69.才能がなくても選ばれる人はいるもの
乗合バスを何回か乗り換えて――この、外の手すりにつかまるっていうの、無賃乗車な気がするんだけど、いいのかなあ?
なんて思いながら。それでも車の外にへばりついてると、いろんなものが見れてちょっと楽しいんだよね。
水晶宮殿って呼ばれてる皇宮以外にも、綺麗な建物いっぱいあるし、ショーウィンドウを出してるお店もあるし。
でも、地面が近くて。降りるときも、スピードが落ちてきたところでぴょんって降りるから
「トレ、降りるぞ」
「け、けっこうスピード出てますけど!?」
「大丈夫、ほら!」
手をつないでもらってなかったら、降りた後の勢いでごろごろ転がってっちゃいそう。
ほんと怖いの!
でも、ホノマくんはなんでもないみたいに次のバスを見つけて
「次、こっち」
「ちょ、ちょっと待って!」
手をひかれて、またバスの外側に。これって、帝都では普通なの?
危なかったり怖かったり。あと、罪悪感とかいろんなものを置き去りにして、たどり着いたのは、ちっちゃなレストランだった。
煉瓦でできた建物が多い帝都では珍しい、石造りのちっちゃな建物。
クリーム色の漆喰は、他の建物より明るい色合いで、なんだか華やかな感じがするけど。でも、どことなくあか抜けない。
そんな感じ。
屋根の傾斜が少し強くて、そんなところは南部風だなって思ってたら
「ほら、こっち」
ぐいって手を引っぱられちゃった。
さっきからずーっと強引なホノマくんに、ずるずる引きずられるみたいに、白樺の樹で出来たドアをくぐる。
そしたらね。
なんだろ。
一番最初に感じたのは、南部の料理でたくさん使われるたまねぎとかにんにくのにおい。
それから、お店の中にね。
南部の学校で一緒に勉強してきた、懐かしい顔がいっぱいなの!
「トレ、帝都にようこそ!」
満面の笑顔でそう言ってくれたのは、南部にいた頃より、ばっちりお化粧の決まったフィテリさん。
それから
「帝都に来たら遊びに来るって言ったのに、どうして来なかったの。心配してたんだから!」
どことなくふっくらしたアールネさんの眼は、相変わらずちょっと吊り上ってちょっと怖いんだけど。
でも、そんなのも全部懐かしくって、鼻の奥がちょっぴりつんとしちゃう。
どうしてこんな……。
「こいつがさ、あっちこっち声かけて回ってたんだよ。野外演習前の忙しい時期だってのにさ」
「……言うなっつったろ!」
私達と同じ紺の制服。
だけど、蛇の襟章をつけた男の子――疎開組の男の子達と話した記憶とかないからあやふやだけど。
でも、ホノマくんとときどき揉めてた子だった気がする。
そんな子とにこにこ話せてるのも、私が知ってるホノマくんとは違ってて物凄い違和感。
「こいつ。この会がやりたくて、あっちこっちに根回ししてさ。なんか、士官学校の中に変なルート作っちゃってやんの。
郵便でもなんでも届くんだからさ、恐ろしいよ」
「だから、言うなっつったろ!」
男の子同士のじゃれ合いって激しいなあ。
ホノマくんがその子――イドルアくんの頭をめきめきしめてる。
あれ、格闘技の訓練で習った気がするけど、すごい痛いんじゃなかったっけ?
頸動脈がどうとかって……。あ、イドルアくん動かなくなった。
「馬鹿はほっといて、こっち座んなさい」
「あ、はい」
手招きするフィテリさんの隣に納まると、むぎゅーってもみくちゃにされちゃった。
「トレは相変わらずちっさいわね」
「アールネさんは、こう。ばいんばいんですね……」
「ふふん」
ぐいって胸を張ると、ボリュームがもう。
すっごいの。
同い年のはずなのに、なんなのこの差は!?
「まぁ、私のは期間限定だからね」
「期間限定、ですか?」
「そ。赤ちゃん産むから」
!?
「先月まで、げーげー吐いちゃ泣き言言ってたのよ、この子」
「フィテリ、黙れ!」
いやいやいやいや。
あ、赤ちゃん!?
「あの、アールネさん。赤ちゃん産むんですか?」
「そうよ」
さも当然みたいに胸張ってるけど。
え!?
