96.勇者様、光る剣は鮮やか也!
ちょっと先を歩くテアの持ってる小さな旗――薄いぺらぺらの青い布地に三匹の蛇が絡み合った、エザリナ神聖帝国のマークを染め抜いただけの。
なんだろ。
見るからに安っぽい旗を、間に合わせの棒に縛りつけた、びんぼっちい感じの旗が、ぱたぱたなびいてる。
遠足とかについてくるガイドさんみたいなテアがくるって振り返った。
いつでも余裕たっぷりな感じなのに、今はありありと不安の二文字が浮かんでる。
「トレ、ほんとにここ?」
「……の、はずなんですけど」
出発前にもらった地図を見て、もう一回確認してみるけど、やっぱり、間違ってない。
宿営地の隅っこ。
こんもり盛り上がった丘の上にあるポプラの木。
お日様に照らされて緑がまぶしいその木陰が、指示されてた場所なんだけど。
なんていうか。
そこにはなんにもなかった。
『こんなところで、なにを見せてくれるってんだい?』
『……あの。えーと』
左右あわせの服。
冬場と同じ紺色の服は生地はさらっとしてる気がするけど。それでも重ね合わせの多い服を着たけむりさん。
その後ろには、ライオンみたいな顔のどぅえとさんもいて。その二人ともが、私をじっと見てる。
こんなの聞いてないよ。
「国賓をお迎えするから、そのご案内をしなさい」
そう父さんに言われたのが一週間前。
国が向かえるお客様っていっても、南部は国じゃないし。それ以前に、よその国との接点なんてクリーネ王国としかないから。
だから、けむりさんの通訳をするんだってわかってた。
でも、どこでなにをっていうの、詳しく聞かされてなくて、今、この状況だもん。
こんなの困る。
大体さ。
国賓って言ってたのに、扱いがひどいんだよ。
こっそり宿営地に入って。見つからない様にこんなとこつれてきて。
こんな真夏の暑い日に、天幕も張ってないなんて。
しかも、お客様に出すように言われて持ってきたお茶――私の顔くらいあるおっきいやかん。
手が真っ赤になるくらい重たい思いして、ようやく持ってきた“備品”って書いてあるやつなんだけど。
この中身だってひっどいんだから。
宿営地の食堂においてある、どこ産なのかもわかんない。
香りなんかすっかり飛んでじゃってて、色が出るのがやっとの茶葉を。よりにもよって水出しした、出がらしみたいなの。
こんなだったら、出さない方がいいんじゃないかなって思っちゃうくらいの残念ドリンク。
まぁ、けむりさんが飲みたいって言わなかったら出さなきゃいいんだけど。
『喉が渇いたね、ちびちゃん』
『……はい』
そうならないといいなあって思った時に限って、そういうの起きるんだよね。
やんなっちゃう。
色がついただけの水みたいな――っていうか、実際そうなんだけど。
そんな残念ドリンクを四人で飲む。
帝都の夏に比べたら、南部の夏ってやっぱり涼しい。
涼しい……はずなんだけど。
でも、もうあっついの。
日陰に入ってれば風は涼しいんだけど。けむりさんはともかく、どぅえとさんが入ってると、私とテアまで入りきれるほどは広くなくて。
だから、お日様の下にぽけーって立ってて。
そしたら、たりーって汗があごの方に垂れてく。
さっき飲んだ残念ドリンクが、もう汗になっちゃったのかも。
あー、もー!
暑い!
制服の前を少しはだけて、ぱたぱたってして風を送る。
汗でぺったりくっついた服と肌の間に出来た隙間に入った空気が、すうって冷たくなった。
『年頃の娘がそんなことおしでないよ!』
『でも、暑くて……』
っていうか、けむりさんは暑くないのかな?
汗もかいてないし、顔色もほとんど変わってない。
私と一緒に日向でぼんやりのテアも、ちょっとほっぺが赤くなってるくらい。ほとんど変わってない気がする。
剣術の訓練してると、暑さに強くなるのかも。
ぬるい空気がぼんやりを加速してく、どうしようもない時間。
でも、それも十分くらい。
「お待たせして申し訳なかったね」
ふやんとしたおじいちゃんの声が、私達が登ってきたのとは逆の方の斜面から聞こえてきて。
その声に、私の身体は条件反射で敬礼。
「アーデ候補生、楽にしていい」
「はい」
とぼとぼと……って言ったら失礼かもだけど。
あんまり元気がいい感じじゃない歩き方のおじいちゃん。
その後ろについてた父さんが、軽く手を上げて、私に合図してくれて。だから、敬礼を解いて楽にする。
『なんの用事か聞いておくれ』
ちょっと苛立ちを混ぜたけむりさんの声。
でも、そういうニュアンスは全部無視して、司令に確認する。
「あの、今日はどんな用事なんでしょうか?私もなにも聞かされていないのですが……」
「あぁ、うん。そうだったね」
ちょっと広めのおでこを左手でごしごしって擦ったおじいちゃんは、ちらっとすぐ後ろの父さんを見て。それからけむりさんを。
最後に私に視線を戻す。
話しにくいのかな?
