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45.荷物はやっぱり重いかな

 もうすぐ生まれてから十回目の夏。

 クリーネ王国に行ったカレカとどぅえとさんが戻ってきてから一ヶ月くらい経った。


 村の南側――湖側に向かって広がる葡萄畑では、実を守るため枝払いとか、大掛かりな手入れが始まる。

 名物の甘いワインを作るには、この時期に木の手入れをしっかりしておかないといけないんだって。

 だから、この時期になると村の中でもワインに関わるお家は少し慌ただしくなる。


 その一方で、風車広場にあるお店。

 金物を扱うティエレさんのお店――告名祝の時、晴れ着を貸してくれたおばちゃんなんだけど。

 葡萄畑の作業で鋏とか壊れたりするし、鋳掛もしてくれるティエレさんのお店みたいに大忙しなのは珍しくって。

 ハゼッカさんの雑貨屋さんとかお肉を売ってるメゲラさんのお店は軒並みぼんやりしてるはずなんだけど。

 今年――クリーネ王国と色々なやりとりが始まった、ここ一ヶ月くらいは少しだけ様子が違う。



 私が住んでるレンカ村は葡萄畑。

 他の村でも小麦とかお芋とか、とにかく農作業が忙しいこの時期は学校のお休みも増える。


 まぁでも、私の家は農家じゃないし、村の人にお手伝いを頼まれたりもしないから、のんびりした感じ。

 っていっても、お家の手伝いはきちんとしてるよ。


 農家じゃないけど、家の周りには家族が食べていけるくらいの畑があって、その簡単な手入れは私の仕事だし。

 洗濯だって当番制。

 繕わなくちゃいけないところを見つけたら直すし、お掃除もしなくちゃいけない。


 今日は鎧戸のほこり落とし。

 一階部分はいいんだけど――いや、暖炉の煤とかもつくし、綺麗な訳じゃないんだけど。

 でも、私の部屋とか父さん母さんの寝室とか二階にある部屋のは結構怖い。


 鎧戸を半分閉めて、窓枠にまたがったら、はたきでほこりを落とす。

 それからモップに持ちかえて、拭き掃除。

 湿気を吸うとカビちゃうし、こういう掃除って天気がいい日しかできない。

 でも、天気のいい日はそれなりに暑くて、じんわり汗ばんでくる。


 んで、汗ばむと乗り出した時にずるってなってびっくりしたりね。


「わわわ!」


 落っこちそうになって、慌てて股関節にぎゅーって力を入れ直す。

 そしたら、柵の手入れをしてる母さんが「ぷふーっ」って笑いをかみ殺してた。


 笑う事ないじゃん!




 そんなこんなでお手伝いをして、お昼ご飯。

 昨日の夜、仕事に必要な道具をとりに来たとき


「トレも休みだし、家族皆でご飯を食べよう」


 なんて言ってた父さんも、その父さんが一緒に連れて帰ってくるって約束したカレカも。

 二人とも帰ってこなかった。


 せっかく作ったトマトの冷製スープも無駄になっちゃうしさ。なんかもう、散々。


 まぁ、冷たくなくなっちゃっただけで、別に食べられるんだけどさ。

 でも、一番おいしいところで食べてほしかったんだよ。


 どうしても気分が上がらなくて、食後のお茶を飲みながらぼんやりしてたら


「トレ、ファルカとカレカにお弁当作って持って行ってあげて」


 って母さんが。

 なんかにまにましてて気持ち悪い。

 でも、そっか。

 お弁当か。


「お庭のきゅうり使ってもいいですか?」

「なんでも好きに使いなさい」


 パンは朝焼いた黒パン。

 母さんの作ったハムはもちろん入れて、あとはチーズとたまねぎ。

 それから採れたてのきゅうり。

 朝一番に採って、井戸で冷やしてるのもあるけど、冷やしたのを暑い中持ってくと水が出ちゃうしね。


 ぱぱぱっと作って、ランチボックスに詰める。

 水筒にはレモングラスとぺパミントをミックスしたお茶を煎れて……って、あれ?

