94.勇者様、日々の歩みは緩やか也!
南部に帰ってきて、もうすぐ三ヶ月。
まだなくならない雪と、しんしんと冷える部屋の空気のお陰で、ベッドとすっかり仲良しになっちゃった。
寒いのもそうなんだけど。この間、ギヘテさんと戦車に乗るとか乗らないっていう話をしてから、すっごく忙しくて。
それで、ちょっと疲れちゃってるのもあるのかも。
週の最初の三日間は、学校でオーシニアの言葉の先生。
お休みを一日挟んで、二日間は宿営地で戦車に乗るための訓練っていうスケジュール。
移動で往復一日かかっちゃうし。
もう、毎日ばたばた。
だからって。
そういうスケジュールの合間のお休みだからって言っても、こんなの駄目だ、私!
髪の毛はねはねなのわかってるけど、そのままどたどたってリビングに降りる。
暖炉に熾きた火であったかくなったリビングを通り抜けて。
キッチンのポットがことことって音を立てるのを背中に聞きながら、玄関に。
今日のつらら落としの当番は私。
けど、玄関にいつもおいてあるT字型の棒はもうなかった。
寝坊なんて、格好悪い!
私の巻き添えで、戦車に乗る事になっちゃったカレカがちゃんと起きてるのに。
なんで。
どうして私、起きれなかったんだろ?
もー!って思っても、もう後の祭りなんだけどさ。
外からかこんかこんって音がしてるから、カレカはまだ庭で作業してるみたい。
ちょっと遅れちゃってるけど、手伝わなくちゃ!
そう思って、部屋履きからいつものつっかけじゃなく、くるぶしまであるベージュの柔らかい皮のブーツに履きかえる。
履きかえようとして。
でも、起き抜けで、ちょっぴりかじかんだ手は上手く動かなくてもたもた。
ブーツを履いたら、紺色のコート――カレカとおそろいの、空みたいに綺麗な色。
ポッケのとこに真っ白な羽が刺繍されてる、お気に入りを着て完全武装。
ばっちり整ったら外に出て
「おはようご……ざ、いま……」
でも、外に出て見えた姿に、挨拶も最後まで言えないくらいびっくりしちゃった。
喉の奥のとこに声がひっかかっちゃって、うまくしゃべれないの。
確かにカレカは外で作業してて。
薪割り台のとこで、かこんかこんって太い薪を割って、細くしてくれてた。
でもね。
「寝坊したな」
「ごめんなさい。……あの、寒くないんですか?」
繋ぎの上半身をくるくるって腰の辺りで縛って、シャツ一枚のカレカ。
機械みたいに規則正しい音を立てて割られた薪が、足元に積みあがってる。
火を熾した後、ずーっと割っててくれたのかな。
すっごい量なの。
薪だけじゃなく、汗も。
湿って、ぴたーってなったシャツがくっついた背中から、ゆるゆると白い湯気が立ってて。
「ずっと動いてたからな。大丈夫、もう終わる」
そう言ってカレカは、台の上の薪になたを振り下ろした。
台の上の薪を綺麗に半分にしたなたは、台の上にすかんって突き立って。カレカはほうって一回溜息。
その息も、けむりみたいに真っ白で。だから、やっぱり寒かったのかなって心配になっちゃう。
「私、運んどきますから。カレカは休んでてください」
「んー。いや、運ぶのはおれがやっとく。かわりに、これ、洗っといて」
ぽいって渡されたシャツは、汗をすってすっかり重くて。しぼったら水たまりとか出来ちゃいそう。
っていうか、なんで脱ぐの!?
シャツの下から出てきた肌は、雪みたいに真っ白で。でも、ほんのり赤い。
さっき、後ろから見てた時も思ってたけど、最近ちょっとごつごつしてきた背中は、ちょっぴり大きく見えて。
振り向いた今見える四つに割れたお腹は……どうしてかな。
なんだかどきどきしちゃう。
どきどきして、息が詰まって。
それで、動けないままでいたら
「どした?」
「あ……あの、いえ……」
ふわってカレカは笑って。それから、ぽんぽんって私の頭を軽く叩いた。
これ、じろじろ見てたとか思われてないかな?
いや、見てたけど。
見てたんだけど!
っていうか、カレカってこんなだったっけ?
こんなに。
なんていうか。
こんな、男の人って感じだったかな?
