表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/106

77.誰にだって泣きたいときくらいある

 司令部を出るともう、西の空がうっすら赤く染まってた。

 お日様の傾きだけで考えると三時間くらい作業してたんじゃないかな。


 時計見てないからよくわかんないけど。

 でも、時間とか関係なく、もうへとへと!


 ずーっとこごめてた背中が気持ち悪くて、んーって伸びをしたら、ぺきぺきぺきって


「すげー音」

「……自分でもびっくりしました」

「なんだそりゃ」


 なんだか急に年とっちゃった感みたい。

 ちょっと疲れた顔で笑いながら、カレカもんーって伸び。

 そしたら、ぼきぼきって私の背中より低くて重い音が鳴った。


「すごい音ですね」

「誰のせいだよ」


 ぽんって頭を叩かれた。


 ごめんね。

 私のせいだよね。



 計画の修正は思ったよりも大規模で、それぞれが書類の不備と問題点をばーって並べられて。

 それから、地図を見ながら距離と勾配と経路とっていう話が始まると、私の後ろに控えてたカレカも


「ビッテ従士、経路の策定を……」


 なんて言い出したハセンさんのせいで、気がついたらずるずるずるーって作業に引きずり込まれちゃってた。


 新しい経路が決まった後は、物資の計算のやり直し。

 地図の上に車で運ぶ限界点が指定されて。その上で、どういう輸送を――っていっても、第七校全員の人手で運ぶしかないっていう結論ありきだったんだけど。



 そんな大変な作業だったけど、カレカと一緒に出来て嬉しかったかな。

 ……なんて、思えたらよかったんだけど。


 そんな余裕全然なかった。

 だって、作業の主役はもちろん私。

 実質、ほとんど全部を一人でやらなくちゃいけないんだもん。


 そろばんばちばち弾いて。資料に赤いインクで修正入れて。それが終わったら清書用の紙に書き写して。


 それで


「出来ました!」

「……この列の計算順序が間違っています。この元値は転写間違い。これとこれとこれは誤字」

「やりなおせ」


 なんてやりとりが何回も……。



 計算とか考え方とか、間違ってたら途中で教えてくれればいいのに、主計官さんもハセンさんも最後まで教えてくんなくて。

 差し戻された資料を見ながらもう一回計算し直して、誤字脱字に気をつけて、計算をやり直して……って、何回もやってたから、手首とかぎしぎしになっちゃってる。


 なんていうか、資料作りって思ったより肉体労働だよね



 その証拠っていう訳じゃないと思うけど、書類の上でこすれた裾とか袖とか。

 あと、インクが跳ねちゃったのか、気がついたら、スカートにもぽちぽちって黒い模様が着いちゃったりとか。ちょっと運動してきました!

 みたいになっちゃってる。


 ドレスの色合い的に、赤インクだったら目立たなかったんだろうけど。黒インクのしみってかなり目立つ。


 これ、ジゼリオさんの娘さんのだろうしなあ……。

 やっぱり弁償しないと駄目だよね。

 来月からお給料もらえるってきいてるけど。もらう前から行き先が決まっちゃうって、なんか悲しい。



 入ってくる前から出てくお金の心配してしょんぼりしてたら、カレカの声が頭の上から降ってきた。


「そろそろ帰ろうぜ」

「はい」


 って。

 でも、その前に、ギヘテさんを迎えに行かなきゃ。



 会わないって。縛られないって。あんなに冷たい表情で言ってたハセンさん。

 そんなハセンさんに、会いたいって。泣いて暴れて、それでも会いたいって言ったギヘテさん。


 バナさんに連れて行かれる時の涙を思い出すと、むねがきゅーってなる。

 どうしてあんな風にすれ違っちゃったんだろう。



 きっと、考えてても仕方ないんだけど。でも、気になって。なにより、私だったらどうするのかな。

 カレカにもう会わないって言われたら、どうしよう。


 そんな想像が頭の中、ぐるぐる回って。

 それがなんだか不安だから、なんとなくカレカの手を握ってみる。


「どうした?」

「……いえ。あの、なんとなく」


 学校に戻ったら、またしばらくカレカと会えなくなっちゃう。

 もう会えないとは違うけど。会いたくないっていうのとも別だけど。それでも、そばにいるから触れてたかったんだ。


「変な奴」


 それなのに、なんだよそれ。

 変じゃないもん。


「……相変わらず、めんどくさいのな。お前」


 掴んだ手をぎゅーって握ってたら、ぐしぐしってカレカは頭を撫でてくれた。

 また、百面相してたのかも。



 お屋敷でもそういう訓練したし。学校でも感情を顔に出すなって言われてる。


 って、あれ?

