61.いいことばかり続かないよね
左右でものすごく大仰な別れが繰り広げられてて……なんていうか、眼のやり場に困っちゃう。
フェンテさんもチギリさんも、なんかべたべたになるくらいスキンシップしてるけど、それって必要?
ねぇ、必要なの?
って、ちょっと疑問になるくらい。
そこまでではなかったとしても、親子で別れを惜しんでる人達はけっこういて。そういうのがあっちこっちにいるもんだから……なんていうか。
上座の方の人達が出られなくなってて、ちょっとした行列になっちゃってる。
週に一回は休みがあるんだし、私みたいに後見人についてきてもらってる子以外は、家族も帝都に住んでる同士なんじゃないの?
会えなくなるって訳じゃないんだしさ。
大袈裟すぎるんじゃないかな……って思う辺り、私の心ってかさかさに乾いちゃってるのかも。
う~ん。
南部にいる私の父さんも母さん。
二人には学校を卒業するまでは会いに行けないんだよ。
そんな子が会場にいるだけど、そういうのどう思うんだろ?
いいけどさ。
っていうか、二人とも、お父さんにちゅーとかよくできるなあ。
私は無理!
父さんにあんな風にすりすりしたら、ほっぺとか真っ赤になっちゃうしさ。髭がたわしみたいだもん。
「里心でも着いたか」
「いけませんか?」
左右で盛大に別れを惜しんでるフェンテさんとチギリさんをぼんやり見てたら、前がつかえて出れないジゼリオさんが皮肉っぽく笑ってた。
でも、笑ってるのは口元だけ。
機嫌悪いのかな。
なんだか、眼が冷たい。
社交とか得意じゃないって言ってたし、こういうのもあんまり好きじゃないのかも。
でも、お医者さんなんだから、家族の気持ちとかわかった方がいいと思うよ。
「家から離れたら、誰だって寂しいと思いますよ」
「そうか。……そうだな」
あれ?
なんか予想と違う反応。
もしかして……
「ああいうの。やってみたいですか?……子供と別れを惜しむ、みたいな」
なんて。
行儀悪いかもしれないけど、出口のところで後ろを気にせず抱き合ってる親子を指さす。……心配なのはわかるけど、男の子にそこまでのスキンシップはどうなんだろう?
甘やかしすぎなんじゃないの?
……そんなこと思う辺り、私の心。かなりかさついてるかも。
「なんのつもりだ、お前。なにか企んでるのか?」
「いえ、その……」
そりゃ、私だって本気じゃなかったよ。
でも、そんななんか企むとかさ。
どんだけねじくれ曲がった根性な訳?
しかも、なんか唇の端だけ上げて笑ってるし!
むかつく!
「まぁ、元気にやれ」
よくわかんないけど機嫌が直ったのか、ジゼリオさんは私の頭をぐしぐしって撫でた。
せっかく整容規定通りに整えてきたのに早速ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないか!
ひどいよ……。
家格が中くらいかそれより少し低い子達は、ものすごく別れを惜しんでた。
傍から見てても甘やかし過ぎだなって思うくらい。
でも、前がつかえてるせいでずいぶん近づいてきてた家格の高い子達のお別れは淡白で、ジゼリオさんとほとんど変わらないくらいあっさり。
校長先生のお話をきいてる時、後頭部だけ見えてたすっごく綺麗な金色の髪の女の子も
「では」
「よく務めなさい」
なんて、そっけない感じ。
お家が大きい方が、だらだらあまあまに甘やかしてるイメージだったけど、そういうもんでもないのかな。こういうの、どっちが正しいのかよくわかんない。
まぁでも。南部から出てくるときの私自身を思い出したら、よそんちを笑うのはおかしいのだけは、わかる。
なんとなくね。
行列はしばらくなくならなくて。でも、会場の外でラッパの音が鳴り響くと、それが時間を知らせる合図らしくて、行列は少しずつ小さくなってった。
ジゼリオさんは
「じゃあな」
なんて、軽く手をあげてすたすた行っちゃうし。お別れの重みとかちっともなくて。これでよかったのかなってちょっと思っちゃう。
保護者の最後の一人が出て行ったのを確認すると、上級生の人達――タイの色で学年がわかるって言ってたから、きっと上級生だろうなっていうだけだけど。
その人達が出入口の重そうな扉をバタンと大きな音を立てて閉めた。
わざわざ大きな音を立てたような気がするけど、気のせいかな?
