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7.おのぼりさんだっていいんです

今回もちょっぴり文量があります。

※2013/01/10(木)一部誤字を修正しました

 生まれてから四回目の春。


 といっても、私が住んでいるこの地域――ルザリア自治州という地域は南に行くほど寒いそうで、しかもこの村はその中でも最南端。

 夜になるとときどき吹雪くし、窓の外の景色はまだ真っ白い雪に覆われてる。


 少し身震いするくらいの気温は石造りの家の中にも入ってくるから厚着をしていてしかるべきなんだけど、私は上着を脱いだまま姿見の前でファッションショーの真っ最中。


 寒いよ。

 寒いですけどね!


 町の学校に入学する手続きのためにお出かけする服が決まらない。

 母さん指定の服はもこもこふわふわであったかいオフホワイトのコートと毛皮の帽子。

 でも、着てみるとぶくぶく着ぶくれみたいになって、なんとなく可愛くない。

 少し寒くても薄桃色の毛糸の帽子と赤いダッフルも可愛いし、でもこっちのも……なんて事をしてたら


「早くしなさい!」


 って、母さんに拳骨されました。

 自分だってさんざんファッションショーやってたのに、ひどい!



 その後、最終的には下着まで母さん指定のものに変えられて、もこもこぶくぶくの私は、重い手帳を片手に、母さんに手を引かれて街道への道を歩く。

 朝早く仕事に出かけた父さんの足跡があるから道だってわかるけど、一人だったら確実に迷子になっちゃうんだろうな。


「トレは町に出るのはじめてだったわね」

「はい、どんなところですか?」

「んー。ごちゃごちゃしてる、かな」


 歩きながら母さんの話すフフトの町の様子は、あまりいい印象ではない。 ごちゃごちゃしてて汚くて、罵り合ってる人が多いところ。

 そんな印象。


「あんまり行きたくなくなってきました」

「ごめんなさい、トレ。母さんフフトの町にはあんまりいい思い出がなくって」

「そうなんですか」

「美味しい屋台がいっぱいあってね、お腹が空いてご飯を食べたの。でも、ちょっとしたらすごくお腹が痛くなって。でも、誰もトイレを貸してくれなかったのよ」

「それは、困りますね」


 冗談めかして笑いながら言ってるけど、母さんの表情はあまり明るくない。 いつも明るく勝気な母さんがそんな顔をするのだからよほどの事があったはず。


 ……いや、う○ち漏れたとかならやっぱりよっぽどだけど。 そういうんじゃないとは思うんだ。


「まぁ、トレは大丈夫よ」

「よくわかんないです」


 トイレ借りられるって事? ではないと思うけど、村から出るのはやっぱり緊張感がある。

 多分、千葉県民が東京に出るくらい。


 自分でもよくわからない例えに、首をかしげながらトコトコ歩いているといつのまにか村の門についてた。



 普段なら当番さんがいる以外は静かな村の外門の停車場には二頭の黒くて大きい馬の引く馬車が見える。

 そして、その周りには大勢の人が集まっていた。

 いつもなら農作業(といってもこの時期は氷室の手入れくらいしかないけど)に出たり、お店の開店準備をしたり、とにかく忙しい時間帯のはずだけど、大勢でワイワイガヤガヤ。

 その中心で、いつもはペタッとしている真っ黒な髪がぐしゃぐしゃに乱れて、少し困ったような表情をしているカレカが見えたので、大きく手を振る。


「お。おーい、トレー!」


 カレカは私を見るとぱっと輝くように笑って手を振りかえしてくれた。

 可愛いじゃん!(って、三歳なのにね。心は二十歳くらいですけど)

