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4.お祝い事は大忙しです

 出生ブートキャンプから十五日。

 正直、前世も含めてあれほど大変な思いをした記憶がない――ないだけで、一度は体験済みなはずなんだけどさ。

 あの狭くて苦しい空間からひねり出されるストレスのせいか、それとも新生児という身体的事情のせいか。 まぁ、両方なんだろうけど、寝てる時間がすごく多い気がする。


 多分、十五日中十日くらいは寝てたんじゃないかな。

 そんなぐったりのんびりの間も世界は回っていたようで、今日は家の中がずいぶんと慌しい。


 なにか大事な行事の用意をしているらしく、母さんはおれが泣いてもなかなか来てくれない。

 母さんが忙しいときや疲れて眠っているとき駆けつけてくれるマーレ――おれを取り上げてくれた産婆さんで、最近は家に詰めてくれてるんだけど。 マーレも今日はなかなか来てくれない。

 うんこ出たからおむつかえてくれー! と念じつつ、精一杯の大声。


「あ゛ー!」


 でも無反応。言葉をしゃべれないってのはこんなにも不便な事だったのか!

もうどうしようもない。


 身体は新生児なんだけど、自意識がはっきりしているから失禁脱糞と、その後のじめじめした感覚にはものすごい抵抗がある。

 そのせいか他の赤ちゃんよりも神経質だとマーレがいっていた気もするけど、しょうがないでしょ。 気持ち悪いんだから。


 ある程度泣いても駄目だったので、聞こえてくる会話に意識をやると


「告名祝は簡単に済ませようと思っていたのに、僧正様がじきじきにいらっしゃるなんて、全然予定外だわ。 マーレ、なにを準備したらいいの?」

「トレ様に晴れ着を用意してあげなければいけませんね。 それと旦那様の職場の方もいらっしゃると思いますので、食事の準備も必要でしょう」

「晴着なんて用意してない!」


 控えめにいってもばたついている。 おれ(のうんこ)にかまっていられないのも無理はないのかなあ。

 告名祝ってなんなんだろう?


「奥様の晴れ着は衣装棚にあります。 トレ様の晴れ着は金物屋のティエレさんのところに借りられないかきいてまいりましょう。 帰りに食材も買い入れてきますから、少し遅くなるかもしれません」

「わかったわ」


 なにかおめかしをするような行事なんだっていうのはわかった。

 わかったけど、基本されるがままだからなあ。 心の準備くらいしかすることがない。


 前世でちょっとひどい目にあっているので、今生でも年上の男に触れられるのは恐い。

 なので、父さんに抱っこされたときも思い切り泣く事にしている。

 けど、他所の人にこれをやると感じ悪いし、父さんの仕事関係の人も来るみたいだからね。 おっさんに抱っこされるかもしれないと、心に留めておこう。

 うん。


「奥様はトレ様のおむつを見てあげてください。 トレ様はお腹がすいたときよりもオムツを替えて欲しいとき大きな声で泣かれますから」

「マーレはすごいわね。 泣き方でオムツかおっぱいかわかるなんて……。 ちょっと自信がなくなるわ」


 マーレはおれも含めて、父さんや母さん――この家族の事をよく観察している。

 前世にテレビでみた、事件簿をつけている家政婦さんと雰囲気は似ているけど、全体としてはものすごくふっくらとした人。

 母さんが細い人なので対照的な印象だ。


「私は仕事も含めて八人も子供を育ててますから。 奥様よりも経験は上ですもの」

「頼りにしてます」


 母さんとマーレは笑いあうといくつか相談をして、お互いの準備に取り掛かった。



 母さんにオムツを変えてもらった後、眠っていたおれ。

 起きたら紅白のツルツルした肌触りの生地を重ね合わせた衣装に着替えさせられて、頭にもふわふわとした帽子みたいなものをかぶされていた。 どっちもちょっぴりわずらわしい。

まだねみいし。

 こういう行事って、大人の都合だけで行われてるんだなあ。


 んで、母さんに抱っこされて玄関先へ。



 考えてみると、生まれてはじめて家の外の空気に触れた気がする。

 少し乾いた、そして交通量の多い国道近くみたいないがらっぽい空気。 ほこりで粉っぽいせいなのかくしゃみをしたら


「寒いのかしら?」

「毛布を持ってきますか?」

「あでぃー」

「少しの間だもの、我慢してね」


 そうじゃないよー!