その大きな音に、会場がちょっぴりざわついた。
美味しいご飯を食べて、わいわいお話してなんて軍隊のイメージと全然違うもんね。
やっぱりこれからなんか始まるんだ。
「傾注!」
さっき代表であいさつしたジデーアさんが演台の前で靴のかかとを鳴らすと、背筋を伸ばして立った。
演台のすぐ下なんて、私のいるところからずいぶん離れてるのに、重い声がお腹をゆすぶってくる。
会場中に響くその声の迫力のおかげなのか、ざわざわはすぐ納まって。かわりに、隙間を縫うみたいにぴりぴりした雰囲気がくるくる駆け回った。
「本日、今。この時から四年間。貴様らの自由は失効する」
なんか、難しい言い方。
でも、こういうの前世の部活で合宿した時に言われたかも。
高地トレーニングとかいって、山奥にこもってものすごい起伏の中距離ロードワークとか……って、前世を思い出す時って、どうして辛い体験とか怖い想いとかばっか鮮明に思い出すんだろ?
こういう緊張感がある時、この後に起こるかもしれない嫌な事の想像の選択肢が増えて余計怖くて。ちょっと損してる気がするんだよなあ。
ジデーアさんの声の迫力とか、会場の緊張感とか。
なにか、そういう嫌なものに一人で向き合いたくなくて、近くにいたフェンテさんとチギリさんがじんわり近くに寄ってきた。
私もおんなじ気持ちだもん。
くっついといた方がいいよね。
言葉の物々しさのせいなのか、二人共ちょっと顔色が悪い。自分じゃどんな顔してるのかわかんないけど、ひどい顔してるんだろうな。
「なにがはじまるの?」
「さぁ。私もよくわかりません」
ぎゅーってフェンテさんが手を握ってきて。私もその手をきゅっと握り返す。
怖いとき、誰かが近くにいてくれるのって、すっごく嬉しい事だよね。
「そこの眼帯。これ以降の私語はつつしめ」
「あ、はい。ごめんなさい」
ちょっと汗ばんだ。でも、ぷよぷよと柔らかいフェンテさんの手の感触にちょっと和んでたら、思いっきり怒られちゃった。
しかも、謝ったのに舌打ちしたよ。この人。
っていうか、眼帯って!
トレっていう立派な名前があるってのに!
……なんて言わないけどさ。
あとが恐いもん。
って思った私の気持ちとは関係なく、左手側からきいんと響く声が上がった。
「そんな言い方ないんじゃないですか!?」
チギリさん、空気読もうよ!
いま、そういう口答えとか、絶対しちゃいけないタイミングだと思うんだけど。
「チギリ・ヒエン候補生。それから、この場にいる全員に言っておく」
話しながらのしのしと近づいてくるジデーアさんは、やっぱり大きくて。ごつごつしてて、本当に私の苦手なタイプの男の人って感じ。
それが眉毛を釣り上げて歩くのを見てるだけで、お腹の奥が冷たくなってきちゃう。
恐くて、逃げ出しちゃいたくて。
でも、そんなの出来ないから、思わずチギリさんの手をぎゅっと握る。
どこかに力を入れてないと、ふるえが抑えられなくて。膝とか手先からぞわぞわしたのが背中に向かった上がってきちゃって、立ってられなくなりそうだったから。
「この学校の中では生まれも育ちも家格も。それに、貴様らに親がつけた名前すら、すべてが意味をなさないと思え。規律と上意下達が全てだ。それを乱すのは許されない」
日焼けなのか、それともそういう肌の色なのか。
よくわかんないけど、少し濃すぎる褐色の顔の真ん中に大きくそびえる鼻。それから、その向こうのぎょろっとした眼。
顔の大きさに見合う大きな口。
ジデーアさんって物凄く怖い!
