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47.規則はそんなに大事かな

 もうすぐ十一回目の夏が来る。

 南部の春は短くて、雪が降る日も多い。

 そのかわり、夏が近づく時期は涼しくて、過ごしやすい季節。


 気候とか天気の事情があるからなのか、南部のふたつなの祝いは他の地方とずいぶんずれた時期になってるみたい。

 だから、儀式に顔を出す人も多いって父さんは言ってたけど、町を上げて大騒ぎっていうのはどうなんだろ?


 南部ではあまり見かけない肩を出した服装の人とか、見た事もない紋章の入った馬車とか。あと、フフトの町の市で見るみたいな屋台も所々に出てる。

 そんな感じだから、村とか町の道に比べたら広いはずの州都の道も、なんだかごみごみしちゃってた。


「酷い渋滞ですね」

「そうだな」


 助手席に座ってる父さんも、ちょっぴりいらいらしてるのか声が固くて。組んだ腕の指が肘の辺りをとんとんって叩く。


 送ってきてくれたリクヤさんには言えないけど、車ってすごく居心地悪いもんね。

 父さんがいらいらするのもしょうがないかな。


 それにしても、ちょっとしたお祝い事で、晩餐会があるくらいのイメージでいたのに、州都全体がなんだかお祭りムードなんだ。


 まさか、儀式のためだけに大騒ぎしてるとは思わないけど。それでも少し異常な盛り上がりで、ちょっぴり怖い。


「父様、ふたつなの祝いってどこでもこんな感じなんでしょうか?」

「普通はもう少し静かなんだが。今回はな」

「皇兄様の行幸があるんですよ」


 運転席のリクヤさんが父さんの言葉に補足みたいに付け足して、にぎわう理由を教えてくれた。

 皇帝陛下のお兄さんが州都に来るから、町中の皆がお祭りムードなんだって。


「じゃあ、母様も連れてきてあげられたらよかったですね」

「……そうだな」


 後部座席には私一人。

 開いたスペースには、明るい色の革で作られた四角い旅行鞄が置かれてる。

 普段着とか下着が一揃えと、四十万さんからもらった手帳しか入ってないすかすかの鞄。


 ほんとはそんなの置いとくんじゃなくて、母さんが座っててほしかったのに。でも、“授かり物”のある母さんは、お祝いの会場に入れてもらえない。

 それどころか、当日、お屋敷の中にいるのも駄目らしくて、お家でお留守番って事になっちゃった。


 せっかくの晴れ姿――まぁ、失敗しちゃうかもだし、晴れ姿になるとは限らないんだけど。

 そういうのも全部、母さんに見てほしかったんだけどね。


 でも、衣装合わせの時、晴れ着姿はみてもらえたし、我慢するしかないかな。



 一ヶ月くらい前。

 雪はなくなってきたけど、冷え込みだけは残ってた頃。


 テアがクレアラさんに頼んでくれた儀式で着るための服が出来上がって。その細かい直しのために、父さん母さんと一緒にフフトの町の教会に行ったんだ。


 他に着る服なんてたくさんあるはずなのに、いつものいかめしい制服に眼元が隠れる帽子。

 そんなぴりぴりとした緊張感を漂わせた父さんと、町で出回り始めたシフォン生地をふんだんに使ったワンピースの母さん。


 竜胆の花みたいな淡い紫がすごく綺麗で、父さんの雰囲気とは正反対。


 そんな二人が並んで座るソファの前でくるっと一回転。


「どうでしょう。変じゃないですか?」

「すごく似合ってるわ。ねぇ、ファルカ」


 ぱちんって胸の前で手を合わせて喜んでくれた母さんに、父さんは「ん、あぁ」ってなんか気のない感じであいづち。

 もしかして、あんまりなのかな?


