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57.未来なんか変えられない

 帝都で一番の観光地。

 っていう訳じゃないんだけど。でも、ガイドブックでも、帝都に住んでる誰に聞いても、一度は見ておくべきっていう場所。


 すり鉢みたいな地形の真ん中。

 一番低いところにある。けど、一番大きな建物。


 出来上がってから一度も攻め込まれた事がないのが自慢で、血で汚れた事がないって言われてる真っ白な外壁。

 遠くから見ると真っ白に見えるその外壁は、近くで見ると水晶みたいにうっすらと透明で、すっごく綺麗。


 なんて思えるくらい近くに来られる人は、この帝都に住んでる人の二十パーセントくらいしかいない。

 神様からの“授かり物”――障碍とか畸形とかそういう特徴を持つ人がほとんどのこの世界。

 “授かり物”を持たない、“選ばれた者”って呼ばれてる人達の内でもほんの一握りの貴族とか特別な人とか。あと、宮殿で働く人とか。


 とにかく、特権的な人達だけがいる宮殿の奥。

 南部の田舎にあるちっちゃな家で育った私には、ジレの家のお屋敷で使わせてもらってるお部屋だって大きすぎるくらいなのに、それよりずっと広いお部屋。


 そんなすごく落ち着かない場所に、あんまり会いたくなかった人と一緒にいる。


 せっかくの休日なのに、なんでこんなとこにいるんだろ?

 綺麗な街並みをカレカと一緒に散策して、美味しいもの食べて。それだけでよかったのに……。




 テーブルの上に置かれた山盛りのお菓子。

 ふかふかにクッションのきいた椅子。だけど、お尻がなんだか落ち着かない。


 目の前にいるのがハセンさん――ふたつなの祝いの時、私のお尻をもんだ人だからっていうのも、無関係じゃない気がする。

 なんか身構えちゃうし。


 帝都に身寄りのない私の後見人で、この国にある最高権力の一つ。エザリナ神聖帝国を支配する皇帝陛下のお兄さん。

 黒地のところどころに紫色をあしらった、すごく仕立てのいい詰襟を着たその人のぴんと伸びた背筋。

 すっと通った鼻筋と、立派な眉。

 格好良くないって言ったら絶対嘘。


 というか、きっと格好いい部類に入るんだと思う――でも、私にはお尻を触る人っていう印象ばっかりが先に立つその人は、なんだかすごくにこやかだった。


「その様な顔をするな。可愛らしいのに台無しだぞ」


 反対に私はひどい顔してるみたい。


 ここ一ヵ月半。

 表情についてもコゼトさんから色々言われて、とりあえずにこやかにいられる様になった気がするんだけど。そうでもないみたい。


「せっかくのお休みなのに、どうしてハセンさんとお話しなくちゃいけないんでしょうか?」

「手厳しいな」


 もう、明らかに失礼だってわかってて言ってみた私の言葉に、はははって笑うハセンさん。

 いつもだったらコゼトさんにびっしびしぶたれちゃうところだけど、そのコゼトさんも席を外すように言われてて、お部屋にはいない。


「お前にどうしても会いたいという者がいてな」

「誰ですか?」


 帝都に知り合いなんてほとんどいないし、南部に疎開してきてた子達が帝都に帰ってくるのは春になってからだっていうし。

 帝都で私に会いたがる誰かなんて、全然思いつかない。


 さっき、西の市であったクイナみたいに勝手に興味を持った人とか。とにかくろくでもない人なんじゃないかなって、なんだか身構えちゃう。


「我がおとう……」

「帰ります!」

「待て待て待て!」


 お父さん?

 弟さん?


 なんか気軽に話そうとしてたけど、どっちだってハセンさんの関係者なんて偉い人に決まってるもん。

 そんな人と気軽にお話なんかできないし、なにより会ってもちっとも嬉しくない!


