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25.あの頃みたいに笑いましょう

2013/03/20(水)7時頃投稿分を差し替えました。

家族全員が扁桃腺炎になって、昨日、ようやく全員の熱が平熱に……ご迷惑をおかけしました。

その上、今回長いのです。

 メモを取ってた父さんの手が止まって、それと同時に衝立の向こうの書き物をする音もなくなった。

 手元の紙を見ていた父さんの視線がゆっくりと僧正様に向けられる。

 すぐ隣に座ってる私には、父さんがどんな表情をしてるのかよくわからない。でも、その目はすと細められて、射抜くみたいな鋭さなんだ。

 そんな目をする父さんを、私は見た事がある。


 急に重くなった気配が衝立で仕切られた空間の空気をゆっくり冷やして、私の中で行き場のなくなった緊張感が溜息になって漏れてった。


「トレ。くぅりえ殿にその連中とどこで会ったのかきいてくれ」

「あ、は、はい」


 視線を僧正様に向けたままの父さんは私に指示を投げた。

 息を吐いてる最中って、人間は無防備になるってどこかで聞いたけど、その通りだって思う。


 不自然に返事した私の頭を父さんは撫でるけど、でも、その視線は僧正様から離れない。

 それは少し怖い事。だけど、今は。今日は、なにを思っても口出ししないって決めたんだ。


 目の前の、くぅりえさんの話に集中しよう。

 手帳を開いてペンを持って、話し始める。


『くぅりえさん、その黒服の人達とはどの辺りで会いましたか?』

『タリア連邦に入って東に向かって二日くらい歩いたところだと思うけど……』

『歩くとき目印にしたものとか、なにかあれば教えてください』

『山間だったから目印とかはよくわかんない。でも、左右の斜面は動物でも駆け降りるのは難しそうだったよ』

『でも、黒服の人達はそっちから来た……とか』

『そう。なんでわかったの?』


 くぅりえさんとやりとりしながら、手帳にその内容を書いて、ページがいっぱいになったらそれをちぎって父さんに渡す。


 なるべく意味が違わないように私達の国の言葉にできたはず。

 私の書いたメモは父さんが読み終わると僧正様に渡されて、読み終えた二人の表情はそれぞれ少しずつ険しくなった。


「トレ、彼女は国境を越えてから襲われた。そういってるのは間違いないか?」

「はい、正確な場所はわからないそうですけど。でも、タリア連邦との国境を越えてから二日くらいのところだって……」


 僧正様をひたと見据えていた父さんは、今度は私の目を見る。


 生まれてから八年間。

 いつも見てきたはずのグレーの瞳。なのに、じっと見つめられると重くて、怖い。


 緊張感で溢れそうになった部屋の空気は水みたいに重い。

 どうしよう、溺れちゃいそう。

 昨日の晩もそうだったけど、呼吸が不規則になって胸の辺りが痛くなる。


「アーデ千人長、この方はここまでにしておきましょう」


 いつの間にか部屋に入ってきたコトリさんがそう声をかけてくれるまで、呼吸があっぷあっぷになってすっごく苦しかったんだけど。それは誰にも言わない。

 泣かないでいられただけでも、自分をほめてあげたいくらいだもん。


 でも、そんな事で胸を張ってたら、カレカに笑われちゃうかも。




 『僧兵』っていう言葉が出たあとずっと、父さんと僧正様は大人同士でばちばち視線を戦わせてて、私はもちろんくぅりえさんもぐったりしちゃった。

 部屋に入る前よりも、ちょっぴりだけ小さくなったくぅりえさんは、コトリさんが控室に連れて行ってくれてる。


 本当は私が一緒に行ってあげなくちゃいけなかったんだと思うけど、くぅりえさんと同じくらいぐったりしてたからなのか


「トレ様は休んでいてください」


 って、コトリさんに言われた私は、交代ででゅえふさんがくるまでちょっぴり休憩。

 といっても、でゅえふさん以外の二人からも話を聞かなくちゃいけない。


 父さんと僧正様はまだ何か話し合ってるみたいだけど、衝立の外に出るとその声も聞こえなくなった。



 暗くて緊張感ばっかりだった部屋からようやく解放されて、ふへーって溜息。

 お日様がまぶしくて目をしぱしぱさせる。


 部屋っていっても、食堂の一角を衝立で仕切っただけの六畳くらいの空間なんだけど。

