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84.見られたくないところだってある

 雪は誰にとっても唐突で。

 秋の気配の中でも、まだ色づいてもいなかった緑に覆われた木がほとんどの森。

 葉を落とすのも間に合わなかったまま、吹雪にさらされた外側の木は、強い風に耐え切れずにいびつな形にゆがんでた。


 それでも、山から吹き下ろす風に耐え続けてきた森は、吹雪に負けちゃう訳なんかなくて。中に入ると、吹雪も届かない。


 吹き抜ける風とそれに揺らされる枝。

 そこから落ちてくる雪は、ある程度まとまった量で。どっさり積もったところと、膝より下くらいまでしか積もってないところ。

 積もり方が不規則で、森の外より足をとられる気がする。


 それは、カレカもおんなじなのかもしれない。

 少し前を歩く、真っ黒い外套に包まれた背中が、時々左右に傾いでる。


 ただでさえ、自動車が入れないくらいでこぼこで狭い道。

 しかも、足元は雪で真っ白。



 それなのに、雪をかきながら先頭をどんどん進んでくバナさんって、なんなんだろ?


 麻袋を結びあわせたみのみたいな上着を羽織っただけ。

 その下は、相変わらずノースリーブのままなのに、雪とか寒さとか全部無視して歩いてる。


 雪をかいてくれてるみたいだけど、性格の問題なのか、随分大雑把で。

 それでも、夜営してたとこから森に入るまでより、ずいぶん歩きやすい感じ。


 でも、そんな風に思ってるのは、私とカレカだけだったみたい。



 腰に結んだロープがくいって引かれた。


 雪で視界が悪いし、離れ離れにならない様にって、部屋毎にお互いの腰の辺りを繋いだロープ。

 私の腰から伸びるロープは、クルセさんに繋がってる。


「トレ。ちょっと早い」

「他の部屋の子、遅れちゃってるよ!」


 最初に聞こえたクルセさんの声を追っかけるみたいに、チギリさんの声が聞こえて。


 二人を振り返ったら、その向こう。三メートルくらいのところについてきてる、ギヘテさんの部屋の子達が見えて。

 その後ろには、ホノマくんの部屋の子達の姿がちょっぴり遠くなってた。



 距離で七~八メートルくらいかな。

 真っ白な雪に邪魔されてるし、片目だけで見てる私には、距離はちょっと測り辛くて。


「カレカ、バナさん。後ろの子達、遅れてきてます。少し、ペースを落として下さい!」


 でも、距離がひらいてきてるのは確かだもんね。



 皆、寒くて真っ青な顔色だし。ほっぺとか、寒さで火傷したみたいになってる子も少なくない。だから、早く早くって思っちゃうけど。

 無理なペースで歩いてたら汗かいちゃうし、汗で湿ったとこから凍傷になっちゃうかもしれない。


 急ぎ過ぎても駄目なんだ。



 森の中で、吹雪の勢いは弱くなってるけど、吹き抜ける風はごおごお鳴ってて。それに負けちゃわない様に。少し先を歩くカレカに。

 それから、その先を歩いてるバナさんにも届くように、おっきな声で呼びかける。


「わかった。千人長、少し休みましょう!」


 言いながら、カレカも腰に結んだロープを引っ張った。

 そしたら、ちょっと先でもごもご動いてたおっきな塊が動きを止めて、ぐりってこっちを振りむく。


「おう。ビッテ、あとどれくらいだ?」

「三キロとちょっとってとこだと思います。けど……」


 口ごもって。そこでカレカは言葉を詰まらせる。


 普通に歩くなら、四十分くらいの距離。

 けど、バナさんが雪かきしてくれててもやっぱり足元は悪くて、どうしても足をとられちゃう。


 だからって、ゆっくり進んでたら寒さでどんどん疲れて、歩けなくなっちゃうかもしれない。

 三キロっていう距離は、今の私達にはすっごく遠いんだ。


「私、ホノマくん達のとこ行ってきます」

「頼む。きついかもしれないけど、急ぎたいって言ってくれ」

「わかりました」


 腰のロープをほどく。

 ほどこうとした。

 ほどきたかったんだけど、手がうまく動かなかった。


 ごしごしこすりあわせて歩いてたから、かじかんだりはしてない。

 感覚はきちんとあるし、凍傷とかでもないと思うんだけど。

 でも、なんでだろ?


