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95.勇者様、駆ける足どりは軽やか也!

 南部に戻ってきてもうすぐ半年。

 長い冬が終わって。でも、まだ少し肌寒くて。ようやく消えた雪の跡を埋めるみたいに、ふわふわの白詰草がゆれてる。


 雪で真っ白だった宿営地で一番広いグラウンドは、でも、冬の間も戦車の訓練をしてたせいでぎざぎざのでこぼこで。

 そんなグラウンドの空気をがりがりぎりぎりぎしぎしごおごお。耳をふさぎたくなるような音が切り裂いた。


 絞ったばっかりのオリーブオイルみたいな色の塊。


 村や宿営地で見慣れた戦車とおんなじ、無限軌道――一枚一枚が線路みたいになってる金属の板。

 それを組み合わせたわっかを踏んで走るから、そう呼ばれてるらしいんだけど。その、無限軌道で走ってるってとこしかおんなじとこがない気がする。


 かめむしみたいに見える、その上からギヘテさんがぴょこんって降りてきた。


「お待たせ。これが、私の作った戦車だ!」

「……はぁ」


 くいって胸を張って、すっごく得意気なギヘテさん。

 ……なんだけど。


 ねぇ。


 これ、典範――戦車を動かすための教科書みたいな本があるんだけど。

 座学で一生懸命勉強してきたのと、ぜんぜん違うよ。


 ごつごつしてて、角ばってて。

 どーんっておっきい。


 そういうのが戦車なんだって思ってたんだけど。


 でも、目の前のかめむしくんは、なんだかまるまっちいし、こじんまりとした感じ。


 一緒にグラウンドに呼ばれてきたカレカも、感想はそんなに変わんないみたい。

 ちらって見ただけだけど、眉間にきゅーってしわがよってる。


「……砲塔は?」

「今、作ってる……」


 砲塔って、戦車の上でくるくる回る砲台なんだけど。それは、今作ってると……。

 だから、車に直接大砲がついてるんだね。


 いいのかな。

 これ。

 向き変えないと、横とか撃てない気がするけど。


 ちょっと低い声のカレカに答えたギヘテさんのぴーんと伸びた背中が、ふにゃって曲がっちゃった。


 これが答えなんだろうなあ。


 せっかく作ったんだし、フォローしてあげないとかも。


「ちっちゃくて可愛い感じですね」

「思ったよりエンジンのパワーが出なかったんだ。改良してるから、正式採用のときはもうちょっとおっきくなる……はず、なんだ」

「あー。そ、そうですか……」


 ……失敗。

 大失敗だったかも。


 正式採用のときおっきくなるって言っても、このかめむしくんがご飯食べておっきくなる訳じゃないよね。

 戦車の大きさとか重さって、乗ってる人を守る外側の鉄板の厚みに比例するって習ってきたしなあ。


 典範が正しいんだとしたら、ちっちゃいってそれだけで心配な気が……。


 なんて、しょんぼりするギヘテさんの言葉がごにょごにょもごもごってなって。そんなギヘテさんをどうしたらいいのかなって、カレカの方見たら、カレカも私の方見てて。

 それで、ふにゃって笑ってたら


「二人とも、そのくらいにしておきなさい。シノワズ十人長も、姿勢を正せ!」

「「「はい!」」」


 ちっちゃいって言ってもそれなりの大きさのかめむしくん。

 その後ろに自動車が走ってたなんて。

 その自動車にコトリさんが――っていうか、戦車の試験に参加してくれる大勢が一緒に乗ってたなんて、ぜんぜん気づかなくて。声が聞こえた途端、三人でびくーってなっちゃった。


