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我儘お嬢様の物騒な命令

今回はいつもより少し短いです。

 ジャック先生の教えは、意外にも座学から始まった。勝手な想像だけど、こういう事って実践あるのみ! みたいにひたすら訓練かと思ってた。というかセバスさんとの訓練は実際そうだった。

「俺様の剣に流派はない。独学だ。独学ってのは自分勝手に剣を振ればいいってもんじゃねぇ。色んな奴と戦って、色んな戦いを学んで、その中で自分の戦い方ってのを身に付けてくんだ」

「で、でもジャック先生。それで何で大陸史から学ぶんですか?」

 俺の目の前に高々と積まれている分厚い本の山。そのほとんどが南北大陸の歴史に関する本だ。

「これは気にするな。あの執事に持ってこさせたものだが、こん中で使う物なんてほんの数冊程度だ」例の漏れず、ジャック先生はあの剣を手入れしながら語りはじめた。「俺様が戦いを学ぶとき、真っ先に調べるのはその戦いが出来たルーツだ。北大陸の東にある山の、ある集落では、素手で戦うと言う戦闘方法があった。昔その一帯を治めている国の騎士が集落を訪れた時に、集落の奴らにそりゃあまあ酷いことをしたんだとさ。対抗しようにも、騎士みたいな剣がある訳じゃなく、剣を作ろうにも技術が無い。そこで考えたのが、自らの身体を剣にすることだった。剣に対する防衛術として開発されたその技術は、素手で鉄を切り裂くほどだ。はっ、最初にその戦闘を見た時は驚いたぜ、あいつらの手が、足が、一瞬にして剣に変わる。それを見ちまうとな、剣ってもんがそれはそれは不安定なもんに見える」

「素手で剣に勝てる訳ないじゃないですか」

「ほう? 面白いこと言うな。俺様が素手だったら、お前は剣を当てられたってのか?」

「むう」

 まず無理だよな。ジャック先生と戦ったとき、俺の剣を避けるのに剣なんて使ってなかったし。

「戦う相手の出身地によって、そいつの戦い方がだいたい見当つく時がある」

「本当ですか?」

「ああ、例えばザルダートの剣士は、真面目で実力主義だ。強さのみが正義だと思ってて、きっちりかっちり剣を振る。セオリー通りなんだよな、あいつらは。南大陸のルノワール王国の剣士は、自己顕示欲が強い。一人一人自分の戦いを持っている。不規則な動きで翻弄しようとしたり、ひたすら抜剣の速さを極めようとする奴もいる。ただルノワール王国の剣士は一つの共通点がある。「強い」と「美しい」が同義ってことだ。美しくなければ、勝っても意味がないんだと。変な奴らだよな」

 ジャック先生は意外に饒舌だった。自分が戦った相手や流派、各地の武術などをひたすらに喋り続けていた。しかしその間も、ずっと剣の手入れを止めることはなく、節目節目にその剣を愛おしそうに、悲しそうに見ているのだ。

 雨が降ってきた。ドラムスのように小気味よく、オンボロの小屋を叩く。さっきまでのカラッとした天気が嘘のように、空には分厚く灰色の雲が覆っていた。

 汗が急に噴き出して、肌に不快感が増す。

「雨は好きか?」

 ジャック先生が突然聞いてきた。

「どちらかというと、好きですね」

「何故?」

「何故って……別に、理由はないですけど」

「俺は嫌いだ。剣が錆びやすくなる」

「なるほど」

 ジャック先生の授業を聞いていると、通信用魔道具からイザベラの声が聞こえてきた。

『アレク。急いで来なさい』

 この魔道具、実はこちらから音声を送ることはできない。あちらから一方的に、奴隷を命令するための道具なのだ。なんともまあ、貴族らしい魔道具だよ。

「ジャック先生。俺行きますね」

「あァ? まだ話の途中だぞ」

「すみません。イザベラお嬢様の命令なので。逆らうと痛いんですよ」

 俺は首の奴隷紋を指さして言った。

 ジャック先生はキョトンとして、その後に苦笑した。

「そうだったな。忘れてたぜ」

 小屋を出ると、雨は少し強くなって、斜めに降っていた。

「『防げ(マジックガード)』」

 魔法を発動して、雨を完全に防ぐ。いやー、魔法も使いようだね。戦闘だけが魔法の用途じゃないんだぜ。マジックアンブレラと名付けよう。



「遅い!」

 イザベラの部屋に入ると、イザベラは鬼のような形相で鞭を振るってきた。理不尽な暴力を甘んじて受け、すぐさま謝ることにした。

「申し訳ありません、お嬢様。どうかなさいました?」

「どうもこうもないですわ! あの忌々しいクラウゼウィッツの男! アレク、今すぐあいつを殺して来なさい!」

 おお、殺してこいとは穏やかじゃないな。アルフォンスの奴、何しやがったんだ? ここまでイザベラを怒らせるなんて。

「分かりました。ですが、どうしてそのようなことを?」

「あなたに関係があるの?」

「いえ、まあ」

「いいわ、聞きなさい。アルフォンス、あの男はこの私に恥を掻かせたんですわ! 皆が居る前で私を、真っ赤な薔薇のようだと!」

 ……真っ赤な薔薇? それがどうしたんだろうか、別になんらおかしいとこはないと思うけど。貴族の世界じゃタブーなのかな?

