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田舎騎士の縁談  作者: 大橋和代
田舎騎士の縁談
1/9

序幕

騎士レオポルト、帰郷の折にきっかけを作る

 


「父上、ただいま戻りました」


「レオポルトか、久しいな」


 これもけじめとレオポルトは剣礼を捧げた。余人のいない父の執務室だが、三年ぶりの帰省でもある。騎士団での勤務は、見かけよりも忙しい。

 うむと頷いた父も立ち上がって傍らに置かれた剣立てから一本を取り出し、息子に答礼を施した。


「しかしこの時期に戻るとは珍しい。

 何かあったのか?」


 父も若い頃は帝都で騎士団長をしていたと、レオポルトは知っている。顔つきも剣癖も破天荒さも父譲りだと、飽きるほど言われていた。


「はい、私の預かっていた従士が殿下のお目にとまりまして、手元から巣立ってしまいました。

 十六の見習いが叙任されるとは誰も思っていなかったもので、団も今期は正面配置でなし、新しい従士が決まるまでしばらく休暇を取れと宿舎から追い出されまして……」


「ほう、名誉だな。レオポルトも鼻が高かろう。

 十四で騎士になられた殿下には及ばぬが、それでも大したものだ。

 ……まあゆっくり羽を伸ばしていけ。

 夜は時間を空けるから、酒杯でも交わそう」


「はい、また夜に」


 一礼をして父の部屋を辞したレオポルトは、仕事棟と呼ばれる本館を出るなり十人ほどの子供達に取り囲まれた。


「「「「「せーの、レオポルト兄様、おかえりなさい!!」」」」」


「ただいま、アルベルティーネ、シャルロッテ、アルトリート、ゲルトラウデ、ベルンフリート、ゲルハルト、ユスティーネ、ゴットフリート、ディートリント、ルイーゼ」


 彼らは皆、レオポルトの愛すべき弟妹達である。長兄が戻ったと聞いて、入り口で待ってくれていた様子だった。子供達の仕事棟への立ち入りは禁じられているし、そばで見守るメイドたちがそれを許そうはずもない。

 弟妹は全て父の愛妾の子で同母の兄弟姉妹は一人も居ないが、何くれとなく構いつけてしまうのは、愛に溢れた血筋故であろうか。

 年回りの近い者には、既に一人前になっている者も多い。レオポルトと同じく帝国騎士として皇帝家に剣を捧げた者もいるし、父の領地で地方騎士になった者、杖を捧げて宮廷魔術師をしている弟もいた。

 嫁いでいった妹ももちろん多く、はじめて姪に『おじちゃま』と呼ばれたときは、同じく『おじいちゃま』と呼ばれて感涙を浮かべていた父も交え、年長の弟たちと浴びるほど酒を飲んだ覚えがある。


「レオポルト兄様、もうすぐおやつの時間なの」


「一緒にいこう、兄上!」


「今日はシュテラお母様が、りんごのトルテを作って下さるのよ!」


「にいさま、ていとのおはなしして!」


 その場にいた中で一番小さいルイーゼを肩車して、レオポルトは手を引かれ背を押され、生活の場である西の棟へと入っていった。




「ただいま戻りました、シュテラ義母様、ヴァレンティーネ義母様、フィロメーラ義母様、ゼラフィーネ義母様。

 おお、ヴィルヘルミーナとメルセデスはお手伝いか、えらいぞ。

 それから元気そうだね、リヒャルダ、ユルゲン、……」


 その場にいた義母たちと弟妹たちにも笑顔を向ける。

 前回帰省した三年前の時点で父の妾は三十二人、弟妹の数はめでたく三桁の大台に乗っていた。今はもう少し増えて、上はレオポルトと同い年で二十日ほど年下のフェルディナントから、下は一歳半でまだ会ったことのない妹ヘンリエッテまで百八人、ついでに言えば双子も三組いる。

 賑やかなことこの上ないが、それが我が家の普通なのだから疑問に思ったことはない。


 これも一つの貴族的な生き残り策なのだと理解したのは大人になってからだったが、辺境伯家という地方軍権を保持したままの諸侯家系にはよくあることらしい。戦乱どころか地方乱さえ起きなくなって久しいが、過去には当主が討ち死にし次期当主が倒され次の弟もその次もと敗死を重ね、血が絶えそうになったことも一再ではなかったと家史には記されている。


「レオポルト兄様、騎士ってすごいんだよね!」


「たいへん?」


「忙しい?」


「そうだな、みんな頑張りやさんだ」


 帝都の話を土産にタルトをつつきながら、明日は弟妹達をどう甘やかしてやろうかと、レオポルトは目尻を下げた。




 翌日、年長の弟妹と庭を駆け回り、年少の弟妹には部屋で騎士物語を読み聞かせと、忙しいながらも充実した一日を過ごしたレオポルトは、夕方になって『茶会』に呼び出された。