 結び目がうまく捕まえられないんだ。


「トレ。大丈夫?」

「はい。……たぶん」


 覗きこんできたクルセさんには、そう答えてみたけど。



 あれ?

 おっかしいな?



 ほんとに、ちっともほどけないよ。



 まごまごしてたら、すっと手が伸びてきて。けっこう硬い結び目のはずだったのに、しゅるしゅるって片手でほどいてく。


「あんた、不器用だったんだな」

「いえ、あの。ありがとうございます」


 結び目に集中してたせいで気づかなかったけど、顔を上げたらギヘテさんがいて。ふいってため息をついた。



 いつもだったら、ちゃんとほどけるよ?


 ちょっと、指が震えてて、上手くできなかっただけだからね!



 なんて。

 でも、寒くない訳じゃないけど。もう慣れてきてるから、お腹の底からくるみたいな震えなんかない。


 どうしちゃったんだろ、私。


「ホノマ達のとこに行くんだろ?私も一緒に行く」

「ちょっと休憩だって言いに行くだけですから、ギヘテさんも休んでてください」

「いいから!」


 ひょひょいって腰からロープを外したギヘテさんは、ぐいって私の手を引いた。


「ちょっと、待ってください!」

「ほら、行くぞ」


 あんまり引っ張ると、胸のとこが痛いんですってば!




 ちょっぴりの荷物。

 それから、毛布で包まれたレシアくんの身体。

 荷物を入れてた木箱とか。昨日、この道を通って荷物を運ぶ時に使った荷車とか。間に合わせの材料で作ったそりを引いてるホノマくん達は、ギヘテさんと私をちらっと見て。それからすぐ、また視線を下げた。


「ホノマくん。私の部屋も、そりを引くの手伝います」

「……いや。いいんだ、トレ」


 外套のフードの上から、ぐしぐしってホノマくんは頭を撫でてくれるけど。その手には、いつもみたいな力がなくて。

 そんなホノマくんが、たまらなく悲しかった。


「おれ達は大丈夫。それより、後ろについてる一校の連中がやばいらしい」

「なにかあったの?」

「あそこは前線に出るからな。制服の下につけてた防具が……」

「そう、か」


 制服の下に着る防具自体は、私達七校にも支給されてる。鎖で編んだチョッキみたいなのなんだけど。

 でも、普段からつけて歩くような訓練って、ほとんどない。


 だから、野外演習にも、競技で使う分しか持ってきてなかった。

 重くて大変だからっていうのがその理由。


 こんなに寒くなるって知ってたら、一校の子達だって、そんなの着なかったかもしれない。


 金属って、ほんとにあっという間に冷えてくんだ。

 だから、金属製の道具を素手でつかんじゃいけないって、南部では――冬は絶対、金属製を素手で触っちゃいけないって言われてた。


 そういうの、私、知ってたのに。話してあげてたら、その人達、助かってたかもしれないのに。なのに……。


 悔しくて。鼻の奥がつんとして。

 でも、やっぱり涙は出なくて。ただ、眼の下――涙腺がある辺りなのかな?

