久し振りだね
一か月も間を開けてすいませんでした<m(__)m>
美少女は宙を舞っていた。それも回転しながら。ロンダートからの二回転捻り。すごい身体能力
だな。おっさん連中から拍手が沸き起こり、俺もそれに倣って手を打ちつけた。イザベラが得意げに胸を張り、すごいでしょとまるで自分のことのように自慢した。
「ニコルは皇帝陛下にも認められたすごい道化師なのよ?」
「はあ、凄いです」
「うふふ。ねえお父様!」
「うん?」
おっさん達とお喋りしていたヴィルフリートに、イザベラがまたも話しかける。今大事な話してるんだよな、大丈夫なのか?
「どうしたイザベラ」
「ニコルと一緒に遊びたいの、貸してくださいな」
「いや、今は皆さんにお見せしているところだから」
「良いではないですか公爵殿。イザベラ嬢も遊び相手がほしいのですよね?」
肥え太った目の細い貴族が言った。猫なで声ってこういうことを言うんだな。
「お心遣い感謝します。じゃあイザベラ、私の邪魔をしないように遠くの方で遊んでなさい」
「はぁーい」
間延びした返事をしたイザベラは、再び俺の手首を掴み、その少女の元へ駆けだした。いちいち俺の手を掴むのはやめてほしいんだが……。
「二コル!」
「どうしたの、一緒に遊ぶ?」
「うん!」
二コルと呼ばれた彼女は、小学校高学年くらいの年齢で、マッシュルームヘアーが良く似合う文句なしの美少女だった。
「いいよ、あのおっさん達の前でアクロバットするのは楽しいけど、イザベラと遊ぶ方が面白そうだし」
「お、おっさん!?」
それを口に出していいのか?
「ヴィルフリートも最近忙しいらしくて、ああいう自分の家の自慢にしかあたしを使ってくれないんだから。嫌になっちゃう」
「また呼び捨て!?」
失礼のオンパレードだぞ! 公爵を呼び捨てにするとか、あんた何もんだよ。そういえばイザベラも呼び捨てにしてたし。
「そこのうるさい奴隷は何?」
「私の奴隷よ! いいでしょぉー」
「いいもんか、あたしだったらそんな弱そうな奴隷、どっかに捨ててくるね」
このガキ、言わせておけばいい気になりやがって。
「そんなことないわ。だって私を悪い奴から助けてくれたんだもの。勝手なこと言わないで」
俺が少女を睨みつけながら、一歩前に出ようとしたとき、イザベラが頬を膨らませてそう言った。イザベラさん、堂々と言われると照れてしまうよ。イザベラがあの一件で、挨拶を「私の奴隷がヘンライン公爵家の戦奴隷に勝った」から、「魔法使い十数人を斬り伏せた」に変わってしまっていた。正直いい気はするのだが、罪悪感が半端じゃない。実は見ず知らずの人が全部やったとは言えないだろうし、口止めされているからな。
「そう。でも彼にあたしの紹介しなくていいの? 凄く困惑してるみたいよ」
「ああ、そうだった。アレク、この子はうちの宮廷道化師の二コルよ。私が物心つく頃からこの家に居るの」
「どうけし?」
あんまり聞きなれない言葉だ。この世界の言葉は難しいのが多い、頭の中で無理やり変換してはいるが、初めて聞く言葉だとそれも難しい。
俺が首をかしげているのを見て、二コルが説明を入れてくれる。
「宮廷道化師っていうのは、芸を人に見せたり、笑われたり、可愛がられたりする存在のこと」
「可愛がられる?」
「そうよ。私はこのバッハシュタイン家に飼われている道化なの」
「飼われているって……」
「まあ要するに、この家のペットってこと」
そこで俺は再認識した。やっぱりここは、異世界なんだと。いや、まあ奴隷が居るんだから、人間のペットがいるのもおかしくはない……のか?