 名称こそ茶会だが、帝国になぞらえればその実態はシュテルンベルク辺境伯家にとっての宮廷議会のようなものであった。父も信頼を置いているし、歴史は数千年に及ぶ。


「レオポルト様にお尋ねしたいことがあります」


「はいなんでしょうか、コルデーリア義母様?」


 正直なところ、レオポルト呼び出される心当たりはなかった。


 コルデーリアは序列第二位の愛妾で、レオポルトが子供の頃から既にその地位にあった人物だ。父の正妻たる実母の元侍女であったからか、レオポルトにとっても数多い義母の中では特別な存在で、愛情も倍感じれば怒るときも倍恐い女性である。

 この茶会、大は城内奥向きの護衛計画から小はメイドの教育方針まで様々なことが題材にされるが、時には悪戯をした子供への罰などもその範囲に含まれていたから未だに苦手意識が拭えない。


「昨日の昼寝の時間、ヴィルヘルミーナを寝かしつけるときに騎士物語を読み聞かせて下さいましたね?」


「はい、間違いありません」


 ヴィルヘルミーナはまだ六歳、五十二番目の妹で、おやつの時間に私の帝都での暮らしぶりや騎士達の話に大層喜んでいたのは覚えている。このご本を読んでと、子供向けに装丁された『騎士ジークフリードの試練』を手渡されたことも間違いない。


「今朝になって、ヴィルヘルミーナは騎士様と結婚したいと申しました」


 狼耳を寝かせて苦笑しているのはヴィルヘルミーナの実母、序列第二十二位のヴァルトルート義母様だ。

 元傭兵として名を上げた女傑で、手合わせをしたことはないが槍の腕は父も認めるほどである。今は愛妾でありながら、護衛職の侍女の長を兼ねていた。


「そこでレオポルト様にお願いがございます」


「はい?」


「彼女はお手伝いにも一生懸命で、下の妹の面倒もよくみてくれるのだけれど……」


「わたしたちのように、よき旦那様に巡り会えればよいなと思うのです」


「彼女がそうありたいと願うなら、わたしたちは応援しますわ」


「特に彼女は奥ゆかしい性根で、人狼の血が半分流れていながらこれまで大して異性に興味を持たなかったのですが、今朝になってその兆候がございましたの。

 ……普通は四、五歳で嗅ぎ分けるのですが、少し遅かったかしら?」


 種族の特性など、レオポルトも詳しく知っているのは自分の血脈に流れる人間族と魔族、薄いながら時折感じるエルフ族のことぐらいである。

 そのことで不思議に思っても意味がないし、人狼族純血種のヴァルトルートが口にするならそうなのだろうと、レオポルトも思索を打ち切った。


「そこでレオポルト様の出番ですわ!」


「彼女のために、ご尽力いただけませんこと?」


「ヴィルヘルミーナはまだ六つ、十分に時間はございます」


「共に幸を紡げる優しき騎士を」


「彼女を生涯愛し守り通せる騎士を」


「レオポルト様のお眼鏡に適う騎士を」


「何卒、ご推薦いただけませんでしょうか」


 これはまた難題だ。


 だが妹の幸せは、もとより望むところである。

 レオポルトは彼女に似合う最高の騎士を選ぶと、剣に誓った。




 数年が過ぎ去り、少女が月の物を迎え、騎士の妻に相応しい教育を修了し、母親たちからも嫁に出して大丈夫と太鼓判が押された頃。


 帝国騎士のみならず地方騎士や騎士爵家当主まで、相当に広範な情報を集め吟味に吟味を重ねたレオポルトはようやくヴィルヘルミーナの相手を絞り込み、父を通して茶会に推薦した。


「なるほどな。

 それで結局、この騎士か」


「まあ、そういうことです。

 思い返せば、幾度となく彼について聞かれたなと……」


「結果方々探した答えとぴたり符合したのだから、笑い話にしかならぬな」


「役得もございましたので、苦労は糧になるものだと改めて感じましたよ」


「ともかく、見合いの件は本人に聞いてみよう。

 レオポルトもご苦労だった」


 その頃には余所の団から人事の相談を受けるほど、帝国中の騎士に詳しくなっていたレオポルトである。

 半年前、帝国総騎士団長直々の推薦を受け、帝国でも数少ない皇族外の帝国騎士叙任権保持者となった直接の原因が妹の婿探し故であったとは、余人には話せぬ家族だけの秘密であった。


 


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