40.伝えたいのは気持ちから
決闘の木――私やエウレ、それからテアが勝手にそう呼んでいるだけだけど。
背の低い楓の木の葉っぱはまだ緑色で、終わりかけた夏の、それでもまだ少し強い日差しを受けて青くきらきら光ってる。
その日陰にあるベンチまでなんとか二人を引っ張ってきて、真ん中に挟まるように二人をベンチに座らせた。
さっきまで命のやり取りをしていたはずなのに、右隣のけむりさんはもうなんでもなかったみたいな顔。でも、左隣に座るテアは剣の柄から手を放してない。
対照的な二人に挟まれるって、あんまり楽しくない……というか窮屈だよ。
切れた肩紐はもう結んだし、見えちゃうとか気にしなくてもいいんだけど。でも、結んだせいで裾が短くなったからかな。おへその辺りが寒い。
まぁ、お腹の辺りを冷やしてるのは気温ばっかりじゃないんだって思う。
「どういう事か説明して、トレ」
そういったテアの目は冷たくって。身体中から発散されてる気配みたいなものも含めて、お腹の奥の方まで冷たくなる感じ。
話す間もなくちゃんばらになったんだから、怒って当たり前なんだけど。
でも、そんな風に言われても、どれくらい話していいのかわかんない。
迷う気持ちの方が強いのに、いつもの色っぽい感じとは全然違うテアの気配に、口は勝手に言葉を紡いでく。
「……この人はお隣のクリーネ王国から来た人です」
ベンチから少し離れたところで私達をじっと見ていたリクヤさんの目が少し見ひらかれた。
話しちゃいけない。
そう目で言われてる気がするんだけど。それでも、テアには知っておいてほしい。
だから、話すなって合図してるリクヤさんをちょっぴりだけ見て、話し続ける。
「戦争でつかまったオーシニアの人達を家に帰すための話し合いをするために、クリーネ王国から来てもらいました」
視線が突き刺さるみたいに飛んでくる。それが怖くて、話が進んでくと地面しか見えない様にうつむくしかなくなっちゃった。
そうして目を逸らしててもテアとリクヤさんがじっと見てるのはわかる。
この間、クラスの子と喧嘩になった時もそうだけど、人の視線ってなにかエネルギーでもあるみたいにちくちく刺さってくるから。
「そんな危ない事、今すぐ辞めるべきだ」
クリーネ王国の使者っていう話が終わったところで話し出したテアの声が、少しだけ。ほんとに少しだけど低くなる。
もしかしたら怒ってるのかもしれない。怖くて顔が見れないけど、賛成してないんだろうなって事だけは顔を見なくてもわかった。
賛成してほしいとかそんなこと思ってる訳じゃないんだ。
ただ、私が思ってる事を知っておいてほしいだけ。
「さっき、左肩の傷、見えましたか?」
でも、同じ勇者候補のテアには私が考えてる事――もしかしたら、父さんや母さん。
それに、デアルタさん達みたいな私の周りにいる大人の人達は全然違う考えなのかもしれないけど、それでも私が目指したい未来を話しときたい。
「見た……あ、いや。見てない。見たけど忘れる」
そういうことききたいんじゃないから!
そんな綺麗な顔で恥ずかしがるとかいらない!
そんな顔されたらこっちまで恥ずかしくなるでしょ。
ほっぺが熱くなってきちゃう。
なにより話が進まないんだから!
ほんとは真面目な話をしたかったのに、なんだか顔が笑っちゃう。
眉間に無理矢理ぎゅーっと力を入れて、しかめっ面を作る。
上手にできてるのかわかんないけど、真面目な話なんだからねっていう気持ちを込めて。
「あの傷がクリーネ王国との話が始まるきっかけだったんです」
きゅきぃさんと会った時の事。
それから起こった色々な辛い事、悲しい事。
どこからどう話していいのかよくわからなくて、だから、時々リクヤさんの方を見て確認しながら少しずつテアに伝えてく。
狼に襲われて、きゅきぃさんに助けてもらって、少しだけおしゃべりして。でも、きゅきぃさんは軍人さんから見たら敵だから殺さなくちゃいけなくて、それを邪魔して撃たれた事。
敵であるきゅきぃさんをかばったから、父さんの部下じゃない軍人さん達に捕まって。それからデアルタさんに助けてもらった事。
戦争で捕まえられたオーシニア人の人達と話して。その時に会ったるいゆさんに本格的に言葉を習って、でも、るいゆさんは病気で死んじゃって。その教えてもらった言葉で皆から色々な話をきいた事。
父さんと一緒にクリーネ王国宛の手紙を書いた事。