 下のまぶたの内側が、腫物みたいに痛くて。ぎゅーって目を閉じる。


「トレが気にする必要なんかない。野営地に来るまでで、もう……」

「そう、だったんですか……」


 撫でてくれてたホノマくんの手が、私の頭を捕まえて。ぐいってひき寄せた。

 とんってぶつかったホノマくんの胸は、硬くて。でも、ときときって鼓動の音は、それでもなんだか優しく、私を包んでくれる。


「それで。あとどれくらいなんだ?」


 私の頭をぎゅむってしたまま、ホノマくんはギヘテさんに残りの距離を確認した。


 少しの沈黙。

 それから、一度だけ大きく息を吸い込んだのが聞こえる。


「残り二キロ。だ、そうだ」

「ん」


 さっきカレカが言ってたより短い距離。

 でも、ギヘテさんは、凛と響くみたいにはっきりと、そう言った。

 そんなの、歩いてる内にすぐわかっちゃうのに。なのに、ギヘテさんはそう言い切る。


「……わかった」


 少しの沈黙。

 それから、ホノマくんはいつもより低い声で返事をした。


「頼む」


 その返事に、ギヘテさんはそう答える。


 鼻がぺたーって潰れちゃうくらい、ぎゅっとされたままの私には、二人の表情なんか見えなくて。だけど、二人の間で、なにか通じ合ったのだけはわかった。

 だから、なんにも言わない。


 それが一番いいんだって思うから。




 胸に顔を埋めて。

 距離が近くなって、ようやく感じられるくらい、

 薄く。でも、煙草の臭いだなってはっきりわかる、ちょっぴり苦い香りをホノマくんから感じて。


 父さんもカレカもそうだったけど。男の人って、皆、こんな臭いがするのかなって、ちょっぴりだけ浸ってたら、だあんって、お腹の底をゆすぶるみたいな音がした。



 それから悲鳴。

 ぎゅってしてくれてたホノマくんの身体がびくってして。それでようやく自由になった首をめぐらせる。



 音が聞こえたのは山に向かって傾斜する、緩やかな斜面の方。

 私から見て左手。

 ホノマくんから見たら、右手側。



 悲鳴が聞こえたのは、後ろ。


 ほんとは、音がした方を確認しなくちゃいけないって、訓練では習ったけど。そんなの出来なかった。


「チギリさん!」


 膝から力が抜けて。ぺたんって座るみたいにお尻が落ちて。でも、どこかに手をついて支えようともしないまま、チギリさんが倒れるのが見えた。



 なんで?

 どうして?


 なにがあったの?



 なんにもわからないまま。だけど、だあんだあんって、繰り返される音がするたび、どこかで悲鳴が上がる。


「トレ、伏せろ!」


 声とほとんど同じタイミングで、ぐいって下に向かって引かれた手。

 頭を抑えて、姿勢を低くしたホノマくんは、そう言ってる。



 けど……。

 だけど……。


 行かなきゃ。



 クルセさんとこに行かなきゃ。

 チギリさんを起こしてあげなきゃ。


 音がするたびにびりびりしびれる頭が、身体中を支配してく。

 ホノマくんの声だけじゃ止まれなかった。




 寒くて縮こまった足。だから、全力疾走なんか絶対できない

 それに、積もった雪とか、その下のでこぼことか。状況は最悪で。だけど、行くんだ!

 走るんだ!


