46.綺麗なドレスを着れるかな
生まれてから十回目の秋。
私だって人事じゃないんだけど、あちこちがざわざわと賑やかになってる。
雪が降り始める前に準備が必要なのはもちろんなんだけど、今年の秋はちょっぴり違う忙しさ。
ふたつなの祝い――地方で生まれた子とか、中央で生まれたけど両親のどちらもが“授かり物”のあるお家の子とか。
そういう、帝都に足場のない子が後見を決めるための式典。
でも、それとは別に社交界への入り口のような役割もあるらしくて。
中央にいれば家族が機会を見て社交界デビューさせたりするのが本来らしいんだけど。
疎開中でそれが出来なくて。そういう事情もあって、今年は州都にお客様をお招きして式典をするんだって。
っていうのを聞いたのは少し前。
ドレスを仕立てるために寮を訪ねてくる疎開組の子のお父さんとかお母さんとか。
あと、ご家族に率いられた仕立て屋さんとかの行列を見ながらぼんやりしてた。
今年、ふたつなの祝いを迎える、南部生まれの“選ばれた子”は私だけで。
いうなれば主役だから、ぼんやりしてていい訳ないんだけど、夏頃、テアに相談したら
「じゃあ、教会の晴れ着を貸してもらえるように頼んであげるよ」
って言ってくれて、クレアラさんが準備を進めてくれてるみたい。
紅白の教会服なんて南部では盛装だし。
ドレスなんて身体にぴったりしてるもの、このお祝いの後に何度着られるかわからないもん。
でも、教会服ならそれなりに余裕のあるつくりだし、もし新しく仕立てて、一回しか着なくても、教会に置いとけば他の誰かが使えるはず。
無駄遣いになるよりずっとましだからね。
なんて思ってる私をよそに、周りの皆は盛り上がっちゃってて、コービデさんからはドレスの仕立てのために家に寄るように矢の催促があったり。
村の皆が可愛い服を仕立てられる様にって寄付金を集めちゃったり。それに軍隊の人が混ざってたりとか、とにかく大混乱。
さらにさらに、ね。
「トレ様の髪の色に合わせて、少し明るい色のオレンジを……」
「いや、元が泥臭いのだから少し涼やかな色を……」
誰が泥臭いのかっていう気持ちはぐっと飲み込む。
なんだかんだ言っても、南部で一番の権力者はこの変な金髪のおっさんだし。
文句とかいうと、最終的に五倍くらいになって帰ってくるから面倒なんだ。
父さん母さんが「ふたつなの祝いで必要なものがあるから、州都まで一緒に買物に行こう」って私を連れ出したのが二日前。
学校があるフフトの町まで車で出て、それからもう少し北にある大きな町――フルサの町へ。
そこで一泊した後、宿営地に寄ってもう一泊。
ようやくついた州都なのに、父さんも母さんも買物なんか全然しなくて。
そのままデアルタさんのお屋敷に連れてこられちゃった。
その時点でこうなるんじゃないかって気はしてたんだ。
でも、こんなにまでとは思ってなかった。
ルザリア南部自治州に駐屯する南部方面軍の司令官。同時に南部の政治を左右する総督でもあるデアルタさんのお屋敷は広い。
ふたつなの祝いの会場にもなるらしいその広い屋敷の隅っこ。
何年か前の冬。
オーシニアの言葉を勉強する間、私が生活していた西の尖塔の一フロアにどっさりドレスが置かれてる。
それをとっかえひっかえあてられて、もう三時間くらい経つ。
「もう少し胸を強調したデザインでもいいかもしれませんね」
「いや、扇情的なものは駄目だ」
「トレ様はおぐしも短いですから、胸元とか、少し色気を出した方がいいと思いますが」
「帝都からくる変態どもに色気を振りまく必要などない。そもそもこいつに色気なんぞあるか」
大概失礼だな!
ドレスを次々と当てながら喧々言い合いをしてるコトリさんも、なんかよくわからない事を言いだしてる。
コトリさんにしたって軍隊では百人長っていう階級で、けっこうえらいはずだし。兵隊さんにも怖がられてる人。
それなのに、今日はなんだかぐだぐだ。
二人の言い合いはちっともおさまりつかない。
「あの」
「どうしてそんなごてごてと装飾されたのをお選びになるんですか」
「身体の線が隠せるし、下品にならなくていいだろう」
「下品と色気の違いが分かっていないようですね」
「……あの!」
おっきな声出したら、言い争ってた二人の視線がくるっとこっち向いた。
美人とかきれいとか言っていい類の二人だけど、じっと見られるとおっかない。
でも、このままほっといたら意味の分からない物を着せられちゃうにきまってる。
言うべきことは言わないと!
