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田舎騎士の縁談  作者: 大橋和代
田舎騎士の縁談
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第三話

騎士爵家当主マンフレート、宿屋にて酒杯を傾ける


 


 アルベルタに頼まれた仕入れを済ませて、領主が領民の買い物に出るのはあんたとこぐらいだよとやはり馴染みの薬屋にからかわれつつ店を出ると、私は担いできた魔法の細工物───暗闇で光る常夜灯代わりの置物や冷気を保つ夏用の器など、大した物は作れないが我が家には重要な収入源───を薬屋の隣にある雑貨商に卸してから宿に戻った。


 今夜は一泊になるし予定はこなしたしで、少しばかり羽根を伸ばそうと、宿屋一階の酒場で早速食事と酒を頼む。連れも居ないので、いつものカウンター席だ。


「若旦那、お久しぶりだね」


「女将も元気そうで何よりだ。

 こっちも忙しいってわけはないけど、いつも通りだよ。……用でもなきゃ、領地から出ることもないしなあ」


「いつも通りは平和の証、それが一番さね。

 食事には一杯つけるかい?」


「いや、今日は一本で頼もう。

 後は寝るだけなんだ」


「おーお、太っ腹。流石は領主様だねえ」


 この宿、名は『アンネリースの窓辺』亭と言うが、大昔には艶宿であった。その頃は宿も美人で溢れ毎夜大した賑わいだったそうだが、名残は壁に掛けられた数百年も前の美人画にしか残っていない。


「あいよ、お待たせ」


「ありがとう。

 いただくよ」


 この宿では定番の豚塩漬け肉を塩抜きして煮戻したシチューに、至って普通の丸パン、そして温野菜の一品、そこに近隣産の銘入りワインが一本。

 これに部屋代を足してグロッシェン銀貨一枚と半分で、たまの贅沢だが騎士時代を思い出して懐かしむ。


「しかし……今日は早めにとっといて正解だったな」


 店内は、既に喧騒で満ちていた。

 複数のテーブルに、大勢の男達と僅かな女性と子供。

 あれは隊商とその家族、あれはその護衛と品定めをする。


「夕方前に『酒樽と銀杯』亭から紹介されたって大口のお客さんをお迎えしてね、ありがたい限りだよ」


「持ちつ持たれつか。

 いいことだ」


 『酒樽と銀杯』亭はここと同じく宿屋だが、客を融通しあう程度には店同士仲がよいらしい。


 一息に酒杯の半分を飲み干すと、私はワインをつぎ足した。


 それにしても、レオポルト副団長もお節介なことだ。

 うちの田舎具合は想像がつくだろうに、よりによって妹に苦労させることはないと思うのだが……。



  ▽▽▽



 私に対する一般的な女性の評価が、結婚相手として考え得る限り条件が悪い相手だということは副団長も良く知っている。帝国騎士団の小隊長と言えばそれなりの地位だったが、嫁ぎ先が帝都から遠く離れた山奥では相殺にはならず赤字が出た。博打打ちだの乱暴者だの酒癖手癖女癖が悪いだの、いわゆる駄目亭主の類でさえ私より上に来ると笑い話にされてはたまったものではなかった。

 もちろん、代官を雇って領地を任せることは不可能ではない。騎士団に勤める限り、その給金はなんとか出せるだろう。

 しかしそんなことをすれば、家族同然の領民達はどう思うだろうか。死んだ両親にも申し訳が立たない。二人は家名を守るために命を捨てたのだから、その息子が泥を塗るわけにはいかなかった。


 だが、このまま独身で通すのもまた少々情けない。

 父も祖父も曾祖父もその前も、同条件できちんと嫁を得てきたのだ。私の代で家系が途絶えるのは勘弁願いたいし、人並みに女の肌が恋しくもある。

 一番いいのはこの縁談が綺麗にまとまることなのだが、さて副団長の妹君ご本人はどう思っていらっしゃるやら。とんでもない田舎に嫁がされると知って泣いているか、家族の手前笑顔で通して内心で諦めているか。

 もしも恋人が居て駆け落ちの相談でもしているなら、当事者でなければ応援してやりたいところだった。


 そのぐらいの譲歩はこちらがすべきだと、私は理解している。

 帝都にて、女性は一見たおやかに見えて騎士など比べ者にならぬ程自由でしたたかで計算高く、いわゆる『いい男』を嗅ぎ分ける嗅覚にも優れていると散々に学ばされていた。それを無理矢理田舎騎士の嫁に押し込めては、結婚しないよりも辛く苦しい人生が降りかかるだろうと想像がつく。これでは私も含め、誰も幸せにならない。

