18.汚れちゃったら洗いましょう
二話に分割したのに長いです
部屋に入ってきた兵隊さんはよたよたとおぼつかない私の足取りを見て手を伸ばしてくれた。
だけど、私はその手をつかめない。
四十万さんに見せてもらった前世のイメージが私の中で鮮明になって、その大きな手がどうしても怖くなっちゃったから。
逡巡していたら、兵隊さんはガシガシと頭をかくと
「千人長の言うとおりか……」
って口の中でもごもごとつぶやいた。
ごめんなさい、面倒くさくて。
でも、そんな事も織り込み済みなのか、兵隊さんは大きな声で部屋の外に向かって呼びかける。
「おい、いたぞ。この部屋だ!」
ちょっとびくってなるくらい大きな声。
その声に反応するようにかつかつとブーツが床を蹴る音がいくつも聞こえて、部屋の前は見る間に兵隊さんで埋まっちゃった。
「馬鹿、全員で来てどうすんだ!」
「うっせえ、あのおっかねえ千人長の娘がどんな子か見てえんだよ!」
「おれにも見せろ!」
「押すな馬鹿!」
「美少女じゃんか!」
……みんな馬鹿なの?
というか、出られなくてちょっと困ってたら、部屋の外でもう一人。
今度は少し高くてよく通るソプラノが聞こえた。
「随分と人気者ね……アーデ千人長の娘さんは」
扉の前でお団子になってた兵隊さん達は、その声が聞こえると左右に場所を開けて、びしっと敬礼。
空いたスペースを悠然と歩くその人もやっぱり灰色の制服を着てる。
亜麻色の髪の向こうでエメラルドみたいに光る瞳が私を見る。
髪を結い上げてるからなのか、少し吊り上って見える眼尻がすっと細くなった。
「歩けますか?」
「はい。あの、ゆっくりなら」
歩けるって言ってはみたものの、右足は地面につくたびにひどく痛むし、動かない左手がバランスを奪うから、どうにかこうにかっていうところ。
それでも自分の足で歩きたかった。
「わかりました。貴方達は司令の周りを固めて」
その女の指示を受けると、兵隊さん達はもう一回最敬礼すると走り去っていった。
去り際に軽く手を振ってきた人がいたけど、見なかったことにしとこう。
うん。
「子供みたいな人が多くてびっくりしたでしょう」
ふわっと笑いながら、革製の手袋をはずす。
窓から差し込む薄い太陽の光は、その象牙色の肌を少しだけ赤く染める。
母さんと同じように細くて綺麗な手。
制服を着ていなかったら、軍隊の人だなんて絶対に思えないのに。
「コトリ・エンテと申します。ご婦人、お手をよろしいですか?」
跪いてそっと私の手を取るその手をきゅっと握る。
綺麗だなって思っていたその手は暖かくって。でも、四十万さんが私にくれたどこかふわりとしたぬくもりとは違う。
しっかりと形のあるそれに縋り付くみたいに私は歩き出した。
靴を履かない足が立てるペタペタという音と、ブーツの底が床を蹴るかつかつという音。
対照的な二つの音が誰もいないしんとした廊下に響く。
フフトの町にある商館でときどき見かけるのと同じ、ガラスを二重にした窓が弱く照る太陽をさえぎって。その薄い光がいくつも差し込む長い廊下。
連れてこられたときは髪の毛をつかまれてずるずる引きずられてて気づかなかったけど。柱には花や動物を意匠した彫刻で飾られて、その光と影の入り混じる様子に私は少し息を飲む。
「こんなに綺麗なところだったんですね……」
壁は白い漆喰で飾られて。でも、所々剥げてしまったところから覗く石壁は真っ黒で、ほとんど隙間が見えない。
でも、それだけで私が閉じ込められていた場所が、すごく立派な建物の一角だったんだってわかる。
「怖いですか?」
目に映る全部が綺麗で、気がついたら足が止まってた。
多分、既視感とかそんなものなんだって思う。
はっきりとわからないけど、それは怖いっていうよりも懐かしい。そんな気持ち。
「昔、こんな風に手を引いてもらって歩いた事があったんです。怖い事があった場所を、今と同じように」
そう。今と同じように、誰かに手を引かれて。
「そうですか」
