24.耳を澄まして聞きましょう
文字数多い割にとっちらかっちゃってます
“納屋”から少し離れた日当たりのいい場所に準備された墓穴。
私の背丈よりも少し深いくらいの穴の中には真っ白な麻布が敷かれ、その上にたくさんの副葬品に囲まれたるいゆさんが横たわってる。
副葬品の中心になるのは水分の多いマンゴーみたいな果物――オーシニアでは贅沢品だってでゅえふさんが言ってた。
私達が住んでるエザリナ皇国では贅沢品というほどじゃない。
でも、ルザリア南部自治州で冬に手に入れるのは難しくて、コトリさんが四苦八苦して手に入れてくれたんだって。
その果物の真っ赤な皮は夕焼け空みたいに明るい色で、お葬式の雰囲気に似合ってない気がするけど、どぅえとさんによれば必需品みたい。
オーシニアでは土葬が一般的で、遺体が早く土に返る様に水分が多い果物を一緒に埋めるっていうのがその理由。
もちろん、死んでいった人が神様のところに辿り着くまでお腹が空かない様に……っていう側面もあるみたい。
ともあれ、お葬式に似つかわしくないのは私の真っ赤な髪も同じ。
なので、今日のために何日も夜更かしして作った、明るい色の髪を出来るだけ隠せる黒いヘッドドレスなんだけど。これが絶妙に重い。
母さんが作ってくれた服の端材と銀糸と針金で作った濃紺の百合を中心にした飾りは結構な目方なのか首が痛くなってくる。
ヘッドドレスもそうだけど、どぅえとさんが書いてくれた服の絵は、私達の国側で言うと黒いビロードのインバネス。母さんが裾と襟に黒いレースをあしらって可愛らしくアレンジしてくれてるけど、全体としてはどこか重いイメージ。
全体的に黒い装いの私の右手には、右足が治ってから部屋に置きっぱなしだったピンクアイボリーの杖が握られてる。
針金を組み合わせて作った鳥の羽と六つの鈴で飾って、錫杖に見立てた杖をしゃりんしゃりんと鳴らす。
どぅえとさんによれば、神様に送る合図なんだという錫杖の音。
でも、参列している皆に比べて小さな私の手で鳴らされる鈴の音はなんだか軽くて、それが少しだけ寂しい。
ともあれ、神様に合図を送ったら左右に控えてる僧正様とどぅえふさんに視線で合図して参列者を振り返る。
参列しているのはデアルタさんが準備した背広に窮屈そうに身を包んだ“納屋”の皆。
それからいつも着ている制服よりもいかめしい感じの服――正式礼服っていうのを着たデアルタさんとコトリさん。
父さんとカレカも同じ服を着てて、母さんは黒い教会服を身に着けてる。
皆の顔を確認して、左手に開いたまま携えておいた手帳をじっと見る。
書きつけた内容を思い浮かべると、四十万さんのくれた手帳は魔法みたいにそのページを頭出し。
どぅえとさんが書いてくれた式次第が書いてあるページまでぱらぱらとめくれるのを確認して、あんちょこを見ながら祝詞を唱える。
オーシニアの言葉と私達の言葉でそれぞれ一回ずつ。
「大地にあまねくトレブリアに、その恵みの賜物であるるいゆを、感謝とともにここに還す。一時、我らの心に人の形をした恵みを賜った感謝の祈りをささげよう」
参列する皆が同じトレブリア様に祈りをささげる。
それなのに、“納屋”に住まう皆とデアルタさんや僧正様。それに父さん母さんやカレカが仲良く過ごせない。
クレアラさんが不真面目だったせいで、神学って言えばいいのか。
この世界の神様ってよくわからないまま。
一番の神様はトレブリア様。
でも、一番の神様だけど、トレブリア様は人間に殺されちゃった。
その奥さんの女神アマレと二人の息子である人神アトリアは、私やテアみたいな勇者を他の世界から呼び寄せて戦争してる。
これが私の知ってる神様に関するお話。
それなのにるいゆさんのお葬式に参列してる皆がトレブリア様に祈りをささげるのはどうしてなんだろう?