「畏れながらお嬢様、学の無い私にはなにが問題なのかさっぱり……」

「何を言ってるの!? 薔薇なんて言う刺々しくて毒がある華なんかに例えられるなんて、恥じでしかないですわ! ましてや真っ赤な薔薇なんて、完全に私を馬鹿にしてるのよ!」

 ふーん、そういう捉え方なのか。俺の常識では、好きな人には薔薇を贈るのが定番だから、いいイメージしかなかったな。まあ俺は薔薇を贈ったことはないけどね。

「公衆の面前であんな恥を掻かせるなんて、絶対に許せない! 復讐してやる!」

 早く殺して来いとどやされ、俺は蹴り飛ばされるように部屋から出た。

 さて、どうしようかな。主人に命令されたからには遂行しなければ俺は死んでしまう。かといって、暗殺の技術は俺には無く、軍務大臣の息子であるアルフォンスに一対一で勝てる保証はない。

「……というか俺、クラウゼウィッツの家知らないぞ!」 

 おいおいどうすんだよ。イザベラめ、さんざんどなり散らしたくせに肝心なこと教えてもらってないぞ! 

 俺は廊下を走り、セバスさんのところへ向かった。セバスさんなら知ってるだろうし、聞いてもこらえてくれそうだ。

 ここで焦って無かったら、曲がり角の向こうにいる存在に気付けただろう。しかし、俺は少し冷静さを欠いていた。

「うわっ」

 なにやら柔らかいものとぶつかり、それが人だと分かると、俺はマッハで頭を下げた。

「申し訳ございません! お怪我はないですか!?」

 頭を上げると、この城の城主が俺を見下ろしていた。

「あ、旦那様……」

 ヴィルフリートは俺の目をじっと視て、一言も発さない。

「ど、どうかされました?」

「大丈夫だな」

「え?」

「いや、怪我はない」

「そ、そうですか。申し訳ありません。少々急いでまして、不注意でした」

 俺は再び頭を下げた。

「良い。それより何をそんなに急いでおったのだ?」

「あ、実は……」

 聞いてくださいよ旦那ぁ。あんたの娘さん、そう、その生意気なお嬢さんですよ。いきなり呼ばれてみたらそりゃあまあ顔を真っ赤にして怒ってましてね、どうしたのか聞いてみたんですよ。そしたらクラウゼウィッツのところのお坊ちゃんに薔薇に似てるねって言われたんですってさ。そんでお嬢さんお冠。そのお坊ちゃん殺してこいってあっしに言うんでさぁ。しかしね、あっしはクラウゼウィッツの屋敷がどこにあるか知らないんですよ。それじゃあ殺しようがないってんで、ここの執事長に聞いてみようと思い至りましてね。

「なるほど、それは災難だった」

「え、あ、私みたいな者に気を使っていただけるとは、身に余る光栄に御座います」

「それにしてもクラウゼウィッツの倅か」

「はい」

「あの子も幼いながらも苦労している。物心つく前からルノワール王国で暮らしていてな、戻ったのもつい昨年で、こちらの言葉になれるのにも時間がかかったであろうな」

「そうなんですか」

 初耳だ。

「クラウゼウィッツの屋敷だったな。それならここからほど近い」

 場所はなんとこの城の真横、お隣さんだった。

 城を出て、門を出て、西に一キロほど進んだところに、その屋敷はあった。え? 一キロも離れててお隣さんなの? そう思うのも仕方ないが、考えてみてほしい。まず敷地が家毎に東京ドーム何個分で表せるのだ。一キロ程度なら十分ご近所さんである。

 雨もすでに小降りになっており、晴れ間も差し込んでいた。さっきのはやはりにわか雨だったのだろう。それでも舗装されていない道はぬかるんでいて、馬車を曳く馬は歩きづらそうだった。帝都といえど、その面積は広く、まだまだ舗装されていない道もあった。

 マジックアンブレラを解除して、俺は雨上がりの空気肺いっぱいに吸い込んだ。戦いの時間だ。

 クラウゼウィッツの屋敷の前に立つ。屋敷はバッハシュタイン城よりは小さいが、それでも現代日本に住んでいた俺からすれば、十分城と表現しても差し支えがなさそうだ。

 さて、どうやって殺してやろうか。

 

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