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49.故郷の味は忘れない

 子供のためのお祝いだからなのか、パーティは日が暮れてから二時間くらいで終わって。会場にいるのはお片付けをする使用人さんと、子供連れじゃない人がちょっぴり。

 遠くから来て、お屋敷に泊まっていくからなのかもしれないけど、お片付けの邪魔だし、お部屋に引っ込んだ方がいいんじゃないかな。


 なんてこと思ってる私も、会場に長居しちゃってるんだけどね。



 わーって囲まれて、いろんな事きかれて。それに一生懸命答えて。

 そんな感じで一時間くらい。


 慣れないかかとの高いブーツを履いてたおかげで、土踏まずの辺りがじんじんするし、ふくらはぎもぱんぱん。

 もう、動くのもめんどくさくなっちゃった。


 なので、会場の隅っこに置かれてた椅子に座って休憩。



 片づけの始まった会場は、シャンデリアが昼間みたいに明るく照らしてるんだけど。でも、さっきまであった大きな人だかりがなくなって、少し物悲しい。

 用意されてたお料理も片づけられちゃってる。


 そういえばなんにも食べれなかったな。

 母さんとご馳走をたくさん食べてくるって約束したのに……。


 そんなどうしようもない事ぼんやり考えて、お祭りの後の寂しさみたいなのに浸ってたら頭の上にぽんと手を置かれた。


「疲れたか、トレ」

「父様!?」


 頭の上から降ってきた、いつもより少し穏やかな。でも、やっぱりお腹の底の方に響くみたいな低音。

 父さんの声って、なんだかお家にいるみたいな安心感がある。


 あるんだけど。

 こんな場所で一人にされるなんて思ってなかったもん。


「どこ行ってたんですか?色んな人にたくさん質問されて大変だったんですよ」

「打ち合わせがあってな。すまなかった」


 抗議したらそんな答えが返ってくる。

 なにそれ!?


「トレの晴れ舞台より大事な打ち合わせですか?」

「……あ。いや、その」


 明らかにしどろもどろになった父さんは、私から目を逸らした。


 皇帝陛下のお兄さん――私のとっては、お尻を触ってくる変態おじさんなだけだけど。

 それ以外にも大きな家の人とか、お金持ちとか。よくわかんないけど、なにかあっちゃいけない人達がたくさん来てて。

 だから、会場を守るために軍隊の人がたくさん来てて。その責任者が父さんだって事わかってるんだけどさ。


 でも、一緒にいてくれたら、ちょっと違ってたんじゃないかって思っちゃう。

 ……なにがって言ったら、よくわかんないけど。少なくとも、お料理は食べれた気がする。


 ぶすくれる私の機嫌をうかがおうと思ったのか、父さんが私の方を向き直って「明日……」って言いかけたところで


「ファルカ、そいつの機嫌取りなどする必要はないぞ」


 そんな事言いながら、その人はにやりと笑う。

 さっきまで、たくさんの人に向けられてた、絵本に出てくる貴公子みたいな笑顔じゃなく。ほんとに人の悪そうな笑い方。

 すっごい感じ悪い!


 パーティの時、私を紹介してくれた時と同じ声。

 あんな風に私の背筋をしゃんとさせてくれたのと同じ声で。だけど、吐き出されるのは毒ばっか。


「父親が自分を一人にしたと責めるなど、まだまだ子供だな。大きくなったのは背丈だけか?」


 うるさい!

 自分だって子供みたいなことばっか言ってるくせに!


「デアルタ、もう少し言い方があるだろう」


 きーってなった私。

 でも、デアルタさんのすぐ後ろにいたハセンさんがやんわりととりなしてくれた。


「こいつ相手にか?言葉を選ぶ間も惜しい」

「お前なあ……」


 もうなんか。大概の人がぶん殴りたくなるんじゃないかなって思う、ひどい言葉を吐き出すデアルタさんに応じるハセンさん。

 その表情はなんだか自然で、さっき廊下ですれ違った時とも、パーティの最中とも全然違う。


 堅苦しくないのはもちろんだけど。

 なんていうか、デアルタさんとハセンさんの間にある空気が、なんだか柔らかい気がする。


 ここ十年くらい、ほとんど見た目が変わってない。生まれた時からずーっと二十代そこそこに見える感じだったんじゃないかって思うくらい若作りのデアルタさん。

 でも、いま一緒に笑ってるハセンさんは、その。なんていうか。ものすごく大人に見える。

 眼元にはうっすらしわが見えるし。浮ついた感じはするけど、地に足がついてるっていうか。

 どっしりしてるんだ。


「お二人は仲がいいんですね」


 年齢が離れてるとぎこちなくなったりすると思うんだけど、こういうのってちょっといいな。

 私もカレカとこんな感じで笑えたらいい。


 そう思ったんだけど。


「まぁ、腐れ縁のようなものだがね。こいつの母親が私の乳母だったのだ」

「ということは、お二人は同い年……なんです、ね?」


 いやいやまたまた。どう見ても、こう。同い年じゃないでしょ!?


