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80.話したくても話せないときもある

 窓の外に見える灰色の空。

 出発する前より厚みのある雲がお日様を隠してる。


 列車の速度って自動車よりずっと早いみたい。

 景色がひゅーって流れて。

 それを追っかけてた私の視線は、気がついたらまた、正面に座ってるギヘテさんのとこに戻ってた。


「どうしたの?」

「あの、いえ……」


 うすらいが言ってた、帝都になにかするっていうのはもちろん気になるけど。

 表情のないギヘテさんが心配だった。


 だから、どうしてもじーって見ちゃうんだよ。



 私が見てるのに気がつくと、ギヘテさんはふわって笑ってくれるんだけど。その笑顔がなんだか作り物みたいに見えるから。



 輸送計画では、七校の生徒はヘリテ駅で荷物の配分をする班と。

 かさばる荷物と一緒に少し手前のテレルの駅で降りて、自動車輸送にくっついてく班に分かれて行動するって決まってる。


 サンテ駅まで行くのはギヘテさんとダフィアくん。

 それと、ホノマくん。


 私は例のカップルと一緒にテレルの駅で降りる。

 それまでに話しとかなきゃいけない。

 話したい事があるはずなのに、なんだかうまく言い出せなかった。



 乗り物酔いで気持ち悪いのもそう。

 これから帝都でなにか起こるかもしれないっていう心配事だってある。



 でも、それ以上に、駅でハセンさんに会ったって。

 ほんとはギヘテさんに会いに来てたんだって、話したいのに。

 目の前にいるギヘテさんと、ハセンさんの間に横たわるなにかが私の口を重くする。


「ちょっと酔ってしまって……」

「帝都じゃ汽車や車が主流なんだから、少しは慣れないとな」

「そう、ですよね」


 しょうがないなって、大人みたいに笑うギヘテさん。

 私もにへって笑ってみるけど、ほっぺがぴきって引きつってる感じ。


 上手く笑えてるのかな。

 どうしたらいいのかよくわかんないよ。



 窓の方に視線を動かしたら、なんだか困った顔してる私がいた。




 サーベルを引き抜いて。だけど、それを振り下ろせないまま、踏み出した一歩。


 踏み出した足の先から上ってくる冷たい空気で、お腹の下の方まであっという間に冷えて。そわっと身体中に震えが走る。


 でも、震えてるのはその冷たさのせいだけじゃない。


 恐かったから?

 それも違う。


 お腹の底から力が抜けて、身体中の関節が支えを失って。

 もう、立ってられないんだ。



 固く握りしめてたはずの手から零れ落ちたサーベルが、石で舗装された停車場の床に跳ねてかろんと鳴る。


 真っ白な蒸気の中に消えてったうすらいの背中を切れなかった刃。

 なのに、足元に落ちる短い間に、私の中に張りつめてた糸だけはぷつんと切っちゃったみたい。



 腰が抜けるとか、そういうのとは違う。


 ……無力感。


 なのかな。



 こんなとこで座ってちゃいけない。

 前を見て、なにをするか考えなきゃいけないって思うのに。けど、身体が重くて立ち上がれなかった。



 きゅきぃさんが死んじゃった時より、上手に話せてるはずなのに。

 デアルタさんが私を逃がしてくれた時より、力だって強くなったはずなのに。


 それでも、うすらいがなにをしようとしてるのか、聞き出せもしない。

 なにも出来なかった。



 それが悔しくて、鼻の奥がつんとしてきて。眼の下辺りが痛くなる。

 でも、やっぱり涙は出ないんだ。


「ふぅ……っぐ……」


 かわりに出たのは、変な声だけ。

 胸の辺りにわだかまった不愉快な気持ちは、それだけじゃ吐き出し切れなかった。



 なんで。

 どうして。

 大事な時になにも出来ないんだろ。



 自分で自分に腹が立って。思いっきり石で舗装された停車場にぎゅっと握った手を叩きつける。


 一回二回……。

 手袋越しに伝わってくる冷たさと、痛み。

 それはすごく不愉快で。でも、そうするしか気持ちのやり場がどこにもなくて。


「ぅぁぁあああっ!」


 じくじくと痛くなる胸と握りしめた手。

 なにもかもが不愉快で、思い切り振りかぶった手は。だけど、振り下ろす事が出来なかった。


「辞めておけ、トレ。どんなに叩いても石は割れぬ」


 男の人にしては少し高い声。

 でも、声に似合わない強い力で私の手はぎゅっと抑えられてる。


「それに、自分を傷めつけてもなにも解決しない」


 手をつかんでくれたハセンさんの声は、静かに。

 けど、すごく重く、私の心の奥の方に落ちてった。



 どうしてハセンさんがここにいるんだろ。

 それから、どうしてギヘテさんが駅に行く役目を交代したくなっちゃったんだろ。



 改札近くにある待合所――お茶と軽食が食べられるお店の隅っこで、お茶を飲みながら考えてた。


 トイレからなかなか戻らない私を心配して、迎えに来てくれたホノマくんも隣の席に座ってる。

 向かいの席にはハセンさん。



 うすらいと話した事を聞いた二人は、渋い表情になった。


 二人とも、私がオーシニアの言葉を話せるって知ってる。


 それに、貨車に乗せられてたのがオーシニア人だって確認もしてきた。


 だから、帝都になにか起こるかもっていう話は、ハセンさんとホノマくんにちゃんと伝わったんだと思う。


「……野外演習、中止した方がいいんじゃないでしょうか」


 危ないってわかってるのに、帝都から離れてるなんておかしい気がしたから。

 ぽろっと口からこぼれた言葉。


「危ないとわかってるところに居残る必要はない」

「でも!」

「トレ、座って」


 それはあっさり否定されて。

 でも、納得なんて出来なくて、立ち上がろうとした私の手を、ホノマくんがぎゅっとつかんだ。


「皇兄殿下。帝都の事、お任せします」

「ホノマくん!?」

「少なくとも、お前の友人達の無事は保証する」

「そういう事じゃありません!」


 なんでそんな風に割り切れるの?