だけど、そんなおっかないジデーアさんをにらみつけたチギリさんは、さっきまでのふわふわした感じとは裏腹に、ぎりって歯ぎしり一回。
それから
「北部の田舎者のくせに、失礼じゃない!女性に対する扱いも習わなかったの!?」
「規律を乱す事は許されないと言ったはずだ。乳牛、この札をつけてそこに立て。お前が列の先頭だ」
「にゅ、にゅうぎゅ……」
軽く目で合図したジデーアさんに、すぐ近くに従ってた先輩――この人は線の細い。その上、眼も細い優男って感じの人なんだけど。その人はうっすらと笑ったまま『口から生まれた乳牛』って書いた木札をチギリさんに渡した。
……これ、完全なセクハラじゃん
木札を見たフェンテさんも息をのんだ。
それから、私の手を振り払って、大きく手をあげて
「っこの!」
平手打ちを食らわそうとして。でも、その手が動くより早くジデーアさんの手が動いて、直後
ばちん
水袋でも叩いたみたいに鈍くて、大きな音がして、フェンテさんの身体が右に向かって大きくかしいだ。
平手打ちなんて生易しい感じじゃない。
掌で、殴った。そんな勢いの平手打ちが私の頭のすぐ上を通り抜けて、フェンテさんに当たってた。
「フェンテさん!」
倒れたフェンテさんに近づこうとしたら、大きな影が前をふさぐみたいに立ってて
「眼帯、お前は向こうだ」
「え、でも……」
そんなこと言われても……、あんなに大きな音がしたし。フェンテさんだって、倒れたまま動かないんだよ!?
それをほっとくなんて、出来っこない!
それなのに、ジデーアさん――なんか、ゴリラみたいにおっかない顔のその人は、ぎろっと私をにらんだ。
なんなの、この人。
部活の先輩だって、こんなに理不尽じゃなかったのに。
そりゃ、腕の振りをよくするためとか言って、幅跳び用の砂場で泳げ――要は匍匐前進しろとか言ってくる馬鹿な人もいたけど。
でも、その人だって怪我人をほっとくとかしなかったもん!
こんなのおかしい!
「耳は飾りか?早くしろ」
「……この……」
右手をぐーにぎゅっと握る。
足のばねを使おう。
スタートダッシュとおんなじだ。
勢いつけて、ぶん殴る!
こんな理不尽なの、絶対許さない!
そう思って身体中に力を込める。
足に。膝に。腰に。それから、背中に込めた。
もう、張りつめた弓の弦みたいに身体中のばねをたわめたのに
「トレ、辞めとけ」
頭のてっぺんをむぎゅって抑えられちゃった。
なんなの!
私はこの、変なゴリラ野郎をぶん殴るって決めたんだから!
そんな風に思いつめてた私に声をかけたのは、ホノマくんだった。
ゴリ……もとい、ジデーアさんと向き合っても、ホノマくんの目線は少し低いくらい。ちょっと会ってなかっただけなのに、どうしてこんなに大きくなったんだろ?
「列を作らないと他の皆が並べないだろ」
「でも……」
「いいから、行けよ」
ぽんって軽く背中を押されて、ジデーアさんが指差してた辺りに向かう。
距離をとってみて、揉め事を避けようとして皆が距離をとってたんだなって、ようやく分かった。
だって、新入生と先輩がつくるわっかになってたから。
そんな人のわっかにぐるっと囲まれたジデーアさんとホノマくんは、黙って向き合ってる。
そのまましばらくにらみあって、それからジデーアさんはにいって――褐色の肌から真っ白な歯がのぞいて、ものすごくいい笑顔に見えた。
あんな意地悪したくせに、なんであんな顔で笑えるのさ。
最初っからそんな風に笑ってくれたら、印象だってちがうのに。
「宴席の時もでかくて目印にちょうどいいと思っていた。お前はさっきの眼帯の隣に立て。女子は眼帯の。男子はこの唐変木の後ろに並べ」
そんないい笑顔のジデーアさんは、私の方を指さす。その指示に従ってホノマくんは私の隣に向かって歩いて。
……歩き出そうとして。
したんだけど
「商家の人間の後ろに立つなどあり得ない!ぼくを先頭にすべきだ」
そういいながら、ホノマくんの前に出たのは両方のほっぺにそばかすを散らした男の子。
それから、その子を取り巻くみたいに二人の男の子がしたがってる。
成長具合の問題なのか、ちょっと子供っぽいかどかどした高い声にジデーアさんは眉間にしわを寄せた。
男の子の整容規定はよく知らないけど、少なくとも、そのくるっくるの巻き髪は、怒られるんじゃないかなあ。
それに、ジデーアさんはともかくホノマくんとか他の男の子とか。
他の先輩達みたいにさっぱりした感じの方が格好いいと思う……まぁ、私の好みなんか関係ないけどさ。
ホノマくんとジデーアさんの間に立って、声高に主張した。
「ダフィア・アデン候補生。貴様は背が低く、目印に適さない。適材適所という言葉は知っているな?」
さっきチギリさんの名前を呼んだ時もそうだけど、このゴリラ。もしかして、新入生全員の名前と顔、覚えてるのかな?
