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71.昔の行いはいつか自分に戻ってくるもの

 外出許可の時間制限ももちろんあったけど。なにより、門からそんなに遠くないところで倒れちゃった私。

 しかも、顔は血まみれ――っていっても、血はクイナのだけど。

 その上、制服も吐いたご飯でどろどろ。


 こんな状態の生徒を門衛さんが素通りさせてくれるはずなくて、意識がはっきりしない私諸共ホノマくんも御用。

 一緒に私を運んでくれたテアとエウレも門衛さんにつかまっちゃったってきいたのは、医局で目が覚めてからの話。



 門衛さんから報告を受けた射撃教官――お腹がびりびりするくらいおっきくな声で話す、ちょっとがさつな印象のおじさんなんだけど。

 そんながさつな印象からは想像できない気遣いで、裏口からこっそり通してくれて。だから、クルセさんやチギリさんはもちろん。

 寮の子達にも見られなかったみたい。



 変に注目されても困っちゃうし、二人に心配かけるのも嫌だし、それはすごく嬉しかったんだけど


「トレ、まだか?」

「もうちょっと、です」


 お風呂場の外からホノマくんに声をかけられて、ふいって現実に戻る。


 目が覚めてすぐ、汚れを落として来いって連れてこられた職員寮のお風呂。

 なかなかお湯が出ない寮のお風呂と違って、すぐお湯が出るし、大人用だからなのかスペースも広くてゆったりしてる。


 そんなお風呂で頭からあったかいお湯をかぶったからなのか、汚れもクイナに触られた感触も一緒に流れてった気がして。

 だから、なんだかほうってしちゃったけど、のんびりしてる状況じゃないんだよね。


 汚れを落としたら、学長室で報告するように言われてるんだった。



 わしわしって髪を拭いて、略服――セーラーカラーのついたシャツと膝丈のズボンを身に着ける。

 まぁ、いつもの体操着なんだけど、自分用に手直ししてないからちょっとだぶついてる……かな?

 足がすーすーするけど、まぁいいや。


「おまたせしました」

「……あ、うん。いや、待ってない。そんなに……」


 お風呂から出てすぐの廊下で待ってたホノマくんなんだけど、なんかしどろもどろ。

 変なの。




 職員棟の中でも奥まったところにある学長室まで、ながーい廊下をとぼとぼ歩く。

 たくさん吐いたからなのか、喉がいがいがするし、クイナにぎゅむーってされた胸の辺りが鈍く痛くて、どうしても背中が丸まっちゃう。


 視線が低くなると、自然に歩幅も短くなるからかな。

 気がついたら、ホノマくんからずいぶん遅れちゃってた。


「大丈夫か?」

「あ、はい」


 ぴしっと背筋を伸ばして、少し先を歩いてたホノマくんが戻って来てくれる。


 ごめんね、気を使わせちゃって。


 それにしても、この廊下を歩くときって、いつもこんな感じ。

 ちょっと前、ご褒美に期待して、それなのに委員会の仕事を押しつけられちゃった時とほとんどおんなじ話ししてるもん。


 なんだかおかしい。


「なに笑ってんだよ」

「いえ。この間、この廊下を通った時とおんなじだなって思って」


 別に笑ったつもりなんてなかったんだけど、また顔に出てたのかな?

 ちょっと不機嫌そうな声で「ほら、行くぞ」って、ホノマくんはぐいって私の手を引っ張った。

 ぐらって身体がかしいだ途端、やっぱり、胸の辺りが痛む。


 これ、全部クイナのでせいだよね。

 きっと。




 学長室の黒いオークウッドのドアは、いつ来ても威圧的な雰囲気を漂わせてる。

 来るのは今日で二回目だけど、この間来たときも委員会を引き受けさせられたし、苦手意識がないって言ったら嘘。


 今日だって、きっと嫌な話――クイナとの話を根掘り葉掘り聞かれるんだ。

 その報告の主役は私。


 それがわかってるから、なんだかノックしづらい。


 深呼吸して、おっきな声であいさつして、それから……。

 なんて、頭の中で段取りを一生懸命組み立ててたんだけど


「ホノマ・ハーバ候補生、入ります」


 考えがまとまるより早く、ホノマくんが扉の向こうにおっきな声で呼びかけてた。


 なんでそんなに堂々と言えるの?

