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60.実感わかないままだよね

 士官学校の入校式は、ちょっとした宴席だった。

 お屋敷で習った礼法で、家格の順に出口から遠い席に配置されるって言ってたから、ジレの家の家格は中の下くらい……なのかな?


 皇帝陛下の御典医って言っても、それだけで家格が上がるっていう訳でもないみたい。

 貴族社会ってよくわかんない。


 どの子も真っ青な制服を着てるから、身なりだけで家柄がわかるかっていうとそうじゃないんだけど。

 でも、上座に座る子達は髪の毛のつやとかお肌のはりが明らかに違う気がする。


 一番上座に座ってる女の子なんて、入校案内の整容規定通り、ショートボブにそろえてるけどそれでもきらきらでつやつやなのがわかる髪質だし。

 髪の毛と制服の隙間からちらっと見える肌とか、同い年とは思えないくらい色っぽい。


 それに比べて、左右に座ってる子達は髪形も整容規定とあってないんだよなあ……。

 大丈夫なのかな?


 前世の記憶だと、髪の毛が眉毛にかかってるとかそんな理由で怒られてた気がするんだけど。軍隊ってもっと厳しいとこだと思ってたのに。

 まぁ、いいんだけど。


 テーブルを挟んで向かい側にいるジゼリオさんも、そういうのを見てもなにも言わないままだし。そういうものなのかもね。

 会場の中にもちらほらそういう人いるし。


 整容規定通りの髪形は、私にとっては過ごしやすいから気にしてなかったけど。でも、お洒落をしたい子もいるだろうし。

 ほんとに、なんだかよくわかんない。



 元々は貴族を守る騎士を育てるために造られたのが士官学校の始まりで、帝都に七つある学校はそれぞれ校章に動物のマークを掲げてるんだって。

 龍、鳳、獅子、蛇、鷹、虎。

 それから、私が通う事になった学校の梟。


 全部で七種類の動物のマークは、その学校を象徴してる。

 ……梟はなにを象徴してるんだっけ?


 梟を校章に頂くこの学校は、士官学校の中でも新しい、七番目に出来た学校。

 だから、第七校って呼ばれてるんだって。


 元々の騎士としての武術、それから貴人の護衛に相応しい礼法を学ぶ場から少しずつ変化して。もっと大きな組織としての軍隊を動かすための教育をほどこす場になったっていうのが士官学校の始まり。

 みたい。


 一番古い龍の校章を持つ第一校も学校として成立したのがせいぜい二十年くらいらしいから、そんなに長い歴史はないはずなんだけど。


「……その中でも我が校は最も歴史が浅い学校であります。ですが、それは伝統に縛られない新しい思考を生み出す土壌でもある」


 立派なひげを蓄えた男の人のスピーチは延々続いてる。

 士官学校の歴史のお話が終わって、この学校のもっとうみたいな話に移り変わってる感じ。


 演台の上で一生懸命しゃべってるのは、この学校の校長先生だっていうトヒト百人長。

 前世でお金に印刷されてたお医者さんにちょっぴり似てる。

 ちょっと線が細くて、軍人さんっぽくはない……かな。


「この学校の校長先生って、元々は主計担当だったんだって」

「それじゃあ、出世なんか無理じゃない」


 そんなトヒト百人長のスピーチは続いてるんだけど、左右に座る子達はあんまり真面目にきいてなかった。


 それどころか校長先生の悪口言ってる気がする。

 ……っていうか、主計ってなんだったっけ?



 穏やかな口ぶりだけど、トヒト百人長のお話はすごく長くって――校長先生のお話って、前世でも長かった気がするな。そういえば。

 南部の学校では、こんな式典自体なかった――まぁ、不真面目なクレアラがこんな話する訳ないしね。


 そういう意味では新鮮なんだけど……。

 目の前のオードブル――綺麗に盛りつけられたテリーヌは表面から少しずつ水分飛んで、ちょっとふにゃっとなってきちゃってる。そっちが気になって、お話なんかちっとも頭に入ってこなくなっちゃった。



 お料理がどんどん美味しくなくなっちゃってる気がするし。給仕さん――真っ青な制服を着こんでるから、給仕さんも学生さんみたい。

 直立不動だけど、皆、視線がちらっちらっと校長先生を見てて。長いお話のせいで、料理を出すタイミングがへんてこりんになってるんだろうなって、誰の目にも明らかで。だけど、それでもお話は続いてた。