 椅子を引いて部屋から出ようとする私にハセンさんが大きな声で止めようとする。

 けど、上座と下座。

 どっちが扉に近いかっていったら私が座ってる下座の方が扉に近い。


 もう、転びそうなくらいの勢いでドアノブにとりついてがちゃがちゃって回す。



 入ってくる時はお部屋つきの人が開けてくれたし。宮殿なんていう立派な場所だし、たてつけ悪いなんて思わないし。

 なんでこんなに重いの!って思いながら、ぐいーって力を入れて扉を引いて、身体を滑り込ませた。


 靴のかかとは少しだけ高くて、ちょっと走りにくそうだけど。それでも、脚にぎゅっと力を入れる。


 とりあえず、コゼトさんがいる控室まで行って。それから考えよう。

 偉い人と会うのに、こんななんでもない感じなんてやだもん。


 ちゃんと準備して。お化粧して。あと、それから……よくわかんないけど、もっとちゃんとしてから。

 控室は左側。

 全力疾走する必要なんかないけど、ハセンさんに追いつかれても駄目。


 そのために身体のばねをたわませて力を込める。はじくまで一瞬。

 でも、走り出そうとしたらばふんってなにかにぶつかっちゃった。


「はばかりにでもいくのかえ?」


 なにかっていうより、誰かだったんだけどね。





 部屋に連れ戻された私の前には、なんだか苦笑いするハセンさんと


「うむ。これは美味であるな」


 テーブルの上に山積みされたお菓子をすごい勢いで食べる人がいる。


 もぐもぐぱくぱく。

 吸い込むみたいな勢いでお菓子を食べるその人は、でも、その食い意地に似合わないほっそりとした人だった。


 ハセンさんと同じ黒い髪を長くのばして、頭の後ろでかんざしでまとめてる。

 全体に女の人みたいに見える線の細い面差し。


 だけど、一度見たら忘れられないくらい整ったその顔のあちこちに食べかすがついてる。


 私がふたつなの祝いで着たのと同じようなあちこちに飾りのついた教会服の色は黒と紫。

 その表面にも……あー、ジャムこぼしちゃった。


 しみついちゃうよ!


「あー、トレよ。これが我が弟だ」

「は、はぁ……」


 そう紹介してもらったけど、なんて言ったらいいのか。

 この人が皇帝陛下?


 なんか、思ってた感じと違う。

 もっと偉そうで、重厚で。真面目でおっかない。

 そういう人だと思ってたのに、目の前でお菓子を抱え込んで食べてるこの人は、その……。なんて言ったらいいのか。


 子供みたい。


 まぁ、偉い人に会うのが怖くて逃げだそうとした私にそんな事思われてるなんて考えてもいないんだろうけど。

 ……っていうか、なんも考えてないんじゃないの?

 この人。



 山積みだったお菓子がほとんどなくなるまで食べちゃったその人は、大きなげっぷ――もう、美人さんがそういうの、ほんとにやめてほしいんだけど。

 その後、自分のお茶を。それから、ハセンさんの手元のお茶も飲みほすと


「して。お主がデアルタの申した調和をもたらす者か?」

「……えと」


 そんな風に言われてたの?

 全然知らなかった。


「朕のまなこには未来を変える者とうつるが……」


 お腹の辺りをさすりながら――っていうか、帯のとこで手を拭いてるように見えるんだけど。

 そんなことしながらだし、ちっとも説得力ないけど。でも、皇帝陛下は口の中でもごもご。

 紫色の瞳は私をじっと見てて、視線が身体のあちこちを撫でるみたい。


 なんか変な感じ。


「その目隠し、外して見せよ」

「は、はぁ……」


 ばちって目があったと思ったら、今度は眼帯を外せって。ほんとになにがなんだか分かんない人だなあ。

 なんて、ちょっと失礼かもしれないけど。でも、ほんとになんだかわかんなくて、言われるままに眼帯を外した。


「……トレ、その瞳の色はどうした?」

「瞳の、色。ですか?」


 なんの話?


 あ、でも。

 最後に眼帯しないで自分の顔を鏡で見たのって、いつだっけ?


「左目が赤いのは生まれつきかえ?」

「いえ。グレーのはず、ですけど……」


 左目の白いところが血豆で真っ赤だったのは覚えてるけど、瞳はグレーのはずだよ。

 父さんと似てるのってそこだけって言われたこともあるんだから。


 瞳が、赤いの?