「……ほんとに?」

「トレ、失礼だぞ!」

「お前も、笑いをこらえてるじゃないか」


 注意する父さん。だけど、デアルタさんはそんな父さんの口元が笑いをこらえてるのに気づいたみたい。

 的確にいじった。


 ハセンさんにとってはもちろん面白くない状況なんだろうけど。もうなんか、駄目。

 おかしい!


「私が老けて見えるのは、デアルタがいらぬ苦労をかけるからだ。そこをわきまえてほしいな」

「お前に苦労!?笑わせてくれる」

「ふたつなの祝いに皇族が出席するなど、本来ならあり得ぬことだ。そこに無理を押して参加してやった事を忘れたのか」

「いま思い出した。礼を言おう」

「……うむ。ならば良し」


 眉をハの字にまげて、むっとした感じを隠さないハセンさんの反論も。それを受けたデアルタさんも。

 お話の終わり方も全然意味がわかんなくて。


 でも、こういう友達がいるってなんだか羨ましい。


 そんな話の後は、デアルタさんとハセンさんの漫才みたいになって。それに巻き込まれた父さんが、恐縮しながら笑いをこらえて。


「しかし、教会の奴らなにもしかけてこなかったな」

「司令。教会の仕業と断定するのは……」

「南方方面軍精鋭二百人と、近衛兵団五十人。この状況では仕掛けられまい」

「だといいが……」


 そんな合間に大人同士のなにか大事な話が差し込まれてっていう感じ。

 私の居場所なんかないんだけど。それでも、いつまでも聞いてたいくらい穏やかな空気がそこにはあって。


 友達っていいなって。ちょっと思っちゃった。




 三人の話がどれくらい続いたのかはよくわかんない。

 わかんないけど、三人が話してる隣はなんだか居心地が良くて。だからなんとなく座ってたんだけど


「……くぁぁ」


 なんか、ものすごいおっきなあくびが出ちゃった。


 会場はもうほとんど片付いてて、私が座ってるすみっこの椅子と。その周りにいる駄目大人――だって、話の内容がどんどん馬鹿みたいになってったから。

 この界隈だけががやがやしてて、変な感じになってた。


「眠くなったか?」

「……少し」


 あくびしたの見られちゃったのか、父さんがそんな風に声をかけてくれて。

 でも、お話を中断しちゃいけないかなって、そう答えたんだけど


「そろそろ休もう。司令、そろそろ……」


 父さんもお話から逃げ出すタイミングを計ってたのかも。ものすごくからかわれてたし。

 まぁ、もう。なんか、なんでもよくなってきちゃった。


 身体、ポカポカしてきた。眠い。


声をかけられたデアルタさんは、胸ポケットから銀色の時計――懐中時計って、初めて見たな。

 ぱかっとふたを開けて時間を確認すると「ん。あぁ」って、軽くうなずいて。でも


「いや、待て。ファルカ、娘を少し借りる」


 時計から少しだけ視線を動かして、私をきろっと見て、そう言った。

 その眼は、オーシニアの言葉がわかるって話した私を見た時と同じ。なんだか複雑な色をしてて。

 それがちょっぴり怖くて


「あの。明日じゃいけませんか?」


 口から滑り出たのはそんな言葉。

 恐さのせいなのか、眠気はどこかに消えちゃって。だから、そんな風に引き延ばす必要なかったんだけど。

 それでも、ちょっぴり抵抗する。


「温室に行くだけだ。すぐすむ」

「司令!」


 父さんも加勢してくれたけど、デアルタさんはふわっと。今まで一回も見た事ない、柔らかい笑顔で父さんをさえぎった。


「こいつに渡すものがあるのだ」


 って。


「なら、私がかわりにお受け取りします」

「お前は父親としてハセンと話さねばならんことがあるだろう?」

「それは……。しかしですね」


 やんわりとデアルタさんは父さんを制した。


「アーデ千人長は供回りの心配をしているのだろう。フォルタ、レエレ。デアルタについてやれ」


 ハセンさんがそういうと、いままで姿が見えなかった真っ黒い制服を着た人が二人――廊下で会ったとき、ハセンさんについてた二人が、すいっと現れる。

 空気からにじみ出てくるみたいに、音もなく。でも、威圧的な空気だけを放つ二人。


「「お供します」」


 お互いしゃべりだすタイミングがわかってたみたいに、ほとんど同じタイミングでそう言う二人は、私を見るとちょっぴりだけ笑った。