「可愛いドレスをたくさんご用意頂いてありがとうございます。
ただ、お二人はお忘れかもしれませんが、トレの左の肩には大きな傷があります。
なので、それとそれとあれとこれと。その辺りの胸で留めるタイプのは着られません。
あと、ドレスなんか着慣れてないので足元がぶわっとなった奴はきっと転んじゃいます。
これとこれと。あと、あの辺りのまるっと全部無理です。
せっかく準備してもらったのにごめんなさい」
二人の視線がおっかないからわーっと一気にしゃべっちゃう。
そしたら見る間に静かになった。火が消えるってこういう感じかな……。
「はしゃぎすぎましたね」
「そうだな。お前が好きに何着か選べ。その内でどれかを選ぼう」
そんな感じで選択権は戻ってきたけど、なんか、すごく申し訳ない気持ちになってきちゃった。
だいたいさ。
デアルタさんが父さんの上司だっていうのはもちろんあると思うけど、それだけでこんなにしてもらえる理由がよくわかんないんだよ。
手信号が通じるようになって、クリーネ王国との取引も順調だってホノマくんが言ってたし。だから、オーシニアの言葉が話せるっていう私の価値は、すごく小さくなってるはず。
それなのに、二人してこんなにしてくれるのが、すごく不思議。
父さんも母さんも私を二人に預けてどっか行っちゃってるんだし、なんにも考えないで好意に甘えててもいいのかもしれないんだけど。それってなんだか居心地悪い。
「デアルタさんもコトリさんも、なんでトレを気にかけてくれるんですか?」
「敵方の言葉を話し、その上、手信号にも精通した貴重な戦力だからだ」
顎をくっとあげて、即答。なにをいまさらって言わんばかりのデアルタさんは、相変わらずやな感じ。
まぁ、そういう性格悪い感じの方がデアルタさんらしいと思うけど。
「そうでしたか」
そんな答えにやっぱりねって、心の中でちょっと納得して。
でも、デアルタさんの感じ悪い口ぶりを聞きながら、ドレスを箱に収めてたコトリさんはちょっぴり寂しそうに笑ってて。いつものコトリさんとは全然違う。
なんだか弱弱しいその仕草は、私の胸を詰まらせる。
ちょっと静かになって、その沈黙に私の視線を追っかけたデアルタさんもコトリさんの方をちらっと見た気がして。
そしたら、ふぅって深く息をついた。
静かな中に大きく響いた溜息に、コトリさんは顔を上げる。
「あ、えと。そんな言い方、どうかと思いますよ」
「ふん」
泣いてるみたいな笑顔でコトリさんがこっちを向いて。それを見たデアルタさんは面白くなさそうにぷいっと横を向いた。
二人とも私の方を見ないまま。まるで、部屋のどこかにいる誰かを見るみたいに、一点を見つめてた。
「おれ達には娘がいた。お前と同じくらいの歳で死んだ。肺病だった」
「十年以上前のお話ですけどね。この塔で暮らしていたんですよ」
ドレスを箱に納め終わったコトリさんは、そこに座ったまま。手に持ったドレスの箱をそっと撫でてる。
「もともと子供を産めるかわからないって言われてた私に授かった命です。大事に大事に育てたんですが……」
「おれと同じで肺が弱くてな」
「トレ様があの時かかったのと同じ。肺炎でした」
ここにあるドレスは、もしかしたらその子が着るはずだったドレスなんじゃないかな。
その子に着せて上げたかったドレスを、どうする事も出来なくて、そのまま置いてた。
だから、私がこの尖塔で暮らしてた時、なにからなにまで物がそろってたんだ。
「トレ様を見ていると、あの子の事を思い出してどうしても構いたくなってしまうんです」
二年前からずっと、私は二人の思い出の中で暮らしてたのかもしれない。
そう思ったら、なんだか悲しくなってきて
「お前には翻訳だなんだと重い物を背負わせている。おれ達の過去をしょいこませるつもりはなかった。この話は忘れろ」
「そんなの忘れられる訳ないじゃないですか。そんな、そんな事……」
鼻の奥がつんとして、ぼろぼろ涙があふれてくる。
誰かを置いてきちゃうのが辛いのって、前生の記憶のせいですごく鮮明で。だから、二人がどんな思いをしてきたのかなって。
そう思うだけで、息が出来ないくらい苦しい。
「お前みたいなちびにこんな話をするとは、おれ達も歳だ……」
「一緒にしないでください、ね」
歳の話をしようとしたデアルタさんの内腿辺りに、コトリさんが投げたハンガーが当たって「ぐっ」ってデアルタさんが声を上げた。
湿った空気はもう私の周りにしかなくなって、だからってほっとしたりとか全然ないんだけど
「トレに出来る事はありますか?」
せめて、二人のためになにが出来るのかなって考えたくなって。
でも、二人は
「明るく元気に、笑って暮らせ」
「それだけで充分です」
そういって、コトリさんが私を抱き上げてくれて、デアルタさんはぐしぐしって頭を撫でてくれた。
泣いてちゃ駄目だ。
元気出さないと!