「テアと。あと、クレアラさんはどう思います?」

「可愛いと思うよ」

「……あと、っていうのはどうかな、トレ。似合ってるとは思うけどね」


 教会組の二人も似合うって言ってくれたし、そんなに変じゃないと思うんだけど。どうなんだろ。


 まぁ、父さんがどう思ってても、ここまでしっかり作ってもらったんだし。今更なおせないし。

 あとは鏡とにらめっこして、私が納得するしかないんだよね。


 仕立て屋さんが用意してくれた姿見で確認する。


 袖口に金色の糸で藤の花が刺繍された、白い襦袢の内側にしゅっとラインをひくみたいに見える赤い打掛。

 おへそより少し上にはボタンの花を象った薄紅色の飾り帯。

 紺色の袴の内側はドロワーズみたいになってて、歩くとちょっぴりレースが見える。

 足元はショートブーツ。


 クレアラさんが来てるのに比べるとなんだか派手派手だし。それでいて、中身の私は鼻もぺったんこで、なんか不釣り合いかも。


「立派な盛装を整えて頂いて感謝する」

「いやいや。可愛い教え子のために当然のことをしたまでです」


 姿見の前でくるくると自分の姿を確認してたら、父さんがクレアラさんにあいさつしてた。

 威圧感のある父さんに、クレアラさんが――なんて言ったらいいのか。営業用のべったり貼り付けたみたいな笑顔で返してるのが、姿見にちらっと映った。


 その後も、なんかやりとりしてたけど、つるつるつるーって上滑りしてる感じ。

 仲悪いのかな。


 間に挟まれた母さんが困ってるし、助けて上げなくちゃ!……って、鏡から目を放したら、もうほんとに近く。

 耳元でしゃべったのかって思うくらいの市で声がした。


「トレ、気に入ったかい?」

「なんだか、中身と不釣り合いな服ですよね……」

「そんな事ないよ。綺麗だ」


 お世辞か!?

 嫌味か!?

 どっちにしても、そういうのいらないから!


 うきーってなった気持ちをぶつけようと思って口を開いたんだけど、テアはすっと立てた人差し指で私の唇をおさえた。

 むぐって変な声が出ちゃう。


 なんなの!?


「ぼくもお祝いの席に行くつもりだけど、気をつけてね」


 いつもふんわり笑ってるテア。なのに、そんな話をするそのルビーみたいに濡れて光る瞳はすごく真剣で。

 その光が私の心を静かにしてく。


 キスされた時とおんなじ。目から感じる力はすごく強くて、心臓が少しずつ早くなる。


「なにか起こるんですか?」

「それはわからないけど。でも、アシタ僧正のお弟子さんが参加するみたいだからね。念のため」



 がこがこと揺れる車の中。

 前に座ってる二人はほとんどしゃべらなくて、そのせいでテアの言葉が胸の中でくるくる回る。


 車の中に母さんがいないのはもちろん寂しくて。でも、それ以上に、ここにテアがいてくれないのがなんだか心細くて、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。


「寒いのか?」

「いえ。だいじょぶです」


 ミラー越しにリクヤさんが声をかけてくれた。


 町にはこんなに人があふれてるし、人に気づかれない様に悪い事なんか出来っこない。

 そう思う事にするしかないよね。




 町の賑わいはもちろんだけど、それ以上に目につくのは門衛さんとかそれ以外のところにも軍隊の人の姿がたくさんあって。

 その人達がところどころでやってる検問が、この渋滞の原因みたい。


 その中にはレンカ村の港で働いてた兵隊さんもいるみたい。

 検問を通る時、軽く手を振ってくれたりする人もいた。

 いたんだけど……。


「あいつら、たるんでるな」


 って、父さんがぽそっと。

 もしかして、私って兵隊さん達にとって迷惑なんじゃないの?