きゅきぃさんと会った日から今までに起こったいろんな出来事を、かいつまんでテアに話す。
話してる内に鼻の奥がつんとして、涙が出そうになったけど我慢。
私の事、守るって言ってくれたテアには、きゅきぃさんが。それからるいゆさんが私に残してくれたなにか――多分、想いとかそういう物をきちんと伝えておきたかったから。
その眼が怖くて、怖い以上に恥ずかしい気持ちもあるんだけど、テアの目をじっと見る。
深呼吸を一回。
「辛い事とか悲しい事もたくさんあって。痛い思いもしました。トレはそれを無駄にしたくないんです」
ルビーみたいに真っ赤なテアの目に私だけが映ってるのが見えた。
あの日、ちゅーされた時も、テアの目にはこんな風に私の事が映ってたのかな……。
濡れた赤い瞳に映る自分を見ると、心臓の鼓動が耳元で聞こえるみたいに早くなって、それはすごく苦しいんだけど。でも、目を逸らす事なんて出来なかった。
変な沈黙。
でも、今って二人っきりって訳じゃない。
「ん、ううん」って咳払いを一つ。
別に大きい音じゃなかったけど、それで背中がぴんって伸びた。
いつも澄ました感じのテアも同じようにぴくってなって、それはちょっと面白くて。だけど、待たされたけむりさんの声の調子は、なんだかからかうみたいな感じ。
『そっちの話は終わったかい?』
『あ、はい。お待たせしてごめんなさい』
謝ってはみたけど、なんか嫌な事言われそうな気がする。
返事をする前から口の端をくって上げて笑ってて、嫌な感じ。
『かまやしないさ』
ほんとは構う気満々なくせにね。
そんな風に楽しそうに話すけむりさんの目は、でも、ちっとも笑ってなかった。
きろっと私を見て、それからテアの方を見る。
『あたしから坊主にききたい事があるんだが、伝えてくれるかい?』
『わかりました。なにをききたいんですか?』
いきなり切りかかったのはけむりさんの方だもん。
話をきく権利があるのはテアの方だって思うけど、それは言わない。
あんまり意味のある事じゃないし、けむりさんの目はすごく真剣で、余計な口なんか挟ませないって雰囲気だったから。
『四日前、どこにいたか。それから、剣術をどこで習ったか。最初はそれだけでいい』
質問はすごく簡潔で、その答えは私も知ってる。
本当にちょっとした話な気がするけど、けむりさんの言葉を訳してテアにきかせる。
「教会にいたよ。エウレにきけば分かると思うけど……。剣術は。トレはわかるよね?」
「はい」
勇者候補の特典としてもらった能力は生まれた瞬間から使えるんだと思う。
私の未来視Ⅰも生まれた瞬間から使えたんだし、テアのそれがそうだったっていうのも不思議じゃない。
でも、けむりさんへの返答にちょっと困っちゃった。
「小っちゃい頃から教会で習ってたって、言っていいですか?」
「そうだね。そう伝えて」
本当はほんとじゃない話をけむりさんに伝えたら、けむりさんは口の中でぶつぶつなにかつぶやいた。
あれだけの使い手がどうこう……って。
剣術の事はなにもわからないけど、テアの剣はもちろん。けむりさんの剣も父さんがきゅきぃさんを切った時よりずっと早くて、それだけですごい剣士なんだってわかる。
でも、だとしたら、勇者候補と互角以上だったけむりさんって、一体なんなんだろう?
ぶつぶつ言うけむりさんをじっと見る。
母さんから借りたオフホワイトのチュニックワンピース。少し見上げなきゃいけないくらいの位置にある頭は真っ白な髪に覆われて、それが風になびくと光を反射してすごく綺麗。
背筋がぴんと伸びて、格好良く見える以外は普通のお婆ちゃん。
さっきテアと打ち合ったのを見た後だからだと思うけど、この人も勇者候補なんじゃないかって、そんな気もしてくるけど。昨日の晩はそんな話ちっともしなかった。
はっきりきけばいいのかもしれないけど、ききたくない気もする。
宙ぶらりんな気持ち。
私の気持ちなんか関係なく、ちょっと考え事をした後、けむりさんは次の質問を口にする。
『お前さんと同じ仕立ての真っ黒い服を着た奴に心当たりは?あいつらはあんたらの仲間かい?』
『黒い服、ですか?』
『あぁ。坊やにきいてみとくれ』
テアが着てるのはいつもの、鮮やかな青い教会服。
それと同じ仕立てで黒って事は、いつだったかきいた僧兵っていう人達のユニフォームなんじゃなかったっけ?
