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63.服はぴったりの方がいいよね

 士官学校に入学してそろそろ三ヶ月。

 帝都はそろそろ夏の雰囲気。


 緩やかなすり鉢状の土地にある帝都は熱気がたまっちゃうのか、もうものすごく暑い!


 私達が通ってる――というか、寮に住んでるから、暮らしてるっていうのが正しいんだけど。梟印の第七校は、帝都の南側外れにあるから西日の影響はそんなにない。


 でも、遠くに見える第一校とか、西日で大変なんじゃないかなあ……。

 見た事もない第一校の人、頑張れ!。


 なんて、思う余裕はほとんどない生活なんだけどね。



 しごきみたいな理不尽な体力作りとか、どういう理由なのかよくわからない規則とか。

 そういうところは部活と似てて。その上、普通の勉強もするから夢とかでたまに見る前世の学校生活とほとんど変わんない。


 でも、勉強以外にね。

 あるんだよ。

 訓練っていう大仕事が。




 金属製の筒。

 それからあちこちにある突起とか金具とか。あと、オイルと薬のにおいとか色々が教室に緊張感をまき散らしてる。


 教室の中にある十卓くらいある机の上には私の身長と同じくらい長い銃――ライフルが置おかれてて、そのそれぞれに置かれたライフルの前で、神妙な顔をして候補生が座ってる。


 この椅子がね。

 木でできてるんだけど、お尻がようやく乗るくらいの小っちゃさで――私のお尻が大きいからっていう訳じゃないよ!

 ちょっと座ってるだけでお尻の骨……坐骨だっけ?

 とにかくぎしぎし痛くなるような代物なんだけど……っていうのはさておき。


 教壇のところには十人長の襟章をつけた教官、ハント退役十人長――グレーの髪の毛と白髪の比率が八対二くらいのおじいちゃんが、そのふさふさの眉毛を釣り上げて立ってる。


「基本分解三分、はじめ!」


 そのおじいちゃんの号令と同時に私は銃に手をかけた。

 周りの皆もほとんど同時。


 銃を一本の棒みたいに真っ直ぐにしておくための金具を外して、真ん中より少し後ろのところから折り曲げる。

 ピンを外して蝶番みたいな部品を外して、抜けるようになったところから筒状の部分――銃身を外す。


 どの工程でも潤滑を確保するために塗られてる油で手が汚れるけど、そんなの気にしてられない。

 どうせこの後は組み立てもやるから、わかりやすいように部品を並べて……と。


 よし、終了!


 手元の作業が終わって顔を上げるのと、ハント退役十人長の笛が甲高い音を立てたのはほとんど同時くらいだった。

 ……よかった。時間内に出来た!って思ったのに


「アーデ候補生、貴様が最後だ」

「はい」

「目標は目隠しで二分。各員、修練せよ」


 どんじりかぁ

 走る速さは誰にも負けたくないけど、こればっかりは、ね。


 銃を扱うのって、やっぱりちょっと苦手。

 どうしても、小さいころ撃たれた時の痛みとか身体からがくんと力が抜ける感覚とか、いろんな事を思い出しちゃう。


 まぁ、そんな言い訳なんか通用する訳ないだけどさ。それでも弱音を吐きたいときだってあるでしょ!


「交代。次、組み上げ三分!」


 おっきな声で宣言するおじいちゃんの声。

 すぐ後ろに立ってたクルセさんと交代するため立ち上がろうとしたら、ぽんって頭に手を置かれた。

 なんだろ?って目線を上げたら、クルセさんと目が合う。


 なんか、子ども扱いしてない?

 まぁ、いいけどさ。

 クルセさんが席に着くとしばらくして、スタート合図の甲高い笛。

 それから、クルセさんがライフルをくみ上げるのにかかったのは、たったの一分だった。



 こういう訓練も部屋単位。

 だから、この作業も二回まわってきて、そのどっちもでびりっけつだった私。

 でも、しょんぼりしてても関係なく、ハント退役十人長は厳かに宣言する。


「基本分解、組み上げ、完全分解、組み上げを各部屋ワンセット行う。どんじりは終了後室内清掃を課す」


 心の中で「げぇっ」って、ちょっと口に出来ないようなうめき声を上げながら席に着いた。

 絶対、二人の足を引っ張っちゃう!

 そんなのやだ!


 頑張ろう。

 やるしかないんだから!