 そんな小さな空間に大人四人とオイルランプ。それとなんだかよくわからない緊張感までセットにして押し込められてたからなのか胸の奥の方がイガイガする。


 窓の外を見た感じ、もうお昼過ぎくらい。

 朝ご飯のあとすぐに始めたんだから、かれこれ三時間くらい経ってる。

 その間ずっと二種類の言葉を行ったり来たりしつづけたせいなのか、頭もぼんやり。


 あんな緊張感ばっかりの三時間があと三回もあるなんて……って思うと、身体に力が入んない。


 衝立の向こうで書き物をしてたテーブル以外は全部食堂の隅っこに寄せられてて。

 だから、おぼつかない足元に力を入れて、なんとか手近な椅子にしがみつく。


 べったり寝ちゃいたい気持ちと、じっとしてられない気持ちの間に挟まれて、机にぐったり突っ伏して、足をぶらぶら。


「なにやってんだ、ちび」

「ちびじゃないです……カレカがにょきにょき伸びただけじゃないですか」


 少し離れたテーブルに広げてた地図の上を片付けながら、カレカが私の事を笑った。

 お別れしてから四年もたってるし、背だって伸びたのにちびちびって……でも、二人きりでこんな風に話せるのはちょっぴり嬉しい。


「トレだって、大きくなってるんですから。ちびっていうのやめてください」

「わかったよ、ちび」


 わかってないじゃん!

 でも、四年間も離れてたのに子供の頃みたいに話せるって、すごく幸せな事だよね。


 そんなこと思ったら、緊張でこわばった感じがしてたほっぺが自然に緩んでく感じがして。でも、そのままゆるい顔してたら笑われちゃうかもしれないから、きゅっと口を結んでみたり。

 なんか、カレカにどう見られるかって気にしてばっかり。


 広げられた地図には、円とか直線とか色々な図形が書き込まれて、話した事のメモも貼られてる。

 ちょっと見ただけだとなにがなんだかわからない。でも、カレカの手首とか袖口が、地図に物を書き込んだ木炭と同じ色に汚れてるんだから、カレカがそれを書いたって事だよね。


「カレカはお仕事中ですか」

「まぁな」


 色々な道具でごちゃごちゃになった地図の上を片づけるのをぼんやり眺める。

 初めて会ったとき、綺麗なヒレがあった指と指の間に、今はぎざぎざの傷が残ってて。それはすごく痛々しくて、胸がキュッと痛くなった。


「地図にたくさん書き物してたみたいですけど、どんなことがわかるんですか?」

「昨日、服の採寸とかしたろ。あれを元に歩幅とか算出して、お前とあの人の話とか総合すると、どこから来たかとかが推察できるんだ」

「すごいですね」


 会わなかった四年間。たくさん勉強して、こんな事できるようになったんだ。

 すごいって思うのと同時に、なんだかおいてかれちゃうみたいで寂しくなってくる。


「なんでそんな顔すんだ」

「変な顔してますか?」

「泣きそうじゃねえか」


 泣きそうなのかな。

 鏡がある訳じゃないし、自分の顔の事なんかわかんない。


「さっき、僧兵の話が出た時、みんな驚いてましたよね?」

「あぁ」

「でも、トレにはなんのことかわかりませんでした。カレカもなんだか難しい事してるし。それがなんだかおいていかれるみたいで……」


 格好悪い泣き言だっていう事だけはわかってるんだけど、ぼろぼろと気持ちが零れ落ちてく。

 恥ずかしくて、顔が熱くなって。そんなの見られたくないから、もっかいテーブルに顔を伏せた。


「お前、ほんとめんどくさいな」


 頭の上でカレカがふと笑うのがきこえる。

 もうなんとでも言ってよ!


「トレだってすげーよ。あいつらの言葉を聞き分けられる奴なんて、少なくとも南部にはお前しかいない」

「でも、わからない言葉の方が多いんです。そもそも私達が話してる言葉にも知らない言葉がいっぱいなのに……」

「お前は誰にも出来ない事をしてる。自信持て」


 そんな言葉と一緒に、頭の上にあったかいものがおりてきて、ぐしぐしと髪をかき混ぜた。

 いつのまにかカレカの気配がすごく近くにあって、なんだかドキドキする。


 自分でもよくわからなかったけど、私は誰かに認めてほしかったんだと思う。

 父さんとか母さんとか。

 カレカとか。身近な誰かに。


 だから、カレカがほめてくれてすごく嬉しかったのに


「ちびのくせにな」

「ちびって言わないでください!」


 いつもみたいに笑って言う。

 もう台無し。絶対許さないから!