 否定の声を上げながら、おれは周囲に視線をめぐらせた。


 我が家は小高い丘の上にぽつんと建っているらしく、母さんに抱っこされていて、ちょっと視界が制限されていても遠くまで見渡す事ができる。


 空は少し灰色がかった青。

 夕時なせいか、それとも季節の問題なのか、見える景色全ての影が深く、全体的に暗い印象だ。


 鳥の声も聞こえない耳が痛くなるような静けさの間を縫うように、遠くの方からボッボッという、ちょっとこもった音が聞こえてくる。


 しばらくすると、斜面を駆け上ってくる車 ――といっても、おれが知っている自動車と比べると、前の方がのっぺりとした印象の車が見えてきた。

 つるんとした前側に対して、後ろ側は機械がむき出しになっていて、その中心には球体が置かれている。

 球体からは煙突が伸び、灰色の煙を盛大に吐き出している。 おれの知っている範囲だと、蒸気機関車を小さくしたような印象。


 ってか、四十万(しじま)め。 全然ファンタジーじゃないじゃん!

 この世界、勇者とかいんじゃないの?


 なんて、心の中で文句を言ってる間に車は家の前で止まり、車体の下から盛大に蒸気を吐き出した。

 もうもうと蒸気がけぶる中、まず車から降りてくるのは父さん。


 そして、父さんが後部座席の扉を開けると、父さんが仕事に着ていくのと同じグレーの服を着た二十代そこそこの男が。

 その後ろから、紅白の生地を重ね合わせた服――多分、おれが今着せられているのと同じようなデザインのものを着たおじいちゃんが降りてきた。


 父さんは二人に敬礼(なのかな? 握った右手を胸に当ててかかとをあわせた姿勢ね)。 二人はそれに軽く手を上げて応える。


「奥様、ご挨拶を」

「あ、ええ、そうね」


 マーレに促されて父さんたちの方に歩く母さん。

 緊張しているのか、それともいつもならあまり履かないかかとの高い靴のせいか、足取りがいつもと少し違って、落っこちそうになる。


「あ、あの主人がいつもお世話になっております。 わたくしトルキアと申します」

「こちらこそ、ファルカ殿にはいつもお世話になっております。 エザリア皇国軍南方集団司令デアルタ=ジレと申します。 こちらは従軍司祭のマレ僧正です」


 蜂蜜色の金髪に少しつりあがった目元。 女性がかまいたがるだろうなという容姿の青年 ――デアルタと名乗った男は左手を胸の辺りに置き、礼をする。 身ごなしは華やかだけど、全体的にどこか冷たいその仕草。

 それに服の色合いこそ父さんの服と同じだけど、襟や袖口は黒い生地と金属製の飾りがついていて、ちょっと物々しい空気を感じさせる。

 彼が動くたび腰に下げた剣(サーベルとかいうのかな?)はかちゃかちゃと音を立て、歩くとブーツの硬いかかとが威圧的な音を立てる。


 一方のマレ僧正と紹介されたおじいさんは、穏やかに微笑んで軽く頭を下げた。


「今日は告名のお祝いと、香油の儀式、それからお嬢さんの将来に向けての義務と権利の説明に参りました」

「は、はい」

「ファルカも、本日は私の部下としてではなくお祝いを受ける父親として行動してください」

「了解しました」


 父さん、全然了解できてないよ。



 家の中に入ると普段のご飯とは少し違う、スパイスを利かせた料理の香りが広がっていた。

 テーブルに所狭しと並べられた、マーレと母さんがおれの事をほっぽってつくったご馳走 ――大きな鳥のローストと大鉢に盛られたポテトサラダ(のようなもの)なにかのマリネ。

 普段の食卓はパンとスープになにかのケーゼくらいだから、相当気合が入ってる。

 まぁ、おれはどうせ食べれませんけど。


 食事の前に告名のお祝――マレ僧正がなにかお祝いの言葉をつぶやいて、父さんと母さんが帳面になにかを書きつけておしまいっていう簡単な式次第。


「これでトレはトレブリア神の従僕となる」

「ありがとうございました」


 出生登録みたいなものかね?