 レモングラスが切れちゃった。


「母様、レモングラスが切れちゃったので買ってきますね」

「ん。じゃあ、クミンも一緒に買ってきて。それと、塩を一袋届けてくれるようにハゼッカさんに頼んできてくれる?」

「わかりました」


 はじめてのおつかいの頃からずっと使ってるバスケットに、ぽいぽいぽいっとお弁当と水筒。それから小銭でちょっぴり重たいお財布を詰める。


 あの頃はバスケットに振り回されるみたいだったけど、もうそんな風にならない。

 私もおっきくなったんだなあ……って、変な感動。


 そんな感動はともかく、出かけるときは元気にご挨拶だよね。


「じゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい」




 村のほとんどの人が葡萄畑に出てるから、風車広場――村の中心にある四つの大きな風車に見下ろされるひらけた場所。

 そこにある、村の外から仕入れた物を売ってる何件かのお店は、この時期、がらっがらな事が多い。


 畑仕事で道具が壊れたりするし、鋳掛とかなんでもできちゃう凄腕のティエレさんがやってる金物屋さんはちょっと違うけどね。



 でも、少なくともハゼッカさんがやってる雑貨屋さんは、毎年のこの時期はメインのお客が閑古鳥になってる。

 そう思ってたのに、今日はなんだかちょっぴり忙しそう。



 お店の前には大きな荷馬車が止まってて。

 その周りでは人足さんが慌ただしく駆け回って、大きな麻袋をどんどん馬車に積み上げてる。


 邪魔をしないようにその脇をすり抜けると、お店の脇のところ。

 いつもなら薪を積み上げてる庇の下に、同じような麻袋がどっさり積みあがってて、その横でハゼッカさんとあんまり見た事ない。

 でも、きっとフフトの町か州都から来たんだろうなっていう感じの、ぱっと鮮やかな緑のチュニックを着たおじさんがにこにこしながら話してた。


 お仕事の話かな。

 邪魔しちゃ悪いかな……って、ちょっと思ったけど、この後に用事もあるしね。


 割り込んじゃえ。


「こんにちは、ハゼッカさん」

「お。トレちゃん。おつかいかい?」


 昔に比べたらずいぶん愛想がよくなった――そのかわり、お母さんに似て綺麗になったとか、気持ち悪い事を言うようになったハゼッカさんが、いつも以上ににこにこしてる。

 なんなんだろ。


「父様にお弁当を届けに行くついでに、おつかい頼まれました」

「そうかいそうかい。んで、なにがほしいの?」

「レモングラスを小袋で二つ。クミンを小袋で一つ。それから、塩を一袋家に届けてほしいんですけど……」


 ふんふんって私の言葉に頷いて、ちょっと待ってなってハゼッカさんはお店の中に入ってっちゃった。


 その場に知らないおじさんと残されるって、なんかちょっとやだ。

 でも、挨拶もなしってなんか変だしなあ。


「こんにちは」

「こんにちは、トレちゃん。だっけ?」

「あ、はい。おじさんは?」

「エミテ商会のハルマ。そこのレニ川をずーっと北に登ってった山の方にあるシジの町から来たんだ」


 そう言っておじさんはにこにこしながら手を差し出してきた。

 ……握手とか、嫌なんだけど。


 でも、変に見つめ合ってるのもおかしいし、お腹にぎゅっと力を入れて握手。

 ごつごつした手は、私の手より少しだけあったかくて、その熱が背中をぞわっとさせる。


「ふん。すごいペンだこだね。勉強熱心なのかな?」

「そんな事ない……と、思いますけど」


 言われて手を見てみると、確かにひどいペンだこ。

 それに、鍬を握ったりするせいなのか、掌に硬いとこがいくつも出来てる。


 女の子っぽくない手かもって、ちょっとがっかりしてたら


「お嬢ちゃんみたいな子がお嫁にほしいなあ」


 だって。

 ……超ご遠慮します。

 なんて、言わないけど。


 そんな話してたらハゼッカさんが小袋三つ持ってお店から出てきた。


「お待たせ。クミンが鉄貨二十二枚。それとレモングラスが鉄貨二十三枚。塩は一袋銀貨十枚だから……えーと」

「あの、ハゼッカさん。塩の値段あってますか?」


 言われた値段がちょっぴりおかしい。

 少し前まで塩一袋って銀貨十八枚とかそれくらいした。

 母さんもそういう計算でお財布にお金入れてくれたから、銀貨二十枚持ってきてる。


 安いのは嬉しいけど、急に値段が下がったらなんか変な感じ。


「帝都から運ばれてくるのに比べて、レンカ村の塩は安いからね」

「そうなんですか?」

「フフトでもだいぶ価格は下がってるんだけど。でも、レンカ村で買った方が安いよ」


 うんうんってハルマさんが頷く。

 その横ではハゼッカさんがまだうんうんいってるんだけど、なんていうか。そういうの、よその人に見られない方がいいんじゃないかな?


