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97.勇者様、記憶の糸は細やか也!

今回、ちょっぴり長めです。

 宿営地で戦車を見た後、州都に二週間、けむりさんと一緒にお仕事する事になった。


 その間、クリーネ王国と南部でする取引に関する話と、納屋――もう、納屋なんかじゃなく、誰が住んでも不便じゃない感じの建物になってて。

 その寮にいるオーシニアの人達を国に帰すための交渉と。情報を集めるのも仕事だからって言われて、いろんな話を聞いたんだ。


 どこで生まれた人なのかとか。どんなふうに暮らしてたのかとか。

 どの国の軍隊でどういう仕事をしてて。どこで、どんな風に捕まっちゃったのかなんていう話。


 それから、なにが必要とか食べたい物はありますか?なんて、他愛ない話もたくさんあって


『……ありがとうございました。髪に塗る油、手配しておきますね』

『助かるよ』


 ただの納屋だった昔と違ってお風呂にも入れるし。だから、お洒落に気を使う人もいるみたいで、髪に塗る香油をって。

 垂れた耳が特徴的なびことさんから頼まれちゃった。


 髪をきちんとしておかないと、耳の中がかゆくなるんだって。

 耳ダニとかだと可哀想だもんね。


 教えてもらった色々と、頼まれごと。色々を手帳に書きつけてたら


『手信号にもびっくりしたが、おれ達の言葉を話せる人間がいるとはな。あんたもうすらいと同じ、タリア連邦の人間か?』

『いえ』


 ふいって出てきた名前に、手が止まっちゃった。


 うすらい。

 帝都に最初の一撃を加えた人。


 そのせいでなにもかもが変わっちゃったんだ。

 士官学校にいられなくなって、チギリさんは腕を失って。皇帝陛下が殺される原因にもなった。そんな人の名前のせいで、胸の奥がちくっと痛くなる。


 西部の国境で捕まったびことさんは、そんなの知ってる訳なくて。だから、私の返事を聞いて、ふんふんって頷いただけ。


『そうか。まぁ、国を焼かれた人間が、敵につくはずもないな』

『うすらいって、どういう人なんですか?』

『どうって……』


 口を引き結んだびことさんは、垂れた耳をぽりぽりとかいた。

 さっきまで私を見ていたその眼が、窓の方に流れてく。


『話しにくい、ですか?』

『いや、まぁ……。家族を悉く殺されて、それでも“英雄”であるが故に反撃する事を許されなかった。“英雄”である事を呪ってた奴だったよ』

『“英雄”ですか?』

『あぁ。あんたらの国にもいるだろ?』


 いる。

 と、思う。

 でも、私が知ってるそういう人達が、あんな事するなんて。あんな目で誰かを見るなんて、思えない。

 思いたくなかった。


 けど、そうじゃない現実が、うすらいの目の前にはあったのかも。私には想像もつかないような気持ちが、うすらいにはあった。

 でも、そういうの。全部、ただの想像だから。


『まぁでも、少なくとも、戦争に“英雄”を投入してきたのはあんたらの方が先だ』

『そう、なんですか?』

『あぁ。……っと、あんたみたいな若い子にこんな話しても仕方ないな。話はもう、終わろう』


 眉をハの字に曲げたびことさんは、ぐしぐしと髪をかきながら席を立った。


 扉の向こうにその背中が消える。

 その瞬間まで、私は吸い込んだ空気を吐き出せなかった。



 吐き出せたと思ってた胸の奥の重い空気は。でも、まだ私の中でわだかまって、車の中の空気を重くしてる。

 “英雄”――きっと、私達が勇者候補って呼んでるのと同じ、特別な力を持って生まれ変わってきた人達。


 そんな力があっても、家族を守れなかった。


 国を焼かれ、家族を奪われて。

 それでも、反撃できなかったうすらいの気持ち。



 そんなのわかる訳ない。

 わかりたくもないんだけど。でも、どうして反撃できなかったんだろ?