 後でお仕置きとかになってたら嫌だなあ。

 でも、レンカ村の兵隊さん達がいるんだったら、カレカも来てるかも。


 そう思うと、なんとなくカレカの事探しちゃう。


「あの。カレカも警備できてるんですか?」

「ん?あぁ、屋敷の外周警備に組み入れてある」


 そっか。

 カレカ、州都にいるんだ。


 父さん母さんには晴れ着を見てもらえたけど、あのお披露目の日。カレカは「仕事があるんだ」って来てくれなかった。

 せっかくおめかしするんだし、どうしても見てもらいたくて駄々をこねたんだけど


「いい加減にしなさい」


 って、父さんの拳骨で黙らされちゃったんだよね。

 どこかで会えたらいいな……。


「そろそろ到着です」


 そんな事ぐねぐね考えてたら、頭の上からリクヤさんの声が降ってきた。


 最初の門をくぐって二つ目の門をくぐるまですごい渋滞だったのに、そこから先はスムーズだったみたい。

 三つ目の門の向こう側にあるデアルタさんのお屋敷の前に車が止まって。その後すぐ、リクヤさんが扉を開けてくれた。


 学校の送り迎えの時もそうだけど、リクヤさんは私に触らない。

 だから、手を取ってエスコートするとかなくって、代わりに鞄を持ってくれる。


 その鞄はそのまま父さんに。


「では、お二人とも。お気をつけて」

「あぁ。荷物は日が暮れた頃、納屋に運び込んでおいてくれ」


 父さんとリクヤさんはあまり堅苦しくない感じの軽い敬礼をかわす。

 いつものグレーの制服じゃなくて、黒くて肩に金色のふさふさのついた服――略式礼服っていうらしいけど。

 普通の制服と比べるとスマートに見えて、なんだか少し新鮮。


 コービデさんがどうしてもって設えてくれた服――淡いオレンジの襟元まできちんと作られたワンピース。

 アフタヌーンドレスっていうらしいけど、そういうきちんとした感じじゃないと、並んで歩けないくらい格好いいんだ。


 私も服に負けないくらいきちんとしとかないと!

 なんて。

 間に合わせみたいな感じで「これだけ出来ればなんとかなるから!」って、フィテリさんに教わったお辞儀をリクヤさんに。


「リクヤさん、ありがとうございました」

「楽しんできなさい」


 頭を上げたら、ぐしぐしと頭を撫でられた。


 すぐ準備できるようにって、整えてもらったばっかなのに。くずれるってば!