 言われてるって事は、出てるのかな?


 自分の顔の事なんて、鏡で見なきゃわかんないよ。


「ちび、ギヘテ嬢を迎えに行ってくれ。おれは車とってくる」

「はい。……あの、どこに行ったか分かりますか?」

「練兵場にいるって。そこの道、真っ直ぐ西」

「そう、ですか」


 場所はわかったけど、どんな顔していったらいいんだろ。

 なんて話しかければいいんだろ。


 早くいってあげた方がいいって思うけど、足が地面に縫いつけられたみたいに動けない。


「どうした?」

「あの。私、どうしたらいいですか」


 そんなの、ほんとはカレカに教えてもらわなくても知ってるんだ。

 でも、どうしても足が前に出て行かない。


「話、聞いてやればいいんじゃないか。そんで、一緒にいてやればいい」

「でも……」

「友達、なんだろ?」


 黒真珠みたいなカレカの目に、私が映ってる。

 髪はぐしゃぐしゃだし。ぺったんこな鼻の延長線上に寄せられた眉が、少しゆがんだハの字型。

 書類仕事でくたっとしたドレスもしおれた花みたいで格好悪い。


 こんなんじゃ駄目だ。

 駄目!


 自分のほっぺを両手でぱちんと叩く。


 こんな眠たい顔してちゃ、ギヘテさんに会ってもなにも出来ない。

 一緒にいて湿っぽいだけなんて、友達甲斐がないもんね。


「眼え醒めたか?」

「はい」


 かかとの高い靴なんか邪魔。

 ぽいぽいっと脱ぎ捨てて、最初の一歩を踏み込む。


 胸の痛みは……うん。

 これくらいなら大丈夫。ちゃんと走れる!


