝転んだ。背中がじんじん痛む。これは向こう一週間痛いままだな。回復魔法とかあったらいいのに、生憎俺はまだ魔法が使えない。というかもう魔法は諦めかけている。だって教えてくれる人が居ないんだもーん。バルトルトさんは頭がいいのだが、何分魔法の適正が無いらしい。残念なことだ。
「なんだいため息なんかついて、子供は笑顔が一番似合うよ」
心の声がため息として出ていたらしく、バルトルトさんがイケボで慰めてくれる。そのイケメンスキルでどれだけの女性を虜にしてきたのだろう。ぜひとも見習いたいものだ。
「なんで鞭で打たれたんだい?」
「いや、俺も分からないんですけど……」
バルトルトさんは、俺が事のあらましを話すと、難しい顔をして顎に手を当てて、何かを思案しているようなポーズをとった。
「……なるほど。オーナーが焦るのも当然か、そのぐらいの傷で済んでよかったよ。下手したらもっと酷い重症になっていたかもね、処分されなかったのが不思議なくらいだ」
お、おうふ……なかなかやばい奴だったらしい。
「な、何者だったんですか? あの厳ついおっさん」
「厳つ……まあ、そのうち分かると思うよ。今はまだ知らなくていい」
何だよ、そんなこと言うといっそう気になるじゃねえか。なにか関わってはいけない物に関わったように感じた。
ようやく体の痛みが引いたころ、バルトルトさんは売られていった。どっかの村の村長の所だって聞いたけど、まああの人ならどこでだってやっていけるだろう。もう少し身分の高い貴族の所に行くと思っていたんだけどな。
なんだか最近、奴隷がどんどん売れてきて、俺が奴隷になったころ居た奴隷はもうほとんど居ない。俺もあと三年で売られるのだろう。そう思うだけで、なんだか憂鬱な気分になってくる。
「アレク」
「なんだ、テオか」
テオが檻の外から話しかけてきた。お前あの時の一発忘れてないからな。
「なんだよ」
「俺買われることになったんだ。行くのは普通の一般家庭だけど、もう会うことも無いからさ、挨拶しに来た」
「……別にいいよ、そんなこと」
そんなに親しい関係でも無かっただろ。
「いや、人生は一期一会、俺達が出合ったのは偶然だ。でも、その偶然を俺は大切にしたい。今まで俺はそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。だから……まあ、お前が居ると気が楽になったよ。ありがとう」
……え? こいつ結構いい奴? 実年齢二十六歳の俺より人間できてやがる。
「いや、まあ、どういたしまして?」
俺がそう言うと、テオは二コッっと笑い、エマヌエルに連れて行かれた。……うーん、これが世に言うショタっ子か。お姉さま方の保護欲をさそう奴だ。三年後が楽しみな糞野郎だな。何度も言うが殴られたのは忘れてないからな。
三年後のターニングポイントを考え、ため息をついている俺の元に、悲報は突然やってきた。