 私なんか、心の準備できてないのに!


 頭の中、完全に真っ白になりそうだった私の肩をホノマくんが肘でとんとんってしてくれて、だから


「トレ・アーデ候ふぉ生、入ります」


 ちょっと噛んじゃったけど、なんとか言えた。

 言えたんだけど


「入りたまえ」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、長い長いスピーチで聞きなれた学長の声じゃなかった。




 真っ黒い制服の男の人が私の前を行ったり来たりしてる。

 もう、何往復したのかわかんないくらい、うろうろうろうろ。


 個室としては広い学長室だけど、机とか本棚とか色んな物でごちゃごちゃしてて、歩き回れるスペースなんて限られてる。

 それなのに、歩き続けてるマス十人長と名乗ったその人は、手に持ったファイルをとんとんとペンで叩いた。


「君は僧兵と接触し、危害を加えられた……というのは間違いないんだね?」

「はい」


 軍隊ってぴちっとした人の方が圧倒的に多い。

 そんな組織にいるのに無精ひげが目立つその人は、私の方を見もしないで、ファイルを見つめてた。


 質問されたから返事はしたけど、私の声より早く手元のファイルの上でペンをさりさりと滑らせるばっかり。


 聞いてるのかなって思っちゃう。

 人の目を見て話しなさいって、言われないのかな?


「その僧兵と面識は?」

「以前、入学前に一度だけあった事があります」

「名前はきいてるかな?」

「クイナと名乗っていました」


 穏やかな口調。

 柔らかい声。

 帝都でもまだ珍しい両眼鏡の向こうの眼は眠たそうに細められてるのに、マス十人長の質問は矢継ぎ早。

 投げかけられた質問に私が答えるより早く、手元のファイルになにかを書きつけてる。


 私の答えなんか聞かなくてもわかってるよって事なのかな?

 そういうの、ちょっぴり気持ち悪い。


「トヒト百人長。アーデ候補生宛に剣術大会への招請状が来ていたと先ほどおっしゃっていましたが、それは間違いなく彼女宛ですか?」


 手元のファイルから視線を上げると、マス十人長はきろっと私を見て、今度は学長に声をかけた。


「確認するかね?」

「はい」


 積んであった書類の中から取り出された金の箔押しのついた封書。

 封の中から取り出された紙は真っ白で、それだけで高級だってわかるその書類を、マス十人長はさっと眺めた。


 招請状、ほんとに来てたんだ……。


「ご返信は?」

「アーデ候補生は剣術の成績も芳しくない。ジデーア候補生との稽古で負傷もしている。だから、参加を許諾できないと返信した」

「書面を本人に見せずに……ですか」

「いや、それは……」


 話してる相手は学長のはずなのに、視線は私から離さない。


 剣術の成績“も”って言われたのはショックだけど。でも、学長が断ったのって妥当なんじゃないかなって思うんだ。

 剣術とか射撃とか、あんまり得意じゃないもん。


 徒競走とかなら出たいけど。


「南部から来た彼らは君達の古い友人で、僧兵とは関係がないと主張していましたが……」

「それは間違いないと思います」

「ハーバ候補生、理由は?」


 質問する相手が今度はホノマくんに変わって。それでもマス十人長の視線は私に向けられてる。


 男の人にじっと見られるのって、やっぱり怖くて、お腹の辺りがむかむかしてきちゃう。

 この人、なんで私をずっと見続けてるんだろう?