「じゃあ、いってこい」

「はい!」


 スカートが邪魔でトップスピードなんて出ないけど、とにかく行かなくちゃ。




 きれいに舗装されてた道路は、西に進んでいく内にむき出しの土になって。その土に、ひだひだの跡が目立つようになった。

 無限軌道《キャタピラ》が通ったんだと思うけど、その二本の轍の間はずいぶん狭い。


 その轍の平行線をたどって走ってくと、だだっ広いグラウンドに出た。


 今まで目印にしてた轍と同じ幅の、二本のひだの形に踏み荒らされた土。

 その轍の先では、黒くてひらぺったい金属の塊があって、その周りでバナさん達がなにか難しい顔して話してた。



 あの、黒い――なんていうか、台所にでてくる茶色いあれみたいなのが、さっき言ってた新しい戦車なのかも。


 正式採用されてて、私も何度か見た事ある戦車とは全然違うし。なにより、音がうるさい。


 まだ、少し距離があるのに、低くて重い音がお腹の底をゆすぶる。



 そんな戦車とかバナさんから少し離れたところ。

 観覧席みたいになってる、ちょっと高い場所のベンチに、ギヘテさんがぽつんと座ってた。



 背が高くて、いつもすっと背筋を伸ばして歩くギヘテさん。だけど、いまは背中を丸めてて。ちょっぴり小さく見える。

 眼元がちょっぴり赤いのは、沈んでくお日様のせいばっかりじゃないんだ。

 だって、ほっぺに涙のあとが見えるもん。




 ぺたぺたって響く、裸足で地面を叩く、間の抜けた私の足音。

 戦車の音にかき消されそうなその音に。

 でも、ギヘテさんは気づいてたのか、ゆっくりこっちを振り向いた。


「終わったの?」

「はい。ちょっと修正入れられちゃいましたけど……」


 ほんとは、ちょっとどころかほぼ全部なんだけど。でも、それは伏せとく。

 修正した後の計画書を見たら、どうせばれちゃうんだけど。一生懸命作った計画書が、全部直されたなんて、今言わなくてもいい事だって思うから。


「隣、いいですか?」

「ん」


 泥んこの練兵場にあるベンチだから、やっぱり泥で汚れてて。ドレスで座るのは、ちょっぴり抵抗があるけど。それでも、ギヘテさんの隣に腰かける。

 もう、どうせ弁償だし。汚れを気にするのより、ギヘテさんと一緒にいて上げる方が大事だもん。


「あの馬鹿。なんか言ってた?」

「周りが勝手に決めた事だから、お互いに縛られる必要はない……って」


 生きてるのか死んでるのか。

 それすらわからないくらい表情がなかったハセンさんの言葉を思い出す。


 きっと、ギヘテさんはこんな言葉を聞きたかったんじゃない。


 わかってたけど。

 でも、なにも言ってなかったなんて、ギヘテさんも信じないんじゃないかって。

 だから、私は、ハセンさんの言葉をそのまま伝える。


 伝えてなんて頼まれてないけど。

 それでも、ギヘテさんにはそれが必要なんじゃないかって思うから。


 私の答えに、ギヘテさんは目を伏せて。それから、軽く笑った。


「あの馬鹿、そんな風に言ってたのか。……そっか」


 口元は笑ってるけど、声は少しだけ震えてて。泣くのを我慢してるんだって、それだけでわかる。


 どうしてハセンさんはギヘテさんに会いたくないんだろう。

 こんなに会いたがってるのに。


 周りの人が決めたって。そんなの関係ないのに。


「あの。どうして、ギヘテさんだったんですか? 物凄い年の差ですよね? 周りに勝手に決められるなんて、嫌じゃなかったんですか?」

「……あんた、やっぱり変わってるな」


 わーって早口に言った私を見るギヘテさんの目は、ちょっぴり大きく見開かれた。


 私が怒ってもしょうがないってわかってるけど。

 でも、なんかひどい。


 びくびくしてないで、ハセンさんに文句言ってくればよかった!

 なんて、ちょっぴり力が入った私。


 なのに、ギヘテさんはそんな私をくくって小さく笑った。


「皇兄と婚約なんて、将来が約束されるようなもんだ。誰だってなりたがるもんだろ?」

「私は……。ハセンさんは、嫌です。なんか変な事されそうだし」

「やっぱり変わってる」


 私の事指さして、へんてこだって断言したギヘテさん。


 学校にいる時みたいに格好良く笑って。

 でも、そんな風に笑ってすぐ。ギヘテさんはどんどん赤味を増してく西の空に視線を戻す。


「それに、私が自分でなるって決めた。親父とか他の誰かが勝手に決めたんじゃない」


 ぽつりと。

 本当に、秋の高い空に消えちゃうくらい小さな声で、ギヘテさんはそうつぶやいた。



 戦車の音とか風の音とか。

 いろんな音がしてるはずなのに、ギヘテさんの息遣いがわかる。


 そんな距離。


 なにも言えないまま。少しずつ赤くなってく空を眺めながら、ギヘテさんはゆっくりと口を開いた。


「信じられないかもしれないけどさ。私、別の世界で生きてた記憶があるんだ」

「え?」


 遠く。赤味の強くなった西の空を見つめながら、話した言葉はそんな始まりだった。



 テアとかクレアラさんとか。

 クイナもそう。


 勇者候補には何度も会ってる。

 でも、こんな風に、はっきりと話す人なんかいなかった。


「もう、覚えてる事の方が少ないくらいだけどさ」

「……そう、なんですか」


 手元に視線を落とすと。なにかを思い出そうとしてるみたいに、眼を細めて、ギヘテさんは少しだけ笑った。

 記憶が薄れてるところまで、私と同じ。


 この人は、私と同じ思いをしてきた人。

 大事ななにかを忘れて。それでもって、生き続けてきた人なんだ。


「その、よその世界の記憶ってのがおかしくってさ。機械づくりの事ばっかり思い出すんだ」

「機械、ですか?」

「そ。三つか四つの頃、蒸気で動く車のおもちゃを作ったんだ。貴族連中の間で話題になってさ。何個も何個も作ったよ。親父が売りに出してるなんて知らずにさ」


 もぢもぢと手をこすり合わせながら、ギヘテさんはちょっぴり恥ずかしそうに笑う。

 そんな風に思い出せるなにか。

 私にもあるのかな?


