31.出かけるときは笑顔から
今回はお義母さんが言ってた話を下敷きに……
生まれてから八回目の初夏。
初夏っていっても、まだ寒い南部。
雪だってあっちこっちに残ってるし、枯れ枝の隙間から少しずつ緑がのぞいてきたかなってくらい。
昼間、お日様が当たるところはだいぶあったかくなってきてるし。学校の行き返りに乗せてもらう車も暖房完備。
薄着でいる方が多くなってて。
車を降りた後、そのまま収容所――って呼ぶように言われてる。
でも、それが全然似合わない可愛いログハウスに、学校帰りそのままの格好で来たんだけど。ちょっと失敗だったかも。
オフホワイトのケープに桜をイメージしたチュニックワンピース。
ちょっと厚手のニーハイ。
内側にボアのついたブーツ。
これで充分あったかいと思ってたし、実際、学校ではなんともなかった。
なのにいまは足元から寒さが上ってきて、手先まできゅーっと縮こまる感じ。
テーブルの上に置かれたランプのおかげで顔はほてってるくらいなんだけど、暖炉の火は落とされてて――オーシニア人にとっては、これくらいで適温だって。
毛深いから?
っていうのは失礼かな。
とにかく、ランプ以外は特にあったかいものがない部屋の中。さりさりとペンを動かして一文字一文字丁寧に文字を刻む。
父さんが書いた手紙を私が訳して。
それをどぅえとさんに清書してもらうんだと思ってたんだけど
『おれの筆跡じゃない方がいい』
っていう話になったのが一昨日。
お手紙全部を私が全文書き直す事になっちゃった。
書き上げた手紙にぺけを入れられて、でも昨日は紙がなくなったからお休み。
今日は二日ぶりのリトライ。
この世界の紙は貴重品だし、手紙を書くなんて贅沢な事だから、こんな風にたくさんの文字を紙に書くなんて滅多にない。
その上、オーシニアの文字を書ける人はどぅえとさんしかいないから、自分の文字が綺麗なのか汚いのかもよくわかんない。
とにかく、丁寧に書けば伝わるんじゃないかな。
そう信じて書くしかない。
だって、正面に座った父さんとどぅえとさんの顔が怖すぎて、余計な確認とかしにくいんだもん。
下側から光が当たってるからだってわかってても、どぅえとさんのライオンみたいな顔はほんとに怖い。
ちょっと視線を上げて、目が合って。
びっくりして、作業に戻って……っていうのを何回か繰り返してようやく。
『あの、出来ました』
出来上がった手紙をどぅえとさんに渡す。
読むときの顔も険しくて、すっごい緊張感に背筋がぴーんってなっちゃう。
お手紙って、もっと気楽な感じで書くもんだと思ってた。
でも、大人同士とか、国と国の間とか。そういう風になると違うんだね。
電話とかあればいいのに……。
『どうですか?』
『……おおむねおかしくない』
『よかったぁ』
読み終えたどぅえとさんが、ようやく笑顔になる。
なった、んだけど。
やっぱり、下側から光が当たってると怖い。
手紙に書かれているのは、南部自治州は戦争を仕掛けるつもりがない事。
それと、でゅえふさんとくぅりえさん――今回、使者に選ばれなかった二人を、クリーネ王国を経由して故郷に帰してあげたい事。
可能であれば友達になってほしいっていう内容。
父さんが最初に準備した、堅苦しく色々書いてあった手紙は五枚。
でも、今日出来上がったのは一枚になってて、どんだけ無駄な事書いてあったんだろうって感じ。
はじめてお手紙出す時なんてそんなもんなのかもしれない。
もうずいぶん遠くの記憶になっちゃったけど、はじめてメール出す時とか、私もこんなだった気がするし。
まぁ、それにしたって長すぎだけど。
大人は形式を重視するものだからってきゅいあさんは笑ってたけど。形式のために高価な紙を五枚も使うなんてって何度も思ったし。
オーシニアの言葉にはない、堅苦しい言葉をどうするのかっていうのもすごい問題だった。
それを間に立って訳すっていう作業に関わるとなるとなおさら大変で。
やり遂げた充実感で、ちょっぴり涙が出る。
『トレ、頑張ったね』
『すげーよなあ』
くぅりえさんとでゅえふくんに撫でられて、ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で軽く整える。