なに。
なにそれ。
「うちの旦那。すっごい上手で、はじめてだったけどよくってさ。もう、毎晩お願いしてたら……ね」
「アールネんとこはいいよね。うちなんか、もう全然!そもそも下手なのよ!ちょっと濡れりゃ、挿れていいと思ってんだから。いてえっつーの!」
「うちはそもそも十五も離れてるし、お願いしてもなんだかむにゃむにゃとさあ……。お姑さんは色々言ってくるんだけど。これってもう、向こうの問題じゃない?」
いや、あの……。
皆、そんな感じなの?
だって、私と同じ十二歳だよね?
もう、赤ちゃん産むとかって。そんなの、どうして笑って話してるの?
「酷い顔になってるわよ。いつか話したでしょ。テア様に夢中でいられるのもひとときって。
結婚してすぐ子供を産むことを期待される。これが、軍隊に入らなかった私達の現実なのよ」
「その、でも……」
眉を少し下げて、困ったみたいに笑うフィテリさん。
私が知ってるフィテリさんは、もっと堂々としてて、自信満々な感じで。いつでも「私についてきなさい!」って強気な雰囲気だったのに。
なんだか、その笑顔は寂しそうで。だから、フィテリさんに返す言葉なんかなくて……
「っていうか、お前らあけすけ過ぎんだろ!おれはトレちゃんみたいに奥ゆかしい方が可愛いと思うけどねえ」
「既婚者のくせになに言ってんのよ!」
「大体、先月辺りまで『軍隊上がりのおっかないかみさんに毎晩毎晩って、どういう地獄だよ!』とかなんとか、泣き言言ってたくせに」
「うるせんだよ!うちは、もう出来たからいいの!これから一年は解放だ!」
「アールネ、赤ちゃんいると出来ないの?」
「んー。ほどほどにって言われたけど、でも、したかったらしてもいいみたいよ」
「まぢか!?」
なにも言えない私をじっと見つめるフィテリさんの間の沈黙なんか全部なかったみたいに、皆がわーって割り込んで。
だから、その話は終わっっちゃった。
……私って、奥ゆかしいのかな。
皆が話してるのを追きいてると、なんだか不安になる。
同い年のはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう……。
気持ちの悪い、もやもやとした気持ちが胸の中をぐるぐる回って。
そんな気持ちと一緒に視線も下向きになってきちゃったのか、テーブルの上しか見えなくなって。
そうしたら
「まぁ、トレだっていつまでもおぼこいだけじゃいないわよ」
「……フィテリさん?」
「テア様とキスしたんでしょ?」
って、なに言いだすんだ。この人は!
あんまりにもあんまりな話題に、ぐいって頭を上げたら、そこには今一番いてほしくない人がいて
「したよ」
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁー!」
「きゃー!」
視線の先で、真っ黒い髪。それから、青と白の教会服を来たテアが、そのルビーみたいに真っ赤な眼をすいって細めて笑ってた。
相変わらず、まぶしくなるくらい綺麗な顔立ち。
っていうか、どうしてこんなタイミングで来るのさ!
なんだかもう、どうしようもないくらい可愛くなかった私の悲鳴は。でも、周りの女の子達の可愛い悲鳴が全部掻き消して。
だけど、私の初ちゅーの秘密は、もう風前の灯で、その上
「あれは、夕日さす廊下。
両手をおさえられたトレは、ぎゅーって目をつぶって唇を奪われたのです!」
「エウレ、やめてー!」
真っ青なテアの教会服の隣でふわふわ揺れてた、紅茶色の髪。
狼みたいなおっきな耳をぴょこぴょこと動かしながら、胸をぐいっと張った――別に、自慢できるような事なんかないのにさ。
なんなんだろ。
こういうの、どや顔っていうんだっけ?
ものすごく誇らしげに、エウレがあの時の話を始めちゃって。
もう、あんなの思い出したくなくて。だから、エウレを押さえに行こうとするんだけど、もう、皆して物凄い勢いで話しに食いついててさ。
服とかぎゅーって抑えられちゃって、ちっとも動けない。
士官学校に入って、こういう拘束されたとこからどうやって抜け出すのかっていう訓練も受けたんだよ。
なのに、なんでなんにも訓練うけてない皆を振り払えないの!?
なにこれ?
なんなの、これ!?
