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78.見違えるように変わることだってある

 パジャマがわりの運動着を脱いで、ぴちっと四角くなるようにたたむ。

 替えの制服一揃えと下着。

 たたんだ運動着を一緒にリュックに詰めたら、今度は肌触りごわごわの制服に袖を通す。


 地肌に当たる生地が冷たくて、見なくても鳥肌が立ってるってわかっちゃう。

 もう、それくらい寒いの。


「さっむいねー」

「そうですね」


 先に着替え終わったチギリさんも、二の腕をごしごしさすりながらふるって震えてる。


 南部の寒さに比べたら緩やかなんだけど。帝都でも秋が深まってくると、朝晩はやっぱり寒いんだよね。


 しかも、今日は起床のラッパより早起き!

 身支度はちゃんと出来てても、身体の中のスイッチがきちんと入ってないみたい。

 お腹の下の方とかつま先とか、あっちこっちが冷たくて力が入んないの。


「トレ、唇真っ青だよ。大丈夫?」

「ほんとですか?」


 二段ベッドの上から降りてきたクルセさんが、指先で唇を撫でてきた。

 スキンシップ過剰な気がするけど、なんなのかな?


 いつもなら、ベッドを整えるのにも手間取るクルセさん。なのに、今日はベッドもそうだけど、髪の毛まで整ってる。

 そういえば、チギリさんも私より早く起きてたし。


 二人とも、どっちかって言えば朝がそんなに得意じゃなかった――って、なんか回りくどいな。

 ちょっと前まで、毎朝起こしてあげてたくらいだった二人より準備が遅いって、ちょっとまずいかも。


 まぁ、別に私だって朝が得意な訳じゃないんだけど。極端に弱いってほどでもないし。

 調子悪いって感じでもないのに、唇が青いって、絶対よくないよね。


 うーん。


「あのさ。ちゅーしてあっためたげようか?」

「……あの。冗談でもやめてください」


 ちょっと考え込んでたら、んーって唇を突き出してくるチギリさん。

 ちゅーってしようとして顔を近づけてくるチギリさんの顔にリュックを押しつけて、ぎゅーって押し返す。


 軽々しくちゅーしようとしてるけど、そんな軽いもんじゃないでしょ!


「チギリが嫌なら、私がしてあげようか?」

「クルセさん!?」


 なに言ってんのこの人!

 っていうか、挟み撃ちとかなんなの!?


 ちゃんと整えてあるのに悪いけど。でも、蜂蜜みたいな色の髪をつかんで、んーってしてるクルセさんを押し返す。

 押し返そうとした。

 だけど。


 二人とも、なんでそんな力入れてんのさ。

 うぎぐぎぎーって、なんか変な声出ちゃったじゃんか!

 私って、可愛くない!


 っていうかね。

 あんまり力入れると、胸の辺りが痛いんだってば!



  ちゅー



 ひー!

 なんか、左右のほっぺにあったかいものが当たってる。

 しかも、ちゅーって吸い込まれてる気がするんですけど!?


 ほんと、なにしてんの二人とも。

 ほっぺが吸われるー!


「やめふぇふらはいー!」


 ほっぺがむにーって引っ張られて、ちゃんと喋れないまま。

 ちゅぽって音がして、二人が離れるまで何秒か、動けないままだった私。


 これさ。

 口にされなかったからいいのかもだけど――いや、全然よくない。

よくないよ!


 ほんとに、なんなのこの二人。


 っていうか。

 チギリさんはともかく、クルセさんってこんな感じだったっけ?

 委員会でばたばたしてる間になにがあったんだろ。


 もー!


「なんてことするんですか!」

「ん。唇の色、戻ったね」

「え!?」


 それだけのためにちゅーされたの?


 なにこれ。

 ほんとに、なんなのさ。これ!


 もーって怒ろうと思ったんだけど。二人が言うとおり。

 体を動かしたからなのかな。お腹の下の方もつま先も。冷たかったあちこちがちゃんとあったかくなってて。

 そしたらもう。なんか、笑うしかなくなっちゃった。


「くふふ」

「あはは」


 三人でけたけた笑って。それでも、そんなに時間がないって、三人とも気づいてて。


「さ。そろそろ行こ」

「はい」


 こんなふわふわした。遠足に行く前みたいな気持ちじゃいけないんだけど。それでも、皆で出かけるのって楽しみ。


 準備は長くて大変だったけど、いよいよ本番。

 今日から野外演習。


 頑張ろう。

 うん。



 装備課に完全軍装一式を受け取りに来たんだけど、なんかもう絶望的な量だった。

 順番待ちの子達の行列も。

 受け取った量も。


 標準装備――訓練の時と同じような装備で、大体七キロ。

 でも、完全軍装一式だと二十五キロ!