 んで、その後はみんなでお食事。


 おれは藤籠にクッションを敷いたものの中でその様子を見ているだけなんだけど、デアルタさんの様子がちょっと気になる。

 笑顔で会話をしてはいるけど、料理にちっとも手をつけない。

 母さんとマーレが一生懸命作ったのに、なんで食べないんだろう?


 一方で僧正様はすごく食べてた。 食べてたばかりか


「トルキア殿、こちらのローストは持ち帰ってもかまいませんかの?」

「えぇ、どうぞお持ちください」

「ファルカ殿もトレも、トルキア殿が料理上手で幸せじゃの」


 持って帰るの? 僧正様なんてありがたい感じで呼ばれているのに、随分フランクなじいちゃんだな。 おい。



 そして、食後のお茶が済んだ後、いよいよ香油の儀式っていうのが始まる。

 もう、色々と飽きて眠くなっていたおれを、母さんが抱っこして、ベッドに連れて行ってくれた。


 このまま眠ってしまおうかと思ったら、鼻を突くような匂い ――前世でいうなら虎のマークの軟膏とか、看護婦さんがトレードマークのあれとか。

 とにかく、メントール系を突き詰めたらこうなるだろうというような、とんでもない匂いのなにかをマレ僧正が取り出した。


「では、香油の儀式を行います」


 僧正がそのスーパーメントールななにかを指にとる。


 おい。

 じじい、なにする気だ!?


 こんなときのための未来視Ⅰ!(なのか) とばかりに意識を集中。

 どうも、このとんでもない匂いの軟膏をおでこに塗るつもりらしい。

 おじいちゃんとはいえ触られるのも、あのとんでもない軟膏を塗られるのも嫌だ!


 徹底的に抵抗してやる! なんて決意したおれ。


 プルプル震えるじいちゃんの手が近づいてくるのを未来視して、なんとかして首を動かしてかわす。 首が据わってないから一苦労なんだけど、あの軟膏を塗られたら多分しばらくは寝られない。


 プルプル。 ぷい。

 プルプル。 ぷい。


 抵抗何度か。 あきらめてくれるかな? と思ったら


「トレ、やめなさいもう」


 なんて、母さんが頭を抑えようとするじゃないですか。 やめるのは母さんの方でしょ! なんかもう、とんでもなくすげえ匂いがするんだってば!

 危機感絶頂のおれ。 泣いてやるぞ! と息を大きく吸い込んだら、今度は僧正様が話しかけてきた。

 おれの目をしっかり見て、ゆっくり呼びかけるように。


「お前さん、わしらの話してる事がわかるじゃろ?」


 と。 そんなはずは……と反駁する母さんを片手で制して、僧正は続ける。


「ここ数年、トレと同じように、生まれた瞬間から様々な事を認識し聞き分け、すごい子になると生まれた瞬間からしゃべるなんてのが増えておってな。 お前さんもそのような子供なのではないか?」


 これはどう返事したらいいんだろう? わからないので僧正様をじっと見る。

 温和な僧正の顔は、でもどこか真剣だ。


「この香油はな、神様が赤ん坊が喉を悪くしないように、特別に調合した香油なんじゃよ。 お前さんが健康で両親に心配をかけずにおれる様、塗らせてはくれんか?」

「あ~」


 おとなしくするので、塗ってください。 というような気持ちをこめて声を出す。 相変わらずしゃべれない。

 ってのは当たり前なんだけどね。


「ありがとうよ、トレ」


 塗ってもらった香油はやっぱりとんでもない匂いで、眼を開けていられないくらいだったので、ものすごく泣く事になった。

 後悔先にたたず。

 大泣きするおれを尻目に大人同士のお話は続く。


「トルキア殿、ファルカ殿。 トレはすでに言葉を理解しておる。 いままでよりより一層話しかけておやりなさい。 出来るなら、本を読み聞かせてもいい。 言葉を話すようになったら大僧正との面会も……」

「今も昔もトレブリア教会のスカウトは手が早い」


 僧正の話をさえぎるように、デアルタさんが少し強い調子で口を挟んだ。


「お嬢さんが言葉を理解しているかどうかに関係なく、“授かり物”のない子女は、十二歳になれば士官学校に入学する義務を負う事は僧正もご存知ですな」

「そうじゃな」

「十二歳になるまでの間、養育にかかる費用は行政府が負担します。 出家などなされた場合はこの権利を失う事になる。 二点について、ご両親にはしかと覚えておいて頂きたい」