 走り方とか。

 そろばんとか。


 あと。時々見る、男の人にのしかかられる嫌な夢とか。


 あんまり役に立つ事、思い出さないな。

 そんなのが、なんかおかしくて。ギヘテさんにつられるみたいに私も笑う。


「ちっちゃい頃から機械が大好きだったんですね」

「んー。ちっちゃいっていうより、生まれる前から。なんだろうな」


 生まれる前から好きだった。

 でも、ギヘテさんも理由なんか思い出せないんだと思う。


 すごく苦しくて。でも、それでも大事にしたくなる、愛しい過去。


 でも、ギヘテさんの笑顔はすぐに消えてった。


「五歳くらいになって、工場で使う様な機械を設計したんだ。もっとおっきな物を作りたいって、親父に頼んでさ」


 膝の上に置いたままの手を、ギヘテさんはごしごしとこすりあわせる。


 機械油なのか、それともグラウンドの泥んこなのかわからないけど。でも、黒い汚れがついたその手には、小さな傷がたくさんあった。


 士官学校に入って、銃を扱うようになってから、私の手にもたくさん刻まれた金属を扱う時にきざまれる細くて小さい傷。

 その一つ一つを撫でるみたいに、ゆっくりと手を動かす。


「でも、その頃からかな。親父も、それ以外の奴も。私じゃなく、私の作る機械だけ見るようになってた」


 それはきっと、自分でも触れたくない過去の話なんだって思う。

 大きく息を吸って、それを吐き出して。その呼吸と一緒に吐き出された言葉は、なんだかすごく重い。


「うちってさ。もともと古い家で、家格だけは高かったんだ。でも、金回りがよくなかった」


 少しずつ、ギヘテさんは手に力を込めてく。

 全部なかったことになればいいのにって。どうにもできない気持ちを、たくさんついた傷にこすりつけるみたいに。

 ぎゅっと。


「そこに私の作った機械がぱーっと売れて、自身がついたのかもな」


 もう、話さなくてもいいのにって思うけど。

 それでも、きいてあげなくちゃいけないんだって思って。だからせめて、自分の手を傷つけないでって、私はギヘテさんの手にそっと触れる。


 硬い物を触り続けてきたからなのかな。

 その手は、女の子の手は思えないくらいかさついてて、ごつごつしてた。


「あの馬鹿に見合いを勧めたんだ、うちの馬鹿親父は。縁がある貴族の娘の絵姿どっさり抱えて。馬鹿みたいだった。格好悪かったよ」


 話しながら、ギヘテさんは目を伏せた。

 少し遠くなってしまった思い出を、手繰り寄せるみたいにゆっくりと。


「そしたらさ。あの馬鹿、『ならば、絵姿を投げて一番飛んだ娘にしよう』って」

「なんか、ものすごく失礼ですね」

「あぁ。でも、容姿どころか、他の価値も全部気にしないってのが面白くてさ。自分で立候補したんだ。『そんな風に決めるなら、私がなるよ』って」


 ん?

 なんだって?



 いい加減な人だったから選んだみたいな話になってるけど。それであってるのかな?


 そうだとしたら、ギヘテさんってものすごく変わってる。

 全然わかりあえる気がしない。


「婚約者だからってくっついてまわって。その内いろんな事に気づいて。……だから、一緒にいてもいいなって思ってたのに。そう思ってたのは私だけだったらしい」

「……ギヘテさん」


 自分で自分を笑うって、こんな感じなのかな。

 寂しそうに笑ったギヘテさんの目から、ぱたりと涙が落ちた。


「あの馬鹿。デアルタが死んでから、急に変わっちゃったんだ……。友達、少ないから。ショックだったのかもな」

「……そう、だったんですか」


 ぱたぱたと涙が落ちる。

 顔をくしゃくしゃにして、ときどき苦しそうに息を詰まらせて。


「な、んで……。私が、私じゃ、駄目なのかな……」


 いつもの格好いいギヘテさんでも。貴族の御令嬢みたいなギヘテさんでもない。

 ただ、弱音を吐く友達のギヘテさんに出来る事なんかなにもなくて。だから、小さく丸まった背中を抱きしめてた。


 カレカが迎えに来てくれるまで、ずっと。

 ぎゅっと。

今回は、泣きべその友達の話を聞くエピソードをお届けしました。


ほんとうは76話とセットだったんですけど。ちょっとボリュームが大きすぎたので、分割しちゃいました。


次回はいよいよ野外演習に出発!

少しだけ、お話も前に進む予定です。



次回更新は2014/04/18(金)7時頃、野外演習に出発するエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