 なんて、抗議する気持ちと嬉しい気持ちが半分ずつ。


 だって、リクヤさんに撫でてもらうなんて、珍しいから。




 ふたつなの祝いは夕方から。

 でも、参加する人はあちこちからやってくる。

 だから、デアルタさんのお屋敷に泊まっていく人も少なくないみたい。


 そのおかげで受け付けのところはちょっぴり混雑してる。


 エントランスに集まってる人達はなんだかきらきらしてて、ちょっとした舞踏会みたいな華やかさ――まぁ、そんなの出た事ないけどね。

 でも、前世の記憶。

 その中でも、映画とかの中で見たのがこんな感じだった気がする。


 華やかだけど、なにか嫌な出来事とセットになってる事が多いシーンばっかりだった気がするんだよなあ。


「どうした?」

「いえ。なんだか緊張してしまって……」


 集まってる誰もが華やかで、きらきらに着飾ってるこの場所は、田舎娘の私にはすごいハードルなんだけど。父さんはなんでもないみたい。

 場馴れしてるって事なのかなあ。


 きょときょとおろおろしてたら


「トレ!」

「あ、ホノマくん」


 濃紺のスーツにアスコットタイ。ホールにいる同い年くらいの子達に比べたら、こっち側な装いのホノマくんが声をかけてくれた。

 その隣にはホノマくんをぎゅーっと引き伸ばしたみたいなおじさんがいた。


 そのおじさんは、後ろにいるシュタバさん――ハーバ商会のフフトの町にある商館を取り仕切る家令さんとなにか話してたんだけど。

 ホノマくんがおっきな声を出したからなのか、その視線が少し上がって。

 それで、なんだかばちっと目が合っちゃった。


 ホノマくんと同じ立派な眉のその人は、にこって人懐こそうに笑う。

 いつもぶすっとしてる感じのホノマくんとは正反対なイメージのその人は、するするって人の間を抜けて、私達のところまで来た。

 ホノマくんももちろん一緒。


「アーデ千人長とお見受けします」

「失礼ですが、貴方は?」


 その人は少し大げさに見えるくらいのお辞儀をすると、父さんの手をとった。

 うん。

 なんか気持ち悪い人だ。


「失礼しました。フェリタ・ハーバと申します。家内と息子がお世話をおかけしているようで……」

「貴方が……。こちらこそ、娘がお世話になっています。お仕事は順調ですか?」

「おかげさまで、好調で……」


 大人同士のあいさつはなんだか意味深で、それでいて含みがあるのかなんなのか。なんだかよくわかんない。


 レンカ村に届くクリーネ王国の品物――一番多いのは塩みたいだけど。

 その品物で利益を上げたのはハーバ商会だけじゃないはずなんだけど、フェリタさんのかしこまり方はすごく大げさで、ちょっぴり格好悪い。


 それに比べて、横にくっついてるホノマくんは、いつもより格段に格好良く仕上がってる。

 きっとコービデさんの見立てなんだろうな。


 でも、肝心のコービデさんは一緒じゃないみたい。


「ホノマくん。コービデさんは一緒じゃないんですか?」

「ん、あぁ。決まりだから、な」


 詳しい事はあんまり知らない。

 知らないけど、ハーバ商会って帝都でも有数の大きさで。

 そんな家の奥さんのコービデさんでも、“授かり物”があるからって、こういう集まりに出られないんだ。


 どうしてそんな決まり事が必要なんだろ。


「そんな顔すんな」

「トレ。変な顔してましたか?」

「なんか、泣きそうな顔してた」


 そんなつもりなかったんだけどな……。

 気持ちが顔に出ちゃうの、どうにかしないと駄目かも。


「泣きたいのはおれの方だぜ。絵姿を残すとかいって絵師を呼びつけてさ」

「すごいじゃないですか」

「あぁ。すごかった。三時間くらい立ちんぼで、動くなとかさ。大変だったんだぞ」

「っぷ!」

「笑う事ないだろ!」


 だって!

 もう、笑うしかないもん。

 それに、せっかく格好いい服着てるのに、ホノマくんだって大概ひどい顔だよ。


 なんかおかしくって。


「トレ、司令にあいさつしておこう。おいで」

「あ、はい。ホノマくん、また後で」

「あぁ」


 大人同士のお話が終わったらしい父さんは、もう、少し離れたところにいて。人ごみの中でその背中を追っかけるのはちょっぴり大変だった。




 とがった顎。それからすっと通った鼻筋。

 貴公子っていう言葉がふさわしい顔立ちなんだけど、いつも通りむっつりと不機嫌そうにゆがんだ眉。

 絹糸みたいに輝く金色の髪は、いつもよりしっかり整えられて、後ろに流されてる。


 いつもならその髪の毛の隙間から覗く瞳がきろっと私をにらむ。


「その服はどこの仕立てだ」

「ハーバ商会の夫人の見立てと聞いております」


 椅子に深く腰掛けたデアルタさんは、さも面白くなさそうに「ふん」って鼻を鳴らした。

 デアルタさんとコトリさんが選んでくれたドレスを着なかったのは申し訳なかったけど、そんな態度ないんじゃない?


「馬子にも衣装、だな」

「……そういうの、すごく失礼だと思います」

「お前に払う礼儀などない」


 むかつく!

 すっごいやな奴!