 って思って顔を上げたら、はらはらと髪の毛が顔の方に落ちてきた。

 せっかく結ってもらったのに!


「髪、おろしてる方がいいな」


 なんなの、もー!

 なんなの?




 顔が赤いぞ。

 なんて、素っ頓狂な事を言ってくれるカレカをほっぽって、今度はでゅえふさんに話を聞く訳なんだけど……。

 その前に用意しておいた木靴に履き替えた私。


 あ。

 皮のブーツの方が一般的だけど、南部では今でも実用品なんだ。

 まぁ、余計な話。


「じゃあ、トレ。さっきと同じようにどこの国の人なのか、軍隊でどんな役職だったのか、フルネームを聞いてくれ」

「はい。でも、その前に、個人的にききたい事を聞いていいですか?」


 なるべくしかつめらしく聞こえるように、声を低く作って言ったら、僧正様が口元を押さえてうつむいてた。

 おい、じじい。笑ってんじゃねえぞ!

 あんたも片棒担いでるんだから!


 というのはさておき、父さんは私と僧正様を交互に一度見ると「手短にな」って言って、ちょっとだけ時間をくれた。


『でゅえふさんにはトレから聞きたい事があります』

『なんだよ』

『昨日、私達が入ってる時、お風呂覗きましたね?』


 話しかける瞬間まで私の方を見ていたでゅえふさんの真っ赤な大きな眼が、ちょっとの間中を泳いで。その後、僧正様をちらりと見る。

 こっそり見たつもりかもしれないけど、眼が大きいからそういうのすぐわかるからね!


『覗いてない』

『うそつき!』


 オーシニアの人達と私達の顔つきは、完全に別の生物みたいに違う。

 だから、表情を読み取るのはすごく難しい。

 難しいはずなのに、今、この瞬間。でゅえふさんが動揺してるのが手に取るようにわかった。


『僧正様が覗いてるのを見たって言ってました!』

『きたねえぞ、じじい!』


 乱暴な言葉遣いでののしりながら、でゅえふさんは僧正様を指さして、椅子の上に半分立ち上がって、悪いのは自分だけじゃないって言う意味に聞こえる言葉――でも、ちょっとなまり強くてよくわからない言葉を早口でまくしたてる。

 ……見苦しい。


『とりあえず、でゅえふさんは有罪です』

『……ごめんなさい』

『きちんと座りなさい!』


 椅子の上に片膝立てたみたいになってたでゅえふさんが姿勢を正したのを確認して、私は右足をぶんっと大きく振る。


 ごきんって音。脛を押さえてうめき声を上げるでゅえふさん。

 それに、笑いをこらえる僧正様。

 振り切った私の右足はすーすーするけど、処刑は完了した。かな。


 飛んでった木靴は後で回収しよう。


「そろそろいいか?」


 なにがなんだかわからないっていう表情の父さん。

 でも、このお話の内容。父さんには絶対教えて上げない。


 だって、母さんの裸を誰かに見られたとか、嫌でしょ?

 私の裸はともかくとしてさ。



 覗きに関するやりとりはさておき、でゅえふさんにもくぅりえさんに聞いたのと同じように質問していく。


『おれは風凪の村、族長の息子。古の盟約に従ってオーシニア侯国に助勢した戦士だよ』

『んー。よくわかりません』

『オーシニアの西の方。海沿いに小さい部族がたくさんあって。大昔、オーシニアがピンチになったら助けるって約束で、好き勝手に暮らしてていいって事になってんだ』


 くぅりえさんと話した時と同じように、でゅえふさんが話す内容をなるべく意味がぶれないように気をつけて伝える。

 さっきと同じように世間話みたいになってるけど、これでいいのかな?


