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田舎騎士の縁談  作者: 大橋和代
田舎騎士の縁談
3/9

第二話

騎士爵家当主マンフレート、縁談についてあれこれと考えながら街に向かう


 


 畑で声を掛け、炭焼き小屋にも寄り、領内これ無事と頷いてから館に帰ったマンフレートは、再びハルトヴィヒと相対した。


「シュテルンベルク辺境伯家の当代は、商才に溢れ情に厚いお方と知られておりますからな。

 商家に勤めておりますわたくしめの姉の旦那の伯母の従兄の三男によりますれば、正妻たる辺境伯夫人が病でお亡くなりになられてからはお妾衆が堅い結束で当代を何くれとなく支え、ご領地は歴代でも随一の隆盛期を迎えていると評判にございます」


 多情も情に厚いと言い換えれば角も立たぬかと、マンフレートは溜息をついた。

 それにしても、ハルトヴィヒの親族はどこにでもいるのだなと、手紙好きの老執事を見やる。



  ▽▽▽



 ハルトヴィヒが頻繁に方々と手紙をやり取りするおかげで、彼がこちらに来た百年ほど前からは行商ついでに手紙を運ぶ商人の出入りが頻繁になった。ここらの寒村では、行商人が来るのは季節に一度が当たり前であったのが月一度に増えたお陰で、郡道の道中にある他領からも感謝されたという。冬場は雪に埋もれて外界と隔絶されるが、これは仕方ない。


 ハルトヴィヒは父の執事でありながら、同時に私の教育係でもあった。

 子供の頃、丁度お金の意味や使い方を教わった時の話だが、手紙の代金は大丈夫なのかと聞いたことがある。

 元よりそう安いものではないし、彼の場合は数も多いのだ。

 だがハルトヴィヒは笑って答えた。


『まともに支払ったのではわたくしめの頂戴している給金では足りぬどころか、シリングス家の身代が潰れます』


 彼が我が家の財産に手を着けるとも思えないし、暖炉の前で酒杯を傾けていた父も、昔同じ質問をしたなと母と共に笑っていた。


 正道ではその代金が足りないし、悪事ではないなら何なのだろう?

 幾ら考えても思い浮かばないので再び聞いてみると、翌日の夕方になってその答えは与えられた。


 半魔族の彼は普段の執事仕事では使わぬ魔力を魔晶石に封じ込め、行商人に売ることで手紙の代金を稼いでいたのだ。

 売買代金から税も収めているし、父の許可の元で行われているから問題はないという。


『このお館は、魔力の集まりやすい特別な丘の上に立てられております。

 ぼっちゃまももう少し大きくなられれば、旦那様と奥方様のお手伝いで魔法を覚えられましょう』

 

 ……あれから十数年、亡き両親に代わって領地を治めるようになったが、私の作る魔力の込められた細工物は、我が家の重要な収入源となっている。

 各地の領主が帝国から求められる貢納は人頭税、地税、商税、特産品の認可料、軍役を拒否するなら軍役免除税その他諸々と多岐に及び、その合計は安いものではなかった。



  ▽▽▽



「しかし、マンフレート様」


「なんだ?」


「マンフレート様には何か、ご結婚を遠ざけておきたい理由でも?」


「いや。

 ……特にはないな」


 その様なものは、ありもしなかった。

 踏ん切りがつかないだけかと、自分でも思う。


 帝都で騎士団にいた頃は恋仲になった女性もいたし、黄色い声を掛けられたことも一再ではない。

 もっとも、私を振った娘たち───田舎領主の跡継ぎであることが行きつけの酒場に知れ渡るまでは、それなりに良い物件と私は見られていたようである───はもっと条件のいい騎士や従士に乗り換えて私の元を去っていったが、帝都暮らしの彼女たちにとって、シリングスのようなど田舎は人外魔境に思えても仕方ないのだろう。なにしろ大概の地図には郡都アイゼンブルクの名さえ載っていないし、うちの領地は帝国東方に長々と連なる大山脈と一緒に見切れていることも多い。