 帝都を。

 それ以上の範囲の天気を変えるくらいの能力があったのに、どうして……


『ちびちゃんも乗物酔いかい?』

『あ、いえ……』


 心配してくれたのはわかるけど、そういってるけむりさんの顔色もあんまりよくない。

 自動車なんて戦車と比べたら静かだし、平気なんだけど。考え事してたせいで変な顔になってたのかも。


 逆側に座ってるギヘテさんからも視線感じるし、居心地悪いよ。


「なんか考え事?」

「……はい。さっき、捕虜の人達と話してて、気になる事があって」

「そっか」


 返事はしたけど、聞き出そうとしないのは、ギヘテさんなりの優しさなのかも。

 少なくとも、オーシニアとの話にギヘテさんは口を出してこない。


 頼んだら助けてくれるかもしれないけど。

 でも、踏み込むつもりもないよっていうギヘテさんの姿勢は、ときどき私を助けてくれてる。


 変に気にしないで、どっちにも偏らない。

 そういう姿勢がいいとこが、ギヘテさんって格好いいんだよなあ。



 なんて思ってたら、お尻をもぞもぞ動かして、体重を窓の方に傾けた。

 視線も窓の外に。


 なにも聞かないっていう意思表示。なのかな?


 それを確認して、私はけむりさんに身体を向ける。


『けむりさん。“英雄”って知ってますか?』

『なんだい、藪から棒に』

『さっき、“英雄”についてびことさんからききました』

『ふうん』


 視線が軽く泳いで。それから、私の眼をもう一回見るまで三秒。

 なにか話したくない事があるんだって、すぐわかっちゃう。


『けむりさんは“英雄”じゃないんですか?』

『違うね』

『でも、すごい剣の腕前ですよね』

『長い事、鍛錬してるからね』


 普通に訓練して、けむりさんみたいに――勇者候補のテアに勝てるくらい強くなれる訳なんかないって思うけど。

 聞きたいのはそんな話じゃない。


『“英雄”は戦っちゃ駄目なんですか?』

『……びことってのがそう言ってたのかい?』

『はい。あと、ある人が、そういう決まりのせいで家族を失ったって、言ってました』

『……そうかい』


 すっとけむりさんの目が細くなった。

 いつか、テアと切りあいになった時と同じ。きっと殺気ってこういう気配の事なんだって思う。


 それでも、眼を逸らさない。

 今、けむりさんに聞かないと、もう私がうすらいのなにかに触れるなんて出来ないに決まってるもん。


 すうって大きく息を吸って。それをふいって吐き出す。


『百年くらい前かね……。あたしらの神様から、そういうお告げがあったのさ』

『神様から、ですか?』

『あぁ。“英雄”として生まれた者は、その力を使って争ってはならない……ってね』

『だから、なんでしょうか』


 もし私にうすらいみたいな力があって。

 でも、神様に言われたからって、なにもしないでいたら。


 ううん。

 なにもしないでいるなんて出来るのかな。


『ちびちゃん。あんたがそのうすらいってのと同じ立場になったらどうするね?』

『……どう、って』


 私ならどうするんだろ?


 士官学校も卒業してない。軍隊で色々してるけど、気持ちは中途半端なまま。


 誰かを許せない。

 その人を殺さなきゃいけないって、そんな風に思ったこと、ない訳じゃないけど。でも、その時、なにも出来なかった。


 そんな私に、なにか出来るのかな?