四十万さんのクライアント――そういえば、どっちの神様なのかは教えてくれなかったけど、どっちかの神様は私が言葉を覚えた事を喜んだって言ってた。
喧嘩をしたいのか仲良くしたいのか。
人間に戦争を押しつけてるのに、そんなはっきりしないなんてなんなんだろ。
皆がお祈りする姿を見てたら、私のお腹の中にじんわりとわだかまりがにじんで、息が少し苦しくなった。
『トレ。トレ、どうした?』
『あ、は、はい!』
突然かけられた声に、身体がびくぅってなっちゃった。
どぅえとさんに声をかけられるその瞬間まで、考え事が迷路にはまり込んで、ぼんやりしてたみたい。
気がついたら、皆の視線が私の方に集まってた。
「ごめんなさい。あの。皆さん、るいゆさんにお花を上げてください」
これもやっぱり両方の言葉で一回ずつ。
お庭から分けてもらったデイジーをどぅえとさんの籠から皆が受け取って、それをるいゆさんの身体の上に投げる。
春のお日様みたいに柔らかい黄色い花びらに飾られたるいゆさんは、なんだか綺麗。
そんな綺麗なるいゆさんに、僧正様が金色の鎖がついた振り香炉を掲げる。
この振り香炉は僧正様が持ってきてくれたものだけど、どぅえとさんが書いたメモの香炉とほとんど変わらなかった。
「異境の僧が祈りをささげる事、許されよ……」
いつになく堅い面持ちで僧正様が話す言葉を、どぅえとさんに訳してあげたら『感謝を』って言って、すと頭を下げた。
「僧正様、どぅえとさんがありがとうって」
「そうかい。では……」
僧正様は香炉をるいゆさんの身体の上で緩やかに振って、るいゆさんの身体を清めていく。
それが終わると皆で一回ずつ土をかけて、最後にビワの若木を植えた。
石でできた墓碑を建てる私が目にした事があるお墓とは全然違う。
墓碑のかわりに果樹を植えて、実りとともにその人を思うっていうのがオーシニアの弔い方なんだって。
若木がしっかりと空を向いて立てばお葬式はおしまい。
「これで葬儀はおしまいです。るいゆさんのためにお祈りしてくれてありがとうございました」
お辞儀をした私に、それぞれの言葉で皆が「お疲れ様」って言ってくれた。
心遣いは一緒なのに。
同じ神様にお祈りしてるのに仲良く出来ない。
それがすごく悲しくて、胸がきゅーっとなった。
本当は綺麗に身体を清めてからお葬式にっていう話だったんだけど。
お葬式は外でするし、湯冷めして病気になったらいけないからって後回しにしたつけが回ってきたというかなんというか。
前世の記憶って実際のところそんなに役に立ってない気がする。
算盤とか陸上とかの経験を覚えてたのがいい方に働いた事はあったけど、それ以外に有効活用出来た記憶ないし。
どっちかっていうと厄介事ばっかりじゃないかなって、こういうとき思うんだ。
宿営地でコトリさんと入った浴場に比べたら少し小さいけど、お屋敷には立派なお風呂がある。
泊りのお客様用って話だから、私も入った事なかったんだけど、でも、広い脱衣所と十四~五人くらいは優に入れそうな浴槽。
それに、洗い場もしっかりしてて……って感じで、お風呂の設備はすごく満足。
でも、なんていったらいいのか。
前世で男の子を十六年間やってきた記憶がやんわりと残ってる私には刺激的すぎる光景が私の前に広がってるんですよ!
ちょっと前、コトリさんとお風呂をした時だって鼻血出ちゃったのに、これどうしたらいい!?