 デアルタは有無を言わさぬ調子で一息に言い切った。 事務的な様でいて威圧的。 僧正様への恫喝とも感じられる物言いは、なんだかとても不愉快だ。

 もっともっと大声で泣いてやろうかと思うけど、話の邪魔をしたら、別の部屋にやられてしまう。

 そうしたら、こいつの意図がわからない。


「司令、義務と権利については承知ております。 しかしながら、トレの進む道は思うように決めさせたいと考えております」

「いいか、ファルカ。 ルザリア自治州は“授かり物”のない子女をここ数年出していない。 “授かり物”のある子にしても、炎侯のような強力な戦士も輩出していない。 私の立場もある。 わかっているな?」

「はい、心得ております」


 父さんがデアルタの話に割り込むと、母さんがおれを抱き上げてくれた。 耳をふさぐように、かき抱くように。 デアルタは自分の保身のためにおれを利用するつもりらしい。

 それに、父さんに今日は父親として振舞えって言っておいて、自分で完全に部下扱いしてるじゃないか!

 でも、怒ってみても、びーびー泣く事しかできない。


「私は彼女が中央で勇者として栄達する事を祈っている。 そのための援助は惜しまない。 それを忘れてくれるなよ」

「了解しました」


 デアルタは父さんの返事に鷹揚に頷くと、家の前で挨拶したときのように柔らかな物腰で、母さんと僧正様に頭を下げた。


「恥ずかしいところをお見せしました。 僧正殿もご両親も、先ほどの言葉はお忘れください。 トレ嬢がどのような道を歩まれるか、私も楽しみにしております」


 笑みの中に冷たい物を残したまま、おれを見るデアルタをじっと見つめ返す。

 この人は恐い。 その印象だけがおれの中に残った。




 そして出生三十日目のおれ。

 女の子になっちゃったし、おれはまずいのかなあ。 まぁ、誰に聞かれるでもない心の中ではおれでもいいだろう。

 自分の口でしゃべれるようになったら、心の中の人称も直す……のかな。


 それはともかく、新生児の皆さん! ――と呼びかけて答えが返ってくるはずはないんだけど。 まぁ、そこはそれ。

 母乳と粉ミルク、どっちが好きですか?


 ここ十日、どっちもを飲んできたおれとしては、母乳の方が美味しいけど、粉ミルクの方が腹持ちがいい。 というのが結論です。


 その日、おっぱいの時間の直前に母さんが食べたものによって味が変わるので、味覚の刺激はやっぱり母乳がいいんですよ。

 でも、お腹いっぱいでぐっすり眠れるのはやっぱり粉ミルク。


 なんでこんな話を急にしたかというと、母さんがちょっと大変だから。



 告名祝の日から少しして、父さんがおれの服やおもちゃ、読み聞かせのための本。 とにかくたくさんのお土産を持って帰ってきた。

 父さんの上司――デアルタというあのおっかない人からも個人的なお祝いを受け取ったらしく、少し整理が必要なくらいの荷物に、最初は大喜びだった母さんとマーレ。

 でも、しばらくすると母さんは少し不機嫌になった。


「貴方、この粉ミルクは返してきてください!」

「奥様」


 粉ミルクの缶を父さんに押しやる母さんを、マーレが押しとどめた。 こんな風に怒る母さんを見たのは(まぁ、生まれて三十日足らずだからかもしれないけど)初めてだ。 ちょっと恐い。


「トレは私のおっぱいだけで育てます! 粉ミルクなんて必要ありません!」

「奥様、おやめください」

「とにかく、粉ミルクは必要ないの!」

「わかった、トルキア。 わかったよ」


 感情的になった母さんに父さんが折れて、母さんは肩で息をしながら寝室に引っ込んでいった。

 でも、どうしてそこまで粉ミルクを嫌がるんだろう? お母さんとしての誇りとか、そういうものなのかな。


 母さんはお世辞にもおっぱいが大きい方とはいえない。 エロ本のお姉ちゃんに比べたら半分くらいしかないと思う。

 おれのエロのバイブルだった『生命の神秘――出生』(おれ気持ち悪い? 知ってた)によれば、授乳期間中お母さんのおっぱいは普段よりも大きくなっているって書いてあったので、普段はより残念なんだろうけど。