 重かったりかさばったりするのを車で運ぶ様にしたから、十五キロくらいまで減ってるのかな?

 それでも、やっぱり重い。


 去年はぜーんぶ自分達で運んだから、もっともっと量が多かったんだよね?

 そう考えると、我慢しなきゃって思うんだけど。


「おもーい!」

「トレ、後ろの紐結んで」

「私のも、お願い」

「はいはい」


 でも、やっぱり重い。

 重いだけじゃなく、どこになにを収納するのかとか。頭を使わなくちゃいけないのもちょっぴり大変。



 弾丸とかちょっとした工具とか、細々としたものを入れておけるポーチがついたベルトに、サーベルをくくる。

 それから、訓練用とは色が違う弾丸――訓練用のと違って、炸薬が多いんだ。

 それと銃が作動不良を起こした時用の工具を、ベルトのポーチに。


 背中にくくる革ひものついたスコップに、肩掛けの水筒。

 取っ手に紐を通す穴がある、簡単な料理が出来る万能鍋はリュックにくくりつける。


 それ以外の細々したものをベルトとポーチと。あと、ショルダーバッグにリュックサック。

 どんどん詰め込む。


 それから、身長と同じくらいの長さの銃を受け取って、持ち出しの書類を書いて……。

 全部すんだら、ヘルメットをかぶって完成!