コトリさんのおっぱいがお見事なのは服の上からでもわかってたし、実物も見ちゃってるから知ってた。
母さんとお風呂に入った記憶なんかないけど、おっぱい飲んでた頃の事を覚えてるからまぁ。
残念ながら残念なのも知ってる。
将来、私もあれくらいかなあって、がっかりしない事もないけど、それは置いて。
でも、二人よりびっくりだったのがきゅいあさんとくぅりえさん。
狼みたいな毛皮に覆われた上半身。はっきり割れた腹筋の上辺りにはしっかりと山脈がそびえてて、その。
なんだか目のやり場に困る。
他の皆に比べて少し子供っぽい印象だったくぅりえさんの胸に、あんな巨大な……って。
やっぱり私ってちょっと気持ち悪いんじゃないの!?
目の前に白くて丸い物がいっぱい。
そういえば『おっぱいがいっぱい』っていう歌をどこかで聞いた気がするけど、そんな感じ。
もう、どうしたらいいのかわからないんですけど!
って思ってるのに、じーっとおっぱいを見ちゃうのは、前世の気持ち悪かった私の記憶のせいなのかな……。
どうしていいのかわかんなくて。
それなのに、どっち向いてもおっぱいだらけで、頭ぐるぐるなのにきゅいあさんたら。
『トレ、これどうやって使うんだ?』
なんてさ。
ヘチマの使い方がわからないのはいいけど、おっぱいは隠して!
というか、股間のところは私達とそんなに変わらないんだ……って、じろじろ見てどうする!?
なんて、心の中でじたばたじたばたしてたんだけど、私が見てるってことは皆も私を見てるって事なんだよね。
湯船に口までつかってたら、隣に入ってきた母さんが
「トレも少しずつ女の子のおっぱいになってきたわね」
とか言ってくるし!
そんなのわかんないから!
まぁ、おっぱいの周りが少ししこりみたいになってきてる気はするけど……。っていうか、この話あんまり踏み込まれたくない。
「自分でも気づかない?先っぽのところがふくらんできてるでしょ」
「よくわかりません」
出来るだけそっけなく返したつもり。なのに、母さんは逃がしてくれない
それどころか母さんの逆側にコトリさんが入ってきて
「トレ様もそろそろじゃないですか?」
なにがよ!?
「あー。そうねえ」
なにがそうなの!?
「そろそろあれを用意した方がいいかな」
「ですねえ」
あれってなに!?
コトリさんも、どういう意味で同意してんの?
自分ではよくわからないけど、なんかあるんだって事はわかった。
わかったけど、大人二人が湯船につかってにまにましてるのってちょっと気持ち悪いよ
のぼせたのと。多分恥ずかしさの許容量を振り切っちゃったのと――全部、気持ち悪い大人二人のせい!
くらくらしてきたからきゅいあさんとくぅりえさんのところに逃げてみるけど……。
『トレはつるっつるだな』
『……きゅいあさんはもじゃもじゃですよね』
『つるつるは子供の印なんだよ』
上から下までくまなくもじゃもじゃのきゅいあさんが胸をはると白い塊がふるっと揺れる。
すごい目の毒。
くぅりえさんは私を子供だって笑うけど、前世の分合わせたら私の方が年上だかんね!
そんなこんなで、お風呂から上がる頃にはもうぐったり。お風呂に入ると疲れが取れるっていうのは、一人で入ってる時だけだと思うんだ。
ものすごく疲れるお風呂タイムが終わって、ほかほかになったきゅいあさんとくぅりえさんに巻き尺を持ったコトリさんが近づいてく。
なんか変な笑顔を浮かべてるのはきっと気のせい。
よだれも出てる気もするけど、それも目の錯覚だと思う。
……というか、思わないと怖くなるから、強引にでも思う事にして、手元の紙に眼を落とす。
使用人さんが服を仕立てるときに使うメモらしいその用紙には、身体のサイズを事細かに記入できる欄があらかじめ印刷されてる。
『二人とも、洋服を作るので身体のサイズをはからせてくださいね』
『はーい』
きゅいあさんとくぅりえさんはすごく素直に返事してくれた。
正直なところ、私はコトリさんに身体のサイズをはかってもらうのはご遠慮したい気持ちでいっぱいだけど。
二人ともコトリさんの表情が判別出来ないだけで、出来たとしたらどうかな……。
それはさておき。
デアルタさんの命令で“納屋”の皆に洋服を作るように言われた私とコトリさんは、採寸の真っ最中。
本当は母さんが手伝ってくれた方がちゃんと測れる気がするんだけど、ご飯の支度をコトリさんに任せる訳にいかないから、二人でするんだけど
「トレ様。彼女たちにブラジャーは必要か確認してもらえますか?」
「え!?」
そういうのききにくいよ!