 私は長子であったから結婚後そちらに連れて行かれることは必然で、花街で一夜のお相手を探す時にはこれ以上ないほど上等な扱いを受けていたが、その彼女たちにしても田舎への引っ越しは論外のようであった。


 ではうちと大して変わらぬ田舎───全然違うわいと、父の友人であった隣村の領主には苦笑された───の村娘達はどうかと言えば、やはりシリングスに嫁ぐのは躊躇われる様子である。ベアルが集落近くまで降りてくるような危険な村には、間違っても嫁ぎたくないらしい。

 あれはいい稼ぎになるし、魔物の眷属と言えど村の猟師衆だけでも相手に出来る。強かった亡き父どころか私一人でも倒せるぐらいの弱い魔物で、大したことはないと思うのだが……。


 そして残念なことに、もっとも理解があるシリングスには現在適齢期の娘が居ない。十八になるエルフ族の少女はいるのだが、妹のように可愛がっていたし懐かれてはいても、見た目四、五歳の幼女を嫁にする気はなかった。


 そのようなわけで領地を継いで二年あまり、私の嫁取りに関しては不戦敗が続いている。


「ともかく、ご挨拶でもご質問でもよろしゅうございますから、返事をお書きなされませ。

 マンフレート様と懇意であるご令嬢の兄君様宛にも、別の一通が必要でしょうな。

 手紙の時差を考えれば、丁度お宜しいかと存じます」


 北の海に面した大きな貿易港を持つシュテルンベルク辺境伯領は、シリングスから徒歩でひと月半、騎乗なら二週間弱でたどり着ける。レオポルド公子の任地である帝都の方が若干近いものの、似たようなものだ。

 急ぎの鷹郵便などを使うようなことでもなければ、手紙の速度は人馬の速度に等しい。


「まあ、どちらにせよ無視は出来ないな。

 ……今日中に書いて、明日は街に降りるとしよう」


「それがよろしゅうございましょうな」


 珍しくうむうむと二度頷いて、老執事は一礼して退室した。

 それを見送ると私は上質の便箋を取り出し、父譲りの羽根ペンを手にする。


 私もいい大人で、彼の気持ちもわからないではなかった。

 見守ってきた主家が血脈を紡ぐことは、彼にとっても重要なことであり、なおかつ喜ばしいこと。……などというお題目は意味を為さない。


 孫の縁談をまとめたくて浮かれている祖父と思えば、私も苦笑して済ませるしかなかった。




 翌日早朝、腰には愛用の魔法剣、背負い袋には道中の食料と売り物を放り込んでアウドラに跨ると、村長宅に顔を出して預かりものや買い物がないか尋ね、渡された小さな書き付けを手に私は領地を後にした。

 紙片に書かれているのは、注文しなければ行商人が持ってこない薬草や薬粉など、アルベルタが薬師として使う材料の類だ。

 これなら荷は軽いので、特に悩むことはない。


 大捕物になっているのか、まだ村長らは戻っていなかった。

 熊狩りは手間も掛かるが見返りも大きいので、長いときには一週間も続く。


 森林を続く道を抜けて古い石橋を渡り、そこから折れて再び森に。

 うちと似たような集落をいくつか通り抜け、森が切れてしばらく、畑と大きな農村を過ぎる。

 途中、アウドラの休憩や私の食事などを手早く済ませても、着く頃には夕方だ。郡都アイゼンブルクまでは、騎乗ならまだしも徒歩なら優に三日はかかった。


 懐に入れた手紙のこと、うちに来る嫁などいるのかという心配、道中はそれらをつらつら考えていたが、どうにもまとまらない。


 レオポルト副団長の法螺話かなにかの折に私の名が出て辺境伯閣下かご令嬢が興味を持たれたのか、あるいは兄弟姉妹仲がよいとは聞いていたが裏の事情は複雑で都合のよい島流し先にでも選ばれたか……。