「トレ、服をきちんとしなさい」
あ、あれー?
制服をきちんと着なおして、それが済んだところでようやくお話が始まった。
言葉がわかる人が二人いるってやっぱり便利で、私一人が翻訳して頼りずっと効率がいい感じ。
お互いの国の事。
今、なにが起こってるのか。
お互いの取引の中で困ってるところとか。
とにかく、いろんな話を、南部の最高責任者とクリーネ王国の王様代理のけむりさんが話し合って。その内容を、私とテアがそれぞれ翻訳して。
その内容を父さんとどぅえとさんが書きとめてく。
そういう話をするなら、もっと涼しいとこで出来るんじゃないかなって。
そんな気持ちが顔に出ちゃってたのかも。
『こんな話をするために呼び出したわけじゃないんだろ。早く本題に入るように言っとくれ』
『あ、はい』
眉間にぎゅーってしわを寄せたけむりさんは、そう言ってお話をせかしてくれた。
「本題はなにかって。おっしゃってます」
「そうだね。……そろそろいい時間だ。司祭、けむり殿に西の方を見るように言っとくれ」
いろんな部分を短縮してテアが訳したけむりさんの言葉に、司令はちょっと父さんの方を確認して。時計を確認した父さんが軽く頷いて。
それから、司令はすうって西の方を指さした。
ちょうど、戦車演習場――まぁ、だだっ広いグラウンドをそう呼んでるだけなんだけど。
その、グラウンドの方から、どろどろどろどろ……って、耳慣れたかめむしくんと同じディーゼルエンジン音が聞こえてくる。
それも、一個じゃない。
『また、なにか新しい機械を作ったのかい?』
『はい。でも、あの……』
ディーゼルエンジンとか無線とか――まぁ、無線機は外から見えないけど。
でも、ギヘテさんが作った戦車は秘密の塊で。だから、もしかしたら、オーシニアの他の国と一緒に敵になっちゃうかもしれないけむりさん達に見せちゃ駄目なのかもしれないのに。
なのに、戦車演習場には新しい戦車が四両。
ぴしーって整列するのが見えた。
司令も父さんも。
けむりさんもどぅえとさんも、それをじーっと見てる。
「今度のは強そうだね」
「そう、ですね」
急に黙り込んだ大人達の方をちらって確認して、テアが耳元でぽしょぽしょって話しかけてきた。
ちょっと離れたところに見える新しい戦車は、テアの言葉通り強そうで。少なくとも、私達が乗ってるかめむしくんとはずいぶん違う。
ちゃんと砲塔があるし、エンジンの出力も上がったのか、後ろ側が張り出して大きくなってる。
色だけはかめむしくんとおそろいだけど、それ以外は全然別。
行進するみたいにぴちっと足並みを揃えた戦車は、横一列のまま。標的に向かってがおんがおんって射撃。
標的がばらばらになったら、もう一回行進。
そんな動作を繰り返す。
『ずいぶん壮観だね。だが、これを見せてどうしようってんだい?脅しのつもりかい?』
『どう、なんでしょうか……』
きりって一回歯を鳴らしたけむりさんは、腰にかけた剣の柄に手を載せた。
苛立ってるのかも。
急に切りかかったりするような人じゃないって思うけど。でも、やっぱり怖くて、すぐ隣にいるテアの教会服の袖をきゅって引っ張る。
「どうしてこんなものを見せるのか。脅しのつもりなのか、とおっしゃっていますが」
「あぁ、いや。そんなつもりはないよ」
じゃあ、どういうつもりなの?
「西部戦線が泥沼らしくてね。南部も応援を出さなけりゃならないんだが、あの新兵器を動かすには燃料が足りないんだ」
「トレ、ごめん。ちょっと訳しきれない」
「はい」
脇腹をとんってされて、テアと通訳を交代。
『西部の戦闘が泥沼らしくて、南部も応援を出さなきゃいけないんだそうです。でも、今見てもらった戦車を動かすための燃料が、足りないって』
『それで?』
険のある視線を向けられて、お腹の中がきゅーって冷たくなるけど。でも、続きを促されてるんだもん。
ちゃんと話さなきゃ。
袖を引っ張って、テアに合図。
「それで?と」
「クリーネ王国から、燃料を買いたい。だが、同胞を討つために使う物だから、どういうものに使うのか、けむり殿に見せておきたかった」
司令の言葉を引き継いだ父さんは、けむりさんをじっと見たまま。そう言った。
その言葉を、そのまま伝える。
『律儀な事だねえ……』
『そういうものでしょうか?』
『今見た所、オーシニアの連中が使ってる戦車より、あの戦車は動きが早い。どんだけ訓練したか知らないけど、統率も取れてる。……ほれ。今撃ったあの銃。ありゃあ、私でも目で追いきれないよ』
くいってけむりさんがあごで指した先で、大砲の横に据えつけられてる機関銃――すごい勢いで連射出来るおっきな銃が標的をつぎつぎと砕いてた。
『あんなもんと戦う事になる。出来ればやめた方がいい。そういう話を、オーシニアの連中にもしてくれってのが、狙いなんだろうさ』
そう、なの?