 なにかしなくちゃって思わないの?


 二人とも、どうして。


「話は終わりだ」


 もう、なにも聞く気がないって言い切って、ハセンさんが席を立つ。

 ホノマくんも。



 でも、二人が席を立っても、私は立ち上がれなかった。

 私の心の中だけで完結してた無力感が、ハセンさんに形を整えられて、重みを増してる。



 四十万さん(あの人)に、もっと強い力をって言えば、こんな思いしなかったのかな。

 前世の父さん母さんももちろん大事だけど。

 でも、この世界の友達も。その家族にだって、悲しい思いなんかさせたくないのに

なにも出来ないなんて。



 見上げたハセンさんの背中は大きくて。でも、私を拒絶してるみたい。

 振り向きもしないまま。


「なぜ、トレがここにいる?」


 ただ、それだけ。


 予定は全部提出されてて。誰が担当だったのかとか、ハセンさんは全部知ってたんだと思う。


 だから、いま。ここにいる。

 いてくれてよかったって、思いたかったけど。でも、そんな風に思えない。



 あんな風に拒絶したのに、ギヘテさんの様子を見に来て。


 しかも、仕立てはいいけど簡素な服。

 師団長としてでも、皇兄としてでもなく。見つからない様に、こっそりやってきたように見えるその姿は。


 なんていえばいいのかな。

 身勝手な気がする。



 そんなに気になるなら、会っていけばいいんだ。


「もう少し待てば、ギヘテさんに会えますよ」

「……いや。会う必要はない」


 会いたいって思えば会える距離にいるのに、会おうとしない。

 家族と会いたくても会えない距離に離れた私に、ハセンさんの言葉は理不尽にしか感じられなかった。


 言わなかったけど。


 ううん。

 言えなかったっていう方が、きっと正しいんだけど。


「おれが来ていたのは伏せておいてくれ」


 そんなの約束できないって、言えばよかった。




 でも、ギヘテさんはきっと気づいてたんだと思う。

 こっそりハセンさんが来るだろうって。


 だから、話す必要なんかないのかもしれない。


「なにか気になるの?」

「いえ……」


 窓の桟に肘をついて笑うギヘテさんは、なんだかすごく格好よくて。じっと見つめられると、ちょっぴりどぎまぎしちゃう。


 変な沈黙。



 話題に困ったら天気の話って、コゼトさんが言ってたっけ。


 窓の外に見える空には、少しずつ厚さを増した雲が立ち込めてる。

 南部の冬の雲と同じ。

 うっすらと灰色がかった雲。


 雪雲みたいに見える。

 でも、客車の中はもちろん。駅にいるときだって、雪が降る様な気温じゃなかった。


「ギヘテさん。中央ではいつ頃から雪って降りはじめますか?」

「雪?……年跨ぎの日が過ぎて、もうちょっとしてから。降っても二~三回だと思うけど」

「そう、ですか」


 年跨ぎの日まで二ヶ月以上ある。

 帝都で雪が降るのなんて、ずっと先のはずなのに。どうしてうすらいは雪が降るまでなんて言ったのか。


 貨車に詰め込まれたオーシニア人は、それこそデアルタさんのお屋敷にいた皆よりよっぽどひどい状態だった。

 手当をした様子もない鞭で打たれた傷口は、ぎざぎざに裂けて、じくじくと膿んでて。病気の人もいたみたい。

 二ヶ月も頑張れるなんて思えない。


 考えても仕方ないのに、頭の中はぐるぐるといろんな方向に散らかって。

 お腹の上の方がぎゅーっと抑えられたみたいで、すごく気持ち悪い。



 もう、なんか。

 吐きそう。


「そろそろ着くぞ」

「あ、はい!」


 前世の電車みたいに車内アナウンスなんて気の利いた物はない――そもそも、電気を使って音を送るっていう機械がない。

 そう教えてくれたのも、目の前のギヘテさん。


 さておき。

 ギヘテの言うとおり、駅が近づいてるのか、窓の外に建物が増えてきてた。


 瓦葺の青い屋根。

 それから、真っ白な漆喰を塗られた建物は、帝都と違って可愛らしい。


「あんまり近づくと鼻がつぶれるぞ」

「ふぇ?」


 なんか、鼻が冷たいと思ってたらガラスにくっついてた。

 なにしてんだろ。


「ほれ、荷物」


 振り返ったら、網棚に上げてあったリュックをギヘテさんがとってくれてた。


 ヘリテ駅より手前のテレル駅で降りて、私はここから車。

 ギヘテさんはヘリテ駅で、各校が背負っていく荷物の振り分けがある。


「じゃあ、現地で」

「はい。現地で」



 列車での旅は穏やかだったけど、ここから先は自動車移動。

 しかも、でこぼこの山道も通るはず。


 ふわふわした気持ちでなんかいられないもんね。


 頑張る!

 うん。

今回は、心配事でもやもやのエピソードをお届けしました。


なにがあったのか、大人の人に知らせて。そのせいで、渦中から遠ざけられる。

そういうのを辛いって思う、そういう気持ちも成長なのかなって……。


書いてる私も、ちょっぴり苦しい気持ちでした。



次回更新は、一週間お休みして2014/05/16(金)7時頃、でこぼこ道を車で移動するエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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