 甲高い笛の音と同時に手を動かし始めた。




 けっこう頑張ったんだけどなあ……。


 金属の粉を濡れた布巾で集めてく。

 銃ってかちっかちっと合わさってるようでいて、こすれ合わさる部分が多い。そのせいなのか、教室中のあちこちに金属の粉が散らばってた。


 粉ならまだいいんだけど


「なんなの、これ。ちっともとれない!」

「口を動かしてないで、手の方を積極的に動かしたら?」


 あー。なんていうか。

 相変わらず、あんまり距離の縮まっていない感じのチギリさんとクルセさんがぶちぶち言いあってる。


 いつもなら、ちょっと仲裁したりするんだけど。今日は私がもたついて失敗したせいだから、口を出しにくいなあ。


 チギリさんが落ちないって言ってるのは、金属の粉が油と混ざり合ってやにみたいになった黒い汚れの事。


 それね、鍋のこげと一緒で金べらじゃないととれないよ。

 ……っていうのも言い出しにくくてなんとなくだんまり。


「それにしても、トレがあんなに不器用だとは思わなかったよ」

「まぁ、相応でしょ。見るからにどんくさいもの」


 どんくさいって……。

 いや、事実なんだけどさ。


 本人がいるところで言うなんて、酷くない?


「縫物とか、あんなにきちんとできるのにね」

「そうなの?」

「そうよ」


 誇らしげにチギリさんは胸をそらした。

 作業着の胸の辺りが、内側からぎゅーって押されて窮屈そうに膨らむ。


 ちょっと前に直してあげたばっかりなんだから、無茶な動きとかしないでほしいんだけど。きっと、そんなのお構いなし。


 大体、服を直したのは私なんだし、チギリさんはなんにもえらくないのに、なんなんだろうその態度。

 ちょっぴり呆れて。それで、なんとなく手をとめる。


 そしたら


「なんで!?」

「え?」


 ちょっと離れたとこにいたはずなのに、気がついたら急にクルセさんが私の前で仁王立ちになってた。


 怒られる覚えなんか全然ない。

 ……訳じゃない。

 そもそも、このお掃除だって私のせいだし。でも、話の流れ的に、怒られるのはチギリさんの方だと思うんだけど


「どうして、言わなかったの!?」

「……はい?」


 なんの話?

 服を直せるって、そんなに特別じゃないんじゃない?


 それに、クルセさんが刺繍が上手だって、私は知ってる。

 この間の掃除当番で起こさないといけなくてベッドを覗いたとき、手ぬぐいの隅っこに綺麗な百合を刺繍してたもん。


 お裁縫くらいお手の物でしょ?

 それとも、私にやらせる気か!?


 けっこう面倒だし、そう簡単には引き受けないぞ!


 ……って、思ったんだけど。あの、なんで泣いてるの?


「パンツの手直し、お願い」

「あの、いえ。構いませんけど……そんな、泣かなくても」


 ぼろぼろぼろぼろ泣くクルセさんが、少しつっかえつっかえ話してくれた理由は


「お尻におでき……かぁ」

「……大変でしたね」


 この間、お風呂の時間が一緒だった時には気づかなかったけど、泣いちゃうほど深刻だったなんて……。

 う~ん。


 入校から一ヶ月くらいで(お尻の)右のほっぺにおできが出来て、膿が出た日もあったみたい。

 さすがのチギリさんも、ぼろぼろ泣くクルセさんをからかったりはしなかった。


 私だっておでこに吹き出物が出来たりしたし、チギリさんは蚊に刺されたところが飛び火みたいにぱーっと赤くなっちゃってる。

 他人事じゃないんだよね。


「あの、きちんと直しますから。もう泣かないでください」

「そうだよ。らしくないんだから」

「う゛ん゛」


 掃除の残りかすみたいにへばりついた黒い油が服についちゃいそうだけど、二人で構わずクルセさんを抱きしめる。

 連帯感って、やっぱり大事。



 そんな事してる内にチギリさんがもらい泣きしちゃって。でも、私の目からはやっぱり涙なんかでなくて。それって、ちょっぴり寂しいなって思っちゃう。


 デアルタさん。

 泣かないって約束したけど、ちょっと不便だよ。




 そんなこんなで完全に手が止まった私達。

 でも、ほんとはのんびりしてるひまなんかない。

 早く掃除を片づけないと、御飯かお風呂をすっ飛ばさないといけなくなっちゃうもん。

 特に御飯は死活問題なんだよね


 それなのに、なんでこの教室こんなに広いの!?

 四十人くらいで銃の分解とか整備とかそんなのやらされるんだから、それなりの面積があるのは当たり前だけど。

 でも、それでも広い。

 広すぎ!



 南部にある私の家二個と半分くらいの面積がある。


 しめっぽい雰囲気から一番最初に我に返ったのは私。

 それから、チギリさんとクルセさんがそれぞれちょっと赤くなった眼元のままの顔を上げて、ふいって大きくため息。


 ちょっと絶望的だよなあって思ってたら


「棒立ちでぼんやりしてるなんて余裕だな」


 低い声が頭の上から降ってきた。


 入校式の日も思ったけど、どうしてそんなににょきにょき背が伸びるんだろう。ちょっと見上げる様な位置にホノマくんの顔がある。


 ホノマくんから少し遅れてもう一人。


 その人とばちっと目が合ったんだけど。えっと


「あー。……適材適所の人!」

「ダフィア!……ダフィア・アデンだ!」


 怒られた!

