表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/106

44.未来の話を出来るかな

 生まれてから九回目の春

 春っていっても南部の寒さは厳しくて、窓から見える景色にはたくさん雪が残ってる。

 それでも吹雪く日は少なくなった。


 半年前、カレカとどぅえとさんを見送ったあの日。

 大泣きして、じたばたして、ふさぎこんだあの時と同じように、今朝、カレカとどぅえとさんはクリーネ王国に旅立っていった。


「トレ。本当にお見送りに行かなくてよかったの?」

「行ったらきっと泣いちゃってますから……」


 少しは大人になったと思うけど。それでも、船に乗るカレカの背中を見たら泣いちゃうってわかってたから、今日は母さんと一緒にお留守番。

 気持ちはざわざわするけど、今は母さんと一緒にゆっくりお茶を楽しんでる。


 二人だけのリビングはなんだか広く感じる。

 寂しくないって言ったら嘘。


 手信号で実際にやり取りできるのかとか、レンカ湖の海図を作るお手伝いとか。

 向こうで色々なお仕事があるらしくて、二人は二ヶ月くらいクリーネ王国にいるんだって。前よりずーっと長い期間だけど、でも、今回はカレカがくれた約束があるんだ。



 手を広げて暖炉にかざす。

 左手の中指にはめた銀色の指輪は、淡いオレンジの暖炉の火が反射して、ちょっぴりまぶしい。


 シンプルなデザインで石もはまってない、銀で出来た指輪。

 つけてても邪魔にならないし、そのかわり自己主張もしない。でも、ペアの指輪をそれぞれの右手と左手の中指にはめるとその指輪が引き合って、道しるべになるんだっていう疎開組の子達が持ち込んだおまじない。

 元々はお父さんお母さんのところに無事帰れるようにって、疎開組の子達にお父さんお母さんが指輪を持たせたのがはじまりだってフィテリさんから聞いたけど、南部では少し違う意味になってる。


 もちろん、本来の意味でお願いしたよ。

 恋人同士とかそういうんじゃなくて、家族の無事を祈ってるだけ。



 暖炉の火は赤々と燃えてて、母さんが入れてくれた蜂蜜としょうがのお茶はあったかくて。

 甘えん坊って思われちゃってるかもしれないけど、ぴったりくっついて座る母さんのぬくもりが胸の中をあったかくしてくれる。

 だから、平気。




 暦の上では春。

 だけど、朝晩の冷え込みはすごく厳しくて、もこもこに厚着しないといけないのがちょっぴり嫌な季節。

裏地に毛皮をはった帽子にオフホワイトのコート。手袋も綿入でもこもこ。

 母さんが仕立ててくれた服に不満がある訳じゃないんだけど、一枚板のガラスに映る自分の姿を見るとちょっとがっかりしちゃう。


 フフトの町にはたくさんの商館があって、その中でも大きいハーバ商会の玄関には大きな一枚板のガラスが組みつけられてて。

 そこに映る自分の姿に溜息。


 学校までホノマくんと歩くのは、ここ二年くらい続いてる朝の日課。

 手をつないで行くっていうのはさすがになくなったけど、一緒に歩くのは変わってない。

 ただ、最近、少しだけ変わったところがある。


「トレちゃん、おはよう」

「おはようございます。コービデさん」


 ギンガムのケープを羽織ったコービデさんが扉をあけて出てきた。

 教会って男の人ばっかりで運営されてて、その協会が運営する学校にも女の人はほとんどいない。

 でも、両親から離れて暮らす疎開組の子達の事を考えると、女の人の手がどうしても必要で。だから、町に住んでる子のお母さんが交代で医務室に詰めるようになったんだ。


 コービデさんもその当番さんの一人。


「今日、帰りよってくのよね?」

「はい。お邪魔しようと思ってます」


 学校が終わった後、手信号の勉強のために商館を訪れるのも最近の日課。


 翻訳するときに一通り目を通してるし、書き写しをしてるのとほとんど変わらない作業だったから、内容はきちんと頭に入ってるんだけど。

 それと、実際にやり取りが出来るかって言うのは全然別。


 だから、学校が終わった後、手信号の勉強のためにハーバ商会で雇った“授かり物”で耳がなくて、小さい頃から手信号を使ってたフェッシェさんっていう女の人と実際に手信号でやりとりする練習をしてる。


