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50.苦しくたって止まらない

 だあんって響いた音。

 私はこの音がなんなのか知ってる。


 遠くで鳴ったから、スターターの鳴らす雷管みたいに軽く聞こえるけど。でも、その音は誰かを必ず傷つけてるはずで。

 そう思うと、お腹の底の方が冷たくなった。


 小高い丘の一角を削るみたいにして作られたお屋敷の敷地。

 その斜面を丸くくりぬいた端っこにある温室の周りは前は雑木林。

 北側の背中には崖みたいに切り立った斜面があって、その斜面に反響するみたいに、きっとお屋敷か使用人さんの寮の方からで鳴った銃声がわんわんと響いてる。


 怖くて歯の根が合わなくて、かちかちなった。

 銃で撃たれるってすごく痛い。

 私はそれを知ってる。

 だから、すごく怖い。


「デアルタさん……」

「声を出すな」


 なにがなんだかわからなくて、デアルタさんにしがみついて縮こまった私の頭をぐしぐしって撫でながら、デアルタさんはカンテラの火を消した。

 明るさに慣れた私の眼は、すぐに眩んで。なにも見えなくなる。


 わかるのはしがみついたデアルタさんの体温と、こんな状況なのにほとんど変わらない息遣いだけ。

 怖くて。でも、眼が見えないから、身体中が情報を得ようとしてるのか、普段は感じられないような――自分の心臓の音とか、そんなのがどんどん流れ込んでくる


 そんな研ぎ澄まされた感覚が、きぃって金属がこすれる音をとらえる。


 デアルタさんが動き出すのはその音とほとんど同時。

 しゃりんって音がして、それはそのまま風を切るみたいな音にかわって。でも、その音はすぐに止まった。


「フォルタか?」

「囲まれております。お逃げください」


 暗闇の中で、すごく抑えた男の人の声がする。

 一緒に来てくれた二人の内の一人――こんなに暗いのに、デアルタさんは区別がついてるみたい。


「レエレは?」

「囮となって切り込みました。恐らくは……」

「そうか」


 二人とも、どうしてそんな淡々としてるの?

 レエレさん、死んじゃったかもしれないのに。もう、戻ってこないかもしれないのに!