 でも、心の中で思いっきり中指立てる私の頭を父さんがぽんぽんって叩く。

 んだよ!って思って父さんの方を見たら、なんかにこにこ笑ってた。


 こういうのってすごく珍しいきがする。

 私の方を見たまま


「お褒めに預り光栄です、司令」


 って、父さんはデアルタさんにお礼を言った。

 ちっとも褒めてないと思うけど。まぁいいや……。

 父さんの言葉に「っち」ってちょっと舌打ちしたような気もするけど、それもまぁ。なんだ。

 許すよ。


ぐじぐじ思う私の頭の上で、大人同士の話は進んでく。


「それで、荷物の方は?」

「納屋に運び込むよう指示しました。日没後、搬入します」

「わかった」


 昼間、車を降りるときもリクヤと話してたけど、荷物荷物ってなんのことなんだろ?

 服と小物は先に届いてるはずだし、ご飯の心配なんてもちろんない。


 ご馳走をたくさん食べてくるようにって、母さんから言われてるしね。


 だとしたらさ。


「あの、荷物ってなんですか?」


 自分だけ知らないって変だし、教えてもらえないかもしれないけど。でも、一応きいてみる。


「お前の身を守るものだ。それ以上は実際に届いてから確認しろ」

「はぁ……」


 教えてくれないのかと思ってたのに、デアルタさんは答えてくれた。

 でも、その答えだけじゃなにがなんだかわかんなくって、逆に心配なんだけど……。


「心配しなくていい。トレもよく知ってるものだ」

「そう、ですか……」


 ふたつなの祝いの主役は私だって言われてた。


 皇帝陛下のお兄さんが来るってきいたし、特別な事が色々起こってるんだろうなって想像はつくけど。

 それでも、私の知らないところでいろんな事が決まって、よくわかんない内に準備が進んでく。

 そういうのってちょっと怖い。


 そう思ったらお腹の中が少し重くなって、その重たくて湿ったなにかが溜息と一緒に漏れてく。

 でも、そんな湿った空気をかき分けるみたいに、革靴のどかどかどかって足音が廊下の方から聞こえてきて。

 ドアの前まで来たその足音はノックもなしにどかんって扉を開けちゃった。


 その音と、部屋に入ってきたその人のせいで、そんな全部がうやむやになっちゃった。


「トレ様がいらしたんですって!?」


 部屋の中の全員がその人を見る。


 象牙色の肌。

 だけど、ほっぺたは走ってきたせいなのかふんわりピンクに染まってて。父さんと同じ略式礼服を着てるんだけど、あちこちゆるんじゃってる。

 きっとどっかで引っかけたんだと思うけど、あんまりにもあんまりで、部屋の中の時間が止まったみたいになっちゃった。


「コトリ、ノックはどうした……」

「あ゛」


 子供か!