 ぴしーって三人で敬礼。


 もう、条件反射みたいな速さ。



 ここ三ヶ月くらいで、戦車に絡んだときのコトリさんは鬼だって。

 もう、家でご飯食べてる時とか、たまに学校に迎えてきてくれた時とか。

 そういう、なんでもない。ふにゃふにゃしたコトリさんなんか、全部嘘なんじゃないかって思っちゃうくらい。


 今だってもう、別人みたいな声の張り。



 いつもより三倍くらい機敏な動きで、かんかんって音を立てて戦車に登ったコトリさん。

 ぐいって胸を張って、腕組みして。あごをそらして私達を見下ろした。


「総員傾注!」


 きーんって耳が鳴るくらいおっきな声に、がちってブーツのかかとを合わせる。

 左右のカレカとギヘテさんも、がちんってかかとを合わせておんなじ姿勢になった。


 それを確認して。一回軽く頷いて。それから


「本日より、この試作戦車の実車試験を行う」


 って、高らかに宣言したコトリさんを、じーって見る。

 傾注って言われたからね。


「整備の連中の顔はもう覚えているな。これに加え、今日から二名、新しい人員を迎える。従軍司祭のテア」

「こんにちは」


 えーっ!?



 ぜんぜん聞いてないけど!


 かめむしくんの後ろ。

 そんな、ひょこっと出てくるとか、なんなの!?


 っていうか、なんで戦車の試験に司祭なんかさ。

 おかしいじゃん!



 それに、先週まで普通に私のオーシニアの言葉の授業にいて。

 時々、変な事――もう、歯がぽろって抜けちゃいそうなくらい、浮いた言葉をぽんぽんって。

 とにかく、週に二日は会ってたのに、いつの間に……。



 あ。

 カレカが「っち!」って明確に舌打ちした。



 でも、怒られるぞーって思ったのに、コトリさんは口の端っこを上げただけで、なんも言わなかった。


 整備とかしなくちゃいけないし、チームっていうくらいだから何人もいるんだけど。驚いてるのって、私とカレカだけ。

 ギヘテさんもなんにも言わないもんな。


 なんだこれ?


「それから……」


 言葉を切ったコトリさんが、ブーツのかかとで戦車をごんごんって叩く。

 そしたら、戦車の上のところ、丸い蓋がぱかって開いて


「従軍司祭の従者、エウレです!」

「えーっ!?」

「アーデ従士、騒ぐな!」


 いや、でも。

 そんな、騒ぐでしょ!


 おかしいもん、そんなの。


 そう思ったの私だけみたいだったけど。




 ちょっと重たい耳当てと、喉の辺りにくくりつけられた機械。どっちもから伸びた線は、私が座ってる席のすぐそばにくっついた――そのお陰で、ものっすごい狭いんだけど。

 その線が繋がった機械を、ハッチから頭を突っ込んだ姿勢のギヘテさんが、かちかちって操作してる。


「いいか。この機械は、エンジンがかかってるときしか使えない!それぞれのスイッチで、どこに繋がるか決まってるから……」

「さっきの操作書どおり、ですね」


 耳当てのせいなんだと思うけど、ギヘテさんの声が遠い。


 顔見てるだけで怒鳴るみたいにしてるんだなってわかるけど。それでも、ぼんやりしてる。


 エンジンの音もそうだし、動くときのぎりぎりがりがりって音もそう。

 あと、大砲もものすごくうるさいから、耳を守んなきゃってのはわかるんだけど。


 なんか。

 これ。


 なんだろ。


「……おい、聞いてるか?」

「あ、はい!」

「じゃあ、なんかしゃべってみて」


 耳当てのせいでぼんやりなギヘテさんの声に返事しながら、喉のところにくくってある機械に指を当てる。



 でも、そんな急に言われてもさあ。

 なにしゃべっていいかわかんないよ。


 もぢもぢしてたら、耳当ての中でざしって音がした。

 それから、ごおごおって風が鳴るみたいに耳がくすぐられて。それで


“……ぁーっあーっ。トレ、聞こえてる?”