「どんなところに住んでいたのかきけるか?」

「きいてみます」


 くぅりえさんと話した時と比べて、父さんが聞いてくる内容はずいぶんやんわりとしたものになってる気がする。


『でゅえふさんはどんなところに住んでたんですか?』

『岩ばっかりの辺鄙なところでさ。食い物も魚ばっかで。でも、でっかい温泉があるんだよ。週に一回くらい、村の皆で一緒に入ったりしてさ』


 男女一緒にお風呂に入る習慣がある地域だったんだね……。まぁ、だから覗きをしていいとかそういう事じゃないけど。

 でも、故郷の話をするでゅえふさんはすごく楽しそうで、どうしてこんなところにいるんだろうって、少し悲しくなった。


『でゅえふさん、お家に帰りたいですか?』

『まぁ、帰れるなら帰りたいけどな……帰れるのか?』


 どうなんだろう?

 どう答えればいいのかわからなくて、父さんの方をちらっと見てみるけど。なんだか怖い顔してるし、そんなこときけそうもない。


 でも、そういうの私が伝えなきゃ、父さんもデアルタさんもわかんないんだもん。

 きいてみなくちゃ!


「あの、父様。皆をお家にかえしてあげる事はできますか?」

「難しい……だろうな」


 私の問いかけに応える父さんの表情は、ずっと前、私が作って失敗したトマトのオイル漬けを食べた時みたいに。はっきり言えない事実を口に含んでるみたいに歪んでた。

 難しいっていうのは多分、精一杯優しく言ってくれたんだなって、馬鹿な私にもわかる。


「トレ。彼はここまでにしよう」


 父さんはそう言って席を立った。

 でゅえふさんに明確な答えを返してあげる事が出来ないのが悔しくて、お腹の中がじくじくする。


『でゅえふさん、ごめんなさい』

『トレが謝る必要なんかない。おれはドジを踏んで捕まったんだから、気にする事ない』


 部屋から出ていくでゅえふさんの大きな手が、私の頭を撫でた。

 ごつごつして、節くれだった手は、私の頭なんか握りつぶせちゃいそうなくらい力強くて。でも、その手はすごく優しい。



 でも、その手の優しさのせいで気づいちゃった。


 皆が帰れるか気にしてるのももちろんだけど、私はいつ家に帰れるのかなって。

 それが不安なだけなんだって。


 結局、私は私の事しか心配してない。


 なんだか情けなくなっちゃった。




 でゅえふさんと一緒に部屋の外に出る。

 話していた時間はそんなに長くなかったのか、窓から差し込むお日様はさっきと変わらない角度の影を作ってた。


 どこでどうしたとかそんな話がなかったからなのか、カレカとコトリさんがテーブルの上に広げていた地図は綺麗なまま。

 いくつかのメモと地図の上にいくつか印がついてるだけ。


 くぅりえさんと話した時からずっと感じてる胸の奥のイガイガが取れなくて、深呼吸したらけふけふって乾いた感じの変な咳が出た。

 知恵熱なのかなんなのか、頭の中もぐるぐるする。


「お疲れ様でした、トレ様」

「あ、いえ……」


 なにを言っていいのかわかんない。自分の事ばっかり心配してるって気づいたら、それが恥ずかしくて、コトリさんの眼を見て話せなかった。


「彼は私が部屋にお連れしますから、トレ様は休んでいてくださいね」


 そういってコトリさんは私の事をぎゅーっと抱きしめた後、椅子に座らせてくれる。

 過剰なスキンシップは恥ずかしいのに……って思うんだけど、なんだか立ってるのもやっとな感じ。


「ちび、顔真っ赤だぞ」

「そうですか?」


 あんな事されたら誰だって恥ずかしいでしょ。

 それに、なんていうか。

 カレカの方をまともに見れない。


「カレカ。トレ、いつになったらお家に帰れるんでしょうか……」

「これが終わったら一緒に帰ろうぜ」


 ん?

 いまなんて?