出来上がった手紙はお屋敷で見たライオンのマークの封蝋――その封蝋だけで、誰の手紙かわかるんだって。
封蝋をつけた手紙とデアルタさんの髪を一房と一緒に卒業証書を入れるみたいな筒に入れられた。
「これで一歩前進ですね」
「そうだな。よく頑張った」
父さんにもぐしぐしと撫でられて、直した髪がまたぐしゃぐしゃに。
もういいや、好きにして。
『トレはほんとに頑張ったよ。なんか、おっさんたちすげー怖かったもん』
おっさん二人に撫でられるがまま撫でられてる私の横に来たでゅえふくんがため息交じりに話す言葉に、くぅりえさんががこくこくと頷いた。
皆がほめてくれるのはすごく嬉しい。
雪解けまであと少し。
南部の春は遅くて、すごく短いけど、それでも少しずつ物事は動いてく。
そんな感じがしてた。
手紙が出来上がって半月くらい。
あちこちに残っていた雪が姿を消して、森や林に少しずつ緑が増えてくる。
南部の遅くて短い春――暦の上では初夏なんだけど。
湖から上ってくる朝靄が強くなって、村の外れにある小さな港は、少し先を見るのも大変なくらい真っ白になってる。
水分の多い空気が肌に触れると少し冷たい。
お天気の心配がなくなって、いよいよ使者を送る事になった。
その段取りを確認するために、父さん母さんと一緒に村の外れにある港に来てる。
こんな風に変わってしまってから初めて来た。
もしかしたら、カレカとはじめて会った頃の面影があるんじゃないかって期待して。
でも、そんなのどこにもなくて、それが寂しい。
まるっきり軍隊の施設になってしまった思い出の場所。
昔、カレカの家があった場所は軍隊の施設になってて、木でできた小さなお家はどこにも見当たらない。
小さかった桟橋は大きく立派に作り替えられ、その周囲に石造りの防壁を持った建物が作られて、湖もほんのちょっとしか見えなくなってる。
桟橋に繋がれた船も、カレカが乗ってた華奢なのと全然違って、十人くらい乗れそうな大きな船になってた。
前と後ろに大きな銃が据えられて、ところどころ鉄板で強化されたその船は、すごく威圧的。
どこから見ても戦争をする船。
その船に荷物を運びこむカレカ。
大きくて重そうな木箱を運ぶ背中を追いかけて、往復して、もう何度目かになる。
他の兵隊さんもいるし、邪魔になってる感じがしない訳じゃない。
それに、村にいる兵隊さんの中には、私の事をよく思わない人もいるって聞いてる。
きゅきぃさんとの事で友達を失った人もいて、その憎しみは私の左肩に傷になって残ってる。
でも、だからってじっとしてられない。
「どうしてカレカが一緒に行かなきゃいけないんですか?」
「またその話か。いい加減にしろ、ちび」
昨日の晩から何度目かの問い。
気候がよくなったからいよいよ使者を送るって決まって。色々な準備をした。
その打ち合わせの最中、書類の中にカレカの名前が出てきたときから、ちょっと嫌な予感はしてたんだ。
その予感が現実になって。
カレカが使者と同行するんだって、ちゃんとわかったのは昨日。
夕ご飯を食べに来たカレカにその事を聞いて、それからずっとこんな調子。
行かないで、うるさい。
そんな調子で、なにを言っても聞いてくれないまま、一晩明けちゃった。
桟橋に積まれた木箱を船の方に運ぶカレカは、こっちを見ようともしない。
「だって、言葉も通じないんですよ。危ないです」
「別に戦争しに行く訳じゃないって言ってるだろ」
でも、相手がどう思っているかなんてわからないじゃないか。
そんな危ないところにカレカが行くなんて嫌!
州都の学校に行くときは、また会えるってわかってたけど。
でも、クリーネ王国でひどい事になったら、もう会えなくなるかもしれない。
そう考えるだけで、お腹がいがいがする。
「トレ、いい加減にしなさい」
「父様!」
ついてまわる私の肩を父さんがぎゅっとつかんだ。
船に乗る人を選んだのは父さんだって聞いて、どうしてそんな危ない事をカレカにさせるの?
カレカの事が心配じゃないの?
もしかしたら二度と会えなくなるかもしれないのに!
大怪我をするかもしれないのに!