 言いたい事がたくさんあふれてきて。だけど、怖くて口が動かなくて。

 だから、デアルタさんにしがみついた腕にぎゅっと力を入れる。


「敵はどこから?」

「虚空より。にじみ出るように現れました。数は二十程度」

「どんな仕掛けだ……」


 二人の話は私には絶望的にしか思えなくて。その絶望的な話を追いかけるみたいに、温室の外にオレンジ色の光が少しずつのが増えてくのが見えて。

 それをめで追いかけてたら、ぎりって奥歯をかみしめた音がして。その音を追いかけるみたいにデアルタさんは大きく息を吐く。


「おれが退路を確保する。フォルタはこいつを連れて屋敷に行け」


 厳しい声で言ったデアルタさんは、手元の剣――いつも腰にさしてたのよりシンプルで、柄のところを守る飾りもない。

 少し頼りない剣を一度確かめると、フォルタさんにそう言った。


 小声で。だけど、誰にも反論させないっていう、強い意志が目からにじんでくるみたい。


「恐れながら。ここまでの道を含めて、私は不案内です。それに……」


 だけど、フォルタさんはデアルタさんに言い返した。

 デアルタさんと違って、静かで。なにかを悟ったみたいに。


「それに、デアルタ殿を残して帰ったとなれば、我が主からのそしりを免れません」

「わかった」


 少しの間、じっと見つめ合った視線をふいっと逸らして、フォルタさんは続けた。

 デアルタさんも、もう。


「お前はこれを持って行け」

「これって……」

「引金の上の金具を下におろせば撃てる。……念のため、だ」

「はい」


 腰のベルトにつけられたホルスターから抜き出された金属の塊は、私には少し重い。


 ほんとはこんなのいらない。

 触りたくもないし、撃ちたくもない。


 でも、死んじゃうなんてもっとやだ。

 だから、帯の隙間――お腹の辺りに押し込んだ。

 もらった種と育て方も忘れないように、袂に入れる。


「では、参ります。外に出たらすぐに、雑木林の中へ駈け込んでください」

「あぁ。では、行くぞ!」



 温室の奥の方に向かって投げつけられた分厚い本がガラス製の壁を突き破る。

 ガラスの割れる甲高い音と同時に、フォルタさんがドアの向こうに飛び出して行って。その直後、デアルタさんと私も外に出た。


 音の方を向いてた松明を持った人達に切りかかるフォルタさんが“見えて”。でも、その後は……。


「ぼやぼやするな」

「はい!」


 ぐって手を引かれたけど。フォルタさんの事が気になって。でも、ここから逃げなくちゃいけないって、身体はもう走り出してた。



 暗い雑木林の中を、デアルタさんに手をひかれて走る。

 かかとの高いブーツのせいで何度も足をとられて、その度に、背中に近づいてくる足音が増えてくのがわかった。


「ごめんなさい!」

「大丈夫だ。走るぞ」


 どうしてこんな靴はいてきちゃったのって歯噛みするけど、もう今更どうする事も出来ない。

 逃げないと!


 そんな風に気持ちばかり焦って。でも、どんどん距離は詰まっちゃって。柵の所までもう少しっていうところで、私とデアルタさんは囲まれちゃってた。



 闇に溶け込むみたいな黒い服――教会服みたいに左右合わせだけど、テアや私が着てるのみたいに袖や裾がひらひらしてない、少し変わったつくりの服。

 前生の記憶にあるイメージだと、忍者みたいな服装のその人達は、少し距離をとって私達を囲んでる。


 銃の音がしたから皆が皆、銃を持ってるって思ったのに、この人達がもってるのは少し反りが入った剣だけ。


 囲まれたってわかったからなのか、デアルタさんはもう走るのをやめてて。剣を抜いて、 その人達をきろっとにらんだ。


「これだけの人数がいて、距離をとって睨み合いか?」


 口の端をきゅっとあげて、デアルタさんはいつもみたいに感じ悪く笑う。

 どうしてこんな風に落ち着いてられるんだろ。


「こないならこちらから行くぞ」


 鞘を払って、放り捨てたデアルタさんがじりっと踏み込もうとする。

 その正面にいた人はじりっと後ずさりして、そのかわり、デアルタさんが剣を持ってるのと逆手側――右側の人が、ほとんど予備動作もなく駆け込んでくるのが“見えた”。


 勢いで押し殺そうと思ってるのがわかるくらい、大きな振りで


「デアルタさん」

「騒ぐな、馬鹿者!」


 でも、デアルタさんの剣は精妙で、相手の剣を受け流して、その刀身の上をきりきりと音を立てて滑る。

 その延長線上にある相手のお腹に。

 だけど、その一撃で倒せない事が私には“見えている”。


「デアルタさん!」


 思わず声を上げたけど、注意してって言うには言葉って長すぎる。

 相手を切り倒すはずの剣は、がりっと音を立てて、お腹のところで止まった。


「着込みか」


 舌打ちしているデアルタさんに正面にいた人が駆け込んできて切りかかろうとするのが“見える”。


「左です」

「応!」


 前に立ってる相手の身体に食い込んだ剣を、がりっと音を立てて引き切って。

 その勢いのまま、飛び込んできた人の、剣を持っている方の手側のひじの辺りにたたきつけた。


 ごぎんっていう酷い音。

 その後、剣がからんと取り落される。

 痛くて頭の下がったその人の顔に膝を叩きつけた。


 すごく強い。

 父さんの剣と違って力強い訳じゃない。

 柔らかく流れる様な剣。


 きっと、剣で戦い続けるなら、この人達なんか相手じゃない。

 でも、私の目にはデアルタさんが膝をつくのが“見えてた”。


「煙幕だ!奴の喉をつぶせ!」

「硫黄玉を持ってこい!」


 方々からそんな声が上がって、しばらくすると、導火線が燃える据えたみたいな臭い。

 そして、黄色い煙。

 温泉とかでよく感じる様な、腐った卵みたいな臭いの煙を吸い込むと、喉の奥に焼けるみたいな痛みが走る。

 この世界に毒ガスとかあるかなんて知らない。

 でも、これは駄目だ!