まぁ、確認しないとダメなんだろうからきくんだけど。
『お二人は、その。ブラジャーってしますか?』
『するよ』
『トレはまだしないの?』
しないよ!
というか、母さんを見てると、必要になるかどうか心配なぐらいなんだけど。って、母さんに対して大概失礼だな、私。
「必要だそうです」
「了解……特注するしかないですね、サイズ的に」
そうですか。
でも、そんな話をしててもコトリさんは巻き尺を器用に使って、ひょいひょいひょいっとサイズを測ってく。
昨日、晩御飯の準備でじゃがいもを剥いてもらった時のおぼつかない様子が嘘みたい。
メモを取る私の手元の方がもたついてて、時々待ってもらいながら書き起こすんだけど、それが仕上がりそうなところで、コトリさんが気になることをいう。
「トレ様、急いでくださいね。この後、男性のも測らなくちゃいけませんから」
いやいやいや。
そんなのやだよ。
「そんな顔されても……。一緒に入らないまでも、入口のところで通訳してあげないとダメですよ」
「冗談ですよね?」
聞き返す私の目を見るコトリさんは、至って真面目な風。
二人の採寸が終わった後、前世で見慣れた茸みたいなあれを見ざるを得なくなっちゃったんだけど。
それはもう、書かない。
男性陣のお風呂につきあわされた後、母さんたちの言うとおり食堂に皆を誘導してきたけど、その時点でくたくた。
指を動かすのも面倒な気持ち。
だから、食堂の隅っこでテーブルに突っ伏して、さっきまで見せられてたものを忘れようとしてたのに。
それなのに
「おい、トレ。この馬鹿はなんて言ってんだ!?」
『トレ、このもやし野郎はなんて言ってんだ!?』
カレカとでゅえふさんが同時に大きな声を上げて、私に言葉を訳せって言ってくる。
夕食が始まって三十分くらい経ってて、二人ともお酒が入ってるのかちょっぴり赤い顔。でゅえふさんは元から真っ赤な眼だけど、カレカなんか眼が血走ってちょっと怖い。
でも、二人がどんなに大きな声出しても、怖い顔してても無理なものは無理だし。嫌なものは嫌!
「あんな下品な話、口に出せる訳ないでしょ!」
まぁ、前世では男の子だったし、そんな事してた記憶もあるからわからなくもないとこはあるよ。
それでもさ。
食事時にお○んちんの大きさの話なんかしなくていいでしょ!
お葬式の後ってもう少し厳かっていうか、皆で静かに過ごすんだって思ってた。
っていっても、前世の記憶をひっくり返してみても。今生を思い返してみても、お葬式に参加した事なんかないんだけどね。
それでも、こんな大騒ぎするのおかしくない!?
