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64.立ち向かわないと駄目だよね

 士官学校に入学してから四ヶ月。

 帝都はもうすっかり夏。


 もう、ものすごく暑い。

 寮と学校の中間ぐらいのところに広がる運動場――ちゃんとした名前は練兵場っていうんだけど。要はグラウンドも、お日様にじりじりあぶられてて、遠くの方には逃げ水も見える。


 土もすっかり乾いちゃって、なんだか埃っぽくて。

 その上、皆で動き回ったりするし。動き回ったら当然汗もかくしで、もう、身体中ざしざし。


 そんな暑い運動場の真ん中に車座になった私達は、その真ん中辺りで繰り広げられる悲劇をぼんやり眺めてた。




 戦場の主役は銃だ。

 授業でもそう習ったし、訓練で実際に撃ってみて。それから――これは私だけかもだけど、撃たれた事もあるから、それが的外れじゃないっていうのはなんとなく。

 ほんとになんとなくだけど、わかる。


 でも、けむりさんとか父さんとか。それから、テアの技を見たし、体験した事があるからなのかな。


 剣は銃に絶対かなわないっていうのは、なんとなく。

 ほんとに、肌感覚みたいなものだけど。嘘なんじゃないかなっても思っちゃう。



 そんな私と同じような気持ちの人が軍隊の偉い人にもいるからなのか、士官学校でも剣術の練習がある。


 格闘技の訓練でナイフを扱う方法を習ったり、円匙――トイレとかを掘ったりするスコップを使って相手を倒すにはどうしたらいいのかとか。

 銃の先っぽにナイフ――銃剣っていうんだけど。

 銃を長い剣っていうか、槍?

 なのかな?


 とにかく、誰かに近づかれた時にどうするっていう訓練とは別に『剣術』っていう授業があって、今はその真っ最中。

 暑さでからからになった運動場の真ん中に訓練の順番待ちしてる人が円形に座ってて、座ってる全員に見守られるみたいに、男子が木剣を使った稽古をしてる。



 でも、稽古っていっても、純粋な稽古じゃないんだよね。

 その証拠に


「その程度か、唐変木!」

「くっそ!」


 私達の学年で一番ののっぽ――ホノマくんを木で出来た剣でぶっ叩いたゴリ……ジデーアさんが、倒れたホノマくんの前で仁王立ち。

 その周りには、他の男の子達も倒れてる。


 まぁ、理不尽なしごきってやつですよ。



 こういうの、きっとあるんだろうなって思ってたけど。ほんとにあったんだなあ。

 格闘技の先生も監督生も一緒だし、大怪我にならない様にとか、それなりの配慮はあるんだろうけどさ。


 これはないよ……。



 二十人ぐらいを相手に全員ぼこぼこっていうのはすごいよ。

 すごいんだろうけど。でも、ゴリラと人間に一緒の競技をさせてもさあ……なんて、思っちゃわない?


 野生かどうかはさておき、ゴリラっぽいジデーアさんの強さっていうのは、それくらいめちゃくちゃだった。



 長身を生かしたホノマくんが木剣を頭の上からすごい勢いで振り下ろしたり、その間に突きを織りこんだり。とにかく、連続でぐるぐる動いて、ジデーアさんに打ち込んでく。


 体型的にも細身で、すばしっこさならホノマくんに分がありそうなのに、ジデーアさんはそれよりもすばやくて。身ごなしが速いからなのか、剣をほとんど動かさない。

 それどころか、身体の軸もほとんど動かさなくて。最小限の動きでホノマくんの剣を防いでく。



 とにかく動き回るホノマくんを、ほとんど動かないジデーアさんは軽々と防ぎ続けて。そして


「どうした、足が止まっているぞ!」

「……でぶ、のくせ、に……この!」


 ぶるぶる震えながら剣を腰より低いところに構え直したと同時に、ホノマくんがどさりと倒れちゃった。


 倒れたホノマくんの周りの土が、流れた汗で黒くなってく。

 それを見下ろすジデーアさんは額がちょっとしっとりしたくらい。



 動物園の人!

 野生のゴリラが暴れてますよ!


 ……あれ?