 街の娘からは相手にもされない私に花街の女性達が優しかったのは、結婚相手には向かないが金払いがいい上に身元もはっきりしていて後腐れがないと割り切られていたからだ。彼女たちも身請けが出来るほどのお大尽をくわえ込むのが最上と知っているが、そのような極上はそうそう現れない。次善の策として、適度に都合のいい私のような男を上得意にするのが見栄も張れるし床の相手も楽しいのよと口を揃えられては、苦笑するしかなかった。


 だから、私は思うのだ。

 副団長の妹君には真っ正面から悪条件について問い、それで駄目なら話を白紙に戻せばいいと。

 妹君ならわざわざうちに嫁がなくとも、良縁などいくらでもあるはずだった。対して私は縁談が潰れようとも現状維持で、特に何かを云々するようなことはない。

 先ほど出した辺境伯宛の手紙は、ご令嬢に直接文を送っても良いかと確認を取る内容だ。副団長には近況の報告と、この縁談について思うところを書いて送った。

 あとはまあそれぞれの気の持ちようと愛の女神の微笑み次第だなと、私は半ば他人事のようにこの縁談を俯瞰している。

 向こうからの申し出でも元より断られて当たり前、辺境伯家の家名とご令嬢が傷つかない配慮さえ怠らなければ、私は気楽でいられるのだ。



  ▽▽▽



「女将、干し肉を細く裂いてライムを添えたやつがあっただろう。

 あれも頼む」


「あいよ」


 私はふと視線を感じ、もう一度店内を見回した。


 隅のテーブルにいた、頭からフードのついたマントを被った小柄な少年と目が合う。


 青玉色の綺麗な瞳を持った、優しげで調った顔立ちであった。

 彼に姉でもいれば、是非とも紹介して貰いたいところである。……無論、我が家に嫁に来るとは思えなかったが。


 大人用であろう古いマントの下には小剣らしきふくらみがあり、ちらりとみえた足下には丈夫そうな編み上げ靴と、いかにもな旅装束は親譲りなのだろうと思わせた。

 今の季節、夜でもマントは不用だが、変な連中に絡まれるのを警戒して人目に着くところで顔を隠すのはよくあることだ。それに元から寒いこの地方、南方出身者ならきついかと、私には暑苦しい帝都の夏でさえ長袖を着ていた同僚の騎士の顔を思い出した。……長く会っていないが、奴は元気だろうか?

 同時に少年の小柄な体格は、私が面倒を見ていた騎士見習いの従士達を彷彿させ、懐かしい気分にさせてくれた。


「あら?」


「……どうかしたか?」


 私の視線の先を追った女将が、首を傾げる。


「あの子……お連れさんがいたと思うんだけどね、お出かけかしら」


「今日の雰囲気じゃ血の気の多い奴も少なそうだし、下手に絡まれるってこともないだろうが……」


 しばらくして、女将を真似するようにその少年も首を傾げたことで、私は心配半分身勝手な懐かしさ半分で彼を手招きした。


「君、一人で待ちぼうけならこっちにこないか?

 私も今日は一人で寂しいし、女将も話し相手になってくれるぞ?」


 しばらく目をぱちくりとさせていた少年は、こくりと頷いてこちらにやってきた。


「こんばんは。

 ワインでいいならご馳走するよ」


「……ありがとうございます」


 思ったよりも高くて澄んだ声に、私と女将は思わず顔を見合わせた。


 ……少年は、少年ではなく少女だった。




 フードは被ったままだが、年の頃は十三、四、思ったよりも年若い風の顔つきに再び驚かされる。男装も身を守るためなのだろう、遠目なら十分に誤魔化せるから余計な問題を遠ざけるのにはいい。


「女将さん、あの……」


「ああ、この若旦那は心配しなくてもいいよ。

 元帝国騎士団の騎士様で、信用も置けるお人さね」


「帝国騎士団?