私が男の人に触れない。触られるのも怖い原因になった出来事。
はっきりと思い出せなくなった今でも、身体の中になにかが押し入ってくるあの背筋を冷やすような感覚とえずく様な恐怖は私の中にも残ってる。
でも、そんな怖い思いがあっても学校に行き続けられたのは。陸上を続けられたのは、誰かにこんな風に手を引いてもらって歩いたから。
はっきりした記憶じゃないけど、あの時みたいに、握った手を放さないように。
その手に体重を預けて、右足を引きずりながら歩きだす。
「足はつらくありませんか?」
「少し。でも、自分で歩きたいんです」
辛くても、自分の足で歩きたい。
そんな気分。
長い廊下を抜けて大扉の外に出ると、建物の中で見てきたよりも棘のある太陽の光が目に飛び込んできた。
眼をしぱしぱさせながらエントランスの向こうに視線を向ける。
その先には荷台のある大きな車と、私を閉じ込めた真っ黒い制服の人達。
灰色の制服を着た兵隊さん達がその黒い人影に銃を向けて、取り囲んでた。
兵隊さんの前に立って、正面に対峙しているのは少し色の濃い金色の髪を後ろになでつけた男の人。
告名祝の時に来たときに比べて少し疲れが見えるけど、それでも王様みたいに毅然とした立ち姿のデアルタさん。
やっぱり険の強い目元を釣り上げたその表情は、それだけで意志の弱い人に悲鳴を上げさせられそうなくらい怖い。
「……デアルタ、私達にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」
黒い制服の人の中でも、胸にいくつも金属製のブローチ――きっと勲章かなにかなんだろうけどをつけた人が、口の端に泡を立てて、すごく強い口調で詰め寄ろうとする。
だけど、兵隊さん達が間に入ってその動きを止めると、持っていた長い銃のお尻のところで殴りつけた。
がちんって音がして、真っ黒い制服のその人は芋虫みたいに転がる。
周りにいた同じ制服の人達はその人を助け起こそうと近づくと、今度は全員の銃口がその人たちを向いた。
「皇国第三軍情報軍行動部隊アデイア・ヴェスタ千人長、この期に及んで威勢がよく、結構な事です」
助け起こされることもなく倒れたその人に向かって形のいい唇が吐き出したのは、毒を含んだ言葉。
痛くて顔を押さえるその人――アデイアさんっていうらしい。名前なんか覚えたくもないけど。
ゆっくりと歩み寄るデアルタさんの口調はあくまで余裕があって柔らかい。だけど、口調とは裏腹に眼は全然笑ってなかった。
その冷たい眼が私を一瞬見て。そしてアデイアさんを見る目はより冷たくなる。
「貴官らは外事に通じた集団とききますが、この娘をいたぶって有益な情報は得られましたかな?」
「貴様の邪魔さえなければ今頃はアーデの奴の尻尾もつかめたはずなのだ!」
身に着けている真っ黒い制服の落ち着いたイメージとは裏腹に、その人はぶるぶると膝を震わせて立ち上がると、デアルタさんの服の襟をつかんで揺さぶる。
「こんなしょんべん臭い餓鬼などさっさと放り捨てて中央に帰れば面目もたったでしょうに……」
「このままでは済まさんぞ!」
「どう済まさないと?こちらは皇帝陛下直々に、この娘の尋問。それに必要な処分を下命されております。それに……」
獲物に噛みつく狼みたいに歯を見せて、口角を上げたデアルタさんはいったん言葉を切った。
あの時、私の足にかじりついた狼と同じ「いつでもお前を食える」っていう、余裕が口調ににじんでる。
「皇帝陛下は貴官の部隊が捕虜交換などについて成果を出さず、そればかりか有為の臣を謀殺せしめる逆徒であると断じてもいらっしゃいます」
「貴様が作り上げた虚構だろうが!」
真っ黒い制服と同じくらい顔色を失って、でも、デアルタさんの襟首をしめつけた。
手が真っ白になるくらいの力を入れられても、デアルタさんは微動だにしなくて。周りを囲んでいた兵隊さんたちも、アデイアさんと同じ制服を着た人達も動かない。
すでに勝負のついた状況なんだって、私にもなんとなくわかった。