 と思ったのもつかの間


「おお、トレちゃん。おめでとう!」

「トルキアさんもおめでとうございます」

「一人で学校なんて偉いねえ」

「トレちゃんがいなくなったらトルキアさんも寂しいでしょう」


 なんか集まってたみんなにもみくちゃにされた。 あんな風に笑ったのは、一人でみんなを相手するのに疲れてたからだったんだね。

 私を見てじゃないんだ。

 いいけどもさ。


 そんなみんなにもみもみのぐちゃぐちゃにされる私をニコニコと見ながら、母さんがちょっと張った声を上げる。


「みんな、トレとカレカのために集まってくれてありがとう! 二人は来週から学校に行かせてもらうことになります。 今日はそのご挨拶で教会まで行く予定です。 これから毎日、ここから荷馬車に乗せてもらうことになるのでご迷惑をおかけしますけど、なにとぞよろしくお願いします!」


 母さんの声に合わせてカレカが頭を下げた。

 私も慌ててぺこり。


「村から学者が出たら誇らしいし、みんな応援してるからね」

「しっかり勉強してよ」

「トルキアさんの事は任せろ」


 なんか聞き捨てならないことが聞こえた気がするけど、とりあえず馬車の荷台の隅っこに座……れないんですよね、これがまた。

 荷物の上げ下ろしのために少し床の低い馬車なのに、今の私の背丈だと、大股広げて「よいしょ」とやってもちょっと厳しい高さ。

 母さんは御者さんと打ち合わせしてるみたいだし、どうしたもんかね。 と荷台とにらめっこ。


「どんくさ!」


 今度はそんなこといいながら助けてくれようとするカレカの手とにらめっこ。こういうのすっとつかめたらいいのに、どうしても手が伸ばせない。

 前世の記憶がずいぶん薄れてきた今も、年上の男性に触れるのも触れられるのもまだ怖いのはなんでだろう?


「だああぁぁー、お前面倒くせええぇぇ!」


 迷ってたらカレカに襟首つかまれて荷台にぶん投げられちゃいましたけど、まぁそれはそれでいいや。

 隣には仏頂面のカレカが。

 御者席には恰幅のいい御者のおじちゃんと母さんが座っていよいよ準備完了!


「いってきまーす!」



 馬車の規則的な揺れとちょっと単調な雪景色。

 それにぶくぶくに厚着してきたおかげでポカポカで、もうすっかり口から魂が出ちゃってた私。

 寝てはいないけど、起きてもいないようなふわふわした心地のままぼんやりしていたら、背中にものすごい衝撃がきた。

 衝撃の方を見てみると、そこには崩れかけた荷物をすごい形相で抑えているカレカがいた。

 姿勢が悪かったのか、それとも荷物が重たいのか。 どっちもなんだろうけど、片足立ちの軸足がぶるぶる震えてる。


「おい、チビ。 寝るな! 馬車の荷台で寝るな! 死ぬぞ!」

「寝てません」

「寝てたろーが、よだれたらして!」


 ほんとだ。

 袖口でぐしぐし拭いていたら「袖で拭かないの!」って母さんにも怒られた。

 ハンカチなかったから。

 ハンカチなかったんだからさ!


 でも、そんな風に大騒ぎしてたら、馬車の荷台っていうのは思っているよりも危ないんだって御者のおじちゃんが話してくれた。

 村から運び出される樽入りのワインや瓶詰。 頭に当たったりしたらちょっと危ない物が満載だし、どんなにきちんと縛っているつもりでも、揺れてゆるむ事がないとは言えないみたい。