 そういえば、この世界に動物園とかあるのかな?

 サーカスはあるってきいた事あるけど。



 なんて、もう完全に現実逃避してたら


「次はお前らだ」


 あー。

 女子もやんのかあ……。

 やだなあ。




 上級生が男の子達を運動場の隅っこに運んでくのをぼんやり見ながら。でも、なんて言ったらいいのか。

 仁王立ちのゴリラ――っぽい人を前に、女の子全員がすっかり静かになってた



 そりゃそうだよね。

 野生の猛獣と棒切れ一本で向かい合わなきゃいけないって、なんの冗談なの?


「おれは剣を利き腕で使わない。各部屋毎。六人全員でかかってきていい」


 ……なにそれ?

 ハンディのつもり?

 公平にするなら、足も縛って、目もつぶってようやくだと思うんだけど。


 でも、そんな条件を言い出せる訳なくて


「どんな手を使っても構わん。一太刀でもおれに当てたら、その部屋は今晩の入浴時間を二十分伸ばしてやる。かつ、明朝の起床点検は免除とする」


 にやりと人の悪そうな笑みを浮かべたジデーアさんが追加した条件は、普段ならほんとに破格なはずなんだけど喜ぶ人なんか誰もいなかった。


 だって、ジデーアさんに一太刀って、確率低すぎるもん!

 でも、不満を言う間もなく指名は始まっちゃって


「一号室から」

「っ!?」


 一号室の子達が一瞬息をのんで。それからのそのそと立ち上がる。

 フェンテさん、お気の毒様。


 どの子も泣きそうになってるけど、慰めの言葉をかける人なんていない。


 だって、何分かしたら、自分達も同じ目に合うんだもん。

 かける言葉なんかある訳ないよね。うん。



 一号室の子達がジデーアさんを囲むみたいに剣を構えたところで、他の部屋の子達がざわざわと話し出した。

 それは私達の部屋もおんなじ。


「トレ、どうする?」

「どうって……」

「私達の部屋は三人しかいないのよ」


 あの。チギリさんもクルセさんも、それを私に言ってどうすんの!?

 どうにもならないでしょ!

 やるしかないんだってば。


「あー、えっと。私達の部屋は最後ですから、じっくり観察してどうするか考えま……」


 「しょう」って言いたかったんだけど、それより前に、ぼぐぼぐって音が何回かして。それとほとんど同時に「ぎゃー」とか、あんまり可愛らしくない悲鳴。

 それが六回聞こえたところで、訓練教官の笛が甲高い音を立てた。



 笛が鳴ってから、倒れた一号室の子達を上級生が運び出してくまで一分もかかんない。一人一人だと、もうほぼ一瞬だったんだろう惨劇。

 あまりにも早すぎて、観察とかそういうの、全然無理!


「次!」


 その惨劇を演出したゴリラが、ほんとにいい笑顔でこっちを向いた。

 日に焼けた肌と、綺麗な白い歯は、人によっては格好いいなって思うかもしれないけど。でも、いま、ここにいる皆が皆


「……次、じゃねーよ!」


 って思ってる気がする。

 気がするっていうか、チギリさんなんて「次、じゃねー」って言っちゃってるしね。



 二号室の子達も三号室の子達もあっという間にやられちゃって、その度に倒れた子を上級生が運び出してって。

 そうしたら、運動場には私達しかいなくなっちゃってた。


「眼帯に乳牛か……」

「はい。まぁ、よろしくお願いします」


 声をかけられてチギリさんがびくってなった気がするけど。もう、なるようにしかならないからね。

 ほら、覚悟決めて!


 気合入れないと!って、チギリさんのお尻をぱんって叩く。



 自分で言っといてなんだけど、前の部屋の子達があっという間にやられちゃって。だから、打ち合わせする時間なんかほとんどなかった。

 でも、一応は作戦があって、チギリさんと私が正面。クルセさんがジデーアさんの剣を持ってない方の手――右手側に陣取る。


「じゃあ行くよ、トレ」

「はい」


 背の低い私が足――というか、すねを。私より上背のあるチギリさんは頭――鼻っ柱を狙って剣をふる。

 どんなに頑丈な人でも、きっと痛いだろうって思う所。


 だから、ジデーアさんはきっと防ぐ。

 うん、防ぎに来た!