「エウレですか?」

“……っごーい!ほんとに聞こえたよ、ねえ……あいた”


 声が途切れて、同時にまたざしって耳当てが鳴った。


 もしかして。

 ううん。

 もしかしなくても、叩かれちゃったのかも。



 あっちの――五十メートルぐらい離れたとこに、もう一個おんなじ機械を置いてるんだけど。そっちの監督はコトリさんだしね。

 ひっぱたくくらいしそう。


「どう?」

「耳元でしゃべってるみたいで、変な感じですね」

「……そう、かな?」


 こういう機械、前世にもあったよね。

 確か……


「電話、でしたっけ」


 ぽろっと口からこぼれた言葉に、ギヘテの眼が少し細くなって。でも、そんなの一瞬で


「帝都とかにある有線のとは違うよ。どっちかっていったら、携帯電話に近い」

「電波を使うって事ですか?」

「……そう、だ。けど」


 携帯電話、かぁ。

 高校行ったら買ってくれるっていってたけど、そんなひまなかったな。



 って。

 なんか、今。はっきりくっきり前世の事、思い出せた様な……


「あんた、さ」

「はい。なんでしょう?」

「……いや、また今度にする」


 なにか話そうとして。でも、途中で辞めて。もごもごした感じのまま、ギヘテさんはハッチから頭を上げた。

 耳当てのせいでよく聞こえないけど、口に手を当てて叫んでる。


「エウレ、聞こえますか?」

“……こえるよ、トレ。どうしたの?”

「ごめんなさい。声が聴きたかっただけです」

“……ーん。これから、そっち行くから、待ってて”

「はい」


 この耳当て。エンジンの音とか外の音とか。いろんな物を遠くしちゃう感じがして、なんか変。

 止まったままでもびりびりがたがた揺れるってわかってるけど。そういうの、全部現実だって知ってるはずなのに。


 なのに、私だけ世界から切り離されちゃったみたい。



 なんか、これ。

 こういうの。

 嫌い。




 実際に戦車に乗って。それを動かすっていうのにも慣れて、それでようやく


“トレ、二時の方”

「はーい!」


 耳当ての中でエウレの声が響いた。


 戦車の中ってうるさいから、狭い空間にいるのに無線でやり取りしなくちゃいけないんだよね。


 聞こえた指示のとおりになるように、左足でペダルを蹴って、右足はブレーキ。それで半秒。

 ドアの隙間くらいしかない覗き窓の中の景色が左に向かって流れてく。


“おっけー。カレカさん、装填!”

“……完了”

「静止しますね」

“お願い。撃ーつよーっ!”


 ちょっと間延びしたエウレの声。

 その直後に、がんって身体中を叩くみたいな音が車内に響いて、もくもくって煙が立ち込める。

 元から悪い視界が白くけぶって、なんにも見えなくなっちゃった。


 空気を入れ替えて、煙を追い出す装置――換気扇みたいなのなのかな?

 そういう仕組みはあるってギヘテさんは言ってたけど、大砲撃つたびこれじゃあさすがに駄目なんじゃないかな?



 撃つよってエウレが言ってから二秒。

 当たったのか。それとも外れちゃったのか、無線で教えてもらえるはずなんだけど、ざしーって音しか聞こえない。


「当たりました?」

「駄目ーっ!外れちゃったー!」


 !?


 急におっきな声がすぐ後ろからきたからびっくりしちゃった。


「無線もいかれた!!」

「そうなんですか?」

「ちび、もっとでかい声でしゃべれ!」




 戦車って、なんでこんなに不便なんだろ?

 自分の武器で壊れちゃうとか、意味わかんない。



 実際に大砲を撃って、どれくらい上手に当てられるかって三人で競争して。それで、誰が砲手担当になるか決める。

 そういうのシフトっていうらしいんだけど。


 それを決めるための訓練は、一番最初のエウレが三回撃っただけで一時中断。


 止まった状態で、動いてる標的を十回。

 その後、走ったままで、動いてる標的を五回。


 三人で一セットずつって予定だったんだけど。整備の人とギヘテさんにびっしりたかられたかめむしくんは絶賛修理中。



 誰が欠けても動かせる――ほんとは、誰も欠けちゃ駄目だと思うけど。

 でも、そういう風に訓練してきてる私達と違って、整備の方はギヘテさんがいないとどうにもならないとこがあるんだって。


「シノワズの嬢ちゃんも大変だな」

「楽しそうだし、いいのかもよ」

「そう、でしょうか?」


 グラウンドの隅っこで、三人ぽつんと座ったまま。

 ちょっと苦笑いな感じのカレカと、ふわんとしたエウレ。


 でも、お休みで家にいる日も、宿営地で会う日も。もう、いつだってかめむしくんをどうするかで頭が一杯で。

 身体壊しちゃうんじゃないかって思うくらい一生懸命なギヘテさんを知ってるから、ちょっと複雑かも。



 かめむしくんが直るまで一時間くらい。

 なんにもすることなくって。ようやく直ったからって、止まったまま標的を撃ってみたんだけど


「ちっとも当たんないですね」

“いや、ちびは上手い方だ”