話をきいたのがいつの事なのかも思い出せないけど。でも、僧兵っていう言葉にあんまりいいイメージはなくて。
そんな人達の仲間だったらやだなって思いながら、けむりさんの言葉をテアに訳して聞かせる。
私の意見とか知識とかを混ぜちゃうと訳わからなくなるかもだから、なるべく忠実に。
「黒い服って事は僧兵だね」
「テアは僧兵じゃないんですか?」
「まさか。クレアラ様も僧兵を率いてるアシタ僧正と折り合いが悪いんだ。ぼくらとはむいてる方向が違うんだろうね」
けむりさんの質問にこともなげに応えたテアは、ふわっと笑った。
「そう、なんですか……」
よかったって思わなかったって言ったら嘘だけど。でも、この間、手帳の事でクレアラさんに詰め寄られて、私に悪い事をしてくるのはテアとクレアラさんなんじゃないかって、ちょっぴり思ってた。
そうじゃないなら、誰に気をつければいいんだろ。
「こっちを向こう」って思ってたのに、そっちは違うよって、まだ歩き始めてもいないのに手を引っ張られたみたい。
『なんでテアを僧兵だって思ったんですか?』
『僧兵?あの黒服、そう呼ばれてるのかい』
どこかで会ったみたいな口ぶり。深く知らない方がいい話な気もするけど、けむりさんはさらっといきさつを話しはじめる。
『船が襲われたのはちびちゃんも知ってるね?襲ってきたのは、そこの坊主と同じくらいの背格好の奴だ』
『でも、テアじゃないです!』
ちょっと不機嫌そうに声の調子を下げると、テアを指さした。
人を指差すなんて失礼だって習わなかったのかな……。
それに、テアはそんな事しない。
そう思いたいだけなのかもしれないけど、でも、テアの事を悪く言われたみたいで。それが嫌で、なんだか声がおっきくなっちゃった。
『そうだね。坊やも使い手だったけど、黒服の方がよっぽどだったよ。着替えは湖に沈んじまったし、殺し切れなかったしね。散々さ』
さらりと物騒な事を口にして、けむりさんはへらっと笑う。
そして、話はおしまいとでも言うように、背もたれにぐいっと寄りかかって空を見上げた。
「なにを話したの?」
「テアは強いんですよね」
「それなりには。トレには負けちゃったけどね」
くくっと笑ってテアは昔の事を持ち出してくる。
あんな小っちゃい頃の決闘の話なんて、もう忘れたっていいはずなのに。クレアラさんもテアも、あの時の話を持ち出してきてはからかうんだもん。
やんなっちゃう。
だから、ちょっぴりだけ意地悪したくなった。
「けむりさん、テアより強い人に襲われたんだそうです」
勇者候補って言われて、特別な力があるんだって思ってた私は――って言っても、言葉の話は勇者候補の力でもなんでもなかったんだけど。
でも、特別だと思ってた事がそうじゃなかったって知らされるのって、きっとやなことなんじゃないかって。そう思ったのに
「そっか」
ってテアはふんわり笑うだけ。
いつもの余裕がありそうな。なんだか達観したみたいに見える笑い方じゃなく、本当に嬉しそうにテアは笑う。
「あの。悔しかったり、もやもやしたりしませんか?」
それはすごく不思議な事だって思う。
私はすごくもやもやして、お腹の中がぐるぐるして、気持ち悪くなったことだってあったのに、テアは本当に嬉しそうに笑ってる。
「どうだろう?そのなんだっけ。けむりさん……だっけ?だってぼくより早かったしね。上があるって、ちょっと面白いと思うけど」
そういう風に思えるって、格好いいなって思う。
私だってそういう気持ちに覚えがない訳じゃないんだ。
ライバルとか目指すタイムがあるから頑張ろうって思える。
そういう気持ち、私だってない訳じゃなかったんだけど、生まれ変わってからずっと、誰かと競わなくちゃいけないっていう事なかったから、忘れちゃってた。
「テアはすごいですね」
「惚れ直した?」
そう言って、テアはふにゃって笑った。
せっかく格好いいなって思ったのに、台無し!
「そもそも惚れてませんから!」
まったく!
『仲が良くて結構な事だ。でも、二股かけるのは感心しないねえ……』
『かけてないです!』
その上、けむりさんまでそんな事言ってくるしさ。
まず一股目がいないと二股目なんかないでしょ!
一人目が誰だっていうんだっつーの。
「トレ、そろそろ行こう。これ以上、誰かに会うのは好ましくない」
少し離れたところで成り行きを見守ってたんだろうリクヤさんが声をかけてくれるまで、テアとけむりさんの二人に違う言葉で次々にからかわれてた。
もうぐちゃぐちゃ……。
よいしょっておっきく掛け声をかけて立ち上がるけむりさんを横目に、私も立ち上がる。
「トレ。話し合い、うまくいくといいね。応援するよ」
「ありがとう、テア。また、明日」
テアの声が背中を押してくれる。
腰くらいまであった髪の毛が急になくなって、軽くなったからなのかもしれないけど、踏み出す足がいつもより軽い気がして。それでいつもより強く足を踏み出せてる。
そんな感じ。
かな。
今回は、ちゃんばらの後、話し合いするエピソードをお届けしました。
家族全員胃腸の風邪にやられてしまって、ひどい状況の中。なんとか書き上げたので、ちょっと思い入れがあったりなかったり。
おばあちゃんキャラの正体がどうのって前回の後書きに書いたんですが、そういう流れにならなかったのは、胃腸風邪のせいです(という事にしときます)。
う~ん。
でも、主人公の初ちゅーをげっとしたあの子が、敵方っていう訳じゃないんだよって。そういうところは予定通り書けた感じがします。
独りよがりかもですけど。
次回更新は2013/07/25(木)7時頃、主人公の身体に変化が起きるエピソードを予定しています。