「アレクそんなことも知らないの? 勉強不足ね。セバスチャンにもっと厳しくするように言っておかないと」
「す、すみません」
アレクの最近は謝ることばっか。
イザベラとニコルのガールズトークを五歩下がって聞いていた。しかし、ただ女の子の会話を聞くって言うのも辛いものがある。
一度楓と麻衣の買い物に付き合わされたことがあったが、その時の二人のお喋りと来たら、長すぎるわコロコロ話題が変わるわ俺を指さしてクスクスと笑うわ、重い荷物を持たされていた俺は身体的にも精神的にもきつかった。
俺がうんざりしていると、救いの手、いや救いの声が、俺の背後からかかった。
「イザベラお嬢様。アレクの服をお持ちしました」
アルマさんが服を一式持って立っているではないか。この時ばかりは今までのアルマさんの俺に対する扱いを忘れて感謝しそうになった。
「お嬢様、勝手に奴隷を連れて出歩かないでくださいな。それもこんなに貧相な格好では、旦那様が笑われるのですよ?」
しそうになっただけで本当に良かった。
「分かったわ。じゃあ早くアレクに服を着せてやって」
「畏まりました。アレク、来なさい」
アルマさんに連れて行かれ、俺は目の前にある普通の服に感動を覚えていた。
もう十年もこういう服は着ていない。いつも襤褸切れをアフリカのガンガみたいに身に纏ってただけだったからな。妙に裾が長く、膝上くらいまであるシャツに、革製のベルト、少しぶかぶかなズボン。これを一言で表すとすると、すげぇダサい、かな。
かくして俺は、この世界に来て初めてまともな服を手に入れたのだった。すごいダサいけど。
服と言えば、麻衣の誕生日に、彼女に似合いそうな白いブラウスをプレゼントしたことがある。二十歳前だった俺の給料で買えるくらいの服だったが、プレゼントしたとき、麻衣は泣いていた。思えば、あれは初めて俺があげたプレゼントだった。その後楓に、相談もせずプレゼントに服をあげるのはおかしいと駄目だしをくらってしまったが、次のデートにはちゃんと着てきてくれた。着ている服を見下ろして、嬉しそうに微笑む彼女の顔は、とても綺麗だった。
麻衣は結構涙もろい一面がある。プレゼントしたら泣き、手料理を振舞ったら泣き、別れ際にも泣いた。何故そんなに泣くんだと聞くと、決まって言うことは一緒だった。
『やっぱ、幸せだなぁって』
工場長にも、あいつは昔から泣き虫だけどよろしく頼む、と言われた。でも、麻衣は泣き虫なだけじゃなく、愉しそうに俺に笑いかけ、毅然として俺を叱った。泣き虫でもあり、強くて頭の良い女性だ。
目を閉じれば、今でも彼女の顔が瞼の裏に浮かぶ。俺は固い藁のベッドの上で、彼女のことを考えながら、眠りについた――
「――いやぁ、いい彼女さんだね」
気が付くと、そこはまっ白い空間だった。足の感覚がなく、浮遊感が俺を包み込む。目の前には、小生意気な顔をした少年が微笑んでいた。その可愛らしい笑顔がどこか嫌らしく思えるから不思議だ。
「てめぇ!」
「うん、久しぶりだね、浩介。十年ぶりくらいか」
「どの面下げて現れやがった!」
じたばたと動き回るが、いっこうにあいつに近づく気配がない。ちくしょう、ぶん殴らないと気が済まない!
「まあまあ落ち着いて、そうカッカしてても何にもならないよ」
「うるさいわ! 俺がどんな思いで生きてきたと思ってんだ!」
それはもうまるで奴隷のような……っていうかもう奴隷そのものの扱いだ。
「奴隷にされるなんて聞いてないぞ!」
「言ってないもの」
「あのなぁ……まあいい、何で現れた。俺を返してくれる気になったか?」
「だから、それは無理だって言ったでしょ。あっちの世界は少し融通が利かないんだ」
「こっちの世界は融通利くのかよ」
その質問には、マギアは微笑みを返すだけで、すぐに話題を戻した。
「ちょっと浩介の様子が気になってね、次までに時間があって、今は手持ち無沙汰だったからさ」
「次まで?」
「君にはあんまり関係のないことさ。それよりどう、異世界ライフは」
「最低だよ!」
「そっかそっか、それは良かった」
話聞いてんのか、こいつ? ふつふつと殺意が湧きあがってきた。
「元気ならいいんだ、じゃあまた今度」
「おいおいおいおい! さらっと帰るなよ!」
「ん?」
「ん? じゃない! 何か言うことないのかよ!」
マギアは小首を傾げ、数秒間考えた後、ポンと手を打った。
「じゃあ少しだけアドバイスしてあげる」
「そう言う話じゃないんだが……」
謝れって言ってんのが分からんのかね。
「銀髪には気をつけた方がいいよ。でも、その判断を見誤ると、めんどくさいことになっちゃうからね」
「銀髪……それって、まさか」
一瞬下を向き、再び顔を上げると、そこには既にマギアの姿はなく、次の瞬間には俺の意識は闇に溶けていった。
今になって章建てし忘れたのを気づきました。どうしよう……。