「だから、もう少し頑張れ」


 うん、頑張る。




 きゅいあさんが連れてこられて、前の二人と同じように話をする。


『私はクリーネ王国から来た』


 どこの国から来ましたかって尋ねた私にきゅいあさんはそう答えてくれたけど、それがどこなのかよくわからない。


「父様、クリーネ王国ってどこですか?」

「レンカ湖を挟んで南側にある国だ」

「きゅいあさんはそこから来たって……」


 父さんは口元に手をやって少し考える風。

 どうしていいのかよくわからない、胸が苦しくなるくらいの沈黙。


「お前の恩人、きゅきぃさんだったか……彼女を知っているかきいてくれ」


 三ヶ月前、私の目の前で命を落としたきゅきぃさん。

 命を助けてもらったのに、なにをしてあげる事も出来なかった。

 後悔が胸の奥でわだかまって言葉が出ない。


「トレ?」

「……あの、言葉が……出なくて」


 間に変な咳が挟まって、自分でもなにを言ってるのかよくわかんない。


「大丈夫か?」


 背中をさすってもらって、でもまだぜーぜーする変な呼吸のまま。

 おっきく息を吸って、もう一回きゅいあさんに向き直る。


 うん。

 大丈夫。

 話せる。


『あの、きゅいあさんはきゅきぃさんって知ってますか?』

『どうしてトレがきゅきぃのこと知ってるの?』

『命を。命を助けてもらいました』


 あの日あった事。

 三ヶ月前のあの日。私がきゅきぃさんに助けてもらった時の事。

 それから、その後どうなったのか、きゅいあさんに説明する。


 私の話を聞いたきゅいあさんは、口の端をゆがめてふふって笑いながら


『そうか。あの人なら、敵地で子供を助けるとか、やりそうだ』


 そういって涙を流した。


『ごめんなさい、私のせいで……』


 今日は泣かないって決めてたけど、でもあの日の事を思い出すとどうしても涙が出る。


『あの人、満足だったんじゃないかな。トレを助けて命を落としたなら、子供には自慢できる最後だったはずだもの』


 そう、なのかな。

 死んじゃったら全部終わり。

 残された人がどんな悲しい顔をするのか、前世の記憶――というより、前世で自分が死んだ後、残された父さん母さんがどれくらい悲しそうにしてたのか、私はやんわりと覚えてる。

 だから、私は怖いんだ。

 きゅきぃさんの子供にいつか責められるんじゃないかって。


『私は、トレが今ここにいてくれてうれしいって思ってるよ。話せてよかったって』

『でも……』

『きゅきぃの命をもらってここにいるんだと思って、胸を張って生きなさい』


 きゅいあさんはそう言って笑ってくれた。


『さ。他にもきくべきことはあるんじゃないかしら?』


 きゅいあさんもきゅきぃさんも、すごく強い人。

 私もきゅきぃさんに恥ずかしくない様に生きてかなきゃ。



 その後、きゅいあさんはどこからきてどこでつかまったのか。

 すごくはっきりと話してくれて、衝立の向こうではものすごく忙しく書きものの音が響いてた。


 クリーネ王国はオーシニア侯国から同調して戦争を起こすように言われてたみたいだけど、どうしようかなって情報を集めてたみたい。

 きゅきぃさんやきゅいあさんは情報を集めるために湖を渡って、そこで父さん達に捕まっちゃったんだって話してくれた。


『話し合いで済むってわかれば、戦争なんかしたくない人の集まりなの。うちの国って』


 なんてきゅいあさんは笑って言ってた。

 その言葉を訳して父さんに伝えたら難しい顔してたけど、本当に話し合いで戦争が終わるならその方がいいよね。




 こんこんと乾いた咳が出る。

 それに、お尻に根っこが生えたみたいに動けない。


 どぅえとさんと話をすれば今日の予定は全部おしまい。

 カレカと一緒にお家に帰れるんだって、お腹の下の方に力を入れるけど、なんだかぼんやりする。


 胸の奥のイガイガはもう、ちょっと痛いくらいに膨れ上がってて、しゃべるのがちょっと苦しい。


「トレ、大丈夫か?」

「少し休んではどうじゃ?」


 父さんに寄りかかってたら、僧正様と二人してそんな風にきいてきた。

 大丈夫に決まってるでしょ!

 もうすぐお家に帰れるんだもん。


 でも、頷くのが精いっぱい。


「日を延べてはどうかね、ファルカ殿」

「えぇ……」


 そんなの絶対ダメ!


 しゃべるのが億劫だったから、父さんの制服の袖を思いっきり引っ張って首を横に振る。


「トレ。わかった、最後の一人だ。頑張ろう」


 うん。頑張る。




 明らかに着慣れていないスーツに身を包んだどぅえとさんは、それでも堂々としてた。

 濃いグレーのたてがみはすごく勇ましくて、直立したライオンみたいな顔は、普通にしててもちょっぴり怖い。


 お風呂に入って綺麗になったからふわふわのたてがみは少し後ろになでつけられてて、父さんと同じ仕事をする男の人の雰囲気がある。


『トレ、具合が悪いのか?』


 そんな勇ましい風貌のどぅえとさんにしては、なんだか弱弱しい声。

 私の事を気遣ってくれてるのかな?


