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終章

 翌日は、朝から見事に晴れ渡った。空は高く、どこまでも澄んでいる。

 収穫祭の最後の一日は、多くの人々と屋台、旅芸人達の姿が街に溢れ、より一層の賑わいに満ちていた。

 平穏を取り戻した運河を、商船や観光の為の小船が行き来する。



「エマって法術士と仲介人だったウルドって男は、色々喋っているよ。あんまり聞きたくない事も沢山ね。ウルドからは別方面の闇取引も引っ張れそう」

「そうか」


 レオアリスは執務室で、部屋の真ん中にある長椅子に座り、アスタロトと向かい合っていた。


 事件が終わりを告げ、今朝の空と同様、清清しさが室内に満ちている。中庭の噴水に遊ぶ小鳥達の歌声が平穏な時を感じさせた。

 それを壊す事になる言葉を、アスタロトは遠慮がちに口にした。


「それから――。ユンガーは死んだ」


 窓からは鮮やかなほどの陽射しが部屋の床を染めている。


「死んだ?」


 レオアリスの驚いた顔へ、アスタロトは頷いて見せた。


「うちの牢で。いつの間に入ったんだか、傍に人形が倒れてた。ユンガーの命を奪ったのはその人形だ。覆い被さるみたいに倒れてたって」

「――」


 どちらともなく零した溜息は、降注ぐ陽射しに束の間の陰を落とし、だがすぐに溶けた。


 扉が叩かれ、フレイザーが顔を覗かせる。


「上将――、あら、アスタロト様、いらしてたんですね。お茶をお持ちしましょうか」

「うん!」


 元気良く頷いたアスタロトへにっこりと笑みを返し、フレイザーはまた廊下へ戻る。

 ぱたりと閉じられた扉に、レオアリスは少し呆気に取られた視線を向けた。


「……俺に用だったんじゃないのか? 何で茶が優先なんだ」

「いい人だよねぇ、フレイザー。大好き」

「――」


 アスタロトの閑かな顔を眺め、レオアリスは軽く息を吐くと長椅子に寄り掛かった。後ろに組んだ腕に頭をもたせかけ、瞳を閉じる。


 そうして二人とも黙り込み、しばらくは室外の音が微かな騒めきになって聞こえていた。


「ねえ」


 アスタロトは頬杖をついていた顔を上げ、窓の外を見た。


「レオアリス、祭に行こうよ。今日で最後だし」

「まだ食い足りないのかよ」


 レオアリスの突っ込みは、アスタロトには一切痛痒を感じさせなかったようだ。


「当たり前じゃん、全然足りてないよ! こないだは邪魔されて、目的の半分も達成してないんだから!」


 レオアリスは閉じていた瞼を上げ、含みのある視線をアスタロトへ向ける。


「目的が違うだろ、目的が」


 アスタロトはひょいと立ち上がり、レオアリスの執務机の向こうにある窓を大きく開いた。

 少し冷えた秋の風がさあっと吹き込み、室内の空気を入れ替える。


「旅芸人達も今日で帰っちゃう。――面白くて、綺麗なものが一杯あるよ」


 アスタロトはそう言って、まだ長椅子に腰掛けたまま首を巡らせているレオアリスを振り返った。


 窓の外を照らす陽射しに、アスタロトの姿が微かに霞む。

 眩しさに眼を細め、レオアリスも頷いた。


「――そうだな」


 何の屈託も無く、ただ人々の笑顔や楽しみの為に作られるものが、今は見たい。


 青い空と活気に満ちた街は、今だけは幾つもの憂いを隠して、それを見せてくれる気がした。








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