 って。

 もう、それだけでちょっと疲れちゃった。



 それでも、時間はちゃーんと過ぎてくんだよね。

 荷物を全部詰め込み終わって、装備課を出たとこで、起床のラッパが鳴っちゃった。


「まずいなー」

「まずいですね」

「ギヘテに怒られちゃう!」


 もう起床しちゃってるんだし、別に焦らなくてもいいはずなんだけど。

 でも、昨日の晩御飯の時、各部屋に回ってきた「起床のラッパと同時に作業開始」っていう手紙がね。

 どうしても気になっちゃう。



 手紙っていっても、教官とか監督生に見つからないサイズの小さなメモだから、差出人なんかわかんないはずなんだけど。

 それなのに、クルセさんもチギリさんも。もちろん私も、差出人はギヘテさんだって思ってた。


 だって、手紙とかまわせるなんて、ギヘテさんしかいないもん。




 あの日。

 泣いて泣いて。ほんとにたくさん泣いたギヘテさん。

 寮に着く頃には少しだけ落ち着いて。でも、真っ赤な眼のまま部屋に戻ってった。



 ちょっぴり心配だった次の日の朝。

 トイレの前でばったり会ったんだけど。昨日の今日だったから、まだ目の下とか腫れてて。

 だから、なんて声をかけていいのかわかんなくて


「……あの。おはようございます」


 でも、あいさつしないなんて変だから。

 だから、言葉が出てこなくても声をかけたんだ。


「ん。おはよ」


 その返事はちょっぴりそっけなくて。

 でも、いつもなら、口の端っこだけ上げて笑うのに。

 今日のギヘテさんは真っ白な歯が見えるくらいちゃんと――ちゃんと笑うってちょっと変な言い方かもだけど。


 なんていうか。

 にこって笑ってくれて。それがすごく可愛くて、私もつられるみたいに笑っちゃった。


 その時はいつもの穏やかなギヘテさんに見えたんだよ。

 その時は、さ。



 朝御飯が終わって、基本訓練があって。

 その後の座学の時間。


 ギヘテさんは、腹ぺこの狼みたいに牙をむいた。


「……このように、蒸気機関は大変安定した動力であり」

「低温下での凍結と、作動不良に関してはいかがお考えですか」


 すっと立ち上がったギヘテさんの問いかけに、教官の動きがぴたっと。

 ……もうほんとに、彫刻になっちゃったみたいにぱきぱきって止まった。


 元から背が高いのももちろんあると思うけど。

 そんなの関係なく、すごく大きく見える。


 もしかしたら、教官にもそんな風に見えてたのかも。

 とにかく。教室にいる皆の視線が、ギヘテさんに集まって。緊張感で、空気がぴーんと張りつめてく。


「まぁ、水を使用する以上、そういった環境では作動不良が発生しうるが……」

「作動不良の閾値は……」


 教科書とギヘテさんを交互に見ながら、教官は答えてくんだけど。

 一個答えると、その回答を発展させて次の質問が。それに答えるとまた……。


 どんどん重なる質問は、なんだかよくわからないくらい難しくなって。私には――じゃないよね。

 きっと、教室の誰にもわかんなくて。


 その内、教官もしどろもどろになっちゃった。


 軍隊って上下関係にうるさい場所。

 上級生とか教官とか。そういう上位者にわーって物を言うのって、それなりの覚悟がいるんだよね。


 だから、教官に質問を投げ続けて、言い負かしちゃうなんてあっちゃいけないのに。


「……わかった。蒸気機関への依存は、危険だ」

「ありがとうございます」


 それをしたギヘテさん。



 勇者候補だって教えてもらった後だったし。

 機械をどうにか出来る能力を持ってるんだろうなって知ってる私には、タネを知ってる手品みたいで。

 そういうの、なんだかちょっぴりくすぐったい。



 背は高くて、どこか男の子っぽい鋭さで。でも、なんだか穏やかで。

 どっちかって言えば目立たない人っていうのが、ギヘテさんに対する皆の評価。


 大貴族の令嬢っていうのは、(私以外の)同級生は皆知ってたんだろうけど。

 それでも、学校の中では、家柄でどうこうっていうのはほとんどなかった。


 それが、教官を言い負かした一件で、ばーんってひっくり返っちゃったんだ。



 その後も、格闘技の授業で男子を組み伏せちゃったり。

 どうやったのってきかれて


「関節なんて機械とおんなじだよ。曲がる方向決まってるんだからさ」


 なんだかおっかない話をしながら笑ってたり。とにかく、三日くらいの短い間にいくつかの事件があって。


 そんないくつかに引きつけられた子達が、ギヘテさんの周りに集まって。

 それが繰り返される内に、ギヘテさんは同級生の中心みたいになってった。



 私には、そんなギヘテさんが、なんだかやけくそになってるみたいに見えてたんだけどね。

 でも、胸を張って、堂々としてるのってちょっぴりまぶしかった。

 かな。



 そんなギヘテさんの手紙を無視したみたいになるのって、きっとよくない。

 それはクルセさんもチギリさんもおんなじみたい。


「走ろっか」

「そだね」


 そんなやりとりをして。

 それから、二人は私をちらって見る。


 医局にジゼリオさんの診断書を提出してから、安静を言い渡されて。基本訓練も免除になってるの、気にしてくれてるんだよね。

 ありがと。


 でも、クルセさんもチギリさんも、そんなの気にしないで走ってけばいいのに……。


「あの。二人とも、先に行ってください」

「なに言ってんの」


 よかれと思って言ったのに、言い切れない内に頭の上でぱかんってすごい音がして。

 ヘルメットかぶってるのに、きーんってなっちゃった。


 クルセさんのげんこつってなにで出来てんだろ?


 ちなみに、ヘルメットは鉄。

 重くて首ががくがくする。


「ルームメイトとは一蓮托生って、ゴリラも言ってたでしょ」

「……ゴリラ」


 いないとこで好き勝手いうの、よくないと思うよ。

 私も即座にあの人連想したし、ゴリラっぽいのは確かだけどさ。


 いいけど。


「それに、トレが一緒ならギヘテも怒りにくいみたいだからね」

「なんですか、それ」

「愛されてるって事」


 よくわかんない理屈だなあ。

 でも、愛されてるとか関係なく、遅れていくのってやっぱりよくないもん。


 だから、ちょっぴり小走り。




 ばたばたと運動場に着いた私達を、ギヘテさんはきろっとにらむ。


 同級生の中で一番のっぽのホノマくんと同じくらい背が高いギヘテさん。

 そんな背の高い人が、腕組みして仁王立ちしてるの、遠目にも見えてたんだけど。


 なんて言ったらいいんだろ?

 今日のギヘテさんは、女ジデーアって感じ。


 サーベルだったら切りつけられるかなーっていうくらいの距離まで近づくと、おっかなさって三割くらい上がるよね。


「そこの三人、遅い!」


 女の子にしては低いギヘテさんの声が、ぴりぴりって刺さってくる。

 私がいたら怒られないとか、全然嘘じゃん!