「いい連携だ。だが!」


 でも、木剣を小枝みたいにふったジデーアさんは、チギリさんの剣を押し返して。その押し返された剣はチギリさんの喉の辺りにぶつかって


「ぃぎっ」


 上半身を強く押されたチギリさんは、私の上で潰されるみたいなうめき声をあげた。

 後ろで聞こえたどさっていう音は、チギリさんが倒れた音。


 チギリさんを倒すのと同時に私の木剣をジデーアさんは足で踏んで固定。

 ここまでは思った通り!



 なにしてもいいって言ってたから、私達が剣を引きつけて。その間にクルセさんが関節を決めに行くっていうのが私達の作戦だったんだけど……でも、ジデーアさんは組みつこうとしたクルセさんの事を見もしなかった。

 私を見下ろしたまま、すごい速度で無造作に振るわれたジデーアさんの腕は腕をつかむために前傾してたクルセさんのこめかみの辺りを打ち抜いて


「が、あ」


 そのジデーアさんの右腕が通り抜けたすぐ下で、クルセさんは縦にくるっと一回転して。地面にたたきつけられて、そのまま動かなくなっちゃった。



 もう、立ってるのは私だけ。

 そう思ったら、背中の辺りがきゅーって冷たくなる。


 お昼も近い時間帯だから、見上げたところにあるジデーアさんの顔は逆光でほとんど見えない。


 でも、木剣を振りかぶってるのだけは見えて。それなのに、踏みつけられた私の木剣はびくともしなくて。



 木剣だけど、叩かれたらきっと痛い!

 物凄く痛いに決まってる。

 男の子達も他の部屋の子達も。チギリさんもクルセさんも一回で動けなくなっちゃってたもん。


 よけなきゃ!

 でも、木剣を手放したらこの後どうするの!?


 ぐるぐるって迷ってたのは一瞬。

 けど、身体は危険に敏感で。私は木剣から手を放して背骨をぎゅんってそらした。


 ぶんって音がして、その直後におでこの辺りを強くこすられた感触。

 それから、熱。

 一番最後に痛み。



 振り下ろされた木剣は身体には当たらなくて。

 でも、逃げきれなかったおでこの辺りは木剣でこすられて。傷口が見える訳じゃないからわかんないけど、赤い粒粒が飛び散ってくのが目の前で花火みたいに見えた。


「「っ!」」


 痛くて息が詰まって。それでお腹から漏れてきた声と、ジデーアさんがうめき声を上げたのはほとんど同時。


 それから、左目の視界が明るくなるのも。


 木剣にこすられて眼帯の紐が千切れちゃったんだ。

 ほんとは左眼を人に見られちゃいけないはずなんだけど、そんなの気にしてられない。


 動き回ってなきゃ、木剣で叩かれちゃう!



 逸らした背中の勢いのせいでのけぞった身体はもう、そのスピードを殺し切れなくて。だから、勢いのまんま運動場の乾いた土の上に転がるしかなくて。

 でも、ジデーアさんの手が伸びてくるのは“見えてた”から、勢いに流されるみたいに、身体を丸めてごろごろって後ろに向かって逃げる。


 泥まみれになっちゃうけど、ジデーアさんに触られる方が嫌だもん!

 転がった先に倒れてたチギリさんの手から木剣をもぎ取って、構え直した。


「もう、しまいにしてもいいんだぞ」

「嫌です!」


 野太い声でジデーアさんが言ってる。

 ほんとはやめちゃってもいいはずなんだけど。

 そうは思うんだけど。


 でも、やられっぱなしなんてやだ!


 ……大昔、誰かとこんな槍とした事ある気がするけど。

 そのときってどうなっちゃったんだっけ?


 なんだかひどい目にあった気がする。

 でも、そんなのどうだっていい!



 長い間眼帯で隠してた左眼は、相変わらず未来しか見えない。

 そのせいで二重になった視界に頭がぐらぐらする。


 ただ、未来しか見えない左眼は、焦点なんか意識しなくてもはっきりとなにが起こるのか教えてくれて。

 だから、ジデーアさんがなにをするかも全部わかってた。


 やれる

 やっつける!