 ほんとはホノマくんと商館の人達に覚えてもらうためで、私なんかが混ざっていいのかなって心配で。

だから、そんなこと聞いたらコービデさんはふわふわと笑って「いいのよ」なんて軽い返事をしてくれたっけ。


「その時で構わないんだけど、ふたつなの祝いの後見の人について教えてほしいの」

「は、はぁ……」


 よくわかんないからちゃんとした返事なんかできなくて、適当な相槌を打って。そうしたら、ようやくホノマくんが出てきた。


「ごめん、待たせた」

「女の子を待たせるなんて、駄目よ」

「うるさい!」


 ここんちの親子関係は相変わらず。でも、ホノマくんの態度は少し柔らかくなったかな。


「トレ、行くぞ」

「少し急がないと遅れますね」


 なんか自然に手をひかれた。

 こういうのちょっと久しぶり。




 冬にフィテリさんを助けた一件から、フィテリさんとアールネさんの二人がいるグループに入れてもらうようになった。

 帝都では身分の高い方らしいそのグループは、実を言うと居心地が悪い。

 その理由はかしましさ。


 同い年くらいの子ばっかりなんだから、私だって似たり寄ったりなのかもしれないけど、それでも彼女達のきんきんした声はちょっと耳が痛くなっちゃう。


「今朝、ホノマさんと手をつないでこられたでしょう」

「あ。ええ、まぁ……」


 そんなに特別な事じゃないと思うけど、彼女達にとっては違うみたい。


 机を囲んで皆できゃいきゃいしてるのはすごく楽しそうだけど、隣に本人がたちんぼしてるのに話す事なのかなあ?


「で、二人はおつきあいしているの?」


 二人はって言ってるのに、アールネさんはきっぱりとホノマくんに向かって話しかけてる。

 席に座れなくて立ち尽くしてたホノマくんもびっくりしてるみたい。


 ちらちらってホノマくんがこっち見る。

 そういう、アイコンタクトとか苦手なんだけど、よくわかんないから、とりあえず笑って首をかしげとく。


「……まぁ、な」


 ほっぺをかきながら答えたホノマくんの声をかき消すみたいに「きゃー」って声が上がる。

 女の子の声ってやっぱり高くて、耳がきーんってなった。


「じゃあ、テア様はフリーって事よね?」

「私、今日、声かけてみようかな」

「なに言ってるんですか!?抜け駆けはいけませんよ」


 ……あぁ、そういう事か。

 あとでテアに話しておかないといけないかも。



 先生が来るとその子たちもわーっと散って行って、思い思いの席に座った。

 教室に余裕があるからって言うのもあると思うけど、どこに座ってもいい事になってる。


 珍しく隣の席に座ったフィテリさんは手をじっと見てた。いつもなら、グループの子達と後ろの方に座ってるのに、どうしたんだろ?

 なんだか居心地の悪い感覚に、なんとなく手を膝の上において、机の下に隠す。


「貴女は指輪をしてるのに、ホノマさんはしてないのね」

「あぁ。これは家族が無事に帰ってくるようにって、買ってもらった指輪なんです」

「そうなの。じゃあ、さっきの話、迷惑だったんじゃない?」


 とがった顎に人差し指を当てて、フィテリさんはなにか考えてるみたい。


 アールネさんとかが騒いでいたのは特に迷惑じゃない。

 まぁ、ホノマくんにとってどうかはともかくだけど、そういう会話に混ぜてもらえることがちょっぴりくすぐったいくらいで、全然嫌じゃない。


「皆さん、おっきな声でびっくりしましたけど。でも、迷惑だったりはしませんよ」


 だから、思ってた事を答えたのに、私を見るフィテリさんの視線はちょっぴり力強くて、怖い。

 きろっと私をにらみながら「そ……」とだけ漏らすと、視線を黒板に戻した。


 その日、フィテリさんと口をきいたのはそれっきり。

 なんだか怒ってるみたいだったけど、どうしたのかな。




 手信号の勉強って、ほんとに難しい。

 挨拶みたいな決まりきった言葉とか単語とか、それだけで終わる部分についてはただ覚えればよくて。翻訳の間にほとんど頭に入ってる。……と、思う。完全じゃないかもだけど。