 控室としてあてがわれたのは、いつも通り西の外れの尖塔だった。

 もう、何度も来てるし自分の部屋みたいなんだけど。でも、デアルタさんとコトリさんの思い出の空間で。

 そう思うと少しだけ空気が重く感じる。


「夕方まで休んでいなさい。おれは用事を片づけてくる」

「着替えはどうしますか?」


 部屋の真ん中まで進んで。でも、その重い空気がなんだか嫌で。だから、父さんに一緒にいてほしかったんだけど、そんな雰囲気じゃなかった。

 クレアラさんに準備してもらった教会服が一人で着られないのは本当。

 けど、父さんに着付けを手伝ってもらうのなんかやだし。そんなつもり最初っからない。


 それでもそんな風に言ってみたのは、この場所に一人でいるのはなんとなく嫌だったから。


「時間になったらエンテ百人長が手伝いを連れてくるから、それまでここを離れてはいけない。いいな?」

「……はい、父様」


 きっと、仕事があるんだろうなってわかってるけど。でも、一緒にいてほしいなって思う私を残して父さんは外に出ていっちゃった。


 部屋の中の空気がすうっと冷えてく。

 きっと扉の開け閉めのせいなんだけど、それでも、ちょっとだけ怖くて、心細い。


 お屋敷の外れにあるはずの尖塔にあるこの部屋。

 部屋と外を仕切る扉は、私が言葉を勉強してた頃より分厚い物に変えられてて。でも、扉越しにも、たくさん来てるお客さんのざわざわした雰囲気は伝ってくるみたい。


 部屋の空気がちりちりと震えてる気がする。


 落ち着かない。

 すごく落ち着かない。


 大忙しのお屋敷の中、私だけがぼんやりしてるみたいで、気持ちがざわざわしちゃう。


 なにかしなきゃって思うけど、言葉の勉強をしてた頃、部屋に置かれてた本は全部片づけられてて。

 届けてもらう予定だった荷物もまだ部屋に来てない。荷ほどきとかあれば気がまぎれるんだけど、それも出来なくて、なんとなく窓の外を見る。




 ひときわ目立つ集団がいた。

 周りの華やかな装いの人達の中に浮き上がるみたいな黒い服。


 いつもテアやクレアラさんが来ているのと同じ、左右合わせの教会服を着たその人達――七~八人だと思うけど。

 その黒い教会服の一団は誰かにあいさつする様子もなく、人波の中を歩いてく。


 どぅえとさんやきゅいあさんが言ってたのと同じ。クリーネ王国でカレカやけむりさんが乗った船を襲ったっていう人達も着てた、真っ黒な教会服。


 テアが言ってたのはこの人達の事だったんだ。


 けむりさんが来たとき、血だまりみたいになった港。

 怪我した兵隊さんがたくさん運ばれて、もしかしたらカレカだってそうなってたのかもしれないのに……。


 あの時の事を思い出すと、怖くて、息が苦しくなって。

 それから膝に震えが来て動けなくなっちゃった。

 せっかくのドレスがしわになっちゃうのにって思っても、窓の下でしゃがみこんでるしか出来ない。


 きっと、平気で人の事を傷つけられる人と一緒にいなきゃいけないって。怖いよ。



 いつの間にか、窓から入ってくる光がオレンジ色になった。

 この世界のお日様は元気がなくて。それでも、西日は確かに熱を持ってて。その熱でほっぺが少しあったかくなってきて。

 そのおかげでようやく膝の震えが治まった頃、こんこんって扉がノックされた。


「トレ様、そろそろお支度しましょう」

「はい。あの、開いてます」


 お屋敷のお手伝いさんを連れて意気揚々と入ってきたコトリさんと目が合う。

 ばちっとあった。


「あの。なにしてらっしゃるんですか?」


 まぁ、一人で部屋の隅っこでしゃがみこんでるの見たら、そりゃそう思うよね。

 いいの、ほっといて。




 いつもならもう少しラフな――っていっても、どこがどうってはっきり言えないんだけど。

 でも、いつものお仕着せよりぴんと張りつめた感じのお手伝いさん達がすごい速さで私の身なりを整えてく。


 髪も洗われたし、身体のあちこちに香油もつけてもらった。


 クレアラさんが準備してくれた赤と白の教会服はふわっと広がったところの多いデザイン。

 私用の特別製らしくて、クレアラさんや僧正様が来てるのとは細々と造りが違うみたい。


 だから、ちょっと手間取ったりしそうな気もするんだけど、お手伝いさん達はぱぱぱっと着付けてくれる。


 あまり派手な刺繍とかレースとかで飾り立てないのが普通なんだと思ってたけど、それは男性用だからなんだって。

 女性用のは袖口には金色の糸で藤が刺繍されてて、紺袴の裾も内側が白いレースで飾られてる。


 歩くときふわっとレースが見えるのは可愛いんだけど、ちょっと歩きにくい。

 ごわごわするというかなんというか。


 けむりさんとテアの斬り合いに割り込んだ時に切れちゃった髪の毛は、まだ肩より少し下くらいまでしかなくて。

 だから、かつらというかなんというか――ウィッグっていうんだろうね。

 私のメープルシロップみたいな明るい赤毛とは少し色合いの束が差し込まれてる。


 そんなつけたされたのと一緒にくるくるっと頭の後ろのとこで結い上げられた髪を、梟を先端にあしらったかんざしでまとめてもらった。


 眉の形を整えてもらったりとか、顔のマッサージなんて初めて。

 乳液ぬってもらったりとか、いままでした事もない事されて、なんだか改造されたみたいな感じがするのは、気のせいじゃないよね?