テーブルに並んでる料理はふかしたじゃがいもとか、昨日私が作ったスープの残りに平らに伸ばした肉団子を入れたのとか。
あと、なにかのケーゼに硬くて酸っぱい黒パン。テーブルの上にあるのは村での食事とあんまり変わらない。
豪華とは言えない献立なのに、皆でわーわー騒いでるのを見てると、お葬式ってなんなのかなって思っちゃう。
コトリさんにお酌をしてもらってご機嫌のどぅえとさんに、なんだかよくわからないけど話しかけてる父さん。
デアルタさんも少しお酒を飲んでるのか目元がほんのり赤いし、カレカとでゅえふさんは上半身裸になって腕相撲とかしちゃってる。
母さんときゅいあさん。
それとくぅりえさんは厨房にこもってなにやらごそごそ。
言葉が通じなくても、皆なんとなく仲良くやってるように見える。
通訳なんかいらないじゃん。
「そんな事はないじゃろ」
「あ、僧正様」
思ったことが口から漏れだしてた。
気持ちが顔に出やすいって言われ続けてるのに、口からそれが漏れちゃうなんて……。
恥ずかしくて口を押える私を見ながら、僧正様はにこにこ笑う。
「言葉が通じるからこそ引き合った縁。お前さんがいたから皆が笑ってるんじゃろ」
「そうでしょうか?」
「なにか心配事があるんだね」
心配事って言われるとなにか違う気がする。
もやもやとして、はっきりと言葉に出来ない胸のつかえみたいな物が私の中にあるのはそうだけど。でも、どう話をしていいのかわからない。
「久しぶりに酒を飲んだからなのか、暑くていけない。少し夜風に当たろうか」
そういって僧正様は私の手を取った。
「んー。やはり寒い」
「自分で外に行くって言ったんじゃないですか」
「そうじゃな」
食堂から出てすぐの廊下から雪が積もったお庭の見えるテラスに出ると、僧正様はふいーっと真っ白な息を吐いて空を見上げる。
村に比べたら見える星は少し少ないけど、それでもすごく綺麗に澄んでる。
まぁ、それだけに寒さははっきりと厳しいんだ。
教会服って合わせの部分以外は隙間が多いから、毛糸のケープを羽織ってきた私よりずっと寒いんだと思う。
おじいちゃんなんだから無理しないで部屋に入りましょう。
そう思ったけど、口元はいつもと同じ柔らかい笑顔のまま。でも、その笑みを浮かべた顔の中で真剣な眼をした僧正様は私の目をじっと見る
「トレ。葬儀で唱えた祈りの言葉。あれはオーシニアで一般的なものなのかね?」
「そこまではきいてないです。でも、空でメモに出来るって、口なじんでるって事じゃないかって思います」
「そうだね」
僧正様はすごく真剣に聞いてきたんだと思うけど、一般的なのかってきかれると私にはよくわからない。
言葉は教えてもらったけど、“納屋”の皆が故郷でどんな生活をしてきたのかとか。どんな風にお祈りするのかとか。そういう細々とした事を話す機会ってなかった気がする
多分、それは皆も同じ。
私達がどんな風に暮らしてるのかわからないんじゃないかな。
僧正様は私の言葉にうんうんと頷きながら、私の頭を撫でる。
しわしわで枯れ枝みたいに細い手が頭の上を行き来するのが少しくすぐったい。
「僧正様はどうしてそんな事が気になるんですか?」
同じ神様にお祈りする言葉なんだから一緒のはずだと思うんだけど、僧正様の答えはまるで違った。
「オーシニアの祈りは神様に感謝する言葉だったね。でも、こちらでは神様にごめんなさいと謝罪するんだよ」
「でも、オーシニアの人が神様を殺したんだって、学校で習いました。謝らないといけないのはオーシニアの人なんじゃないかって思いますけど……」
少なくとも教会が配る本――学校では教科書みたいに使われてる本にはそう書かれてたはず。
私の言葉に僧正様は「ふむ」と小さく頷く。
「トレブリア様には家族がいたんですよね?」
「女神アマレと人神アトリアだね」
「その二人は、私達人間をどう思ってるんでしょうか……」