 ……別に、私が心配する事じゃないかもだけど。


「じゃあ、銀貨十枚と大鉄貨五枚。あと鉄貨五枚でちょうどですね」

「あぁ、うん。そうだ。そうだね」


 ハゼッカさんの手にお金を載せて、ハーブの入った小袋をバスケットに入れてもらう。

 なんか知らないけど、毎回、リボンでラッピングして、変なメッセージカードつけるの、ほんとに辞めてほしい。


 言わないけどね!




 風車広場を抜けて南に。

 ちょっと威圧感が有るくらいがっちり組まれた石垣に左右を囲まれた通りを歩いてくと、畑で作業してる村の人が見える。


「ごくろうさまでーす!」

「トレちゃんも、おつかれさまー!」


 斜面に広がる畑にご挨拶。そしたら、こだまみたいに畑から声が返ってきた。


 この村の葡萄は特別製で、昔は当番さんが出してくれる木札がないと葡萄畑に入れなかったり色々と決まりがあって。でも、今は軍隊の人が門のところに詰めてて、出入りも厳しくなってるからなのか、なんだか気軽な感じになったかな。



 葡萄畑を守る石垣が切れるところまで歩くと、少し傾斜が始まって、そこからすぐのところに少し暗い色で重たそうな木材で作られた壁と門が見えてくる。

 それから、門の外には角ばった形の戦車も二台。


 町の入り口の門もそうだし、港に出るところの門もそうなんだけど。

 立派で威圧感たっぷりで、そんないかめしい門の前に、しかつめらしい顔をした門衛の兵隊さんが立ってるんだよね。

 はっきり言って感じ悪い。


……家族に二人も軍隊に努めてる人がいるのに、そんなこと思うのもなんだけどさ。


「こんにちは。父様にお弁当を届けに来ました」


 見様見真似で敬礼。

 そしたら、なんかきろっと睨まれた。

 怖い。


「千人長は事務所にいらっしゃいます。小官がお届けする事も出来ますが?」

「いえ。父様の顔を見ていきたいので、届けに行きたいです」


 なんか怒られそうな雰囲気。

 だけど、門衛の兵隊さんが、門の向こうにいる兵隊さんに目配せして


「どうぞ」


 って。

 こういうの公私混同っていうんだってわかってるんだけど、でも、時々ならいいのかなって。よくないと思うけど。




 事務所に入ったらすぐ、受付で父さんとの面会のために手続き。

 偉い人がいる空間らしくて――って言っても、この港で一番偉いのは父さんらしいけど。でも、さすがにちゃんとした形式を整えないと入れてもらえない。


 どっちかっていえば門のところの方がおかしいんだよね。

 今更だけど。


「じゃあ、二階の奥の部屋にどうぞ」

「ありがとうございます」


 軍隊の施設だからなのか、廊下の明り取りの窓にも少し厚みのあるガラスが使われてて。その向こうには、少しずつ見慣れてきた、物々しい景色が見える。


 はじめておつかいに来た頃。

 ここには薄い板で作られたちっちゃな桟橋一本の港があって、カレカが住んでるコケだらけのお家があるだけだった。


 なのに、今は立派な桟橋が三本。それから、いつか連れて行ってもらった宿営地の司令部みたいに立派な事務所がいくつも建てられてる。


 どっちがいいとかいうと変な話だけど、深く沈んだブルーの水面に、あまり強く照らない秋の太陽が淡く柔らかく反射して、時々緑色に光ってて。遠い対岸にはクリーネ王国の町なのか、靄にけぶられたたまねぎみたいな形の屋根が見えた。