 それにしても、入校式からそんなに経ってないのに背が伸びたホノマくんと比べると、適材適所さんはちっとも大きくなってない気がする。

 ……まぁ、私もちっともなんだけどさ。


「セッカ家の人間に恩を売っておけば、あとあと得だからな。手伝いに来てやった」

「はぁ……」


 高らかと宣言した適材適所さんの言葉に、クルセさんは「っち!」って明確に舌打ちした。

 恩着せがましい物言いはどうかなって思うけど、手が増えるのはありがたいよね。


 ……どうせなら、あの時の取り巻きくん達も連れてきてくれたらよかったんだけど。

 部屋、別れちゃったのかな?


 そして、男の子達――ホノマくんはかなり大きいし、適材適所さんだってそれなりにがっちりしてるから、その背中に隠れてて見えなかったんだけど


「三人共、ぼんやりしてるひまなんかないよ」


 入校式の日より少し抑え目になって。だけど、相変わらずぱっと華やかな印象は変わらないフェンテさんが二人の背中を押しのけるみたいにぴょこっと顔を出す。



 部屋が分かれて――ホノマくんとは、男女で寮も別れてて。作業も訓練も部屋単位が多いから、こんな風に他の部屋の人と話すのってすっごく久しぶり。


「ぼんやりしてた訳じゃないんですよ。ただ、ちょっとさみしくなってしまっただけです」

「うんうん。わかるわかる!」


 あ。

 なんか、フェンテさんがホノマくんを押しのけた。


 整容規定通り、眉の少し上で切りそろえられたピンクの髪。でも、ちょっぴり潤いがなくなってしんなりしてる気がする。

 それに、ぽってりしてて色っぽかった唇もかさついてた。


 明るい雰囲気のフェンテさんだから気づきにくいけど、どこの部屋も苦労は変わらないんだ。


「まぁ、お尻に出来物くらい。そりゃ出来るさ」

「男子寮も大変ですか?」

「まぁな。殴り合いとかも多いし……」

「お前、商家の生まれだろ?なにかっつーと目の敵にされるもんな」


 うん。

 男子寮の方が大変だ。

 女子寮では――というか、少なくとも私達の部屋では殴り合いとかないもん。


「……ん?ちょっと待って。貴方達、どの辺りから聞こえてたの?」


 ちょっとふわんとした気持ちになってたら、クルセさんがひくーい声でそんな事言いだした。


 フェンテさんはにこにこと。

 そのすぐ後ろに押しのけられたホノマくんは、その言葉で明らかに顔色が悪くなって。

 適材適所さんは明確に床を見つめ始めた……木目でも数えるの?


「私は服の手直しの話辺りから」

「おれは、その。……お尻にお出来っていう話のと……「ふんっ!」……っぅぐ」


 お腹を押さえてホノマくんがうずくまったのはその直後。

 クルセさんのパンチは、格闘訓練の時よりはるかに速い速度でホノマくんのお腹にめり込んだ。


 がくがくと足を震わせながら足元にうずくまったホノマくんを見下ろしながら


「で、あんたは?」

「……おれはなにもきいてない。いや、聞いた!聞いたかもしれない!だが、忘れる!いや、忘れた!お尻にお出来がとか……違う。話せばわかる!暴力はよせ!やめ……「黙れ!」……っうぎ!」


 するするするっと距離を詰めたクルセさん。

 まだ入門編くらいなんだろうけど。でも、お互い格闘技の訓練を受けてるし、適材適所さんもなんとか防ごうとした。

 したにはした……んだけど


「……かひっ……たひゅふぇて……」

「……悪は死んだ」


 防ぎきれなかった適材適所さんは、どういう動きで懐に入ったのかわからないくらい鮮やかな身ごなしのクルセさんに首――訓練で習った通り、頸動脈をきちんと絞められて入校式の時みたいに失神して。

 そのまま力なく足元から崩れ落ちた。


 ホノマくん、お大事に。

 適材てき――あー。ダフィアさん、助けてあげられなくてごめんね



 いや、立ち直ってからは二人ともきちんと手伝ってくれたんだよ。

 ほんとに大助かり!

 お陰で御飯も食べられたし。

 それだけは、男の子達の名誉にかかわるから念のため。


 でも、お掃除の間中お腹を押さえながら


「……教官のパンチより重かった」


 って、ぽつぽつと繰り返しホノマくんが言ってたのは、クルセさんにとって嬉しい事なのか。

 その辺はよくわかんないままだったりして。

今回は、主人公のせいで罰掃除なエピソードをお届けしました。


お話書いてて、連帯責任って、結束を強くするかもしれないけど。その反動で、集団の中でもめ事も産みそうだなあ。

なんて、なんとなく思っちゃいました。


私も三兄弟を連帯責任で怒りがちだし……。

気をつけないとですね。




次回更新は2014/01/16(木)7時頃、ちょっと一悶着なエピソードを予定しています。


更新についてなにか変更があれば、活動報告にてご連絡いたします。

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