 先端を後ろに向けて、下に向けて構えた――教則本だと脇構えっていうんだけど。

 身体の先で長さが隠れるように低く構えた木剣を、腰の回転も全部使って力任せに振り上げる。

 脇の下をぶっ叩くつもりのその一撃を、ジデーアさんが素手でつかんで止めようとするのが“見えて”。でも、それがわかってても、勢いがついた剣を引きもどす力なんて私にはなくて。

 だから、剣は勢いに任せたまま、踏み込んだ右足に思いっきり力を入れる。そのまま身体ごとぶつけるつもりで前に身体を進めた。


 短距離のスタートの要領で、低い姿勢からとにかく思いっきり力を込めてお腹めがけて突っ込んで。でも


「この!」


 頭の上で大きな声がして、手が動くのが“見え”たから、左足を踏み出して、そのまま股の下を駆け抜ける。

 それからそのまま


「しぃっ」


 背中に向けて剣を振り下ろす。

 振り下ろした。


 つもりだったんだけど……。


「あ、あれ?」


 勢いよく振り下ろしたはずの剣は、私の手の中に無くって。

 当然、思ってたみたいな手応えも無くて。


 ぺちん


 って弱弱しい音と、手にちょっぴりだけの衝撃が帰ってきた。


 剣を握った形のままの私の手は、ジデーアさんの身体をちょっぴりかすめただけ。

 最初に剣でぶっ叩こうとしたとき、すっぽ抜けちゃってたんだ!


 まずい

 やばい!

 どうしよう!?


 気持ちはすごく焦って、なんとかしなくちゃって思うのに。身体はちっとも動かなくて


「眼帯。よくやった!」


 どうしていいのかよくわかんないまま。低い声が頭の上から聞こえて。でも、それと同時に、おへそより少し上辺りにすごい衝撃が来て。そのまま、私の視界は真っ暗になっちゃった。





 眼が覚めた時には眼帯はきちんと元通りになってた。眼を誰かに見られたって事はなかった……のかな?

 誰にもなんにも言われなかったし。


 気絶したまま夜までぐったりだった私は知らなかったんだけど。

 あの時の私の弱弱しいパンチはジデーアさんに一太刀って認めてもらえたみたいで。だから、チギリさんとクルセさんはその日の夜、広い浴場を思う存分楽しめたんだって。

 まぁ、当の私は、お風呂の時間どころかご飯の時間も眼がさめなかったんだけどね。



 次の日、おでこの包帯を変えてもらいに行った医務室でジデーアさんに会ったから


「あの。昨日のお風呂の話、今日はもう駄目ですか?」

「駄目だ」


 もしかしたらって思ったけど。奇跡とかって、やっぱり起きないんだなあ……。



 その日一日は身体中ざしざし。

 あと、着替える時、「ちょっと臭いね」ってチギリさんから言われて、けっこうしょんぼりしちゃった。


「やっぱり金的をやらないと駄目だったのよ!」


 なんて、クルセさんが大上段で言ってた件については、前世で男の子をやってた私としては、超ノーコメント。

 あの、お腹の中をなんかが上ってくるような感覚は、女の子には理解できないって思うし

 ……いや。いま、女の子なんだけど



 それはそれとして。お風呂って、やっぱり大事!

 あと、約束って大事だと思うの。


 その辺、どうですか?

 ジデーアさん!

今回は、剣のおけいこをするエピソードをお届けしました。


本当の軍隊でも、こういう剣というか。

近づかれた時どうするのかっていう訓練ってするんでしょうか?


義父さんは航空自衛隊だったそうで、そういうのはあんまりだったって言ってました。


そのかわり、ジェット戦闘機に乗った――というか、乗せられた経験はあるみたいで


「あれは人の乗る物じゃない」


なんて言ってました。

私も飛行機を見るのは好きなんですけど、中はひどいみたい(臭いって言ってました)で……うーん。



次回更新は2014/01/22(水)7時頃、はじめてのお休みのエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にてご連絡いたします。

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