“そうだね”


 思ったより当たんなかった。


 上手だってカレカがほめてくれたけど。三回に一回くらいしか当たってない。

 ほんとはもっと当たってなきゃ駄目なんだ。

 だって、ずるしてるんだもん。



 右目を閉じて、左目だけで照準鏡を覗く。


 見えるのは、真ん中の三角。

 その左右に山を上にした形の指標が三つずつ並んでる。


 真ん中の三角と、左右の山で大体の距離がわかるんだけど。そんなごちゃごちゃとした照準鏡ごしに、二秒後の未来を“見て”、狙いを定めてく。


「カレカ、十一時」

“了解”

“装填完了!いつでもいいよー”


 視界が右に流れて、標的――ぼろぼろになって、もう使えなくなった戦車に、はりぼてくっつけただけの、なんだか不恰好な機械。

 不恰好っていったら、私たちが乗ってるかめむしくんもよっぽどなんだけど。


 その、ちょっぴりぎこちない動きの標的が、照準鏡の狭い視野に入ってくる。

 砲弾は音よりちょっぴり速いくらいの速度。


 だから、今の距離だと届くまで一秒くらい。



 ゆっくり息を吸って。それから、激発スイッチ――足元の赤い ボタンを踏んづける。


 があんって身体に衝撃が来て。煙がもくもく出て。

 今度は右目で照準鏡を覗く。


 照準鏡の向こうに見えるたった今。私が撃った砲弾は、標的のすぐ後ろの土をえぐっただけ。

 でも、距離感はわかったからね。


「エウレ、装填お願いします」

“……完了!”


 返事を待って、もう一回スイッチを踏む。


 命中……したのかな?

 張りぼての木材が飛び散ってる気がするけど、まだ動きは止まってないみたい。


 相手が動いてる内は撃てって典範に書いてあったから


「エウレ」

“いまやってるよー。……っと、完了!”


 もう一回!


 三回目でようやく、蒸気を噴出して動きを止めた標的が、照準鏡の向こう側に見えた。



 未来視Ⅰって、こういう動くなにかを追っかけるときすっごく有利で、射撃の成績は一番。

 ずるしちゃったって自覚はあるけど、ちょっとくらいいいとこ見せたいもんね。


 なんて思ってたのに、おっきな音と揺れ。

 それから、眼帯はずしたままいろんなことして。左目に見える未来と、右目が見てるたった今。

 視界ぶれぶれで頭くらくらになって、戦車から降りたと同時に吐いちゃった。


「また乗り物酔いか……」

「……ぢがい゛ま゛ず」


 かっこわる!



 そんなずるまでしたのに、砲手はエウレに決まっちゃった。

 誰かを撃つとか、エウレにさせたくなかったのにな。


 無線機の操作が危ういから、射手はエウレ。


 なんだって。



 障害越えたり運転はカレカの方が上手で、私の役目はかめむしくんがどっちに行くか決めたりする車長兼装填手兼無線手――ものすごくやること多い気がする。


 そういう風になっちゃった。


 なんか、納得いかないんだけど……。



 でも、しょうがないのかな。

 まぁ頑張るけどさ。


今回は、いよいよ戦車登場のエピソードをお届けしました。


じんわりと始まった訓練。

また、少しずつ日常から足を踏み外してく感じになっちゃいそうですけど、しばらくはそういう感じにはならないかな。


目途としては百話か百二話でおしまいになるつもりなので、ぱちぱち書いていこうと思います。



次回更新は2014/08/24(日)7時頃、あの人、ほんとに戦車より強いんだねえなエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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