 ってことは、おれが将来ぼいんちゃんになる可能性も低いってことなんだろうね。 いいんです、別に。


 タンクが小さければ、おっぱいの量にも限りがあって当たり前だろうし、そのために粉ミルクがあるんだろうから、母さんが粉ミルクを嫌がるのか、よくわからない。


 おれが疑問に思うくらいだから、父さんも同じように思ったようで、マーレにその理由を尋ねた。


「トルキアはどうしてそこまで粉ミルクを嫌がるのかな?」

「それは……。 これはマーレがどこかできいた噂話ですので、お聞き流しいただきたいことなのですが」


 マーレの話はこう。


 この国では神様の“授かり物”――要は畸形の発生率が高い。

 その畸形の発生率が上がったのは、官給品の粉ミルクが原因だという噂が根強くあるらしく、母さんもその噂が本当なんじゃないかと疑っているのだという。


 トレが元気な赤ちゃんを産めなくなったらいけない。 頑張って母乳で育てないと! という事らしいんだけど。 なんていうか、気が早すぎるんじゃないかなあ。


 その話をきいて、父さんはちらりとおれを見る。

 一人娘が結婚してどうにかなっちゃうのが心配ですか? なんて。


「トレの赤ちゃんの心配をするよりも、トルキアの健康の方が心配だ」

「はい、旦那様」


 三十日間おっぱいを飲み続けているおれも母さんが元気なのかは気になっていた。

 だって、日に日におっぱいの出が悪くなっているから。 おっぱいの出が悪いとお腹がすいて、昼夜問わず泣く時間が増えて、母さんも疲れてしまうという悪循環になっている気がする。


「マーレ、すまないがトルキアが寝ているか見てきてくれないか? もし眠っていたらミルクを上げよう」


 そういって父さんは粉ミルクの封をギコギコと缶切りで開けた。



 という感じで粉ミルクをもらっていた事が母さんにばれてしまいまして、夕食が済んだ現在、家族会議の真っ最中です。


 おれもオブザーバー(なの?)として参加しているというか、リビングに置かれた藤籠の中で二人の会話を聞くことになっちゃいました。

 前世の父さんと母さんは、夫婦で大事な話をするときは、おれを部屋に隔離してたけど、家族のあり方って色々だ。


「貴方、どうしてトレにミルクを上げたの?」

「奥様、そんな喧嘩腰にならずに……」

「マーレは黙っていて!」


 すっかり頭に血が上った母さんをマーレが押しとどめてはいるけど、手を離したらつかみ掛かりそうなくらいの剣幕だ。


「トルキアの身体が心配だからだ」


 熱くなっている母さんに対して、父さんは氷みたいな冷静さと押し殺した声で応える。 あのデアルタっていう人と同じような調子。


「私のことなんかいいのよ! トレが大きくなって丈夫な赤ちゃんを産めなくなってもいいの?」

「いや、君が大事だ!」


 言い返す母さんの言葉に、父さんは間髪いれず言った。

 今度は柔らかく、一言一言、大事にどこかにしまうように。


「君が笑顔でなければおれもトレも元気でいられない。 君が元気でいることが必要だから、おれはトレにミルクを上げた。 君は少し自分の身体を労わるべきだ」


 静かに語りかける父さんにすがりつくように母さんはぼろぼろ泣いた。



 それから数日。

 おれのお腹は母さんのおっぱいと粉ミルク、両方で満たされている。 夜、母さんが寝ていると代わりに父さんがミルクを作ってくれる。

 そのときだけは、おれも父さんに黙って抱っこされてあげる。


 それが普通になってくると、母さんに身体を大事にするように言った本人である父さんは、ほんのちょっと疲れた顔になった。


「マーレ、おっぱいを上げていると喉が渇くのだけど」

「では、お茶を入れましょう」

「あ。 お茶菓子もあると嬉しいわ」

「まぁ」



 母さんが頑張ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり笑顔でいてくれるのが一番です。

 でもね、やっぱりおっぱいの方が美味しいよ。

 お気に入り登録や評価の加点、ありがとうございます。

 とても嬉しいです。

 蒸気機関が出てきて、純然たるファンタジーとはちょっと外れてきてしまった印象があるかもしれません。

 でも、根っこの部分はファンタジーという心意気で参りますので、お見限りにならないでくだされば幸いです。


 次回更新は2012/12/20(木)7:00頃、三歳になったトレが初めてお買物に行くエピソードを予定しています。

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