「それでは、よい旅を。貴公達の終の棲家がこの娘がいた部屋よりも居心地の良いものになることをお祈りいたします」
デアルタさんの言葉に、ついに全身の力が抜けてしまったのか膝から崩れ落ちた真っ黒い制服のその人を、兵隊さんたちが車の荷台に乗せる。
それを背中で見送るデアルタさんの前に、今度は私が立たされた。
すんと鼻を鳴らす音。
それと同時にデアルタさんはちょっと顔をしかめて。すんすんとにおいの原因を探すみたいに私に顔を寄せる。
「しかし、ずいぶんと薄汚れたな……しかも本当に小便臭い」
なんて言ってきた。
そりゃ、おしっこ臭いかもって自分でも思うよ。色々あったもん。
でも、そういうの言う必要ないでしょ!
相変わらず、顔は綺麗だけど言動は最悪。
生まれてからずーっと本を送ってくれてたのには感謝してるし、配給の粉ミルクのおかげでお腹いっぱいで過ごしてきたことも覚えてる。
でも、ずっと思ってた通り、この人やっぱり女の子にもてないに決まってる!
「デリカシーがないって言われませんか?」
「配慮すべき存在にのみ配慮するのがおれのやり方だ」
反論する私を「はん」って感じで片方だけ口の端っこを上げて笑った。
なんなのこの人。
「……司令、言葉が過ぎます」
コトリさんにたしなめられて、デリカシーのないおじさんは「ふん」って鼻を鳴らすとそっぽ向いちゃった。
子供か!
「気にしないでね、あのおじさんはちょっと変だから」
私の耳元で内緒話でもするみたいにコトリさんはそういって、ちらりとデアルタさんを見るとくすくす笑う。
それを聞いた周りの兵隊さんも、ちょっと表情が緩んで。でも、デアルタさんはそれを一睨みで黙らせた。
その兵隊さん達を静かにした視線を、今度は私に向けてくる。
「貴様にききたいのは一点のみ。オーシニア人の言葉を聞き取ったというのは真実か?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「質問に質問を返すな。問うのはおれだ」
低くて重い声音のデアルタさんは反駁する私の言葉を抑え込む。
その表情はすごく厳しい。
「きゅきぃさんと話をしました。片言ですけど……」
もしかしたら、これはすごくいけない事で、またあんな風に暗い部屋に閉じ込められて、ひどい目にあうのかもしれないって少し不安になる。
そんな気持ちにさせる強くて険のある視線。
でも、眼をそらしたくない。
こんな子供みたいな人に負けたくない……っていう私の方が名実ともに子供なんだけど。
睨み合って、少しの沈黙。
ふいっとデアルタさんが眼をそらした。
勝った!
って、ちょっと嬉しかったんだけど、不機嫌そうに結ばれた唇から投げられた言葉は、私の気持ちをすっと冷やす。
「コトリ。予定を変える。こいつは家に帰さずおれの屋敷に移せ」
断定的な口調でいうデアルタさんの言葉に私はコトリさんと呼ばれたその人の制服の裾をきゅっとつかんだ。
まだ家に帰れないなんて。
また怖いところに連れて行かれるかもしれない、そんな事が頭の中をぐるぐる回る。
「了解しました」
コトリさんはデアルタさんに答えながら、私の事をちらっと見た。
制服がしわになっちゃうからつかまれたら嫌なのかもしれない。ってちょっと心配になるけど。
でも、他にすがるものなんかない。
そんな私にコトリさんはふと笑いかけてくれた。そしてデアルタさんに確認してくれる。
「アーデ千人長にトレ様を保護したとご連絡なさらないのですか?」
「いの一番に伝えてやりたいところだが、奴にはあの馬鹿どもの後始末を任せねばならん。連絡は事後にしろ」
デアルタさんの言葉にコトリさんは敬礼して踵を返し車に乗り込もうとする姿を見送った。
車に乗り込もうとするデアルタさんはなにを思ったのか足を止めて。きろっと鋭い目で私をにらむと意地悪そうににっと笑うと
「面談の前に必ず風呂に入れろ。臭う」
って言い放った。
むかつく。
ほんとにむかつく!