 あの頃の方が素敵な場所だったなって思っちゃう。


 桟橋のところでは大勢の人が作業してて、それはそれでにぎやかなんだけど。でも、やっぱりちょっぴり寂しんだ。


 そんな事ぼんやり考えながら歩いてたら、あっという間に部屋の前についちゃった。



 部屋の前にはベンチが置かれてて、面会の人が待てるようになってる。

 っていっても、そんな人私しかいないんだけどね。


 皆が皆、桟橋のところで忙しく働いてるのか、この建物の中でも誰とも会わなかったし。


 でも、お部屋の中ではなにか話し合いが続いてるみたいで。だから、疲れてる訳じゃないけど、なんとなくベンチに座る。

 そしたら足音までなくなって、部屋の中の話し声がなんとなく耳に入ってきちゃった。


「……れに、塩の価格も安定してきましたし、次の段階に進むべきかと思います」

「また、トレを使うのか」

「帝都の連中が動けばどの道危険は増えます。我々の使える、貴重な戦力だとしれ……」


 なんかそんな。

 噂をすればなんとやら……っていうのは、きっと、中にいる父さんたちが言うべき台詞なんだと思うけど。でも、意味的には間違ってないよね。


 とはいえ、盗み聞きなんかよくない。


 立ち上がって、扉をこんこんってノック。それからおっきな声で呼びかける。


「父様。お弁当を届けに来ました」

「あぁ、そこで待っ……おい!」


 父さんの返事が途中で切れて、どかどかどかって足音。

 それから……


「トレ様、お久しぶりです!」

「こ、コトリさん!?」


 ばたんって扉が開いて、中から出てきた人にぎゅむーって抱きしめられて、それからぶわっと持ち上げられた。


 エメラルドみたいに光る瞳が急に私の目線と同じ高さに来て――っていっても、来たのは、抱っこされた私の方なんだけど。っていうか、自分でいうのもなんだけど、もうそれなりの体重だし、こんな風に軽々しく持ち上げられるのってどうなの!?


「お手伝いですか?偉いですね」

「偉くなんかないです。あの、おろしてください」

「やですよ。トレ様、抱き心地いいんですから」


 いやあの、ふくよかってこと?

 ……やだなあ。


 きっと露骨に嫌そうな顔をしちゃってたんだろうね。父さんが大きく咳払い。


「……エンテ百人長、その辺で」

「あ、はい。失礼しました」


 思いっきり仕事色を出した父さんが止めてくれなかったら、なんか変な事になってた気がするけど。

 まぁいいや。


 地面に足がつくのと同時に、バスケットからランチボックスを出して父さんに渡す。


「あ。もう一個ありますけど、それ私の分ですか?」

「いえ、カレカの分です。父様、カレカがどこにいるかわかりますか?」


 なんか、とられちゃう様な気がして、バスケットを胸に抱えて隠しながら父さんに確認。


 コトリさんも、いい大人なんだから、指をくわえてこっち見るとかしないの!


「カレカなら桟橋だ。急な搬入があって手伝わせてる。おれも急な打ち合わせが入ってな」


 言いながらコトリさんをちらり。

 私もコトリさんをちらり。


「私が悪者ですか!?」


 えぇ、まぁ。





 事務所を出て、今度は桟橋に向かう。

 少し前まで二本だった桟橋は、カレカとどぅえとさんが帰ってきてから、もう一本増やされて全部で三本。


 その真ん中の桟橋に立ったカレカは、船の上のオーシニア人――もじゃもじゃの毛皮に頭まで覆われた人と手信号でやりとりしてた。


「カレカ!」

「トレか、どうした……」


 遠くからちょろっと見ただけだからよくわからなかったけど、なにか口論めいた事をしてたのかちょっと険悪な雰囲気。カレカなんか、話し方がぶっきらぼうだし、船の上のおじさんも眉間にしわが寄ってて怖い。

 男の人がそういう、気分を態度に出すのってよくないと思うよ。


「喧嘩ですか?」

「いや、仕事の話だ」


 そういう割には、なんか帳簿から目を上げないで舌打ちしてるし、なにがあったのかな。


『あの、なにがあったんですか?』


 オーシニアの言葉で話すのってちょっと久しぶり。

 ちゃんと通じるかなって心配だったけど、船の上の人は、片方の眉毛をぴくってあげて――びっくりしたのかも。

 それでもすぐ返事をしてくれた。


『ちびちゃん、こっちの言葉話せるのか?』

『ちびじゃありません!』


 って、うっかり言い返しちゃった私にその人は『すまない』って軽く頭を下げる。


 顔は怖いけど――まぁ、きっとおじさんって言っていい年齢のどぅえとさんもそうだし。母さんより年下で、まだ女の子っていってもいいきゅいあさんもそう。オーシニアの人って顔はすごく怖い。

 っていうのは別の話だけど、でも、このおじさん。物腰は柔らかくて、さっき会ったハルマさんとかコービデさんとか。

 大きく言ったらハゼッカさんとか、商売をする人に似た雰囲気。


 どっちかっていえばカレカの方が感じ悪いよ。

 ……言ったら拳骨されるんだろうからそっとしとくけどね。


『それで、なにがあったんですか?』

『そこの若造が、降ろした積荷と帳簿が合わないってゆずらねんだよ。でも、なにが違うのか確認のしようがねえんだ』


 あー。そっか。

 手信号は通じても文字が通じる訳じゃないんだ。


 こういう事、もしかしたら頻繁に起こってるのかも。


『おじさん、帳簿見せてもらっていいですか?』

『おじさんはねえだろ。そこの兄ちゃんと大差ねぇはずだぜ』


 とかなんとか。

 そんなのどうでもいいよ。


 なんかぶちぶち言いながら、それでも書類を渡してくれたおじさんに「ありがとう」って手信号。

 話すの面倒なときもちょっと便利。


「カレカも、帳簿見せてもらえますか?」

「ん?あぁ……」


 ふたつの書類を見ながら違うところを探してく。

 きっと、お互いにわかりやすいようにって決められたんだろう、同じ枠の表にそれぞれの国の文字が記入されてる。


 どちらも同じ順番になってれば、手信号と指差し確認でなんとかやりとりできるだろうっていう知恵で作られたんだと思うけど。でも、塩、りんご、塩漬け魚……って項目を照合してくと、やっぱりもれがあった。