 カレカは前学校に行ってた頃、馬車の荷台に乗ったことがあるから、その事がわかってて、荷物が落ちないように見張ってたらしい。


 学校が始まったら毎日これに乗せてもらうんだから気をつけなくちゃ。


 みんなに怒られてちょっと居住まいを正した私の横に「死ぬかと思った」なんていいながらカレカが座った。

 荷物を縄で固定して、ちょっとぜーぜー肩で息をしているところを見ると、なかなかの重労働だったみたい。


「ごめんなさい。ほんとは寝てました」

「いや、いい。いつもより朝早かったんだろ、蹴っ飛ばして悪かった」

「大丈夫です」

「靴の跡、背中にばっちりついてるけどな」


 ゆるさねえ! いやいや、命の恩人だからね。 丁重に扱わない。

 服を汚されて丁重に扱う訳ない。


「絶対許しません」

「いってろ」


 ぶすくれた子供二人を荷物にゴトゴト揺れる荷馬車。

 こんな状況、ドナドナっていう歌に似てるなって思ったりして。



 フフトの町は母さんが言っていた通りごちゃごちゃしている。

 馬車は村のものより立派な――というより、村の門が掘立小屋だとしたら、町の門は城壁みたいに高くて頑丈な石造り。 門の所には揃いの上下を着て、長い銃をもった兵隊さんもいる。

 門をくぐりぬけると停車場があって、御者のおじさんとはそこで一旦お別れ。


 母さんと手をつないで教会の方に向かう街路を歩く。

 石で舗装された街路は少しだけ上り坂になっていて、左右には村で一番大きいフレッカさんの雑貨屋さんよりも大きな屋台が立ち並び、そのどこででも人が怒鳴りあいみたいに大きな声で話をしている。

 喧嘩をしているみたいでちょっぴり怖い。


「かーさま、どうしてみんな怒っているんでしょう?」

「んー。 怒ってはいないんでしょうけどね。 ここは市場通りだから、あちこちの村から特産品を持ってきてる人がたくさんいるの。 だから、高く売りたい人と安く買いたい人が言い争いになっちゃうんでしょうね」

「そうなんですか」


 そう思ってみてみると、話している人達の服装も対照的。 今日の私と同じように厚手で抑えた色調の服を着ている人と、布製の綺麗な染め抜きの服を着ている人がいる。


 抑えた色の服を着た人はなんとなく必死な感じで、綺麗な服を着ている人はちょっと意地悪い笑い方をしているように見えた。

 村ではそういう駆け引きをする人を見なかったし、なんだか不安になってしまう。


「今日は市場を通ってみたけど、明日からはカレカと一緒に商館の方を通っていくのよ」

「しょうかんですか?」

「もう少し静かな道があるから、そっちを通れば怖くないと思うから」


 また百面相してたのかな。

 表情が顔に出やすいのは、ちょっぴり不便だなって思う。



 緩やかな上り坂が終わる頃には屋台もなくなって、建物の造りががらりと変わった。

 市場の会った通りの木造と石造りをごちゃ混ぜにした、ちょっと統一感のない町並みから、すっと整った町並みへ。 綺麗な布製の服を身に着けた人がほとんどになる。


 この街区には町の重役や商館の長が住んでいる高級住宅街らしくて、まばらながらにあるお店は一枚ガラスの飾り窓――ショーウィンドウみたいになっていたり、本をモチーフにした看板を掛けたお店があったり。 市場とは全然違う雰囲気。


 特に店頭に飾られた服は、村では見たことがないくらいカラフルで可愛らしくて、思わず足が止まっちゃうのだ。


「おい、チビ。 おせえぞ!」


 こういうのじっくり見たい。

 見たいのにカレカがせかしてくる。 いらいら。


「トレもこういう服が着たいの?」

「あ、いえ」


 値札の数字を見たらとてもそんなことは言えない。

 銀貨一枚なんて、買ってなんて言い出せる額じゃないし、そもそも大人用だし。 私にはそれこそ十四~五年早いって、わかってはいるんだ。 なので言い訳言い訳。


「かーさまが着たら似合いそうかなって」

「その割にはじっと見てるよな、チビのく……が!」


 失礼な事を言いかけたカレカの脛を思い切り蹴ってやる。


「町では染料も布もたくさん手に入るから、お店にある鮮やかな色の服もたくさんあるのよ。 カレカのそのコートも町で買ったものだし」

「あぁ、でもこういうのたけーんだよ。 作りも柔いし」


 母さんに言われて、カレカは着ていた空色のコートの襟を少し持ち上げてみせた。襟の裏地に服の色と少し違う糸で修繕した跡がある。


「カレカが直したんですか?」

「まーな」

「トレもお裁縫はできた方がいいわよ。 頑張れば服も作れるようになるかも!」

「ほんとですか!?」

「今度、トレにも教えてあげましょう」


 なんだか操縦されつつあるような気も。

 気のせいかな?