 帝都の?」


 騎士は少年達の憧れでもあるが、少女達にも別の意味で憧れの存在であった。

 少し驚いた様子の少女に、軽く酒杯を掲げて驚かなくてもいいと微笑んでやる。

 彼女も小さく笑顔を浮かべて酒杯を持ち上げ、相槌を打つように少し揺らした。


「元、だよ。

 今は実家を継いでのんびりと田舎暮らしさ」


 じっとのぞき込まれ、少々面食らう。


「兄が……」


「うん?」


「わたしの家も一番上の兄と四番目の兄が帝国騎士で、帝都の騎士団にいるんです」


「へえ……」


 騎士には三種類の人間がいる。


 私のように、騎士家系に生まれた義務として軍役を担うために出仕する者。

 腕を磨き名を上げる為に配属されてくる、大貴族の子弟。

 あるいは領主や司教からの紹介状を勝ち取って、入団試験に挑む平民の若者たち。


 そこまでを一瞬で考え、少女の雰囲気はたぶん平民ではないなと気付く。

 私は口調を改めた。


「差し支えなければ、兄上の名をお伺いしても?

 十六ある帝国騎士団は定数なら一つの団が百名を越えるが、騎士団同士の交流は多いから、もしかしたら知り合いかもしれない。

 ……っと失礼、先に名乗らせて戴こうか。

 私は元銀鱗騎士団の第三───」


 そこまで言いかけて、私は自己紹介を中断させられた。

 大きな音を立てて扉が開いたので、私だけでなく店中の皆がそちらに首を向けている。


 入ってきたのは大荷物を抱えた女商人───腰に下げられた帳簿入れでそれがわかった───で、見かけだけなら私と同じ二十台の中盤、但し長命で知られたエルフ族の特徴たる長耳がそれを否定する。

 彼ら彼女らの実際の年齢は、勝手に想像するしかない。……下手をすれば、百年我が家に仕えるハルトヴィヒより年上の可能性もあった。


「お待たせしました、ヴィルヘルムぼっちゃま。

 この地方、ライヒスグルデン銀貨だとまともにお買い物が出来ませんで、組合に寄りましたところ、交換比率がこれまた古く少々押し問答となりまして……」


 口を止めた女商人は私と隣の少女を見比べ、いきなりスカートを大きく跳ね上げた。

 僅かに見えた下着の色までは口にするまい。

 だが肉付きの良い太股が見えなくなる頃には、細身の片刃剣がその手に握られていた。


「……貴様、何の故あって『お嬢さま』を籠絡しておるか!

 剣の錆にしてくれるわそこに直れ!!!」


「あ、レティ───」


 切っ先が迫ってきても、悪くない剣筋だなと考える余裕はまだあった。腕はいいようだが、頭に血が上っているのか読みやすい。

 少女や女将を巻き込まぬよう、一歩踏み出して間合いをずらすと居反りで剣先をかわし、足を掛けてやる。


「あぎゃ!?」


 エルフの女商人はカウンターの台座に頭から突っ込み、そのまま動かなくなった。

 宿屋内は、当たり前だがしんと静まり返っている。


「……」


「……」


「……」


 私は頭を掻き掻き女将と少女に目で相談したが、やはり返事は帰ってこなかった。




 しかし、流石にそのまま放置もできない。

 私は女商人を横抱きにして空いた手で彼女の荷物を持ち、少女に先導されながら宿の三階へと上がった。


「ここです」


「うん」


 たしか一番いい部屋だったかと、泊まったこともない両開き扉をくぐる。

 どっこいしょと荷物を部屋の隅に降ろして女商人をベッドに放り込むと、少女が申し訳なさそうに私を見上げていた。


「……あの、ごめんなさい」


「いや、気にすることはない。

 でも、誤解は解いておいて欲しいかな。

 君は確かに美人の卵で、そこの彼女の忠誠心も誇るべきもので疑いないだろうが、明日また斬りかかられては困る」


「び、美人……!?

 あ、ははい、ごめんなさい、ええ、それはもちろん!

 レティーツィアにもよく言って聞かせます!」


 これだけの顔立ちなら美人と言われ慣れているだろうに、何を慌てているのか彼女は幾度も頷いた。……いや、気安い口調で色街の花と同じように褒めたのが間違いか。世慣れていない少女には、もう少し気を使うべきだったと反省する。

 だが、同時にそのお腹からくぅと小さな音が聞こえた。

 この女商人───に見せかけた、おそらくは護衛───の戻りを待っていたのだろう、食事はまだの様子である。


「……彼女は寝かせておけばそのうち起きるだろうし、一緒に食べようか?」


「……はい」


 恥ずかしかったのか頬の火照りが戻らない彼女を連れて階下に降りると、若干好奇の目で見られたが声を掛けられたりはしなかった。

 この程度のもめ事は女将も慣れているはずで、私も信用している。


 第一、私に非がないことは、少女も女将も宿泊客も知っているのだ。


 


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