『きっと、家族を殺されたら。その時、出来るなにかがあるのにしなかったら、きっと後悔すると思います。うすらいと同じように、戦おうと思うかもしれません』

『……ふん』


 答えた私の言葉が面白くないのか、けむりさんは軽く鼻をならした。

 その音に、助手席に座ってるどぅえとさんが、そのおっきな身体をぐいって動かして振り返る。


『けむり殿、その様な話は……』

『いえ。いいんです』

『トレ……』


 そう。

 いつか考えなきゃいけないんだ。


 もし、戦争に行って。誰かに銃を向けられた時、その瞬間に考えようと思っても遅いから。

 だから、今。けむりさんに問いかけられた今が、考える時なんだ。


 頭の中を整理して、それを言葉に変えておかなきゃ。


『向かい合ったその人にも家族がいて。友達がいて。だから、なにも考えないなんて無理だと思います。私と同じ気持ちに、その人の家族や友達がならない訳ないから』

『だったら、どうするんだい。ちびちゃんは』

『……覚えておこうと思います』


 一生懸命考えてみたけど。

 きっと、私にはそれくらいしか出来ない。


 覚えておいて。いつかその誰かを思う人と向き合う時に、その気持ちを受け止められるようにしたいから。


『ちびちゃんは、軍人向きじゃあないね』

『世界中の誰だって、戦ったり、憎しみ合ったりに向いてなんかないんじゃないでしょうか』


 そう答えてみたら、けむりさんは「はん」って鼻先で笑った。


 運転席のカレカも、隣に座ってるギヘテさんも。

 言葉の意味なんかわからないはずなのに、けむりさんの立てた音にきろって視線が動く。

 気にしてくれてるんだよね。


 ありがとう。


『やっぱり、ちびちゃんの頭には綿菓子でも詰まってるらしいね』

『すかすかだって事ですか?』


 それに比べて、失礼な婆だ。


『ふわふわで、甘ったるいって事さ。……まぁ、嫌いじゃないけどね』


 けたけた笑うけむりさんの目には、もうさっきまで見たいな険はなくて。ただただ、楽しそう寄ったしわで目尻が柔らかく見えた。




 乗物酔いになったけむりさんのために車は何度か止まって。それでも、日が暮れる前にフフトの町について。車を降りたところで


『ちょっと具合がよくないから、先に国に帰らせてもらうよ』


 なんて言い出したけむりさんのために、他の車を手配する事になっちゃって


『コービデさんとお話する約束はどうするんですか?』

『ちびちゃんに任せるよ。書類を渡しとくから、この通りにしといておくれ』


 そんないい加減な……って思ったけど、カレカが手配してくれた車に乗って、けむりさんとどぅえとさんは先に村に戻っちゃった。


 書類の中身は、戦車に使う油についての話。

 代金として同じ重さの銀を支払うようにって書いてあるんだけど。なんていうか、価値の関係がよくわかんないんだよね。



 わかんないんだけど


「トレちゃんの顔に免じて、飲みましょう」

「あ、ありがとうございます」


 ちょっと眉をしかめたコービデさんは、私が訳を書き足した書類にさりさりさりって署名を入れてくれた。

 これで、正式な取り決めの書類になるんだけど。私の顔に免じるってのが気になるんだよなあ。


「あの。無理な取引なら、断ってもらってもいいと思うんですけど」

「ん?」

「なんていうか。私の地味な顔で、物凄い金額が動くとか、お腹痛くなっちゃいそうで……」


 ほんとに大真面目な気持ちだったのに、すぐ隣に座ってるギヘテさんがお茶を吹いて、逆側でカレカもげふげふって咳き込む。

 水物飲んでる時に笑うとか、馬鹿なの?


 いつでもふわふわ笑ってるコービデさんはともかく。いつもしかつめらしい家令のシュタバさんも顔を隠して笑ってるし。

 普通の顔なの、“授かり物”で耳がないフェッシェさんだけ。


 すっごい失礼じゃない?


「トレちゃん、全然地味じゃないと思うけどなあ。磨けば光りそうっていうか……」


 じゃあ、今は輝いてないっていうのかな。


 それはそれで悲しいんですけど。

 まぁ、いいけど。


「少なくとも。私とホノマはトレちゃんの顔、好きよ」

「ホノマくんも、ですか?」

「そうよ!」


 そんなの、言われた事ないよ。

 不意に出てきた、帝都で頑張ってるはずのホノマくんの名前に胸の奥が跳ねた。


「そうだ。二人宛の手紙が来てるのよ」

「二人って?」

「トレちゃんと、シノワズの御令嬢に」

「御令嬢はやめてください。ギヘテでいいと……」

「はいはい。シュタバ、手紙と“あれ”、持ってきて頂戴」


 あれ。

 あれって?



 私が受け取ったのは、真っ白い封筒。

 それから、小さな木箱だった。


 同じ様に手渡されたギヘテさん宛の手紙は、箔押しのない封蝋で留められてるだけの。

 なんていうか。事務的な印象の封筒。


 すみっこにハセンさんのサインが入ってたみたいだけど。


「ギヘテさん?」

「ん?」

「いえ、あの……」

「開けないの?」

「開けます、けど」


 封を切った中に納まってたのは、ほんのり木犀の香りのする便箋。


 ぱっと見ただけで、ホノマくんの筆跡だってわかる、細かくぴちっとした文字が規則正しく並んでる。

 帝都から離れてもう十ヶ月以上経っちゃってるんだよね。


 懐かしい気持ち。あと、なんだろう?