「皆、元気そうだね。外まで声が聞こえてたよ」
「そ、外。まで……」
「うん」
外まで聞こえてたとか、もう立ち直れないよ。
皆ね、「やーだー」とかなんか軽い感じだけど、あんな話、おおっぴらにするのおかしんだよ!
ほっぺとか耳とか。
もう、身体中の血液が顔に集まっちゃったんじゃないかって思うっちゃうくらい熱くなって。
もう、恥ずかしくて死にそう。
「さぁさ、下世話な話はこれくらいにして、久しぶりの南部の料理を楽しみましょう!」
どうしていいのかわかんなくて小さくなってる私のすぐ隣で、ぱんぱんってフィテリさんが二回手を叩く。
それから、お店の中にわあんと響く、綺麗な声で皆に呼びかけてくれた。
その声を合図に、お店の人がテーブルに料理を並べてく。
ザワークラウト――軍隊の携行食でも瓶詰のが時々出るんだけど、あれはただの酢漬け。
キャラウェイでちゃんと香りづけしてあるし、ブイヨンも使ってるのかな?
とにかく、それだけで本格的な南部の作り方だってわかるんだ。
そんなザワークラウトの千切りと一口大に切ったベーコンを一緒に炒めた料理を見つけたアールネさんが、手をあげて店員さんを呼ぶ。
「そのお皿、こっちね!」
「あんた、それ好きねえ。南部にいた頃はまずいまずいって言ってたのに。つわりって、そんなに味覚変わるの?」
「んー。わかんないけど。
でも、これがなかったら、私死んじゃってたもん」
「大げさねえ……」
「そういうフィテリは、まだなの?」
「私は、月のものがまだだからって断っちゃってる」
「それ、お義母さんからなんか言われない?」
「んー。まぁ、それなりには」
二人はそのままお嫁に入ったお家について話し始めて。
そんな二人の間に居場所がなくなっちゃった私は、隅っこの方――最後に入ってきた、テアとエウレの隣に移った。
隣に座った途端、ぺたーってくっついてくるエウレ。
相変わらず、すっごく可愛いの!
皆、なんだか綺麗になったっていう印象で、ちょっと落ち着かなかったんだよね。
「二人とも、どうして帝都にいらしたんですか?」
「剣術大会の招請があってね」
「私はテアの従者だからって事にしてもらったの」
すすって距離を詰めてきたみたいだけど、エウレが間にいるから、テアになにかされちゃう心配はないかな。
でも。なんか、こう。
そんなじろじろ見ないでほしいんだよね。
さっき話されたせいもあるけど。ちゅーされた時のこと、どうしても思い出しちゃうから。
「そこののっぽな彼が、律儀にも手紙をくれたから。『トレが南部の事を思い出して寂しがってる』って。一緒に連れてくるならエウレだろうって思ったんだ」
「父様と母様は……」
「お二人ともちょっと忙しそうで、言い出せなかったんだ。ごめんね」
「そうだったんですか……」
父さんも母さんも忙しいって、村でなにかあったのかな……。
手紙も来てないし、私も手紙出せてない。
ぎゅーって胸が苦しくなるけど。でも、こんな風に皆を集めてくれたんだよね。
南部からわざわざ来てくれたんだもんね。
ちゃんとお礼しないと!
「ありがとう、ホノマくん。テア」
「いや、おれは……」
少し離れたところで、ちょっぴり厳しい顔をしてたホノマくんは口の中でなにかもごもご言ってて。
テアはそれを見て「ふふん」って感じで笑ってた。
変なの。
それから、今日、会えて一番嬉しかった人に
「エウレも、遠くから来てくれてありがと」
「うん」
紅茶色の毛皮に覆われた、狼みたいに大きな耳がぱたぱたって上下に動いて。それから、エウレはにこーって笑ってくれた。
なんかもう、それだけですっごく幸せ。
今回は、サプライズ同窓会に招かれるエピソードをお届けしました。
男の子とも女の子ともあまり話をしなかった主人公は、疎開組の子達にとっておとなしい子っていうイメージでした。
でも、本人は動き回ったり生傷が絶えなかったりしてるんですけどね。
他人の印象は自分ではコントロールしにくい物ですから。
次回更新は2014/02/26(水)7時頃、黒い教会服の嫌な奴が再登場するエピソードを予定しています。
更新についてなにか変更があれば、活動報告にて。