 でも、文章にしてやりとりをするっていうと途端に難しくなっちゃう。


 翻訳してる間も、文法をどう説明するかっていうところでどぅえとと相談するタイミングは多かった。

 っていうか、自分の国の言葉だって文法がどうこうって言われたらよくわかんないんだから、他の言葉だとなおさら。


 一生懸命やったし、自分では全部ちゃんと覚えられてると思ったんだけど


『その表現は否定型です』

「そうなんですか……」


 注意されて思わず声が出ちゃった。そしたらフェッシェさんが唇の前に指を一本出す。


『ごめんなさい』


 眉間をつまむしぐさの後に両手を合わせて手を少し前に。ごめんなさいの手信号。

 勉強の時間は、声を出して話さないっていうのがフェッシェさんと私達の一個だけの約束。


 っていっても、今みたいにときどき声が出ちゃうんだけどね。


『ホノマもわかりましたか?』


 すすすって手信号を発したフェッシェさんに、眉間をつまむしぐさの後に両手を合わせて手を少し前に。……わかんないんだね、ホノマくん。

 手信号で謝った後、ホノマくんがちらっと私を見た。


‘私、間違っちゃいました。さっきのは否定の意味だそうです’


 手元の紙にさりさりと書きつけて、ホノマくんの方を見る。間違え方が恥ずかしくて、なんだか笑うしかなかったんだけど。って、なんで顔を逸らすの?

 そんな変な顔してた?


 まぁ、いいけどさ。



 視線を上げると、部屋の中にあるたくさんの紙が目に入った。


 この世界では貴重品だし、値段も馬鹿にできない――一枚分の値段で串焼きのお肉が買えるくらいだから、ほんとに高価なんだけど。

 部屋には手信号の勉強をする私達のために惜しげもなく投入された紙がる。

 その量は、デアルタさんのお屋敷で見た書類の山と同じくらいの量で、そこから見えてくるクリーネ王国と商売をしたいハーバ商会の本気が、少しだけ怖くなっちゃう。


 それに、そんな貴重品に――それがはじっことはいえ、余計な事をひょいひょい書いちゃうくらい、紙がある環境に慣れてくっていうのもなんだか変な気持ち。

 贅沢になれると戻れなくなるんじゃないかな……。


 ちょっぴり不安な気持ちになってたら、こんこんって壁が叩かれた。


「はかどってる?」


 音が聞こえないフェッシェさんが、誰が入ってきてもわかるように開け放たれたままの扉のすぐ脇にコービデさんが立ってた。

 その後ろにはワゴンを押した使用人さんがいる。


「少し休んでお茶にしましょう。……ホノマ、フェッシェにも伝えてね」


 頷いて手信号で


『お茶の時間』


 ってだけ。

 話す時もぶっきらぼうだと、手信号もぶっきらぼうになるのかな。

 それでもきちんと伝わってるみたいで、フェッシェさんは『わかりました』って手信号で返事して、テーブルの上に広げた本や紙をてきぱきと片づけてくれた。


 その間に使用人さんはテーブルにお茶とお菓子を用意してくれる。


 カップから漂ってくる甘酸っぱい香りは多分シロン産発酵茶葉――デアルタさんの屋敷で何度か飲ませてもらったけど、これもやっぱり高級品。


 それと、お菓子が載せられたお皿はティーソーサーと同じくらいの大きさの磁器で、薄いオレンジのバラが描かれたその上に、薄いガラス板みたいな物が二枚置かれてた。

 片方は無色。

 もう片方は淡い緑色で、お皿の絵がそのガラス板の向こう側に透けて、少し色合いが淡くなっててすごく綺麗。


「ささ、いただきましょ」


 なんて、いつの間にかホノマくんと私のソファの真ん中に座ったコービデさんがにこにこと場を取り仕切る。

 フェッシェさんとの声を出すの禁止っていう約束は、コービデさんは免除みたい。

 ちょっとずるいなって思いながら、お茶を一啜り。


 高級品だけに香りも上品で、いつも飲んでるハーブティーとはちょっと違う。


 それでお菓子なんだけど


「これ、どうやって食べるんでしょう?」

「そのまま手でつまんで食べるんだ」


 ぱっと見、プラスチック――この世界ではプラスチックなんて見たことないから、前世の記憶でそんな感じって思ってるだけだけど。でも、無機質で温度を感じないそれをホノマくんはひょいっと口に入れた。


 危なくはないみたい。


 手に持った感じ硬いし、温度が感じられなくて、少し不気味な感じ。口に入れるのはちょっと怖い。


「どうしたの?」


 まごまごしてたらコービデさんに覗きこまれた。

 せっかくのお菓子なのに、口に入れるのが怖いとか言えなくて、だから、えいやって口に放り込んだ。


 ……ん。


「どう?」


 どうって、どうなんだろ。

 っていうか、ホノマくんもコービデさんもそんな風にこっちじっと見なくていいから!