他の男の人と違って、怖いとかそういうのってないけど。でも、最近、なんか変。
気がつくと、カレカの事、眼が勝手に追いかけてたり。手をつないだらどきどきしたり。
私の中で整理がついてない気持ちが、どろどろって溢れちゃいそう。
でも。
でもね。
それ以上にさ。
どうして、おんなじ戦車に乗るための訓練を受けてるのに、カレカはあんなに腹筋われてて。私はぷにぷになんだろ?
男と女は違うから?
でも、コトリさんとか、訓練終わった後、宿営地でお風呂入るときに会った女の兵隊さんとか。
綺麗に割れてる人もいたもん。
そういうの関係ないよね?
「……ぉい。おい、ちび。お前、また変な事考えてんのか?」
とっ散らかった考え事のせいで、目の前の事がお留守になっちゃった。
「変な事じゃないですよ。ただ、ほら。カレカのお腹、ごつごつってしてますよね?私、ぷにぷにだから……」
自分でも意味わかんない話してるって思うよ。
思うけど、なんでそんなおっきく眼を見開いて私を見るの?
じっと見て。
それから、ぷって噴き出して。
くくくって笑って。
「お前、そんなの気にしてんのか?心配すんなって、お前も割れてきてるよ」
「そう、でしょうか?」
っていうか、なんでそんなの知ってるの?
私、カレカの前で服脱いだことなんかないよ。
完全に百面相しちゃってるって自分でわかっちゃうくらい、むむって眉間に力が入っちゃった。
そしたら、カレカの答えはこう。
「この間、訓練の後、食堂でへそ出して寝てたろ」
「え!?」
そんなの知らない!
っていうか、なんで起こしてくれなかったの!?
……あ、でも。
考えてみたら、眼が覚めた時、カレカがいたような気がする。
枕元に座ってた気がする。
……じゃあ、ずっと見られてたってこと?
でも、そんなの。
あれ?
あれー?
なんて事があった次の日。
授業が終わって、ちょっと一息。
小っちゃい頃はすっごく広く見えた――今見たって、立派なお屋敷のお庭より広いくらいなんだけど。
でも、もうすっかり小さく見える様になった決闘の木。
そのすぐ近くのベンチに座って、ちょっぴりおしゃべりっていうのが、学校に来るときの日課なんだ。
迎えの自動車が来るまで、なるべく一人にならない様にって言われてるからね。
ただ、テア、私、エウレっていう並びはね。
どうなのかなって思うの。
いいけど。
いつもなら楽しいおしゃべりの時間のはずなんだけど、今日はエウレがおむずかり。
「せっかく、毎日会えると思ったのに……」
「ごめんなさい、エウレ」
ぷくっとシュー生地みたいにほっぺを膨らませて、すっかり不機嫌になエウレの頭を撫でる。
ぷくぷくに膨れちゃうくらいご機嫌斜めなのは、完全に私のせい。
学校でオーシニアの言葉の先生――っても、生徒はクレアラさんとテアだけなんだけど。
でも、先生って、毎日学校に来るから。
だから、また毎日会えるって思ってたエウレの期待を、私が戦車に乗るって決めて。
そのせいで、週に二回しか学校に来なくなっちゃったせいで裏切ることになっちゃった。
だから怒ってるんだってわかってるんだけど。
だけどね。
怒ってても、やっぱりエウレは可愛いんだよなあ。
ふわふわの髪の毛を撫でてたら、ちょっとうっとり。
って、こんなんじゃ駄目だよね。
「それで、トレは先生をお休みしてなにをすることにしたの?」
「友達に頼まれて、戦車に乗る事になりました」
「「戦車!?」」
二人して急におっきな声出すから、耳がきーんってなっちゃったよ。
でも、そんな驚く事かな?
「危なくないの?」
「実際に戦争に行く訳じゃないですから……」
「でも、自動車とかみたいに事故が起きるかも。危ないよ」
あんなおっきくて、がっちりした車で事故なんか起きるのかな?
衝突とかしても、壊れそうもないんだけど。
でも、まだ、実際に乗った事なくて。訓練も座学と体力づくりばっかり。
だから、私自身、どんな感じか全然想像出来ないんだよね。
う~ん。
「どうして、トレなの?」
「試験のために色々なものをのせたら、狭くなっちゃったみたいで。小っちゃい人を探してたんだそうです」
「トレだって、そんなに小っちゃくないでしょ」
「ん。まぁ……」
じーっとおっぱいの辺りを見ながら言うのはやめようか、エウレ。
フォローしてくれるつもりだったんだとしたら、逆効果も逆効果。
ぐりぐりって胸をえぐられるみたいな気持ちになるよ。
……それに、昔っからそうだけど、今もエウレより小さいし。
いいけど。
「ちょっと心配だなあ」
「そう、でしょうか?」
「そうだよ!」
そうなのかな?