「この学校では後方任務や車両運用の要諦について深く学ぶ事が出来ます。これからの時代、戦場の主役となるこれらの技術を……」


 話しながら少しずつ身振り手振りが大きくなってきた校長先生に向かって、演台脇に立ってる金色の髪にグレーの瞳の男の子が軽く咳払い。

 そうしたら、校長先生は急にしゅんとした感じになって


「あー。ともかく、この学校はそういった進取の技術を運用するべく、皇帝陛下の意を受け新設されました。皆さん、陛下の意向を不意にすることないよう、勉学に励んでください」


 そう言葉を結んで、校長先生は演台を降りてった。

 そんなしょんぼり校長先生と入れ替わりに、さっき咳払いした人が演台に上がると、会場を一舐めするみたいに見回して


「生徒総代のジデーア候補生です。この式典が終わってから四年間。皆さんは世俗から離れ、軍人として生活する事になります」


 校長先生と比べて、短すぎる自己紹介と、これからの事を簡潔に話した。


 整容規定通りに短く刈り込まれた金色の髪と小麦色によく焼けた肌は、ちょっと珍しいコントラスト。

 それから、がっちりした筋肉質の身体。

 校長先生よりよっぽど軍人っぽい外見のジデーアさん。

 声もその体型と同じように太くてはりがあって。だから、私が苦手なタイプの男の人だなって、なんとなく思っちゃう。


「ご家族との食事。それから、今日から寝食を共にする仲間との食事をゆっくり楽しんでください」


 その挨拶が終わるのと同時に、ほうってため息が会場のあちこちから漏れた。

 皆、お腹減ってたんだね。


 私も腹ペコだもん。




 あっちこっちでかちゃかちゃと食事の音が聞こえ始めた。

 料理は豪華だし、彩も綺麗。

 慣れた人には美味しいんだろうな、って思うけど。


 でも、お屋敷で食べてた料理に比べて、はれの日用の華やかな味付け――って言ったらいいのか、少し甘みの強い料理で、南部の塩辛い味に慣らされて。お屋敷の料理もちょっと味が薄いって感じる私の口には、あんまり。

 それに、なんていうか生物が多いんだよなあ。


 お魚を生で食べるのって、ちょっと抵抗あるんだけど……。

 いや、食べるけどさ。

 食べるんだけど、かかってるソースも柑橘ベースで甘くて、もー!



 そんな甘ったるい食事を口にしながらおしゃべりする左右に座る子達はかしましくて、それに声色もなんだか甘くて柔らかくて。

 話し方が女の子そのものな感じ。


 こういう話し方、私はできないなあって思っちゃう。


 二人は私を間にはさんで、上座の男の子が格好いいとかなんとか。

 父さんが軍隊で働いてたっていうのもそうだし、その周りの人達がどんな仕事をしてたのかもなんとなく見てきたつもり。

 だから、そういうのを思い出すと、この子達と一緒に軍隊で生活するって想像しにくい気がする。


 向かいに座ってるこの子達のお父さんをちらっと見ると、そっちの方でもジゼリオさんを挟んでなんだか色々話してた。


 間に挟まれたジゼリオさんはいつもの食卓と一緒。

 むっすりと口を引き結んだまま、黙々と料理を味わってる。


 せっかくの料理なのにむすっとしてるのって、なんだかもったいない気がする。それになんていうか、こう。

 社交とかはしなくていいのかな?


「あの、美味しいですね」

「お前はそう思うのか。この料理は変に甘くて、好かん」


 駄目だこりゃ。


 取りつく島ないジゼリオさんの態度に思わず視線が泳いじゃって。でも、その視線の先に見知った顔を見つけた。


 相変わらずの立派な眉のホノマくん。

 少し合わない内に背が伸びたのか、下座に座ってるのにものすごい存在感なんだよなあ。


 私ももうちょっと背が伸びたらよかったのに……。


 羨ましくてじっと見てたらばちっと目が合っちゃった。



 遠目だから怒ってるみたいに見えるけど、それがホノマくんのいつも通りって私は知ってるから、ちょっと手を振ってみたりして。


 あ。

 手、振りかえしてくれたよ。

 かなり控えめにだけど……。


「知り合いでもいたか?」

「はい。南部に疎開してきてた子が……」

「そうか。……ったな」


 もごもごしててよくわからなかったけど、ジゼリオさんはぎこちなく笑ってくれた。

 それにしても、なんていったんだろ?