 なんか恥ずかしい。


 口に入れた瞬間、氷でも食べたみたいに冷たい感じがして、しゅわっと舌の上で溶けちゃった。

 その後にじわっと甘さが来る。

 そんな感じ。


 前世の記憶まで全部さかのぼっても食べた事ない。


「……美味しい、です。すごく美味しいです」


 ほんとはもっと言い方があったんじゃないかって思うけど、もうそれ以上の言葉が出なくて。でも、私の言葉を聞いたコービデさんはホノマくんの頭をぐしぐしって撫でた。

 普段なら絶対嫌がって見せるホノマくんも、今日はなんだか嬉しそう。


「そのお菓子ね。ホノマが発案して、うちの工房で作らせたのよ」

「そうなんですか……」


 お菓子作りなんて女の子がするんだって思ってた。

 眉が太くて男っぽいホノマくんがお菓子作りなんて意外で、でも、几帳面そうだし、向いてるのかもしれない。

 よくわかんないな。


 とにかく、もう一枚の方を食べてみる。


 薄緑色の透明な板。

 さっきの透明な方と同じで、触った感じはさっきと同じで、プラスチックでも触ってるみたい。


 でも、口に入れるとやっぱり冷たい舌触りと、しゅわっと溶けて甘みが広がる。

 さっきと違うのは香り。


「……ミント?ううん。青林檎の香りがしますね」


 鼻に抜けてく淡い香りは少し独特で、お茶受けには少し強い感じ。だけど、お菓子の冷たい舌触りとは相性が良くて、さっき食べたのより好きかもしれない。


「トレちゃん、気に入った?」

「はい。すごくおいしいと思います」


 にこにこと笑うコービデさんに話しかけられて慌てて返事する。

 どうしてこんなに食いついてくるんだろ。


「トレもうまいって言ってるんだから、これでいいだろ?」

「そうね。じゃあ、シュタバに伝えてらっしゃい」


 シュタバさんっていうのはハーバ商会の家令さん。

 普段、色々なタイミングでホノマくんにお説教してたり、怖い人って言う印象しかないのに、そんな人になにを話すんだろ。


「トレちゃんが美味しいって言ったら、商会で扱うって約束してたの」

「え!?」


 私なんて素人なのに。そんな風に仕事のことを決めていいの?


「南部ではビーツがたくさん採れるから砂糖は安いし、失敗してもかまやしないの。

 砂糖を透明な板に精製する技術はまだうちの商会しか知らないから、最初の内は独占できるでしょ。

 独自性なんてすぐ失われちゃうだろうけど、誰に売りたいのかを明確にして、そのために作った商品って強いのよ」


 いつもふわふわ笑ってるコービデさん。

 疎開してきたばっかりの頃、ホノマくんに突っかかられて困っちゃう、弱々しかったコービデさんとは全然違う。

 母さんにもエアーデ先生にも感じたことない――コトリさんとかきゅいあさんなんかはこんな雰囲気だった気もするけど、そういう仕事をする人のしたたかさって、なんだか苦手。


「それにね。ホノマは商会を継ぐんだから、今の内から物を作って売るってどういう事か体験してもらわなきゃ」

「なんだか気の早い話ですね」


 ホノマくんも私と同い年だから、まだ十歳のはず。

 将来の事を考えるのはもう少し先でもいいんじゃないかなって思うけど、コービデさんにとってはそうじゃないみたい。


「学校に通ってない子だったら、もうお仕事してたりする時期だもの。トレちゃんだって将来の事、考えてもいい時期よ」


 そんな風に言って薄く笑うコービデさんは少しだけ悪役みたいで、じっと見つめられるとお腹の奥の方がきゅーっとなって、口の中が乾いてくる。


「トレちゃん、今朝話したこと覚えてる?」

「ふたつなの祝い、でしたよね」


 ちょっと前、フィテリさんも言ってたお祝いの名前だけど、それがなんのお祝いなのか私はなんにも知らない。

 でも、それなのにその言葉が耳に入る回数ばっかり増えてくのが少しだけ気持ち悪い。


「それってどんなお祝い事なんですか?」

「地方で生まれた子とか、中央で生まれたけど両親のどちらもが“授かり物”のあるお家の子とか。

 そういう帝都に足場のない子が後見を決めるための式典なの」


 ……足場?