 そんな気持ちが、足を動かす。



 一歩……。


 二歩……。


 全然スピードは上がらない。


 いつもだったら、トップスピードまで五歩。

 でも、そんなの無理。


 それでも、走る。




 走って。十メートルくらいを走り抜けて、倒れ込んだチギリさんの隣に、滑り込んだ。

 さっきまで真っ白だった足元が、右肩に空いたぎざぎざの穴からあふれる血で、真っ赤に染まってる。


「ちび、馬鹿野郎。なにしてんだ!」

「だって、チギリさんが!」


 怒鳴るカレカの声に、首がきゅーってなっちゃうけど。でも、それでも、カレカがずるずるって匍匐で近くに来ようとしててくれてるのが見える。

 止血のために、クルセさんの肩――おっぱいのすぐ上にとおってる血管をぎゅーって押さえつけた。



 傷口の近くを触られるなんて、ほんとはすごく痛いはずなのに、チギリさんは声も上げない。


「トレ。なんで……。どうして」

「理由なんか、後です! クルセさん、頭を下げて!」


 寒さのせいなんかじゃ絶対ない震えで、言葉を途切れさせたクルセさんに答えながら、ベルトのポーチをかきまわす。


 すぐ近くにしゃがみ込んだままのクルセさんの顔は、涙と鼻水。それが寒さで凍りついて、ぐしゃぐしゃだった。



 射撃を受けたら、頭をかばい、姿勢を低くする。

 訓練ではそう習ったけど。実際にそうなったら、私もクルセさんも、そんなの全然出来てない。


 ううん。

 出来っこなかった。


 ここにいるのは、私も含めて皆。

 訓練は受けてるけど。

 でも、寒さに震えてるだけの、ただの子供なんだもん。


 ただ、生きたいって。

 それに、チギリさんに死んでほしくないって。


 そんな気持ちが身体を動かしてるってだけ。


 ポーチの中を雪にばらまくみたいにして、ようやく取り出した痛み止めと消毒が一緒になった粉薬。

 ほんとは、水と一緒に使うんだけど、血が止まらないから、そのまま振りかけた。


「抑えるのはおれが変わる。止血帯、早く!」

「はい!」


 ずるずるって隣に来てくれたカレカと場所を入れ替えて、今度はショルダーバッグの中を雪の中にばらまく。


 野外演習でひどい怪我なんかする訳ない。

 そう思って、バッグの奥に放り込んじゃったの、よく思い出せたなって自分で感心しながら、止血帯―を口にくわえてカレカの隣に戻る。


「もっふぇひまふぃは!」

「足、抑えとけ。……お嬢さん、ちょっと痛むぞ!」


 私がお腹に抱え込むみたいに足を抑えたのを確認すると、カレカはチギリさんの脇の下に手を入れて、そこに止血帯を通した。

 そのまま鎖骨の上まで巻きつけると、それを力いっぱい引く。


「――――ッ!」


 だあんだあんって音が聞こえ続けてなかったら、耳が聞こえなくなっちゃいそうなくらい大きな悲鳴を上げたチギリさんの足は、地面をえぐろうとするみたいに強い力で私のお腹の下で動いた。


 胸の辺り――ジゼリオさんが折れてるって言ってた右側の肋骨から、突き刺すみたいな痛みが上がってくるけど、我慢!

 今、必死にお腹の下の足を動かしてるチギリさんは、もっと痛い思いしてるんだ!


「くそ。全然止まらねえ!もう一度だ。ちび、足放すなよ!」

「わかってます!」


 伏せたままだったから、力が入らなかったのかも。

 止血帯の端っこを両手にくるっと巻きつけて、上半身を起こして、もう一回力を入れようとした。

 銃で撃たれてる時に、姿勢を高くするなんて、自分から的になりに行くのと変わらないのに。


 やめてって言いたいけど。

 でも、それでチギリさんが死んじゃうなんて嫌だ!


 そんなカレカと私。それから、チギリさんと斜面――きっと、銃で撃ってきてる人がいる場所の間をさえぎるみたいに、おっきな影が立ち塞がった。


「ビッテ。おれが変わろう」


 立ち塞がる。

 ほんとに、言葉通り。斜面を背中にして、壁みたいに立ったバナさんがにいって笑う。


「千人長、伏せてください!」

「バナさん、危ない!」


 だあんだあんって音はまだ鳴りやんでなんかない。

 音がするたび、悲鳴が聞こえて。きっと、その悲鳴の近くでは、チギリさんと同じように怪我した人が……もしかしたら、死んじゃった子だっているかもしれない。

 そんな状況なのに、バナさんはちょっと雨が降ってるなあってくらいの気軽さで、そこに立ってた。



 少し背中を丸めてしゃがんだバナさんは、チギリさんの傷口に手を……おっきすぎる手は、チギリさんの傷口を抑えるには大きすぎたから。指を伸ばして、押しつけた。


 その指先から、しゅって音。

 それから、なにかが焼ける嫌な臭い。そして


「――――――――――――――――ッ!」


 さっきまでより大きなチギリさんの悲鳴が、森の中にわあんと響く。

 指が離れると、チギリさんの傷口は焼けてて。そのかわり、血は完全に止まってた。


「……なにを、したんですか?」


 目の前で起きてるのに、なにが起きたのかわかんない。

 頭の中がしびれたみたいになって、理解するのを拒んでる。


「手品みたいなもんだ」


 そう言って、腕組みすると、バナさんは私達に背中を。斜面の方に身体を向けた。


 その背中は、帝都の城壁みたいに分厚くて。でも、石でできた壁と同じくらい、無機質に。なにもかもを拒んでる。

 そんな風に見えたんだ。

今回は、一方的に撃たれるエピソードをお届けしました。


ほんとは、撃ってきた人たちがどうなるのかって言う、その顛末までを一区切りにするつもりで書いてました。

でも、戦ったりしてるとこって、どんどん文章が冗長になってっちゃって……。


もう一回分。戦闘シーンが続きます。


もっと上手に書きたいなあ。



次回更新は2014/06/12(木)7時頃、村にたどり着く直前くらいまでのエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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