ほんとは、私自身、乗りたいか乗りたくないかっていったらそんなに乗りたくない。
揺れるに決まってるもん。
それに、ギヘテさんが作ろうとしてるのって、近衛師団で見たディーゼルエンジンっていうので動くんだと思うし。
だとしたら、音だって大きいんだよね……。
ぐらぐらごとごとぎしぎし。
音を想像しただけで、ちょっと吐きそう。
って、なんかちょっと憂鬱になってきちゃったぞ。
「ぼくも一緒に乗れたらいいんだけどね」
「でも、テアって戦車より強いんじゃないですか?」
「まぁ、否定はしないよ」
しなよ!
……事実なのかもだけど。
あの、雪の日に見たバナさんとかかざさいとか。
帝都の駅で会ったうすらいもそうだけど。
ほんとに強い特典を持ってる勇者候補の人って、銃とか大砲とか、そんなの関係ないくらい強くて。
だから、戦車に乗ろうなんて思う人なんていないんだと思う。
眼の前でにこにこしてるテアだって、決闘の時、木の棒で椅子を真っ二つに――いま思えば、意味がわかんないね。
でも、そういう能力があって。
だったら、そんな人、戦車に乗る意味ないもんね。
ちょっと納得して。
でも、だとしたら、私ってなんなんだろって、ちょっとがっかりして。
そしたら、エウレがぴーんって手を高く上げてて。
それで
「じゃあ、私も乗ります!」
「「え!?」」
完全にテアの声とユニゾンしちゃった。
なんで、そんな発想になっちゃったのかな?
はいはいって手を高く挙げたエウレを、テアと二人でじっと見る。
「おかしなこと言った?」
「はい」
「たぶん」
かくって可愛く首をかしげてるけど。
まず、おかしくないって思った事がおかしいからね!
「エウレ。出家してる人は、軍隊には入れないって知ってる?」
「うん。でも、従軍司祭になれば、軍隊と一緒に行動出来るんだよね?」
「それは、そうなんだけど……」
「マレ僧正は従軍司祭だったけど、もうすぐ引退するってきいたもん。あたしだって、なれるかもでしょ」
難しいんじゃないかなあ……。
ゼロじゃないとは思うけど。
でも、普通に考えたら、南部の教会の偉い人っていうとこだとクレアラさんだし。
軍隊と一緒にいても自分の面倒を見られそうっていう感じだと、テアとかフガ司祭とか。
学校に来たばっかりの頃、黒い教会服――僧兵の人にしか支給されないんだって。
元僧兵ならドミナ先生も、もしかしたらって思うけど。
でも、エウレは……。
って。
そういうの話せないまま、テアが静かになっちゃった。
うん。
次は私だ!
「戦車の事、たーっくさん勉強しなくちゃですよ。訓練だって大変ですよ」
「トレもしてるんでしょ?」
「そう……ですけど」
なんか、言い負かされる予感。
まずいかも。
「あー。……あとあと、危ない事もいっぱいです!」
「トレと一緒なら、我慢する」
いやいやいや。
我慢とかそういうんじゃなくてさ。
人を銃で撃たなきゃいけなくなったりとか。そういう嫌な思い、エウレにしてほしくないの。
なんで、そんな意固地にさ。
どうにか考え直してほしくて。テアと二人で、なんていえばいいのかなって、ちょっと目で合図して。
でも、そんなのしてる間に
「テアはトレが危ない時、ちゃんと助けに行ったんでしょ?私、そういう時も、トレのとこに行く事も出来なかったんだよ」
「……エウレ」
「……友達なのに」
目尻の水玉が少しずつ大きくなって。
声が震えて。
ぱたぱたってほっぺを伝った涙が、こぼれ落ちて音を立てた。
「じゃあ、ちょっと考えてみようか?」
そしたら、座ってたベンチの後ろから、急に声をかけられて。
振り向いたら、そこには着崩された赤と白の教会服が見えて。
その人は、にいって。
どこからどう見たって、いたずらを思いついた子供みたいに笑ったんだ。
今回は、またまた緩やかな日常のエピソードをお届けしました。
自分は危ない思いをしてもいいけど、友達に危ない思いしてほしくない。
自分がそう思ってるなら、友達だってそう思ってるってわからない。
そういうジレンマな感じにしたかったんですけど、あんまり手応えなかったかもです。
次回に期待!
……って、自分で言っちゃう。
次回更新は2014/08/17(日)7時頃、いよいよ戦車登場なエピソードを予定しています。
更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。