神様二人が人間を前面に押し立てて戦争をしてるって知ってるのは、なにも勇者候補だからっていう訳じゃないんじゃないかな。
教会で勉強をして、神様の事をよく知っている人なら、その気配に気がつく人はいるはず。
「神の気持ちを推し量るのは難しいね。だが、少なくとも、神にやましいところがあるのはオーシニアの人々ではなく、我らの方なのではないかな」
「どうしてそう思うんですか?」
「今日、祈りの言葉を聞いて、永い間の疑念がはっきりとした形になったように思えてな」
もしそのことに気づいているなら。僧正様は私よりもはるかに強い影響力で、戦争を食い止めてくれるかもしれない。
そう思ったんだけど、僧正様はふと笑うと「その話はおしまい」って宣言するみたいに、私に背中を向けてもう一度空を見上げた。
どこか疲れたみたいなその笑顔が、私の胸をきゅっとしめる。
「……僧正様?」
空を見上げたままの後ろ姿は、僧正様が真っ暗なその場所に吸い込まれていきそうで不安ばっかりこみあげてくる。
「同じトレブリアを信奉するのだから、通じるものはある。トレはそれを信じなさい」
「そう、ですよね」
だって、今日一日で皆、あんなに仲良く過ごせてるんだもん。
きっかけがあればきっと、戦争なんていつでも終わりにできるんだ。
そんな気持ちにしてくれた僧正様。だけど
「通じるものと言えば、トレ。お前さん、おっぱい膨らんできたんだって?」
「な!?」
なんでそんな話を……。
「風呂で女衆と話してたじゃろ。あれを盗み聞きしとった。先っぽの方から膨らむらしいの」
「覗いてたのか、糞爺!」
「異性に対する興味は異民族といえど変わらんようでな、オーシニアの若い衆と一緒にちょいとな」
ほんとに、一瞬前まで真面目な話してたのに、なんなのこの人!?
いつも思うんだけど、この人が教会で偉いってほんとなの?
なにかって言えばおっぱい見たがるし、信じらんない!
あと、でゅえふさんはあとで殴る。
絶対殴る。
一晩明けて、皆で朝ごはんを食べた後、いよいよ尋問が始まる。
静まり返った食堂の一角を衝立で仕切って造られた空間。
“納屋”の皆から話を聞くために準備されたその場所は、狭くて威圧感ばっかりが目について落ち着かない。
衝立のせいでお日様も入らなくて、明かりはランプ一個だけ。その明かりも、ちらちらとして、少し頼りない。
そんな風に暗く狭く仕切った場所に、テーブルを挟んで向き合うくぅりえさんと父さん
父さんの隣には私。
テーブルから少し離れたところには僧正様がにこにこしながら座ってる。
衝立の向こうにはもう一個テーブルがあって、その上には大きな地図が広げられてた。
丸い棒に紐と木炭をくくった道具とか、コンパスに色々な形の物差し。
それと採寸の時にとったメモもあって、そのテーブルにはカレカとコトリさんが座ってる。
話を聞かれる人の見えないところで色々するのとか、部屋の威圧感とか。前世で見たドラマで刑事さんが犯人を怒鳴ってた部屋に似てる。
「はぁ……」
息が詰まる。
そんな感覚がぴったり当てはまる気分が、ため息になってもれだした。
こんな場所じゃ、話したくても話せないんじゃないかな。
そう思うけど言わない。
今日、ここで話されるのは、私にはどうする事も出来ない未来につながってる気がするから。
“納屋”の皆と父さんがどんな話をしても、口出ししないって、決めたんだ。
でも、もぢもぢきょろきょろと落ち着かない。そんな私の頭を父さんはぐしぐしと撫でてくる。
改まった席だからって母さんが整えてくれた髪が見る間にぐしゃぐしゃになっちゃった。
「父様、髪が崩れますから!」
「ん。あぁ、そうか?」
抗議してもやめてくれない父さんを上目に睨む。
昨日の夜、宴会で大騒ぎしてたのが嘘みたいに硬い表情。もしかしたら父さんも緊張してるのかもしれない。
反面、テーブルを挟んだ向こう側に座ってるくぅりえさんは、お葬式の時に来ていたスーツに少し窮屈そうにして。