 ちょっぴり胸がどきどきする。


「あの子、なにを書いてきたのかしら?」

「……あの、そんなに覗きこまれると読みにくいんですけど」

「二人だけの秘密って事かしら?」


 まだ眼を通せてもいないのに、そんなのなんにもないから!


 にまにましたコービデさんから手紙を隠す。

 なんとなく。

 ほんとになんとなくだけど、別に秘密とか書いてなくたって、一番に見るのは私じゃなきゃやなんだもん。


「愛の言葉の一つも書いてなかったら、母さん許しませんよ!」

「……あの、お家に帰ってから読みますから」

「んー。じゃあ、その木箱の中だけは見せてちょうだい!」


 えー!?


 って、抵抗しようとしたんだけど。そんなの無理で、コービデさんの目の前で開けることになっちゃった。


「我が子ながら、なかなかの目利きね」

「……そう、なんですか?」


 少し鈍い銀色の懐中時計。

 蓋にマーガレットが彫刻された、可愛らしいデザインに、コービデさんの眼がきらっと輝いた。


 あんまり高い物だと受け取りにくいよ。

 しかも、商会の女主人であるコービデに目利きだなんて言われた物を……


「……トレちゃん、蓋の裏、見てごらんなさい」

「はぁ」


 きゃいきゃいってはしゃぐコービデさんに言われて時計の蓋の裏を確かめたら、なんか細かい文字が刻まれてるのが見えて


「……『離れていても君と同じ刻を歩む』か」


 首を伸ばして覗き込んできたカレカが、眼をすうって細くして、文字を読み上げて。それから大きく舌打ち。

 ……行儀悪いなあ。


 あと、そのしかめっ面。やめた方がいいよ。


「んー。七十点!」

「なにがですか?」

「ちゃんと言わなきゃ、あんたにはわからないって事、かな?」


 なに、それ?

 意味くらいわかるもん。


 この時計、くるわないって事でしょ?


 ……違うのかな?



 手紙を見せる見せないでもめにもめた後、家に帰る車の中、カレカはずーっと無言で運転してて。隣に座ったギヘテさんも、一言もしゃべんなくって。

 おもーい空気を振りまく二人のせいで、久しぶりに自動車酔いしちゃった。


 戦車に比べたら、ちっとも揺れないのに。

 まったく!




 ご飯食べて、身体を拭いて。それから、ギヘテさんと二人で私の部屋に。

 今日は港のとこにある寮に戻らないで、うちに泊まってくって言い出したもんだから、二人でちょっとしたパジャマパーティみたいになったんだけど。

 でも、そんな楽しい雰囲気なんかちっともないんだよね。


 封筒をじっと見て。口を閉じてる封蝋をこしこしって指で撫でるギヘテさんはなんだか寂しそう。


「手紙。読んでみませんか?」

「……うん」


 私が受け取った封筒は、もう口を切ってあるから、ギヘテさんにペーパーナイフを渡す。

 受け取ったペーパーナイフを。でも、すぐに動かさないギヘテさん。


 思いきらなきゃいけないってわかってても、思いきれない時ってあるもんね。

 だから、せかしたりしない。



 私だって、ホノマくんの手紙読むの、ちょっと緊張するもん。

 ハーバの商館で封を切った分、ギヘテさんよりは気楽かもだけど。


 すーはーって深呼吸二回。


 うん。

 読むぞ!



 並ぶ文字から几帳面な性格が浮かんでくるホノマくんの手紙。


 学校の事とか、帝都の様子とか――身分についての締めつけが厳しくなって、ぎすぎすしてるみたい。

 あと、ジデーアさんが戦車部隊に配属されたって書いてあるのも、ちょっと驚きかな


 かめむしくんのせいで、戦車の中って狭いんだって思い込んでるから。だから、そんな風に思っちゃうのかも。


 でも、一番嬉しかったのはアールネさんに赤ちゃん産まれたっていうの。

 絵姿もついてたんだ!


 すっごく可愛い!


「ギヘテさん。これ、見てください!」

「ん?」


 手紙に入り込んでて気づかなかったけど。ようやく封を切って、手紙に眼をやってたギヘテさんに呼びかける。


 だって、こんな可愛いの独り占めとか、絶対よくない!