 可愛い服の誘惑を振り切って、高級住宅街をトコトコ歩き、今度は立派な鉄製の柵に囲まれた庭園に入る。

 明るい茶色の煉瓦で舗装された道の左右には寒いシーズンなのにちらほらと花が咲いていてすごく華やか。


「かーさま、こんなに寒いのにお花が!」

「そっか、チビははじめてなのか……」

「はい。すごいですね」


 冬に花が咲いているなんてすごいって喜んでたら、カレカはちょっと珍しい物でも見つけたみたいに笑って。


「あれ、見てみろ」


 って、カレカが指差す方を見ると、神様の像なのかな?

 神様ばっかりじゃなくて、裸の女の人とか、とにかく色々な石像があるんだけど、その像の足元から、緩やかに蒸気が上っている。


「このお庭にはあったかい管が埋まっているの。 だから、よっぽどの大雪でもない限り、いつもお花が咲いているのよ」

「そうなんですか」


 今日、馬車で通ってきた道とは季節まで違うみたいで、ちょっとくらくらしてしまう。

 でも、こんなに広い公園全部にそんな仕組みを作っちゃうなんて、やっぱり町ってすごい!


「町ってすごいですね。 こんなに広い公園があるなんて思ってもみませんでした」

「公園?」

「違うんですか?」

「トレ、この一面全部。 教会のお庭なの」


 この世界の教会って、どれだけの力があるんだろう?

 神様同士で喧嘩をしてて、人間の事を見向きもしないって聞かされていたのに、盛大にあがめられてるって、どこか不自然だ。


「んで、あそこに見えるでかい建物がこの町の教会」


 とカレカが指差したのは、左右対称で横に向かっていくつかの棟があるちくちくした外観(っていうしかないイメージ。尖塔とかいうのかな?)。

 緑色の瓦をふかれた屋根と、薄い黄色の漆喰で塗られた壁。 優しい色調で統一されているのに、どことなく冷たい。

 その、村の風車くらい大きい建物から廊下が左右に伸び、左側には可愛らしい母屋のような小さな建物が。 右側には住宅街で見てきたのと同じ石造りの建物――窓が三階分あるから三階建ての少し大きい、四角い建物が並んでいる。


「おい、チビ。口開いてんぞ」


 おのぼりさんみたい?

 おのぼりさんだもん、文句あるか!


「あの大きな建物の真ん中が教会。 左手にある可愛い建物が幼年学校。 トレが来週から通う学校よ」

「あの、カレカは一緒じゃないんですか?」

「おれはあっちの建物だな」


 カレカはそういって右手側にある大きな建物を指さした。

 建物の大きさとか、その冷たい雰囲気とか、そういうものが少し怖くて私は母さんの手をキュッと握る。


「神様が守ってくださるから、怖くないわ」

「でも」


 この世界の神様は、人間の事なんかほっぽって自分達の喧嘩をしているっていう記憶がある私の気持ちは、でも、母さんには理解してもらえない。

 だから、言いかけて口をつぐむ。


「ほら、行きましょう。先生方にあいさつしなくちゃ」


 そういって母さんとカレカは玄関前の階段を上っていく。


「待ってください!」




 大きなステンドグラスと神様の像が飾られた祭壇を中心に、たくさんの長椅子が並べられた空間で、数人の人がお祈りをささげている。


 掃除をしていた男の人――大きな体格と蓄えた髭がクマを思わせる、少し太った男性が声をかけてきた。


「お待ちしてました。トルキア」

「こんにちは、フガ司祭様」


 その風貌に反して高くて優しい声をしたその人は、私の方を見るとふわっと笑いかけてくれる。 告名祝のとき僧正様が着ていたのと同じ、左右から合わせるタイプの服を着ているんだけど、体格のせいなのか造りが悪いのかパンパンでちょっと可笑しい。


 人を見て笑うのは失礼な事だけど、見ているとなんだか笑顔になってしまう不思議な人だ。


「この子がトレ様ですね」


 ん?

