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田舎騎士の縁談  作者: 大橋和代
田舎騎士の縁談
8/9

余話

侍女レティーツィア、お嬢さまの嫁ぎ先に驚愕する




 レティーツィアはメイドとして数家を渡り歩いて都合数十年、主に年少から結婚前までの貴族子女の子守と護衛を主な仕事としてきた。

 時には無事に仕事を満了したあと、そのまま孫の代まで働いてくれと引き留められることもあったが、それらは全て断っている。エルフの寿命は人のそれより大層長い。……自分がお世話をした子供達が老いて先に逝くのを見送るのはつらいので、彼女はひとつの仕事を終えると次の仕事場に移るのだ。


『お嬢さま、あちらへと持ち込むお荷物がずいぶん少ないご様子ですが、よろしいのですか?』


『ええ、衣装箱の中身は妹たちに贈ったの。

 一番持っていきたい厨房と二番目に持っていきたい図書室は作りつけで動かせないし、大事な物は旅行李一つに収まったわよ。

 ……これなら馬車を用立てて、後で引き返して貰わなくても大丈夫でしょ?』


 シュテルンベルクのお屋敷で過ごした十数年も、思い返せばあっと言う間であった。ここまで家族の多い御家に勤めたのも初めてだったし、愛妾間に序列はあれど愛憎劇をしている暇がないほどにお子さま方が多いので、忙しくはあれども気楽に過ごせたよい職場と言えようか。

 ある意味異常だが、当主と成人した男子が領地を差配し、家内の切り盛りは愛妾と年長の女子が中心で行い、侍従侍女は主に側付きまたは専門職としてそれらを支えるのがこの家のやり方だった。


『シリングスとの往復なら二ヶ月弱かかりますから、賢明だと申せますが……。

 旦那様が馬二頭をお祝いにすると仰っていらしたのは、そのためだったのですね』


『レオポルト兄様には感謝しないといけないわ。

 いつだったかしら、騎士の妻なら馬に乗れた方がいいって言われて……』


『四年ほど前、公子様が帰省された折であったかと存じます』


『そうそう、丁度乗馬を始められたループレヒト兄様と一緒に習い始めたのだったわ』


 嫁ぎ先は前評判以上の田舎具合という話だが、純血種のエルフ族であるレティーツィアには深い森はむしろ心地よい場所で、不便ではあれど良いところもありますよと、お嬢さまに森での暮らしを説いていた。



   ▽▽▽



 ヴィルヘルミーナお嬢さまは十四になられたばかりだが、貴族の子女なら十二、三で嫁に出されるご令嬢も少なくないし、もっと年若いうちに『白い結婚』等と称して人質や政略結婚の種にされることさえあった。時にはそれら手練手管を逆手にとって、幼い姫君が望んで嫁ぐようなこともあるがそれはともかく。

 妾腹とは言え、辺境伯家の令嬢が騎士爵家に嫁入りすることは極端に珍しいことではない。

 だが、『きしさまのおよめさんになりたい』と小さな頃に抱いた淡い想い、そのきっかけとなったその人物に嫁げるなど、お嬢さまは大層な幸せをつかんだとレティーツィアは思う。騎士マンフレート───シリングス卿に嫁ぎたいとは一言も口にしなかったのにも関わらず、旦那様や兄上方が厳選した結果、そのたった一人を引き当てていた。


 そのお嬢さまのお相手であるシリングス卿はレオポルト公子の従士から騎士隊長にまでなった若手の出世頭で現在二十四歳、働き盛りであるにも関わらず現役を退いた理由は両親の死去───彼の両親は貴族としての責務を果たした故の戦死であり、天寿を全うしたとは言えない───に伴い実家を継ぐためと、至極真っ当な内容であった。そしてその技量は、『運悪く』一番最初に確認している。


 ……あれは肝が冷えた。


 後ほどお嬢さまからもお説教を貰ったが、非は自分にあり、一閃に切り捨てられても文句は出なかったはずだ。頭に血が上りやすいところさえなければ皇帝家の侍女でも務まるのにとは、彼女を知る古い友人や同僚たちの偽らざる評価であった。

 レティーツィアは専業の衛士や傭兵でこそなかったが、シュテルンベルク家では一目も二目も置かれていたし、剣技も魔法も並以上で令嬢の護衛を任されるほどには腕が立つ。無手の相手───それも自分より百数十も年下の若者───に軽くあしらわれたなど、レティーツィアには覚えがない。


 だがシリングス卿は、間違いなく本物の騎士であった。返り討ちにあったことが知れると、レオポルト公子にも大笑いされている。仲間内には野暮ったいだの田舎者だのとさんざんに揶揄されていたそうだが、従士を拝命して騎士団を辞するまでの九年間、同世代の騎士で彼に勝利した者はただの一人もいなかったと聞かされては返答に窮する。

 それだけの腕を持ちながらも花街通いを見逃せば、女性関係は綺麗───いや、ほぼ見あたらない様子で心底もてなかったという話を裏付けていたが、帝都暮らしの娘達は些かレティーツィアと評価が異なる様子であった。


 レティーツィアはエルフながら───他種族との関わりを拒んで森の奥で一生を過ごす者も未だに多い───人の里で侍女を生業とするだけあって、あまり族種や身分に偏見はない。強いか弱いか、信用が置けるかどうか、敵か味方か中立か、好意的かそうでないか。そのあたりが相手を判断する基準となる。

 その点で言えば、シリングス卿は強くて義理堅いと評して良い人物であり、お嬢さまへの接し方も年長者らしい配慮が見て取れるので及第点をつけていた。



  ▽▽▽


 長く勤めたお屋敷を辞して二十日余り。


 道中、既に仲の良い様子の二人には安心をしたが、お邪魔虫に思われているのではないかと少々気を使いながら旅をすることになったのは仕方あるまい。新婚後ひと月ほどはシリングス卿の館で『奥方様』のお世話をすることが、シュテルンベルク家から与えられた最後の仕事であった。


「あ、見えました!」


「うん、あれがうちの館だよ」


「ゆ、由緒のありそうなお館ですわね……」


 集落で歓迎を受け館へと向かう頃には、レティ-ツアは口数が少なくなっていた。

 

 何処の人外魔境なのだ、ここは!?