「友達が赤ちゃん産んだんだそうです」

「へぇ。……わぁ、すっごい可愛いじゃん!」

「ですよね!」


 難しい顔で手紙を読んでたギヘテさんがふわりと笑う。

 手紙、あんまりな内容だったのかな。


 ちょっと険しい顔してたけど、笑ってくれてよかった。


「ハセンさんなんて?」

「あの馬鹿は……。いいや、読んで」


 手紙をぽいっと渡される。


 封筒に書かれてた署名と打って変わって、乱雑な文字で実務的な内容がびっしり。

 寒いところで稼働出来る装備がどうのとか、こういう道具が足りないから開発しろとか。そんな。


 最後の一枚でようやく、息災でいるようにって書いてあるだけ。

 自分がもらったら、やっぱりギヘテさんと同じ顔になっちゃいそうな、息が詰まる手紙だった。


「どうしてこんな……」

「気にしてるんだ」

「なにをですか?」


 ふいってちょっぴり溜息。それから、ギヘテさんは窓の外に視線を向ける。

 青白い顔の月。

 鋭い眼が、空にぽっかり空いた穴をにらむみたいに、強い視線。


「あいつがどうして皇帝になれないか知ってる?」

「わかりません」


 考えてみたら、皇帝陛下が死んじゃったら、ハセンさんが跡を継ぐのが普通だよね。

 どうして大僧正が代理で収まってるんだろう?


 どんな理由があるかなんて聞いた事ない。


「“授かり物”があるから、あいつ自身は皇帝になれないんだ。

 生まれたあいつの子が“選ばれた子”なら、その子は皇帝になれるけど。

 でも、あいつは皇帝になれない」

「……そう、なんですか」


 身分が高くても、その決まりは例外なんかないんだ。


 そんなの、全然知らないで生きてた。

 南部では知る必要もなかったんだけど。でも、そんな理由が帝都とか。もしかしたら、他の自治州でも守られてて。

 こんな悲劇。もしかしたら、どこにでもあるのかもしれなくて。


 ただ、それが身近じゃなかっただけ。


「あいつのお母さんはさ。“授かり物”がある子供を産んだって、宮廷で責められて死んじゃったんだ」

「そんな!」

「私にそんな思いさせたくないって。あんたと一緒に南部に行くって話に行った時、初めてさ」


 月明かりに照らされて、青みを帯びたギヘテさんの目の端っこに水玉がぷっくりふくらんで。

 でも、こぼれ落ちないように我慢する姿は、なんだか痛々しくて


「だから、結婚しないって言われたんだ」


 そんなに心配するくらい好きなら、一緒にいればいいのに。


 どうしてそんな風に拒絶したんだろ。

 そんなの関係ないのに。


 膝の上で握り締められた拳にぱたたって落ちた涙が、すうっと線を引いて落ちてった。

 いつか夕日を見た日と同じ。


 こんな表情してるって、ハセンさんは知ってるのかな?


 知っててこんな手紙を送ってるなら、残酷だよ。




 時々聞こえる鼻をすする音。

 抱えたクッションに顔を埋めたまま、小さく丸まったギヘテさんの背中を撫でる。


 ランプの紐がじじって音を立てて。

 普段は気にならない小さな音が聞こえるくらい静かな部屋に、ギヘテさんの声が音を戻した。


「あんた、さ」

「はい」

「生まれる前の記憶、あるでしょ」


 伏せてた顔を上げたギヘテさんは私の目を見る。

 じっと。


 月の光が反射して、青く冴えた瞳がサファイアみたいに光ってそれはとっても綺麗で。でも、お腹の奥の方はすうって冷やされちゃう。


「あの、私は……」

「この間、無線を操作する時、携帯電話の話、してたろ?」

「しましたっけ?」


 そんな話、してた?