よくわかんない。
意味がおかしくならないように、けむりさんの言葉を訳して、父さんと司令に伝えて。でも、二人ともその言葉に返事は返してくれなくて。
ただ、大人同士がじっと見詰め合ってる。
そんな変な沈黙が嫌で
「テアはどう思いましたか?」
「ん?」
「戦車の事」
「んー」
ちょっと聞いてみたくなって、テアに話しかけてみたんだけど。軽い気持ちで聞いたはずの言葉に、むむってテアは眉間にしわを寄せた。
どう……なんて、漠然とした聞き方だったからかな。
「まぁ、あれくらいなら、なんとかなるかな」
「なんとか、ですか?」
「うん」
戦車の色々を勉強したけど、人間が戦車と戦って勝つなんて無理だって思う。
がちがちに硬い金属の板で守られてて、大砲ばんばん撃ってくるし。
一発一発がちゃがちゃ装弾しなくてもいい、連発出来る銃もついてる。
手りゅう弾でも、傷がつくかどうか。
そんなの相手になんとかなるって、テアはやっぱりすごい。
すごいっていうか、おかしい。
「大砲の弾ぐらいならなんとか眼で追えるし。あとは、装甲を切っても刃こぼれしない剣があればね」
「はぁ……」
撃ってる私達自身が見えてなくて。当たったのかどうか確認するのに苦労してるのに、テアには全部見えてるって事だよね。
それってやっぱりおかしいよ。
私達がぽしょぽしょ話してる間に、大人同士のにらみ合いは終わってたみたい。
『ちびちゃん達はなに話してるんだい?』
にまにました嫌な笑い方のけむりさんが、私とテアの間にぐいーって割り込んできた。
最近、こういう笑い方の人、ちょこちょこ見るなあ……って、そんなのいいや。
『あの。けむりさんも、戦車って大したことないって思いますか?』
『おちびちゃん。あんたのちっこい頭にゃ、綿菓子でも詰まってんのかい?』
ぷーっ。
おい、なに笑ってんだ、色ぼけ小僧!
『あんなもんとやりあって、無事な人間なんぞいる訳ないだろ』
『でも、テアは大したことないって……』
『そこの坊主は特別さ』
特別、なの?
確かに特別だなって思う。
だって、勇者候補なんだから。
でも、私だって勇者候補だし。
だからって、戦車をたいした事ないなんて、絶対思えない。
どうしてこんなに差があるんだろ。
『そんな顔するんじゃないよ。あんたはあんたに出来る精一杯をやっときゃいいんだ』
『はい』
ぐしぐしぐしーって髪をかき混ぜて、けむりさんはにいって笑った。
そんな顔って、ひどい顔してたのかな?
百面相、直ったと思ってたのに……
『しかし、坊主。大きく出たね。見栄って訳でもないんだろうが、正気かね?』
『はい。でも、眼で追えても、武器の方はどうにも出来ませんから……』
ふにゃって笑うテアに、けむりさんの笑みがぎゅっと深くなった。
『なら、この刀をくれてやるよ』
『いいんですか!?』
『あぁ。さっきのあれ、いずれはうちの国にもほしいからね。ちっとばかり恩を売っておきたいのさ』
そんな打算なんかちっとも感じられない笑顔のまま、けむりさんは腰に佩いてた剣をテアに渡す。
投げ渡すみたいに。
なんだか雑な扱いに見えるけど。そんな風に渡された剣を、テアは大事に。ぎゅって抱えるみたいに受け取った。
『ちょっと行って、そいつの切れ味を見せつけておやり』
『はい!』
にこって。今まで見たことないくらいの笑顔を浮かべて。それから、テアは風みたいな速さで、戦車演習場に駆けてく。
その背中を見送ったけむりさんも、なんだか嬉しそうで。それから十分後。
戦車演習場に立ったテアは、本当に大砲の弾を切っちゃった。
それをじっと見てた父さんが
「対戦車近接戦を真剣に考えてみたほうがいいのかも知れんな」
なんて。ぼそっと口の中で言ってるの、聞こえたけど。そんなの考えなくていいと思うよ。
だって、テアみたいな人、他にいないもん。
今回は、夏の暑さと幼馴染のすごいとこのエピソードをお届けしました。
最終回に向けて、いろんなものを盛り込みたくて。でも、そのせいでしまりがなくなっちゃう。
そういうとこを手直し手直しして。けど、今回はこんな感じに……。
もっと上手にかけるようになりたいなあって思いながら、もう一年半も連載してるんだって。
ちょっと驚きです。
次回更新は2014/08/31(日)7時頃、ちょっとしたパジャマパーティなエピソードを予定しています。
更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。