 なんで?


「覚えがない、か」

「怪我して、血豆が出来ちゃって。気持ち悪かったから眼帯で隠してただけで……。そんな」


 そんな事ってあるの?

 なにがなんだかわかんない。


 それに、左目の焦点がずーっと未来にあってて。別に知りたくもないのに、皇帝陛下が次にどのお菓子を取ろうとしてるかとか。ハセンさんがポットからお茶を注ごうとしてるのとか。

 とにかく、右と左で全然違うものが見えてて気持ち悪くて。


 焦点を合わせなくちゃ未来が見えなかった頃より、ずーっと鮮明に見える二秒後の未来と今がごっちゃになっちゃって


「おぬしの左目には未来が見えておろう。そして、その手で未来を変えてきた。違うかえ?」


 そのせいで頭の中、かきまぜられるみたいな頭痛がするのに、皇帝陛下がそんな話してくるのにいらいらして


「未来を変えられたことなんて、ありません!もし、本当にそうなら、デアルタさんだって……」


 おっきな声出そうなんて思ってなかったのに、思ったより力の入った私の声はわんわんと部屋の中に響いてく。

 皇帝陛下もハセンさんも、ちょっぴりだけ眉を上げた。


 驚いて上がる眉が二人とも右。

 そういうとこは兄弟なんだねって感じだけど、そんなのもうどうだっていい。



 左右で違うものが見えて気持ち悪いし。皇帝陛下と話してたら、デアルタさんが死んじゃった、あの時の事を思い出しちゃって。

 あの、ぼろぼろになって。誰なのかわからないくらい切り刻まれたデアルタさんの事思い出して、口の中が酸っぱくなっちゃう。



 皇帝陛下が言うように、未来を変えられたら。あの時、デアルタさんを助けられたはずなのに。それなのに


「おぬしは自分を責めすぎるきらいがあるのだな。デアルタは死んだ。それは悼むべきことだ」


 少しだけ。

 本当に少しだけ、悲しそうな顔をした陛下は、でも、次の瞬間には笑ってて。

けど、その悲しそうな顔も笑顔も、未来と今がぐちゃぐちゃになった私の頭の中ではどっちがどっちなのかわかんない。


 陛下の声だけがはっきりと“いま”だった。


「だが、あれはおぬしに可能性を見出し、その可能性に賭けたのだ」

「賭け事は嫌いです」

「未来が見えているお主には、面白くないかもしれんな」

「そんなんじゃありません!私は……トレは……」


 もう、なんにもわかんない。

 デアルタさんがどう思っててくれたのかなんて、いまわかってもどうしようもないのに……どうしてそんな話するの?


「すまなかった。もう、目隠しを戻せ」


 話は終わりだって、陛下は言葉を続けて。だから、私は眼帯をつけなおした。

 視界がいまだけになって。でも、まだ頭の奥の方がつきつきと痛くて。だから、陛下とハセンさんが話してるのは聞こえてたけど


「兄。朕の見相は終わった」

「どう見た?」

「……さてな。少なくとも、その目隠しはよほどの事なくば外さぬがよかろ。教会にしれれば、あらぬ言葉を口にする者も出よう」


 教会の人が?

 どうして?


「トレ、よいな?」


 ちょっと落とした声で念押ししてくるハセンさんに、わかりましたって返事するのが精一杯。



 帝都に来て初めての休日。

 でも、なんだか嫌な思いばっかりした気がする。

今回は、皇帝陛下と面会するエピソードをお届けしました。


もっと明示的にかけたらよかったんですけど。皇帝陛下には、勇者候補なのかどうかとその能力をやんわりと見通す力をお持ちです。

なので、トレの能力についてもある程度把握しています。


……お話で書けなかったことを、言い訳みたいにあとがきに書くのって格好悪いですよね。


反省。



次回更新は2013/11/13(水)7時頃、お屋敷でのふわんとした日常のエピソードを予定しています。

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