言いたい事とか聞きたい事はいっぱいあって、それを全部ぶつけたけど、父さんもカレカも動じなかった。
お前が口を出す事じゃないって、いつかと同じ事を言われて。
でも、あの時とは全然違う。
私が駄々ってればスケジュールを遅らせる事だってできる。
そんな事したくないけど……でもさ。
「だって、カレカがいかなくてもいいじゃないですか!他の人でもいいのに」
「じゃあ、お前は他の誰かなら危険な場所に行ってもいいと言いたいのか?」
父さんの声がすっと冷える。
お腹の底をぎゅーっと押さえつけられるみたいな圧迫感。
周りの兵隊さんの視線がこっちに集まるのがなんとなくわかって、言葉がうまく出てこない。
「そんな……こと、ない、です」
そういうのが精一杯。
それに、父さんがいう事は至極当然の道理。
私が言ってるのは、不条理な事だってわかってる。
「この湖の事に誰よりも詳しい男を選んだ。測量、操船の腕も確かだ。
そして、お前の仕事を完成させるんだと本人が志願してきた」
膝をついて目線を私にあわせた父さんは、私の目をじっと見る。
「おれは上官としても家族としてもカレカを信頼している」
父さんはそう言い切った。
話しは終わりだっていう態度で、立ち上がると私に背を向ける。
向けた背中はカレカと同じで、話す事なんかもうないって、無言で言ってきてた。
声を上げて泣きたいけど、そんな事しても父さんもカレカも振り返らないんだって思う。
いっつも手の中からすり抜けて、私の手の届かないとこに行こうとするのはなんでなんだろ。
「~っ」
声も出せなくて、そのままそこに座り込む。
しばらくそうしてたら、ふわっと温かいものが体に触れて、そのまま抱き上げられた。
ミルクみたいなにおい。
母さんのにおい。
もう、どうしたらいいのかわかんなくて、ぎゅっと抱き着いた。
「トレ。カレカのこと心配なの?」
「……はい」
べしょべしょの私を見る母さんはすごく落ち着いた顔。
家族を遠くに送り出すのに、どうしてそんな風に落ち着いていられるんだろう?
「軍人の奥さんは、笑顔で見送ってあげなくちゃ。
大好きな人が最後に思い出す自分の顔が泣き顔だったら嫌でしょう?」
「でも、寂しいです」
「そうね」
最後に思い出す顔が泣き顔だったら悲しい。
四十万さんが会わせてくれたし、秋桜久ちゃんとも会えたから、今はもう違うけど。
でも、前世の父さん母さんを思い出す時、いつだって泣き顔が最初になるのは私も同じ。
思い出す顔が泣き顔って、ほんとに悲しいんだ。
それはわかってる。
でも、それって、送り出す時がいつでも最後だって考えなきゃいけないって事なんじゃないかな?
そんなの我慢できない。
どうしたらそんな風に強くなれるんだろう。母さんはやっぱりすごい。
私はまだまだ弱虫だ。
そう思う。
母さんに手をひかれて、船のところに戻るとカレカと父さん。
それと、どぅえとさんが一緒にいた。
どぅえとさんにはカレカと父さんが話す内容はわからないはずなんだけど、二人が話すのをじっと観察してる。
そうしてわかる事もあるって言ってたっけ……。
きゅいあさんは少し離れたところにいるけど、やっぱり私の方を見てる。
遠目に見る父さんのみけんにははっきりとしわが寄ってて、カレカの目元にもちょっと険がある。
気まずくて近寄れない。
どうしても話しかけられない私の背中を母さんが軽く押してくれた。
「あの、さっきは騒いでごめんなさい」
「落ち着いたか?」
「はい」
ほんとに落ち着いたかって言えば、それは多分嘘。
行ってほしくないし、お腹の中には言いたい事がとぐろを巻いてうねってる。
でも、泣いてぐしゃぐしゃの顔でカレカに覚えられるのは嫌だ。
「珍しいもん見れて面白かった。いつも聞き分けいいもんな」
「そんな事ありません。そんな事……」
カレカに話しかけた私をちらっと見ると、母さんが父さんたちを連れてちょっと離れてった。
なんか、変な風に気を使われてる感じで居心地悪い。
カレカも苦笑いしてるし。
ぎこちない沈黙。
それも一瞬でカレカがぐしゃぐしゃっと私の頭を撫でてくれた。
固い皮の手袋をつけてて、ちょっぴり痛いくらい強く。
「初めて会った日の事、覚えてるか?」
「忘れる訳ありません。生まれて初めて一人でおつかいに行った日ですから。
カレカが急に桟橋に上がってきてびっくりしたんですよ」
もうやめてって言いたくて、カレカの手をつかんで。でも、カレカがどんな顔をしてるのか気になって見上げる。