 様?

 私そんなに偉くないでしょう?


「はい。来週からお世話になります。こちらが……」


 母さんも否定しなかったね。

 なんで?


「カレカも、久しぶりだね」

「どもっす」


 様付けはちょっと気になったけど、フガ様は返答にニコニコと笑い、カレカの黒い髪を撫でた。

 普段、反抗的なカレカもフガさんには黙ってされるようにされてるし、こんな人が先生だったら学校もきっと楽しいよね。


 道中はどうだったとか、そんな話をしていると、少し目つきの鋭い男の人――この人も、僧正様やフガ様と同じ左右合わせの服を着ている。

 その色は黒。 服の色のせいかもしれないけど、ちょっと威圧感のある目つきの鋭いその人は「ドミナといいます」と短く自己紹介をすると


「ご母堂はこちらで書類にサインをお願いします。君は以前外校に通っていたから案内は必要ないかな?」

「はい」

「ではここで待っていてくれ」


 母さんとカレカにすごく事務的な対応をしていたドミナさんは、私の方に向き直ると、申し訳程度に笑顔を浮かべた。


「こちらで健康診断と筆記試験をするからついてきてください」


 この人も地味に敬語だなあ。



 私が通うことになったフフトの町にある幼年学校は、教会が大昔からやっている本当に古い学校で、母さんもカレカもその学校の卒業生。

 元々は教会が子供に読み書きを教えていただけの本当に小さな教室を、マレ僧正が少しずつ大きくして、当時フフトの町で急速に増え始めていた商家の子供を受け入れるようになったのが始まり。

 その後、近隣の村からも生徒を受け入れて、読み書きを教えている。


 っていうのが、カレカから聞いたお話。

 まぁ、そこまではなんだかいい話みたいだし、私もそういうもんかあ。 って思ってたけど、この面接ってなんなの?


 簡単な身体検査と書類審査をするからって、ベッドがいくつか並べられた医務室みたいなところに連れて行かれて


「じゃあ、そこで服を脱いでください」


 といきなりこんなだもの。


「いやです」


 即答。

 当たり前でしょ。

 大体、なんで女の子の検査をするのがおっさんなんだっていう話。


「いいから脱ぎなさい!」

「かーさまから、人前で肌をさらしちゃいけないって言われてるんです!」


 本堂から私を連れてきてくれたグレーの髪の毛を七三に分けた、多分父さんよりは年上のおじさん――ドミナさんっていうらしい、吊上がった眼をした片メガネの大声にびくっとなりながら。

 でも、頑張って言い返したら「これだから田舎者は」って。


 聞こえてるからね。 もう、絶対協力しない!