 お屋敷の東側にある使用人さん達の寮。

 その脇から北西に向かって続く雑木林がある。

 木の影に隠れて寮が見えなくなる辺りのスイングを通り抜けて、温室に向かって歩く。


 もうすぐ来る夏を待ちわびて、どの木もものすごく元気で。

 でも、そのせいか、月明かりもほとんど入らなくて、温室までの道はとっても暗かった。



 カンテラを持ったデアルタさんは、ときどき私を振り返る。

 いつもだったらすたすた一人で行っちゃうのに、変な感じ。


 不自然な行動に少し緊張したまま辿り着いた温室は、あの頃とほとんど変わってない。

 金属製の骨組みをアーチ状に組み上げた丸みのある壁面にはめ込まれたガラスが、カンテラのオレンジ色の明かりをきらきら反射してる。


「我々は外で待ちます。他に入口は?」

「ない。……つきあわせてすまんな」

「いえ」


 大人同士の確認は簡潔で、その確認が終わるとすぐ私は温室に通された。




 二重扉の最初の扉を開けてすぐ。


「そこに座って待て」


 木でできた丸椅子を指さしてそう言ったデアルタさんは、事務スペースみたいなところに置かれたテーブルの上に置かれた紙束をごそごそ。


 その前にちっちゃな袋も渡されてるんだけど、デアルタさんはなんの説明もしてくれなかった。


 性格的なものなんだと思うけど、なにかがぎっちり詰まった袋は麻紐でぎゅーっと縛られてて。手の中でちょっぴり重い。



 その袋を持った手を膝の上にのせたまま。書類の山をかき分けるデアルタさんを待ってるんだけど。あんまりはかどってないみたい。


 手伝おうかと思ったけど、「座ってろと言ったぞ」とか言われそうで。だから、なんもやる事なくて。

なんとなく温室の中に目を向ける。


 初めて来たときはトマトを育ててたけど、今はピーマンをぎゅーっと小さくしたみたいな作物を育ててるんだね。


「トマトはやめちゃったんですか?」

「あぁ。いまはトウガラシだ」


 返事はおおざっぱ。


 この温室は趣味でやってるって言ってたけど、書類とか試薬とか。ほんとに本格的で。

 そういう色々があるテーブルの上はほんとにごちゃごちゃ。


「よし、みつけた」


 やっとか。


「これは、なんですか?」


 探し物の間、しまっといた疑問をようやく投げつける。

 手の中にあるぎっしりした袋。その中身がなんなのかって。


「それは種だ」

「種……ですか?」

「あぁ」


 さっき見つけた何枚かの紙をくるくるっと丸めて。やっぱり麻紐でくるっと縛ったデアルタさんは、その丸い筒を手の中でもてあそぶ。


「トマトの種だ。帝都の気候でどう育つか検証したい。お前に預けるから向こうで育てろ」

「え、でも……」

「育て方はこれに書いてある」


 そういって、デアルタさんは私の頭を丸めた紙筒でぽこんと軽く叩いた。

 そして


「鉢と向かい合ってる時くらいは南部の事を思い出せ」

「あ、あの……」

「実がなる頃には帝都の暮らしに馴染んでいるかもしれんが、食えば帰ってきたくなるだろうよ」


 カンテラに照らされるデアルタさんは、笑ってるのになんだか寂しそうで。その顔を見たら、胸がきゅーっとなっちゃった。


 考えないようにしてたけど、南部を離れて暮らさないといけないんだ。

 だから、こんな……。


「あの、大事にします。絶対!」

「息災でな」

「ありがとうございます」


 嬉しくて、立ち上がったのとほとんど同じタイミングで


 ばあん


 って、大きな音が聞こえた。




今回は、パーティが終わった後の波乱が幕を開けるエピソードをお届けしました。


この波乱が終わった後、主人公はいよいよ帝都に旅立ちます!

……旅立つんですけど。


この波乱の部分、なんだか文字数がどんどん膨張してしまって四分割に。

その上、予約投稿の設定も間違えて、へんてこりんな時間に投稿する羽目になっちゃいました。


いろいろ恥かしいです。


次回から気をつけよう。うん。



次回更新は2013/09/26(木)7時頃、四分割したエピソードの二話目を予定しています。

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