その眼はすごく遠くを見るみたいに、少し細められて。真っ黒な瞳だけがまぶたの隙間から覗いてた。
「あの頃、毎日湖に潜ってたんだ。測量の真似事もその頃始めた」
それは私の知らなかった過去の話。
真っ直ぐに伸びたカレカの視線は湖の方を。
靄が晴れれば緑色の湖面と、もしかしたらうっすらとクリーネ王国側の町が見えるはずの方をじっと見てる。
でも、見通してるのは今じゃなく、多分、その頃の湖なんだ。
軍隊に入って、ちょっときつい眼をするようになったカレカとは違う。一緒に学校に通ってた頃みたいに、柔らかい表情が。
でも、知らない人みたいで、お腹の奥がざわざわする。
「両親が死んだのがどこなのかとか。過去の事、思い出せるんじゃないかとか。
色々考えててさ」
「そう、だったんですか」
あの日、桟橋に急に上がってきたのも、お父さんとお母さんの船を探してたからだったんだ。
毎日、湖に潜って、魚をとったりしながら、お父さんとお母さんの船を探す。
それって、すごく寂しい。
「んで、船を見つけたけど、なんも思い出せなくてさ。それで踏ん切りついて学校行き始めたけど。
やっぱ、結構ショックだったんだろうな」
「全然知りませんでした」
カレカが州都の学校に行くって決めた時、どっか行っちゃうって思ってわーわー騒いでた。
今の私はあの頃と全然変わらない。
そう気づいたら、顔がかーって熱くなった。
すごく恥ずかしい。
「そんな時に泣いたりして、ごめんなさい」
「いや。誰かがそうやって気にしてくれるって、やっぱ大事なんだよ。
どっかで踏ん張りきくようになるからな」
「でも、置いてきぼりにされるのは寂しいです」
さっき母さんが言ってたみたいに笑顔でいるなんて出来そうもない。
どうしても、涙で視界がかすんでくる。
「そんな顔すんな」
「皆そんな風に言いますけど、自分ではどんな顔してるかちっともわからないんです。
そんなに変ですか?」
一回きいてみたかった。
気持ちが顔に出やすいっていっても、そんなに変な顔になるならやっぱり嫌だ。
無理にでも直したい。
そう思ったのに、カレカはこっち見て笑う。
「まぁ、取り澄ましてるよりはいい顔」
「なんですか、それ!」
全然答えになってない。
なんだよもーって思ってたら、ほっぺをぶにーってつままれた。
「いふぁいれふ」
なんだこの仕打ち。
笑ってんじゃねーぞ、カレカ!
こっちは心配してるのに。
しばらくそんな風にしてたら、父さん達が戻ってくるのが見えて、そしたら手を放してくれた。
ほっぺをさする。
伸びちゃったらどうしてくれる。
「おっさんも一緒だし、周りの兵隊もファルカさ……あー。アーデ千人長が集めた最精鋭だ。
どぅえとのおっさんもうまくやってくれるだろうし、お前が書いた手紙だってある。
あれが切り札なんだぜ」
「はい」
「だから、べそべそしてないで待ってろ。 絶対無事に帰る」
「べそべそとかしてません!」
少なくとも、カレカの前では泣いてない。
強がりかもだけど。
けっこう強く否定したつもりだったのに、カレカは笑ったまま。
「さっき泣く寸前みたいな顔してたくせに」
「してません!」
「してたね」
父さんも母さんも。
それに、どぅえとさんときゅいあさんも、皆の視線がなんだか生あったかい。
なんだこれ。
『どぅえとさん、きゅいあさん。カレカをよろしくお願いします』
『うん。任せて』
『必ず無事に連れて帰る』
二人の太鼓判。
だから、きっと大丈夫。
「じゃあ、行ってくる。元気で待ってろよ、ちび」
「ちびじゃありません!」
そんな言い争いしてないで、話したい事いっぱいあったはずなのに、カレカは軽く手を振ると船に乗り込んでった。
どぅえとさんときゅいあさんもそれに続く。
一緒に行きたいけど、でもそれはきっとできない。
「いってらっしゃい!」
だから、目一杯大きな声で送り出す。
精一杯手を振って。
きっと、家に帰ったら泣いちゃうんだけど。
今だけは我慢しよう。
カレカが思い出す私が泣き顔だったら嫌だから。
今回は、主人公がお見送りするエピソードをお届けしました。
トルキアさんがいってたお見送りの心構えは、お義母さんが言ってた話しを下敷きにしてます。
いってらっしゃいを必ず笑顔でいう。
ちょっとした事だけど、すごく大事だと思います。
主人公はまぁ、まだ子供なので。
次回更新は2013/05/23(木)7時頃、学校でのトラブルに関するエピソードを予定しています。