 だいじょぶ、全然平気。

 って言ったら嘘だけど、でも、手をぱたぱたふって笑っとく。


「手短に行こう。トレ、彼にも官姓名をきいてくれ」


 いつもよりちょっぴり抑えめの声で言う父さん。

 そう、父さんの声って、ほんとは優しいんだ。


 あれ?

 考えてる事がまとまらない。


『どぅえとさんのフルネームとどこの国から来たか。軍隊でどんな事してたのか教えてください』

『どぅえと・どれあ。オーシニア侯国第七西進軍で中隊指揮官をしていた』


 どぅえとさんが教えてくれた話を手帳に書き込む。

 ……書き込みたいんだけど、手がうまく動かなくて、なんだかよれよれの字になっちゃった。父さん読めるかな?


「トレ。もう休もう」

「ぃぇ、まだ……」


 話し切る前にこんこんと、またあの乾いた感じの咳が出る。

 気持ちはまだまだって思うけど、確かにもうしゃべるのは無理かも。


 そういえば、どぅえとさんは文字が読めるんだった。


 くぅりえさんにした質問。でゅえふさんに聞いた話。それからきゅいあさんが話してくれた事を思い出して、手帳に質問事項を書いて、それをちぎってどぅえとさんに投げる。

 よれよれの字かもしれないけど、読めるって信じて。


『トレ。もう休みなさい』

「でも、どぅえとさんと、の、おは、なしがおわたら、おうちにか、えれるです」


 だから、最後まで話を聞かせて。


 どぅえとさんと父さんがちょっとの間見つめあった気がする。

 父さんはなんだか頷いて、どぅえとさんはそれを見ると、私が書いた質問に答えを記入して、もう一回こっちに投げてくれた。


 その内容を私達の言葉に訳して読み上げてく。

 自分でもどういう内容なのかよくわからないけど、でもちゃんと訳せてるはず。


 だって、父さんも僧正様もうなずいてくれてるし。


「あの、父様。これで質問は終わりにしてもいいですか?」

「あぁ、よく頑張った」


 じゃあ、カレカを迎えに行かなくちゃ。

 一緒に帰るんだもん。


 父さんの腕を支えにして、えいやって立ち上がった。

 うん。だいじょぶ。




 聞こえる音全部がどーんどーんってなるみたいにぼんやりしてる。

 きっと、父さんが何か話しかけてくれてるんだってわかってたんだけど。でも、それでも、今はカレカを迎えに行きたいの。

 ほっといて。


「おい、ちび!」


 ちびじゃないです。


「トレ様、しっかり!」


 うん。しっかりしてるよ。

 足元はふらふらするけど、ちゃんと歩けてるでしょ。


 テーブルの上にはまだ地図が広げられてて、カレカはまだまだ帰れそうもない。


 一緒に帰るって言ったのに……。

 あ。

 そうだ。


 いつかきいてみようと思ってたんだ。


「カレカ。もしもの話なんですけど……」

「なんだよ」

「いつか、トレをお嫁さんにしてくれますか?」


 緊張ばっかりの部屋で、がたんって大きな音がした気がするけど。その音が現実のものなのか、それとも夢の中のだったのか。私にはよくわかんなかった。


「おい、トレ。しっかりしろ!」


 あ。

 カレカが名前呼んでくれた。

 意識がどこかに落ちる前、それだけははっきりわかったんだ。


ようやく尋問シーンを全部書き終える事が出来ました。

『2013/03/28(木)を目途に改稿いたします。』って書いていたのに、扁桃腺炎で一週間とちょっとずーっと38度超の熱を出していまして果たせませんでした。


お待ちいただけていたのだとしたら申し訳ありません。


2013/03/20(水)7時頃投稿分と、おおまかな流れは変わらない様にしてありますので、読んでしまった人は飛ばしていただいても大丈夫かと思います。

……と、あとがきに書いておくのって、あんまり意味ないかもですね。


ごめんなさい。



次回更新は2013/04/13(土)7時頃、主人公が里帰りするエピソードを予定しています。

長男の幼稚園で行事があるので少し期間がいてしまいますが、気長におつきあい頂ければ幸いです。

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