って思ったのに
「それで、ドレスはどれにします?」
……もう、それはいいので。
南部の秋はあっという間に過ぎる。
夏に比べたら長いけど、それでも保存食を作って、色々な作物の収穫とか、初夏の農繁期と同じくらい忙しくてばたばたしてるものなんだ。
でも、そんな忙しさも、雪が降り始めるとぱたっと終わって、学校の中は急に静かになった。
人の出入りが少なくなったからっていうのももちろんあると思うけど、それ以上に大きいのが雪。
雪の日って、音が雪に吸われちゃうみたいですごく静か。
そんで寒い。
寒くなると、なんとなくトイレが近くなっちゃって。去年までなら一人でとことこいって帰ってくるだけだったんだけど。
なんていったらいいのか。
去年の今頃――より、もうちょっと寒くなってからだと思うけど。
色々あって、フィテリさんのグループに混ぜてもらうようになって。そしたら一人でトイレっていう訳にもいかなくなっちゃって。
だから今、手洗い水のとこ。鏡の前でフィテリさんと並んでたりする。
鏡の中で銀に近い金色の少しこしのある髪をさっさって整えるフィテリさんの仕草は、なんだか大人の女の人みたい。
肌が白くて、細い指が通るたびに、髪がふわっとなびいて、ふんわりとラベンダーの香りがする。
……香水つけてるのかな。
「どうかした?」
「あ、いえ」
じっと見てましたとは言いにくくて、なんとなく視線を落とす。
フィテリさんの手に比べたらがさがさで、右手にはぷっくりペンだこが出来てる。
左手の中指につけた指輪だけは、なんとか女の子を主張してるけど、それだけ。
なんか、格好悪い。
「そういえば、貴女。テア様の事、本当はどう思っているの?」
どうしてこんなに差があるのかなって、ちょっとしょんぼりしてたらそんな言葉を投げられた。
思わずポーチ落としちゃったじゃないか!
「ど、どうって、どういうことですか?」
「好きなのかって事よ」
改めて、フィテリさんの方を向いたら、フィテリさんもこっちを見てた。
はじめてこんな風に向き合ったのもテアの話をした時だったっけ……。フィテリさん視線はあの時と同じですごく強くて、ちょっぴり怖い。
「テア様は素敵な方だと思うし、帝都から来た子達は皆憧れてる。……けどね」
きゅっと口を結んで、フィテリさんは言葉を切る。
それから私の左手をちろっと見て、それからまたしっかりと私の目を見た。
どんぐりを横向きにしたみたいな、少し鋭く見える眼元。はしばみ色の瞳は夜の湖面みたいに濡れて、少しさみしそうに揺れてる。
「私もアールネも。他の子達もそうだけど、家に戻ったら結婚相手が決まってたりするのよ。
だから、憧れて、騒いで、どきどきできるのなんて今の内だけなの」
疎開組の皆がそんな風に、逃げる事も違う選択も出来ないなんて知らなかった。
いつだって自信満々に見えて、自分の思うがままにふるまってるみたいだったフィテリさん。
なのに、思うままに生きられないって思ってたの?
「本当に自由に恋して、その人の事を思えるのって貴女ぐらいよ。だから、見ていて少し歯がゆい」
そんな事言われたって、人を好きになるってどんな感じか私にはわかんない。
前生男の子だったの記憶は、お茶に溶けた蜂蜜みたいに私の中で混ざり合って、もうはっきりわかんないくらいだけど。
それでも、誰かを好きになるかどうかだって。
ううん。
好きになっていいのかだって、だから
「トレには人を好きになるとか、よくわかりません」
「だったら、よく考えてみた方がいいと思うわ。全部きめられてる私達には出来ない、後悔っていうのを体験したいなら別だけれど」
思ってる事を思い切ってぶつけた私に、そう言ってフィテリさんはにこって笑った。
今まで見た事もないくらい、子供っぽく。でも、本当に綺麗に。
好きってなんなのかな。
いつか私も誰かを好きになるのかな。
考えても答えなんかでなくて。でも、ずっと気になって、胸の中で石みたいに固まって。 そのまま動かせない。
そんな気持ち。
今回は、権力者とそのパートナーに振り回されるエピソードをお届けしました。
主人公は可愛いドレスを着たいのか。
それとも、そういうのはちょっと気恥ずかしいと思ってるのか。
そういうのの中間でぶらぶらしてる子なんだろうなって思います。
私だって、成人式にスーツで行きましたからね。
振袖きればよかった。
次回更新は2013/09/12(木)7時頃、儀式が始まるところくらいまでのエピソードを予定しています。