 なんて腹積もりを決めたんだけど、部屋の外から


「トレは相変わらずだねえ」


 とのんびりした声に話しかけられた。


 告名祝の時以来聞いていなかった懐かしい声。ドミナさんは私の背中の向こうにいるその声の主に胸のところに手を置いて敬礼している。


「僧正、手間取って申し訳ありません」

「ん。ドミナはよくやったと思う、顔を上げなさい」


 軽く手をあげて応えながら、紅白の生地重ね合わせた服を着た禿頭のおじいちゃん――マレ僧正がゆらゆらと部屋に入ってきた。


「大きくなったね、トレ。それに相変わらず強情そうだ」

「強情じゃないです。貞淑なんです!」

「うんうん」


 私の告名祝の時も相当におじいちゃんだったけど、より一層おじいちゃんになった僧正様は、ドミナさんが座っていた椅子に座って、一人でうなずきながらニコニコしてる。


「僧正様。どうして服を脱がなきゃいけないんですか?」

「んー。お前さんに“授かり物”がないか確かめるためなんじゃが……ドミナ、お前さん説明したかい?」


 僧正様に問われてドミナさんは「申し訳ありません」と軽く頭を下げる。


「この子は理由を説明すればわかってくれるよ。告名祝の時もそうじゃったしな」

「いや、告名祝って出生一ヶ月くらいの時分にするものですよ。記憶なんかある訳……」

「僧正様は香油は風邪をひかないようにするおまじないだからって、ちゃんと説明してくれました」


 言った私の方を見て、目を丸くするドミナさん。ちょっと胸を張って「ふふん!」ってしてやると、思いっきり舌打ちしたけど。

 こいつ基本失礼だな。


「ほれ。ドミナも人にものを教えるのだから、頭ごなしは感心せんな」


 やーい怒られた! ……のかな?

 僧正様はドミナさんの眼をしっかり見て、でも冗談みたいに話してる。

 これで服を脱ぐのはなしだよね! って思ったら


「トレも、学校に来るのだから先生には協力してあげておくれ。“授かり物”がない子は、ゆくゆくは士官学校に行くから勉強内容も別じゃし、ドミナもなにかと大変なんじゃ」

「でも」

「まぁ、恥ずかしいのもわかるがな。そうじゃ、枯れた爺さんである儂にだけ見せてくれ、トレの可愛いおっぱいをじゃな」


「「やめろじじい!」」


 ドミナさんと完全にはもっちゃったよ。


 んで、ドミナさん――ドミナ先生って呼ぶべきなんだろうけど、まだ入学してないしドミナさんでいいや。

 ドミナさんにあんなところからこんなところまで見られちゃったんだけど、その話は置きましょう。

 置かせてください。


 ちょっと泣きそうになるので。



 検査が終わった後、今度は学力検査をするんだそうで、教室に向かう。

 教室までは本堂から長い廊下を歩いていくんだけど、ドミナさんは始終申し訳なさそうにしてた。


「すまない。うちの僧正が破廉恥な事を言って……」

「あ、いえ。気にしてないです」


 手をパタパタ振って、とんでもないよーってドミナさんに笑いかける。

 第一印象は怖かったけど、ドミナさんはすごく真面目なんだと思う。

 あと、僧正様は本当はすげー変態なんだと思う。おじいちゃんなのにさ。


 というのはさておき。


「そういえば、ドミナさんがトレの先生になるんですか?」

「この後の試験次第。成績が良ければそうなるはずだね」

「じゃあ、頑張らないといけませんね」


「ふん」ってちょっと気合を入れたら、ドミナさんがふと笑った。険のある顔をしてるから怖い人なのかと思ったけど、多分優しい人なんだよね。



 んで、教室に。

 今の私の背丈でもしっかり座れるくらい椅子と机がたくさん並んでる部屋なんだけど、しんとしていて子供の気配はない。


「ドミナさ……えと、ドミナ先生。今日は学校お休みなんですか?」

「あぁ。今日は僧正様に大事なお客様が来るらしくて。他の子はお休みだ」

「そうなんですか」


 ドミナさんに促されて教壇から一番近い席に座る。


「じゃあ、私は事務仕事があるから、隣の部屋にいます。ゆっくりといて、終わったら知らせにおいで」

「はーい」


 試験は簡単な。 もう、本当に簡単な筆記試験。



  あなたのなまえをかきなさい


  トレ・アーデ


  七鉄貨のお菓子を買って、大鉄貨一枚を払ったらおつりはいくら?