「ごめん。トレがもたついて……」

「そんま……んー!んー!」


 どうして私のせいにすんの?

 あと、チギリさんも、なんで私の口抑えてんの?


 重い装備でぎゅーぎゅーなのに。その上、口を押えられてむーむー言ってたら、ギヘテさんとばちっと目が合っちゃった。


 両方の眉がつーっとおでこの側に寄ってく。

 おっかない。

 おっかないよ!


 違うよ。私だけがもたついたんじゃないから!

 それだけ伝えたくて、手を動かそうとしたら、今度はクルセさんがその手を抑えてくる。


 やーめーてー!


「むー!むー!」


 声も出ないし、ハンドサインも駄目。

 弁解もいい訳も出来ないでいたら


「二人は作業に入って。あんたは話があるから、ここに残って」

「「はーい」」


 教官とか上級生とかには絶対しない――っていうか、したら強歩じゃすまないくらい、ゆるーい返事をして、クルセさんとチギリさんは他の子達が作業してるわっかに入ってっちゃった。


 ちょっと振り向いたクルセさんは「ごめん」って口だけ動かして。

 チギリさんなんて、ぱたぱたって手を振っただけでさ。


 こんなおっかない人んとこに私だけ置いてくなんてひどいよ!

 ルームメイトは一蓮托生って、さっき言ってたのに。


 薄情者!



 でも、心の中で一生懸命文句言ってみてもなんにも変わんないんだよね。


「で?」


 さっきより、少しだけひくーくなったギヘテさんの声が頭の上から聞こえてきて。首がきゅーって縮んでく。

 先週くらいまで、もっと穏やかな人だったのに、なんなの。

 この威圧感。


「あの、ですね……」

「なに?」


 元からちょっぴり吊上がってるギヘテさんの目で見下ろされると、お腹の奥が冷たくなる。

 なんでこんなにおっかなくなっちゃったのかな?


 先週までと、オーラっていうかなんて言うか。

 見えないとこで、なにかが変わっちゃってるんだって思うけど。



 ……でもさ。

 委員会で決めた集合時間は、課業開始の時間と同じだったはずだもん。

 朝御飯食べてから集合って決めたの、ギヘテさんとホノマくんだったでしょ!


 私、悪い事なんかしてないもん!

 なんて。こういうの、開き直りっていうんだろうなあ。


 言ったらきっと怒られる。


 頭の中で言い訳をぐるぐる考えて。でも、なんにも思いつかないでいたら


「具合悪かったんじゃないの?」

「あ、え゛?」

「無理しないようにしなよ」

「あ、はい……」


 怒ってるんだって勝手に決めつけてびくびくしてたら、ギヘテさんはふーって大きく息をついた。

 それから、ヘルメットごしに私の頭を撫でてくれる。


 くれたんだけど。

 首ががくがくする。


 やめてー!


「それで、あの。お話ってなんですか?」

「あぁ、うん。馬車で駅まで先行するの、かわってほしいんだ」

「なにかあったんですか?」

「ん。まぁ、ちょっと用事が出来て、さ」


 もう、いい加減、首がとれちゃうんじゃないかってくらい撫でられて。

 でも、それじゃ用事も終わらないから、ききなおしたら、ギヘテさんは軽く首をかしげた。


 別にそれくらいなら、あとで話してくれてもいい気がするんだけど。なんなんだろ?


「じゃ、頼むね」

「はい」


 とんって拳を突き合わせて別れる。

 私は女子寮の皆が作業してる方に。ギヘテさんは男子の作業場の方に。


 この、なんだかよくわからないハンドサイン。男子寮で流行ってるってきいたけど、どんな意味なのかな?


 今度、ホノマくんにきいてみなくちゃ。



 とにもかくにも、私達の野外演習はこんな感じで始まった。

 重い雲が空に立ち込めてるのがちょっぴり気がかりだったけど。それもきっと、思い出になるよねって。


今回は、野外演習出発の朝のエピソードをお届けしました。


まだまだ遠足気分な感じの野外演習に関する一連のエピソードなんですけど。全体として、少し重たい展開になる予定です。


書いてる私自身も、気持ちの準備をして書き進めていこうと思っています。



次回更新は2014/04/25(金)7時頃、ちょっぴり暗雲立ち込めるエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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