『おじさん。月の砂糖っていう荷物は降ろしましたか?』

『だから、おじさんはやめろって!……って、降ろしてねえな』

『そこがこっちのリストと食い違ってるみたいです』


 おじさんが船の中から樽を降ろしてきて、それでようやくカレカがもってた帳簿が埋まった。


「カレカも、短気を起こしちゃだめですよ」

「うっさい」


 べちんってでこぴんされたよ!

 役に立ったのに、なんで!?




 荷物の照合が終わってようやく休憩。

 桟橋から少し離れたところに置いてある木箱に座ってぼんやり。


 お弁当も渡したし、でこぴん痛かったし。もう、帰っちゃおうかと思ってたけどカレカが待ってろって言うからさ。

 そのくせ、一人でどっかいっちゃうし、一人で待ちぼうけとかやんなっちゃう。



 桟橋に繋がれてる船はカレカがクリーネ王国に行ったとき乗ってったのと同じくらいの大きさの船。

 その船は荷物を降ろすと、今度は荷物を積み込んで、沖に泊まってるもっともっと大きな船――横のところに車がついてる、確か外輪船っていうんだと思うけど。そこまで運んで行って、荷物を積み替えてる。


 持ってきて持って帰って。交易って、こういう感じなのかな。

 なんだか大変そう。


 なんて、船が行き来するのをぼんやり見てたら、首筋に冷たい物を押しつけられた。


「ぃひゃあ!」


 変な声出ちゃったじゃないか!

 って、振り返ったら、カレカが小瓶に入ったなにか――琥珀色で、中でぷくぷく泡がたってる液体を、ほいって渡してくれた。


「さっきの、ありがとな。これは、ご褒美」

「あ、はい」


 そんな事言いながらカレカはぐしぐしって頭を撫でて、すぐ隣に座った。

 こういうの、なんだかくすぐったい。


「それさ、クリーネ王国から持ってきたんだ。林檎の果汁なんだけど、しゅわしゅわってしてうまいぞ」

「……ん。ほんとだ、美味しいです!」


 この世界で炭酸なんて初めて飲んだ!

 甘いばっかりじゃなくて、ちょっと酸っぱくて、すごく好きかも!


 なんて飲み物で感動してたら、カレカがふーって深く息をついた。


「やっぱ、文字読めないと不便だな」

「そう、かもしれませんね」


 話しながらバスケットに手を突っ込んでランチボックスを取り出したカレカの右手をじっと見る。

 船が行ったり来たりしてるの見てたら、おまじないの指輪、まだちゃんとつけてくれてるのかなって気になってきちゃったんだもん。


「どした?」

「あ、いえ……」


 でも、そんな話しするの恥かしい。


「気になる事あるなら言えよ」

「あの、でも」


 聞いちゃえばいいだけの話なのに、かーってほっぺが熱くなってきちゃう。


 別に恥ずかしくなるような事じゃないんだから。

 旅の安全をお祈りしただけで、恥かしくなんかない。


 そのはずなのに、うまく話せなくて胸の辺りがいーってしめつけられるみたいになって。

 そしたら……


「おい、ちび。鼻血出てるぞ!」

「ちびじゃな……って、うえぇ!?」


 私、かっこわる!



 クリーネ王国から運ばれてくるいろんな物は、暮らしの中にじんわりとしみこむみたいに広がって。それは少しの便利を届けてくれてる。

 だけど、そういう便利を許せない人がいるって、私はその時、まだ知らなかった。

今回は、交易で少し生活が変わるエピソードをお届けしました。


塩の価格が下がって、その流通が始まってるっていうのがうまく伝わるといいなあと思っています。

ほんとは専売制があったり、色々な事に変化をもたらす事なんですけど、うまく伝わるのかなあ。


もっと上手になりたい。



次回更新は2013/09/04(水)7時頃、儀式の準備が始まって周りに振り回されるエピソードを予定しています。

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