  鉄貨三枚



 くらいの問題なので、早々に解き終えて、ぼんやりと窓の外を見る。


 この世界の太陽は本当に元気がなくて、でもそのおかげでは壁に囲まれた中庭を、コントラストの緩やかなちょっとだけ幻想的な空間に変えてる。


 木馬やおままごとの道具。

 隅っこには小さな花壇があって、そこに小さな手書きの名札がたくさんささってる。

 多分、みんなでお花を育ててるんだろうね。


 こういうの、すごく楽しかった気がする。


 楽しい未来の予感にちょっとぼんやりしていたら、いつのまにか教壇に誰かが腰かけてた。

 僧正様と同じ紅白のあわせの衣装を着ているから、多分教会の偉い人なんだろうけど、そういう雰囲気は全然感じない。


 十五~六歳くらいの男の子に見える――若すぎるし、なにより座り方がなんていうか、こう。

 だらしないのだ。

 教会の人みんなが――僧正様は除くとしても、みんなまじめそうなのに、この人は胸がのぞくくらい前をはだける形で服を着崩してるし、髪もキチンと整えていない。


 その人は蜂蜜色の髪の毛の間からエメラルドみたいに輝く緑色の瞳で私を見据えてくる。すっと通った鼻筋と少し吊り上った口元。 とがった顎は間違いなく美人。


「君の事はマレ僧正から聞いてるよ、トレ」

「貴方は誰ですか?」

「ぼくは君と同じ。 他の世界から来た勇者候補、クレアラ」


 そのまじめそうには見えないクレアラさんは、にーっと笑いながら、自分の正体を明かす。


「君さ、ぼくの仲間になりなよ」


 ん?

 なに、仲間って?


 頭ぐるぐる混乱していると、クレアラさんはふわりと。本当に、音もなくふわりと教壇から降りた。

 飛び降りるみたいにしてたのに、空気ひとつ動かないくらい。


「この世界にはさ。 勇者候補ってのが大勢いるんだ」


 クレアラさんが無警戒に近づいてくるのが“見える”。


「その中で神様を殺して、英雄になれるのは一人だけ」


 一歩、二歩。

 しゃがんで、私と目線を合わせた。


「ぼくは今より強くなるために、ぎりぎりまで協力できる仲間がほしいんだ」

「あ、あの」


 どうしたらいい?

 ほっぺに向かって手が伸びてくる。触れられるのは嫌だけど、射すくめられてるみたいに動けない。

 どうしよう。


「あ、あ、あ、あ、あの。 か、かーさまに相談してからでもいいですか?」


 とっさに口をついたのは、滅茶苦茶な言い訳。前世の話とか神様を殺すとか、母さんに相談なんかできる訳ない!

 でも、クレアラさんは私が無理矢理繰り出した言い訳を聞くと「くっ」ってちょっと息を詰まらせて、それから「ははは」って笑った。


「トレ、君、面白い子だね。 表情がくるくる動いて飽きない」


 面白くない。ものすごく緊張したよ。

 こいつ、自分が美形だっていう自覚みたいなのがある。

 それを真っ向ぶつけられたら、多分男の子だってドキドキするにきまってる。


「君が英雄になるつもりがあるのかわからないけど、卒業まで考えてみて」


 そんな風に言うと、教壇から降りるときとはうって変わって、ふわっと空気を動かして教室から出ていった。


「び、びっくりした~」


 私は本当に英雄になりたいのかな?

 戦争を終わらせるのと、英雄になるのはちょっと違う気がする。



 帰りは空っぽになった馬車で村に帰るんだけど、クレアラさんに変なプレッシャーをかけられたせいなのか、教会を出たところで眠くなって、母さんにおんぶしてもらってぐーぐー寝ちゃった。

 子供か!

 子供だったね。


 でも、いよいよ来週から学校に行くんだ!

 授業はまぁ、退屈かもだけどとってもとっても楽しみです。

今回は元気で可愛いトレにシフト!

と思ったんですが、私自身制御しきれないお馬鹿さんになってしまったような……。


ぽちぽち他の勇者候補の子も登場させて、お話を進展させていきたいです。

頑張るぞー!


次回更新は新年2013/1/3(木)7:00頃、いよいよ幼年学校に進んで、この世界の厳しい現実を見るエピソードを予定しています。


読んでいただいた皆様、よいお年をお迎えください。

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