 私が思い出せないのに、ギヘテさんはそういうのしっかり覚えてる。そういうの、ちょっとびっくり。


「電話だったら、うちとか近衛師団とか、あるとこにはあるんだ。私が作ったから」

「じゃ、じゃあ、そういうの見ただけかも……」

「でも、この世界に携帯電話なんて技術、ないから」


 そう言い切って、ギヘテさんは身体を起こして、ぐいって私に近づいてきた。

 きっと、もう確信してる。


 その確信は正しいんだけど。

 でも、私は。



 乗り出してくるせいでどんどん近くなる距離。

 息遣いがほっぺに伝わってくるくらい近づいてきたとがった顎が怖くて、ベッドの上でお尻をずらして。でも、背中はすぐ壁にぶつかっちゃった。



 漆喰で淡いピンクに塗られた石造りの壁は、夏なのにひんやりと冷たくて。ぴたってくっついた背中がぞっとして。

 ベッドの上に乗り出してきたギヘテさんに、がちって捕まえられた右手はもう動かせなくて。


 そんな状態なのに、緩やかな作りのパジャマの襟からのぞくギヘテさんのおっぱいが、思ったより小ぶりだななんて。


 そんなの考えてる場合じゃないのに。


「もし、覚えてるなら聞かせて。生まれる前の事。あんたがどんな人だったのか」

「あの、私は……」

「言いたくないなら言わなくていい。ただ……」


 ちゅーしちゃいそうな距離に近づいたギヘテさんの声。


 耳にかかる息が、腰の辺りをぞわぞわさせる。

 お腹の下の方がきゅーってなるのが気持ち悪いけど、逃げ場なんかなくて


「……やっぱいいや」

「どう、してってきいてもいいですか?」


 言葉と同時に身体が離れて。なのに急に鮮明になったギヘテさんの匂い――機械油とか硝煙のまじりあった、少し焦げ臭い空気が鼻をくすぐった。


 ベッドの上にお尻をすとんと落としたギヘテさんは、歯をいーってして笑う。


「んー。聞かなくてもわかってたから、かな」

「はぁ……」


 そんな、一人で納得されても困っちゃうんだけど。


 そういうの、気になるよ。

 ねぇ。


「ところでさ」

「なんでしょう?」

「あんた、生まれる前、男だったでしょ?」

「……どうしてです?」


 そういうの、ぴたりと当てられるのって、ちょっぴり怖い。

 前世の自分を見透かされる。


 それだけで心の中を見られたみたいで、気持ち悪いんだけど。


 でも


「だって、胸とか尻とか。男がよく見てるとこ、じーっと見てる時あるから」

「し、してません!」

「してるよ。さっきも、パジャマの中見てたでしょ」

「み、見てません!」


 気持ち悪いの、私だった!



 パジャマの中、見てました。

 見てましたけど、そんなの不可抗力なんじゃない?


 だって、あんな近くでおっぱい揺れてたら、どうしても眼が行っちゃうでしょ!

 しょうがないよね?



 ねぇ!?



 あわわわってなったからなのかな。

 得物を追い詰める狼みたいに笑ったギヘテさんは、もう一回、ぐいって距離を詰めてきて


「あんたのも見せてよ。それでおあいこ!」

「やですよ!それに、寮とか宿営地のお風呂でだって、一緒だったりするじゃないですか。なんで今更……」

「しばらく見てないもん。どれくらい育ったか見てあげる!」

「いえ、けっこうです!」

「よいではないかよいではないか……」


 やーめーろー!

 パジャマの上をはぐるな。


 くすぐったいくすぐったい!


 っていうか、変なとこさわんないで!



 うぎゃー!



 押さえつけられて、もがいて。

 抜け出して、捕まって。

 ベッドの上で格闘技の訓練みたいな組合が始まって、そしたら


「真夜中になにやってんだ!……あ」

「「あ」」


 ノックもしないで開けられたドアの向こうにカレカがいて


「いや、ごめん」

「うん」


 うんじゃない!


 はぐったパジャマの上の辺りでじーって視線を固定したまま、ちょっぴり後ずさりしたカレカにギヘテさんが頷いて。

 それから、ぱたんって小さな音を立てて、扉が閉まるまで、おっぱいしまう暇なんかなくて。


 ってかさ。

 シャツ、戻して!



 見られた。

 完全に見られた。


 あ゛ー!


「まぁ、あれだ。どうせ、いつか触らせるんでしょ?」

「触らせません!」


 なにいってんだ、この人!


 もうやだ。

 消えちゃいたい。

今回は、幼馴染におっぱいを見られちゃうエピソードをお届けしました。


見られたくらいで減らないなんて台詞、時々聞きますけど。

でも、減るんですよ。


精神力的なものが。


なんて。


色々な覚悟とか。

抱えてる思いとか。


おっぱいよりも大事なものをたくさん書いたつもりです。


次回も、最終回に向けてむにゅむにゅ進んでいきたいと思います



次回更新は2014/09/08(月)7時頃、最終局面一歩手前のエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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