 …後見?


「トレちゃんもホノマと同じ十歳。士官学校の入学準備とか帝都での家の手配とか。そろそろ後見を考えてもいい時期でしょう?」


 十二歳になったら士官学校に行かなくちゃいけない

 告名の祝い――生まれてすぐ、神様に生まれたことを知らせるための儀式なんだって言ってたけど、それはそのお祝いのときデアルタさんが言ってたから覚えてる。


 カレカが州都に行くのを決めたのも十二歳の時。


 将来の事を考えなきゃいけないときが近づいてるって、自覚してなきゃいけなかったのに。

 それなのに


「父様も母様もそんな話してませんでした」


 自分で気づいて、自分で決めなくちゃいけなかったのかな。

 あの時、カレカが州都に行くって父さんに相談しに来たのだって、誰に言われた訳でもなかったんだなって、そんな当たり前の事が胸の中にすとんと降りてくる。


 私は、自分で思ってる以上に子供なんだ。


「でも、父様は“選ばれた子”だってききましたし、デアルタさんもいますから、大丈夫だと思います」

「二人とも南部に責任のある方でしょ。中央で貴女の面倒を見るのは難しいと思うけど?」


 全部が全部コービデさんの言うとおりになっちゃうのが怖くて、でも、言ってみたのは自分のための言い訳みたいなもの。

 でも、コービデさんはそんな私の言葉を、道理を並べて簡単に否定して、笑みを深くした。


 仕事の話をする時の、なんだか気味の悪い笑い方。


「だからね、ハーバの家を後見に選べばいいんじゃないかしらって思うの」

「え?」

「もし、軍隊に行くのが嫌なら、家に入ってもいいし」

「家に、入る?」


 家に入るってなに?

 どうしてそんな話になってるの?


「おい、やめろ!」


 よくわかんなくて頭ぐるぐるなってたら、部屋の中にだんって音とホノマくんの怒鳴り声が響いた。


 音が聞こえないはずのフェッシェさんもびくってなるぐらい、びりびりと部屋の中をふるわせるおっきな声。それと同じくらいの速さで私の前まで来たホノマくんは、私の手をぐいっとひっぱって、身体を引き寄せてくる。


 なんだこれ?


「ホノマにとってもいい話だと思うけど?」

「……家の力でこいつをどうこうするつもりなんかない」


 ぎゅっと押さえつけるみたいに腰に回されたホノマくんの腕と、息遣いはすごく熱くて。

 ソファに座ったまま、お腹の底まで見通すみたいな笑顔のコービデさんの視線はお腹の奥を冷えしてく。


 身体の外から感じる熱さとどんどん冷えてく気持ちに挟まれたまま、少しだけ高いところにあるホノマくんの顔を見る。


 眉間にしわを寄せて、コービデさんと向き合うホノマくん。

 こんな風に喧嘩なんかしてほしくないのに……


「トレ、今日はもう帰れ。送る」

「ホノマくん?」


 しばらく見つめあった後、ぐいぐい引っ張られて部屋を出る。


「トレちゃん、お父さんお母さんとも相談してみてね」


 背中に投げかけられた言葉は、なんだか重い荷物みたいに私の背中にはりついてはなれなかった。

 これが将来の重さなのかな。

今回は、将来の話について詰め寄られるエピソードをお届けしました。


主人公がごちそうになってたお菓子は、いつか食べたお菓子の事を思い出しながら書きました。

寒い地方でしか作れないものだって言われた気はするんですけど、名前がどうしても思い出せなくて……。


とはいえ、主人公が将来どうしたいのか。

戦争を止めたいっていうのが目的ですけど、その最短ルートはどうなのか、そういう事を考え始める時期になると思います。



次回更新は2013/08/29(木)7時頃、いよいよ交易がはじまって生活が変わり始めるエピソードを予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