 怖い。

 気持ち悪い。


「当人同士は面識があるようでしたが、その様子は敵対的でした。それに、彼らは我々の目前で実際に剣を交えてもいました。友好な関係であるとは思えません」

「外れとはいえ、市街地で……ですか」


 とんとんってペンで帳面を二回叩くと、マス十人長は視線を手元のファイルに戻す。


「君の言葉通りだとすれば、彼らの間になんらかの因縁があった事になる。君達はそれに巻き込まれただけ、という事は?」

「それについては、わかりかねます」


 質問に答えるとすぐ次の質問。

 矢継ぎ早に繰り返されて、いつでもしっかり話すホノマくんの声も、少しだけ小さくなった。


「私が知りたいのは、僧兵が皇帝陛下直轄にある士官候補生に対して故意に損傷を与えようとしたかどうか。です」

「それは……」

「よく考えて回答しなさい。アーデ候補生。該当僧兵は、士官候補生に故意に損傷与えんとせしめたか」


 軍隊的にはそんなにおかしくない。

 けど、話し言葉としてはものすごくもってまわった言い方。なのに、マス十人長は声の調子も、話し方も変えない。


 でも、その問いかけは冷たくて、手の中がじわって湿ってきちゃう。

 緊張してるのももちろんそう。


 けど、それ以上に、狙われる心当たりとか、そんなの答えて。そのせいで誰かが傷つくんじゃないかって。

 そんな感じがして。

 だから、どう答えていいのかわからなくて、唇とか口の中とか、どんどん乾いてきちゃって。それなのに


「アーデ候補生、回答を」

「……あの、私は……。その、あの……」


 さっきまで絡みつくみたいだった視線は少しだけ鋭くなって、身体を突き抜けて心臓に突き刺さってくるみたい。

 鼓動がどんどん早くなって、どきどきって脈打つたびに胸の辺りが痛くなる。


 ぎゅって力を入れとかないと、膝が震えそう。


 どうしたらいい?

 どう話せば、誰も傷つかないの?

 なにを話したら、この人は満足するの?


 わかんない!

 わかんないよ!


「十人長、それくらいにしておこう」

「百人長といえども、私の職務を妨害すれば責を問われます。それでも中止を、と?」

「生徒に責任を持つのが私の仕事だ。もちろん、君の職務は尊重する。だが、彼女の様子を見てみたまえ。正常に答えられるようにはとても見えないだろう」


 息も出来ないくらいの緊張でぎゅーっと閉じてたまぶたの向こうで、学長とマス百人長は言葉を交わして


「……わかりました。日を改めましょう」


 そう言って、マス十人長はお話の終わりを宣言した。


 マス十人長はファイルを革製のカバンにしまうと、なんだか薄く笑いながら部屋を出て行く。


 その笑顔は、きゅきぃさんと話をした私を捕まえた、あの時の情報軍の人と同じくらい不気味だった。

 「次は逃がさないよ」って、言葉にしないで宣言してるみたい。


 クイナももちろんそうだけど、マス十人長にも二度と会いたくない。




 重い音を立ててオークウッドの扉が閉まると、緊張してがちがちだった身体から、少しずつ力が抜けてった。


「「「ふーっ」」」


 学長もホノマくんも。

 それから私も、測ったみたいなタイミングで溜息。


「君達も、今日は休みなさい。明日も早いんだろう?」

「はい。ありがとうございます」


 表情は疲れてても、ホノマくんはぴしっと背筋を伸ばして返事してた。

 緊張が解けたせいなのか、ほっぺが熱くなってほわんほわんした気持ちの私とは全然違う。

 もう、敬礼だってちゃんとできてるかどうか……。


 でも、そんな私に学長はなにも言わないで見送ってくれた。




 オーシニアの言葉を話せる。

 それが戦争を終わらせる手掛かりになるかもしれないって、デアルタさんはそう言ってくれたけど。

 でも、今はそれがすごく重たい。


 デアルタさん、私どうしたらいいですか?

今回は、でろでろどろどろになったその後のエピソードをお届けしました。


ちょっと格好よくなった幼馴染に登場してもらうつもりだったんですけど、区切りが上手くいかなくて、尋問シーンだけになっちゃいました。

もっと上手に書きたいんですが……。


次こそは!



次回更新は2014/03/13(木)7時頃、今度こそ、しばらく出番のなかった幼馴染が登場するエピソードを予定しています。

更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。

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