「っち」って小さく舌打ちするのが聞こえて、そうしてすぐデアルタさんは膝をついた。

見えた未来と同じ事が起きてる。


 そんなの駄目!


「デアルタさん!」

「来、るな!」


 逃げなくちゃ!

 ここから離れれば、デアルタさんは負けない。


 私はまだ走れる。

 デアルタさんを連れて、出来るだけ早く!

 そう思って、近づこうとした私をデアルタさんは強く制した。


 でも!


「どうしてですか!」

「こいつらは情報軍の強襲兵だ。いつかお前をとらえたのと同、じな……。毒煙を装備に持っ、てるのは奴、らしかいない」


 話しながら、ときどき咳き込んで。でも、デアルタさんははっきりそう断定する。

 でも、だからってなんなの。


 そんなの関係ないよ!


「お前を殺すのが、こいつらの目的だ。おれは余禄にすぎん」

「だからって……」

「いいか、よく聞け。

 この煙は毒だ。

 中央の連中が、オーシニア人を殺すために作ったものだ。

 皮膚が焼けて、肉を侵す。だが、屋外ではおれの様に肺の弱い人間を昏倒させるくらいの力しかない。

 近づいてこないところを見ると、使った馬鹿共はわかっていないようだがな。

 お前は逃げて助けを乞え。屋敷にはまだコトリもファルカもいるはずだ。

 いいか、お前が死ねばおれの希望はついえる。

 おれがどこで死のうと振り返るな!」


 早口に。

 喉の奥からひゅーひゅーと気持ちの悪い音をさせたデアルタさんは、それでも一息に言って。私を強く押した。


「行けません!デアルタさんを置いてなんて」

「泣いてる間などない。涙は視界を曇らせる。泣くな。前に進め。お前が、おれの希望だ!」


 泣いてない!

 煙で目が痛かっただけ!

 泣いてなんかない!


「行け!」

「はい!」


 ブーツを無理やり脱いで、両足に目一杯力を入れる。

 跪いたデアルタさんと同じ目線――いつもより低い体勢から思い切り踏み切る。

 耳元で、風がごわっと鳴った。


「さ、てと。この状態で何人切れるか……」


 デアルタさんが低く言うのが聞こえた。


 これが、私がきいたデアルタさんの最後の声だった。



 林の中を突っ切って、最短距離でお屋敷に向かって抜ける。

 あっちこっちで銃を撃つ音が聞こえて、その度に悲鳴と光が見えた。


 全力疾走二十秒。

 林とお屋敷の周りを囲む道を仕切る柵が見えてきた。


「しっ!」


 前のめりになりながら右足を思い切り踏み切って飛び越える。


 足にまとわりつくみたいな袴が引っかかって、びーっと裂けた。バランスが崩れてごろごろ転がって、五回くらいぐるぐるとまわってからようやく止まる。


 服も顔もどろどろになったけど、そんなの気にしてられない!

 足を止めちゃだめだ!


「父様!コトリさん!……カレカぁ!」


 誰か助けて!

 デアルタさんを助けて!



 柵を越えたら、使用人さん達の寮が見えたけど、銃声と悲鳴――女の人や子供の声も聞こえてくる。


 あっちは駄目だ。


 林の中を裸足で走ってきたから、枝とか石とか。いろんなもので傷がついて、足がすごく痛い。

 でも、背中に感じる気配は止まってなくて。だから、足を止めてなんていられない。


 お屋敷を回り込めば、るいゆさんのお墓まで出られる。

 そこまでいけば、どぅえとさんかカレカが気づいてくれる。


 そこまで行けば!

今回は、パーティが終わった後の波乱がぐいぐいっと迫ってくるエピソードをお届けしました。


戦ったり、素早く動き回ったりって、絵とかアニメだと一瞬に見えるのに、文章だとものすごく長くなっちゃいますね。

もっと上手に、格好良くかけたらいいのに……。


でも、今のところの精一杯でやってます。



次回更新は2013/09/27(金)7時頃、四分割したエピソードの三話目を予定しています。

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