顔を見ただけで、その子にきちんと呼びかけてるもん。
じゃあ、なんで私は眼帯なのかっていう疑問は残るんだけどさ。
いいけど。
「馬鹿にしてるのか!」
唇の端っこをくいっと上げて、馬鹿にするみたいに笑う人の悪そうなゴリラ――どっちかっていうとゴリラよりなジデーアさんの態度にダフィアくんが。また、その甲高い声で怒鳴る。
わあんって会場に響くその声に負けないくらい太くて低いジデーアさんの声は、そんなんじゃちっとも動じなくて
「明日までに、千回手書きしておれに提出しろ」
「なんだと!」
「なにか言いたいなら聞いてやるが、最後まで聞く約束はできん。ああなりたくなかったら、とっとと並べ」
角ばった顎でフェンテさんをくいっとさすと、ダフィアくんもその周りの取り巻きくんも静かになった。
なんだよ、根性なし!
がつんといけ、がつんと!
……って、そんなの言えた義理じゃないんだけどね。
なんて心の中で思ってたら、かんかんに怒ってたらしいダフィアくんが、口の中で「もう勘弁ならん!」ってつぶやいて、ジデーアさんに飛び掛かった。
飛び掛かろうとした。
……ように見えたのに、ジデーアさんは身体の大きさに似合わない素早さで上体を右にさばいてかわすと、その背中をぽんって軽く押す。
力なんかほとんど入ってないように見えたのに、それでもダフィアくんは飛び掛かった勢いを殺し切れなかったのか、会場の端っこに寄せられてたテーブルにぶつかって。
それで、そのまま動かなくなっちゃった。
顔から突っ込んでたし。ものすごく痛そう……。
なのに、誰も――取り巻きくん達ですら、ダフィアくんを助けにいかない。
「他に意見のある者はいるか?」
ぎろりと周りをなめるみたいに見回すゴリ……ジデーアさんは、本当におっかなくて。だから、そんなのをみて、なにか言おうなんて子。いるはずなかった。
その後は、静かに列が出来て。誰もなにも言わなくて。
でも、なんだかそわそわした雰囲気の中でも、表情一つ動かさない子達もいたんだよね。
上座の方に座ってた子達は、ほんとに。
私達がばたばた騒いでるのを見てても、もう、微動だにもしなかったもん。
その子達は、こういうのおこるって知ってたのかもしれない。
でも、そういうの、なんか取り澄ました感じがして、ちょっと好きになれないかも。
今回は、入学式のあと、おっかない思いをするエピソードをお届けしました。
楽しい感じのパーティから、一気に理不尽な集団生活に突き落されるって、きっと嫌な気持ちでしょうね。
そう考えると、部活ってそんなイメージだったなあ……。
お話の中で出てきた、砂場で泳ぐ練習は実体験から。
下着とか砂が入って大変だったっけ。
という益体のない話をする人ですが、これからもよろしくお願いします。
次回更新は2014/01/5(日)7時頃、あんまり楽しくはない新生活のエピソードを予定しています。
ただ、体調の関係で、更新日が前後してしまうかもしれません。
更新についてなにか変更があれば、活動報告にてご連絡いたします。