 でも、聞きなおしたら怒られそう……。



 その後も黙々と食事は進んで。主菜のローストされた羊肉を食べ終えたところで、右手に座ってる子が話しかけてきた。


「ねぇ、貴女」


 光沢のあるピンクの髪が襟足より下まで伸びてる。

 整容規定より少し長いその髪の毛はさらさらで、かしげた首の角度にあわせて幾筋かはらはらと流れる。


 綺麗な髪だなってちょっと感心。


「名前は?」

「トレ・アーデと言います」

「私はフェンテ。フェンテ・シスカ」


 ちょっぴりぽっちゃりしてて、ぽてっとした唇が印象的なフェンテさんは、私の右手をつかむと手の甲をそっと撫でた。

 手触りが柔らかくて。でも、ちょっぴり冷たいその手に腰の辺りがぞわっとしちゃう。


 色っぽいってこういう子の事を言うんだろうな。


「苗字が違うんだから、地方から来たんでしょう?どこから来たの?」

「南部のレンカ村から来ました」

「あ、私知ってる!ワインづくりで有名な村よね」


 フェンテさんに返事をしたら、左手から高い声が割り込んできた。

 そして、今度は急に左手を握られる

 握手ってことかな?


「私はチギリっていうの。これからよろしくね」

「あ、はい」


 左に向き直ってみると、緑がかった黒髪が、やっぱり肩くらいまで伸びてる。

 すとんと落ちる腰の強そうな髪。でも、顔立ちはふんわりしてて、なんだか弱弱しい感じ。


 この子達を見てると、整容規定とか、本当は関係ないのかも……なんて思っちゃう。


 それに、その。

 チギリさんって、なんていうかおっぱいが物凄く大きい気がする。

 制服のボタンがはちきれそうになってるんだけど、どうしたらこんなにおっきくなるんだろ。


 ……羨ましくなんかないよ!

 ちょっとコツとか聞きたいだけ!


「田舎から来て大変でしょう」

「私達が色々教えて上げるからね」


 口調も声音も柔らかいんだけど、なんだか棘のある言い方でフェンテさんが言って。それを追いかけるみたいにチギリさんがにこって笑う。

 学校で誰ともしゃべれない――考えてみたら、フィテリさんに言われただけで、皆が私と話してくれなくなったんだし、そういう意味ではフィテリさんの皆をまとめる力ってってすごかったんだな。

 今更だけど。


 ちょっと個性的すぎる気がする二人だけど、話せる子がいる分、あの頃よりはましだよね。


 きゃいきゃいと盛り上がる二人は、私の知らない話をぽんぽんぽんぽん繰り出してくる。

 ちょっと眼が回りそうなくらいの勢いに、眼が泳いじゃう。


 ふらふらとさまよう視線の先では、二人のお父さんがジゼリオに話しかけてた。


「皇宮の宴席では何度かお会いしていましたが、こうしてお話するのは初めてかもしれませんな」

「……そうですね。社交はあまり得意ではありませんので」

「弟さんが亡くなられたとか」

「それはお気の毒に!」


 フェンテさんとチギリさんがおしゃべりなのって、絶対親譲りだ!

 そんな二人に挟まれて、なんだか困った様子のジゼリオさん。いつもと違った様子でちょっと面白いな。


 なんて思ってたら、きろっとにらまれちゃった。


「ごめんなさい」

「なぜ謝る」


 うん。確かに私は悪くないよね。



 そんな感じで、入校式はすごくにぎやかで和やかで。だから、これから軍隊に入るんだなんてちっとも実感出来なかった。

 他の子達もそうだったんじゃないかな。



 でも、その実感はすぐそこまで迫ってたんだ。

今回は、士官学校の入学式のエピソードをお届けしました。


ちょっと体調を崩してしまって、更新間隔が随分あいてしまいました。

待っていてくださった方がいたとしたら、ごめんなさい。

それと、これからも、ありがとうの気持ちでお話を書いていきたいと思っています。


これからもよろしくお願いします。



次回更新は2013/12/27(金)7時頃、いよいよ始まる軍隊生活の第一歩なエピソードを予定しています。


ただ、体調の関係で、更新日が前後してしまうかもしれません。

更新についてなにか変更があれば、活動報告にてご連絡いたします。

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