 私も直接知っているレオポルト副団長の血族は弟だと紹介された騎士アーダルブレヒトぐらいで、団も違ったしそれほど親しくもなかった。体格は似ているが、こちらの得物は槍なのだなという程度しか印象がない。


 流石のハルトヴィヒも、辺境伯家の人脈相関図まで手に入れられるわけもなく、あとは私が直接シュテルンベルクに出向いてご挨拶に伺って実際に件のご令嬢と対面するぐらいが関の山だ。

 それにだ、私も現役を離れたとは言え騎士としての実力はそこそこと自負しているが、それが即男性的な魅力に繋がらないということは十二分に知っている。

 

 ひひん?


「ああ、うん。

 いつものところでいいよ」


 いつの間にか、アイゼンブルクの城壁が見えていた。

 手綱は握っているが、歩みはアウドラ任せで街に入る。

 衛兵の蜥蜴族男とはそれこそ顔なじみだが、かといって世間話に興じるほどの仲でもないから、城門の手前でも止められることはない。


 アイゼンブルクは郡都だけあって、この周辺では一番の大都会である。人口も一千人近いし、東端の街道もこの街を経由しているので週に一度大市が立つ。

 勅任の代官が城代を兼ねるアイゼンブルク城を中心に市街地が広がり、城壁内部に店や住宅が所狭しと建ち並ぶ様は、私の子供心に帝都とはこのようなものかと思わせていた。

 だが、帝都とは較べるのも失礼なほどの田舎町だったとは、この町の中では口に出来ない私の素直な感想である。


 アウドラは迷うことなくいつもの宿屋の裏手、その厩舎へと入っていった。

 馬場は馬や騎獣で溢れておらず、この分なら安い部屋も空いているだろう。


「おや、シリングスの若旦那?

 お久しぶりです」


「やあ、ロゲール。

 今日は泊まれるか?

 この後予約の隊商が来るんなら、俺は泣くぞ」


「へい、今日は大丈夫でさ」


 中年の厩番にアウドラを預け、駄賃を渡して一番小さい一人部屋を頼む。

 この宿は立地こそ悪かったが料理がいいので、割と早くに部屋が埋まるのだ。

 私はそのまま裏通りを街区の端まで歩き、表通りの『組合』本部に入った。


 メインホールは大きく取られ、周囲には休憩所を兼ねたテーブルが並んでいる。市の立つ日ではないが、それなりの込み具合であった。


 規模こそ田舎町でも商品流通量は比較的潤沢で、商業で潤っているアイゼンブルクの商工業組合は建物も大きい。うちの村では商人など来てくれると言うだけでありがたいから、不必要な税を上乗せしたり鑑札を発行するようなことはしないが、こちらではそうもいくまい。帝国だけでなく、代官にも大きな利益が行っているはずだ。


 受付の奥にいた顔見知りの若者に軽く手を上げ、用向きを告げる。


「いらっしゃいませ、シリングス卿」


「お久しぶりだ、ディータ殿。

 済まないがまた手紙を頼む。

 帝都とシュテルンベルクだ」


「畏まりました。

 しばらくお待ち下さい」


 近隣に三十近くある小領の領主は男爵から騎士爵まで様々だが全て貴族で、扱いは悪くない。……貴族の持つ無礼打ちの特権は、未だ形骸化していなかった。

 だからと安易に振りかざすようなことは、これまた不可能である。

 事後の届け出も必要だし、人の口はなかなかに閉じにくい。その後は帝国貴族院から監察官がやってきて、痛くもない腹を探られるのが相場と決まっている。


 もっとも、受付に座っているディータはそこそこ大きな商会の息子で、彼の父親が持つ実際の財力に裏打ちされた影響力は騎士爵など及びもつかないほど強力であろう。


「お待たせいたしました。

 こちらにご署名願います」


 手紙二通に半ターレル金貨三枚とグロッシェン銀貨八枚を支払い、私は次の目的地に向かった。


 


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