でも、私達の方を見てにこにこしてるみたい。
どっちが尋問される側なのかなって、首をかしげたくなるくらい穏やかな表情のまま。
『トレ、なにから話したらいい?』
『あ、えと……』
なんてきいてきた。
そんなくぅりえさんの言葉をそのまま父さんに。
「なにを話したらいいですか?……って」
「そうか。じゃあ、話を進めていこう」
ランプの光に照らされた父さんは、いつもより少し険しい顔をしてるように見える。
でも、声だけは家にいる時みたいに穏やか。
「まず、所属と官姓名を聞いてくれ」
「かんせいめい?……ですか?」
手帳をめくりながら、父さんが言う言葉を探してみるけどうまく当たる言葉が出てこない。
「トレ。どこの国の人なのか、軍隊でどんな役職だったのか、フルネームを聞いてくれないか?」
「あ、はい」
軍隊で使う言い回しを私にわかるように説明する一手間があるせいで、尋問は自然ゆっくり。
私が思ってたのとはだいぶ違うイメージで進む。
『名前はくぅりえ。私の国では苗字を名乗る人ってあんまりいないんだ。だから知らない』
『そうなんですか』
『トレは苗字があるから、えらいんでしょ?』
『別に偉くはない、と思いますけど』
応えた私の言葉を、くぅりえさんは『うそだあ』って笑う。
父さんにくぅりえさんが話す内容をなるべく意味がぶれないように気をつけて伝えてくけど、これでいいのかな?
なんだか世間話してるみたい。
『オーシニア侯国の第七西進軍っていう部署で、荷駄を運ぶ牛の面倒を見てたの。獣医さんってわかる?』
『くぅりえさん、お医者だったんですか!?』
『まぁ、動物のなんだけど。宿営地からタリア連邦を攻める部隊の荷物を運んでたの』
くぅりえさんはちょっと昔の自慢話でも聞かせるみたいな気軽さで、自分がどこでなにをしていたのかを身振り手振りも交えて話してくれた。
何日くらい歩いたとか、どれくらいの荷物を運んでいたのか。
そんな話を私が訳すと、衝立の向こうから、さりさりとなにか書く音が聞こえて。
それが終わるとコトリさんが衝立の中に来て父さんにメモを渡す。
そのメモを見ながら父さんが質問を私に伝えて、それをくぅりえさんに……。
そんなひどく気の長いやりとりの最後、くぅりえさんは僧正様を指さした。
そして少し怒ったみたいな表情で話し出したのは、いままでしてたのとは違う、緊張感のある話しだった。
『そこのおじいさんの着物を黒くしたのを着た連中が来たの。火を出したりすごい速さで走ったりする、うちの国だとそういうのを“英雄”って言うんだけど……』
ん?
父さんもそうだしコトリさんも。
それにカレカや宿営地にいた兵隊さんも、私が見た事がある軍人さんの制服は灰色だった。
中央から来た軍人さんは黒い制服を着てたけど、教会服を着てる人なんて見た事ない。
「父様、黒い教会服を着た軍人さんっているんですか?」
「そんな部隊は……」
「僧兵だな、それは」
父さんの言葉をさえぎった僧正様の声は、いつもと同じ様に柔らかい。
でも、いつもならにこにこと柔らかい雰囲気なのに、しわしわの目元に強い険をにじませてる。
昨日の夜、空を見ながら話してた時、きっとこんな風に強い目をしていたんだろうなって、その時になってようやくわかった。
神様に一番近いところにいる人が、神様同士の戦争から遠いところにいられる訳がない。
その時、私にはそのことがよくわかってなかったんだ。
ようやく尋問のシーンまでたどり着けました。
でも、なんだか上手に書けなかったという手応えが……。
神様同士の戦争と、その背景にある出来事。
どうして別の種族みたいに生まれつくのかとか、そういった部分に主人公が少しずつ触れる部分なので、どうしても説明ばっかりになっちゃってる気がするんですよね。
もう少し上手に説明とお話を織り交ぜられるようにしたいです。
頑張る。
次回更新は2013/03/20(水)7時頃、残る三人の尋問まで進行したいと思います。