 村は一見、何処にでもある村を山林のそばまで持ってきて、幾分寂れさせたような寒村だった。

 三十軒足らずの民家と小さな畑、盗む者も居ないのか、軒下に炭が積み上げられ、その上の筵に肉や薬草が干されている。


 だがその中身は、二百年を生きたレティーツィアをして驚愕の一言に尽きた。



▽▽▽



『マンフレート様、お迎えに上がりました。

 奥方様には初めまして、シリングス家執事のハルトヴィヒにございます』


 集落から出迎えに現れた初老の執事は半魔族で、それ自体はよくあることで済ませてもよかったが、ただ者ではなかった。その魔眼は間違えようもない銀月色で、内奥より溢れる強い魔力とともにレティーツィアは一つの答えを導かざるを得ない。彼は魔族の中でもおそらくは希少な、夢魔族であろう。

 何故この様な地に百年も篭もって執事をやっているのかという疑問を抱いたが、それを聞くには途轍もない勇気が必要だと思われた。



  ▽▽▽



『あらまあ、可愛らしいお嫁様ですこと』


 先ほど村長の妻だと紹介された老婆は、どうみても土地の精霊であった。とても力ある存在と一目で悟ったレティーツィアは丁寧に膝を折って挨拶したし、そのお方を気さくに婆ちゃんと呼ぶ旦那様は、たぶん大物だ。

 しばらく住むならあんたにもおまじないしてあげようとお嬢さまのついでに祝福を授けられたが、十年は若返ったかと思えるほどに身体の疲れがとれ、力の違いを思い知らされた。



  ▽▽▽



『こないだ生まれたばかりと思うとったが、もう嫁を貰う歳になったか』


 極めつけに、行商に出ていた大爺ちゃん───村の古老が戻っているからと案内された先で鉤爪に鉄槌を握っていた相手には声も出なかった。家の裏からそれとなく漏れてくる魔力に、薄々嫌な予感はしていたのだ。

 民家と同じほど大きな竜族の古老は、呆れたことに今のわしは平民だから税を納めねばならぬと鍛冶仕事に精を出していた。才知でも魔力でも帝国に住まう全種族中最強と云われ単独で国軍一個大隊に匹敵するとまことしやかに語られる真竜が、これは結婚の祝いじゃよとお嬢さまに両手鍋を贈っている姿にはどうしていいのかわからない。



  ▽▽▽


 レティーツィアは意志の力で表情を押さえ込みつつ、新婚夫婦の後ろを着いて歩いていた。


「今夜はみんなも祝いに集まってくれるそうだから、それまではのんびりしよう」


「はいっ」


「猟師衆もなんとか祝いに間に合わせようと、昨日のうちに熊を持ち帰りましたからな。

 ヨハンナはとっておきを作ると張り切っておりましたよ」


「そりゃあ嬉しい、何よりの祝いだ!

 ……ああ、それでみんな、黙ってにやにやしていたんだな」


「熊?

 ……とっておき、ですか?」


「うん!

 あれは実に美味いんだ。きっとヴィルヘルミーナも気に入ると思うよ。

 庭に大かまどを作ってね、熊……ああ、ベアルの腕肉を婆ちゃんが煎じた香草塩と一緒に豆のペーストで包んで……」


 珍味でありながら同時に凶暴な魔物と世間に知られるベアルの肉など、余程気の利いた名店でも予約を入れて大枚をはたかねば食べられないのに……ああそうだ、この村はまたの名を『ベアルの村』と言ったかしら。

 もう溜息も枯れてしまいそうだ。


「あの横道に逸れるとすぐだよ。

 真っ直ぐ進んでも炭焼き小屋しかないけど、散歩には丁度いいから明日一緒に行こう」 


 館は小高い丘の上にあり、ここからでも全景がよく見える。

 極端な大きさはないが、長期の立てこもり出来るように城壁と櫓を備えた砦造りと呼ばれる古い型式でそのまま立っていた。

 たぶんここも、普通ではないのだろう。館に近づくに連れ明らかに周囲よりも濃密になってきた魔力の香りが、それを予感させる。


 お嬢さまはすっかり馴染んでいらっしゃる様子だが、ただ人にしか見えぬ猟師がベアルを狩り真竜が鍛冶屋を営むこの村では、レティーツィアの常識が通じない。いや、村人はみな純朴で良心的な人柄だと思えたし恐らく事実だろうが、畏怖と驚愕がそれらを凌駕して余りある。

 

 ひと月ほどはお嬢さま改め奥方様のお世話をしながらここで暮らす予定なのだが、既に心が折れかけているレティーツィアであった。



後書き


最後までおつきあいいただきましてありがとうございました


元は少女視点の短編……というか32ページぐらいの少女漫画的な何かを想定し、それを男性視点で書くとどうなるのかなあとメモ帳を開いたのがきっかけです

形になりそうだったので何かいい背景素材はと見回し、別の企画で考えていたドラゴンに獣人に魔法となんでもありの戦記物の設定を流用、数話でまとまるように再構成しました

気が向いたら派生というかフィードバックさせてみようかなと思いつつ、連載中の他作もあるのでしばらくはお預けです


ではまた


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