5話目 店内ではお静かにお願いします
〜一年前・購買部店内〜
オリバーが案内したのは、校舎の中に作られた学内唯一の商業施設『購買部』であった
アリシアは物珍しそうに店内を見回す
店内の内装は、王国の学院にある購買部とは大きく異なっていた
アリシアは学園に入学する前の3年間を王都にある王立学院で過ごした経験がある
その学院には主に貴族や商人の子供など、裕福な家庭に育った子供が多く、
中等部、高等部の6年制の学院だ
この世界において王立学院に入学していたということは、上流階級にとって一種のステータスでもある。
エルフ族の貴族である長老達は、どうしてもアリシアを王立学院に入学させたかったらしい
とはいえ同じく貴族であった父はそれに反対し、長老達と議論し続けた
そして父は考えだした結論を、私に伝えた
「アリシアちゃん、悪いんだけど中等部の3年間だけ学院に入学してもらえないかな?
もっ、勿論、アリシアちゃんが貴族の雰囲気が苦手な事もお父さんは知ってるよ
・・・でもね長老共が五月蝿くて、『貴族として社交界を学んでおらん奴を、高貴なるエルフの貴族として認める訳にはいかん!』とか、訳の分からんことを言いだしてね・・・
まったく、金に目の眩んだ老害どもは鬱陶しいね・・・
どうやら、アリシアちゃんをどこぞの貴族の嫁にでも行かせようと言う魂胆らしいよ・・・まったく腹が立つね・・・
お父さんも頑張ったんだけど、奴ら権力だけは無駄に持ってるからね・・・
だからアリシアちゃん、お父さんが老害達を3年以内に始末・・・表舞台から退場してもらえるよう頑張るから
アリシアちゃんも3年間、学院で我慢してもらえないかな?
お父さん頑張るから、嫌いにならないでね!!」
という話を私にしてくれた
そして3年後、あの長老達でさえも何も言えない、エルフ最大派閥の一つを統括する父の姿があった・・・
ああそうだ、父は馬鹿なのだ・・・
思考を戻そう
学院にあった購買部(まぁ、私は一回しか言った事は無いが。新入生オリエンテーリングで・・・)はもっと狭く、簡単な日常用品や文具、後、軽食にパンなどしか売っていなかった(しかも、利用者は殆ど居ない)
しかし、学園の購買部はどうだ?
学園の一施設でありながら、一つの商業施設として機能するほど大きな店舗
王都にある武器屋を彷彿とさせる、壁に掛けられた多種多様な武器や防具の数々
陳列棚に並べられた、エーテルやポーションなどのダンジョン探索に必要な品々、食料品なども豊富に取り揃えているようだ
服屋と言っても支障がない服や靴などの衣類、中には王都で流行している服まで売られている
買い取りも行っているようで、カードとやらを持っていればポイントも付くようだ
・・・etc
どう考えても購買部の範疇超えてる・・・
同じエルフの仲間は、購買部など低俗な場所には近付かないと言っていた
実際、学園に在籍する上流階級のエルフは購買部を一度も利用した事無い者も多い
私も少しあるが、高貴なエルフとしてのプライドが許さないのだ
しかし、彼等はこの購買部を見たのだろうか?
アリシア自身は他のエルフが持つ様な意識は低いと自覚している
しかし今までは他のエルフとの関係も考えて、購買部には近寄らなかった
購買部を利用せずとも不自由が無いという理由もあり、卒業まで一度も利用しないなら、それが良いと考えていた
しかし、唖然とする
今まで彼女は武器や道具を調達するのに、近くの街まで足しげく通っていた
学園の購買部などより、街の専門店の方が品揃えが良いと判断したからだ
だが実際は、
購買部の方が街の専門店に比べ、品揃えも品質も非常に素晴らしい
さらに、購買部では移動しなくとも一つの店で全て調達出来るのだ、そこも素晴らしい
今までは、街の北側にある武器屋で武器を調達し、南にある防具屋で防具を揃え、東にある道具屋で準備を整える・・・
今までの、私の苦労は何だったのだ?
何故か無償に悲しくなった・・・
下らないエルフのプライドなどに縛られず、はやくに利用しとけばよかった・・・
呆然と立ち尽くす私を不振に思ったのだろう
エドガーと言う名の青年が不思議そうにしている
「どうしたんだい、え〜と、アリシアちゃん?」
ここまで来るまでの間に簡単な自己紹介を済ましている
その言葉にオリバーという名の男が反応する、丁度、店の奥に作られたカウンターの裏に回り奥の部屋に入ろうとしていた途中だった
私たちはカウンターの前に待たされている
「高貴なエルフのお客様は、当店の様な低俗な店では買い物をなさらないでしょうから、物珍しいのだろう」
嫌みの籠った言い方だった
しかし図星なので何も言えない、アリシアも心のどこかで購買部を馬鹿にしていた
考えてみれば勇者養成学園の購買部、中途半端な品揃えである筈が無い
保健室は最高の医療設備を完備
食堂は王家専属シェフ顔負けの調理を披露
図書室は『本の海』と呼ばれる程の書籍量
中庭には、珍しい薬草も手に入る植物園
その中にあって購買部だけ普通の筈は無い、迂闊だった
「まぁ、俺的には、未来のお得意様をGETできれば、今まで馬鹿にされていたとしても、それで嬉しいけどな」
オリバーは和やかに笑う
その口調から彼はこの店の人間なのだろう
オリバーは奥の部屋(バックルームという部屋である事は後から聞いた)に声を投げかける
その顔は一転、怒っていた
「会長! 店番投げ出して何してるんですか!
店に泥棒が入ったらどうする気ですか!」
がさ、ごそ、と奥から物音がする
そして出て来たのは、着崩れた極東の民族衣装『着物』を纏う、狐耳の獣人族の美女であった
「五月蝿いよオリバー〜〜〜ひっく!
アタイの店に、ヒック! 泥棒に入ろうもんなら〜〜〜
呪詛トラップが発動して〜〜〜、ヒック! ただでは済まないから〜〜〜」
酒臭!
目の前の獣人は昼間から酒瓶を片手にアルコールに浸っている
店内に充満する酒の匂い
キレたのはオリバーだった
「会長がそんなんだから、うちの店には客が入らないんだよ!
いつも街の専門店に客奪われてんだよ!
解ってんのか?
馬鹿狐!」
「あはっ!
馬で鹿で狐だって・・・ヒック!
アタイには狐耳と狐の尻尾しかないよ〜だ!」
その言葉にオリバーの何かが本当にキレた
「・・・エドガー、槍取ってくれ
対獣攻撃◎が付いてるやつ、ビーストキラー、って名前の槍・・・」
「やめとけオリバー、ハルカさんに喧嘩売っても碌なことに何ねぇぞ」
「そうですよ、止めましょうよオリバーさん、ハルカさんじゃ不味いですって」
エドガーとジェロームが止めに入る
しかし、オリバーは自分で槍を手に取り、ハルカと呼ばれた獣人族の美女に向ける
「いくら会長・・・師匠と言えど、毎回毎回、注意しているのに酒を止めないのなら俺にも考えがあります!」
「へぇ〜〜〜、言ってみ、ヒック!」
「師匠を倒して俺が会長になります!」
ハルカの目付きが代わった
酒臭さも消え失せ、まるで一瞬で良いから醒めたようだ
「言う様になったねオリバー
アンタに商売のイロハを教えたのって誰だったかな?」
不穏な空気が立ち込める中
アリシアは一人だけ置いてけぼりを喰らっていた
黒こげになったレオンは、いまだに意識が戻らない