 んで、鏡に映る自分を見たらね。

 こう。

 なんだろう。


「別人みたいですね……」

「それがトレ様の実力なんですよ!」

「はぁ……」


 なんだよ、実力って!


 確かに、いつもより肌はつやつやしてる気がするし、唇もぷっくりした感じだよ。

 それなりに見れる感じだとは思うけどさ。


 実力がどうこうって、普段が駄目みたいでちょっとやな気持ち。

 だけど、可愛く仕上がってはいるもんねって無理やり気持ちを盛り上げてみる。


 少なくとも、今日。エントランスのところに集まってたきらびやかな人達の間に入っても、違和感ないんじゃないかな。

 わかんないけど。


 準備が整う頃には、さっきまでオレンジ色だった空は薄い紺色ですっかり夜の雰囲気。

 そういえば、日が暮れたらなにか荷物が届くんじゃなかったっけ?


「コトリさん。夕方、荷物が届くって父様が言ってたんですけど……」

「あぁ、そろそろ届いているでしょうね」

「そうなんですか?」


 そんな気配ちっともない。


 さっき見かけた黒い教会服の人達の事を思い出すと、私の身を守ってくれるっていう荷物がどうしても気になっちゃう。


「あの、納屋に見に行っちゃ駄目ですか?」

「そんな事しなくても、すぐ来ますよ」


 ふわっと笑ったコトリさんは、お手伝いさんの耳元でこしょこしょってなにか話した。

 そしたら、お手伝いさん達は着付けの道具を片づけて部屋から出てく。


 コトリさんと二人っきりってすっごくありがたくない。というか、この人、なんかちょっと怖いんだよね。

 いつだったかお尻もまれたし。


 なんて、ちょっと失礼なこと思ってたら


『トレ、いるか?』


 すごく太くて、びりびり鳴るくらい力強い声が部屋に飛び込んできた。

 獣が鳴くみたいに聞こえるオーシニアの言葉は、でも、聞き覚えがあって、すごく頼りがいのある響き。


『どぅえとさんですか?』

『あぁ。お前の部屋を守ることになった』


 荷物ってどぅえとさんだったの?


 ちらってコトリさんの方を見る。

 なんかにこにこしてるけど、そんな風に笑う意味が分からないんだけど!


「入口はおれともう一人で固めるから、安心しとけよ、ちび」

「カレカ!?」


 え、なんで?


 聞いてた話と色んな事が違って。

 すごくびっくりして。


 だけど、そんなぐるぐるする気持ちより早く、身体は動いて、扉を開ける。

 開けようとする。

 したんだけど、手が震えて上手くいかなくて。そうしたら、コトリさんが手を添えてくれた。


「コトリさん」

「トレ様、慌てすぎです。お二人とも、どうぞ」


 ぎってちょっときしむみたいな音。それから開いた扉の向こうに、カレカとどぅえとさんがいて、ほんとは二人にぎゅーっとしがみつきたかったんだけど


「誰だ、お前」


 って。


 お化粧だけでそんなに変わる訳ないのに、なんなんだよ、もう!


 でも、カレカがいてくれただきっと大丈夫。

 そんな風に思っちゃう私って、ちょっと現金なのかも。

今回は、パーティのちょっと前っていう感じのエピソードをお届けしました。


書きたい事が色々あって、調べ物もたくさんしたんですけど、そういうのをあんまり盛り込めなかった気がします。


それでいて長いし……。


1900年頃のお化粧についてとか、ドレスコードについてとか。

もう、とにかくいっぱい調べたのに。


主人公がパーティに参加する機会が来たら、生かしたいところです。



次回更新は2013/09/19(木)7時頃、儀式が始まって歓談するエピソードを予定しています。

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