「いー、だ!」
走り去る車に向かって、思いっきり歯を剥いて威嚇。
……子供か、私
前世十六年分の人生経験とか余裕とかはどこ行っちゃったんだろうね。
デアルタさんが去った後、私も車に乗せられてそこを離れる事になった。
ちょっとした城壁に囲まれた白い漆喰を塗られたお屋敷が丘の上でちょこんと佇んでいる。あそこでひどい事をされてたなんて信じられないくらい、白い漆喰を塗られた建物はとっても綺麗で。
でも、車が走り出すとどんどん小さくなる姿は寂しい。
「あの建物は貴族の隠れ家だったんです。届け出もない場所だったから、探し出すのが遅くなってごめんなさいね」
そんな風にコトリは謝ってくれたけど、私が気になるのは全然別の事。
父さんやリクヤさんに会わせてほしいって頼んだけど、二人は別の拠点を探しに行っていて、すぐには会えないって。
「コトリさん、トレはお家に帰りたいです」
「……そうね。ごめんなさい」
コトリさんの返事で、一番かなえてほしかった事がかなわないんだってすぐにわかった。
それは辛くて悲しい事だけど、泣いていてもなにも始まらない。
「あの、この車はどこに向かってるんですか?」
「州都とフルサの町の中間にある軍の宿営地でお風呂に入って、一晩眠ったら州都に行きます」
あ。
お風呂はやっぱり入るんですね。
石造りの建物の中に大きな浴槽。
壁はベージュ色の漆喰で塗られて、足元はタイルが張られてる。
腰高の岩を削って造られた囲いの中にはじゃぶじゃぶとあふれるお湯。手桶も添えられてるから、そこが洗い場なのかな。
湯気でけぶる空間に思わず「すごい!」って叫んじゃった。
軍隊の設備だからなのか合宿所の浴場みたいに飾り気がないけど、まぎれもなくお風呂!
生まれてこの方蒸し風呂とか、たらいに水を張って身体をぬぐったりとか。そういう入浴が一般的で、とにかく大きな浴槽に手足を伸ばして入った記憶がない。
でも、お風呂が気持ちいい事は覚えてたから、脱衣所でお風呂を見せてもらった時点でどきどきしてたんだ。
……してたんだけどね。
耳の近くに心臓があるみたい。
そんなこと思うほど、さっきまでとは違う意味でどきどきしてます、私。
ばくばくと鳴る心臓のせいでちょっと胸が苦しくて。胸元を押さえて縮こまってたら、肩をトントンって叩かれた。
「トレ様、右手あげてください」
「あ、はは、はい」
脇の下から脇腹にかけてスポンジでこすられると、背中がぞわぞわ。
お腹とか胸とかもごしごし洗われて、そうすると今度は腰の辺りがぞくぞく。
「足開いて」
「……~っ!」
恥ずかしくて「うぁ~!」って声を上げたくなる。
広い浴室の中には私とコトリさんしかいないけど、おっきな声を出したら響くしそれはそれで迷惑かもだし。洗ってもらってるのにくすぐられてるみたいに縮こまったらやりにくいだろうし。
だから、声は出さないし、身体も動かさないけど、心の中がじたばたじたばたしちゃう。
入浴の習慣がない村で育った――っていっても、たらいに水を張って身体をこすったり、石鹸で髪を洗ったりはしてたけど。
でも、母さんとだって一緒にお風呂に入った事ないから、人に身体を洗ってもらうとかすっごく恥ずかしい。
それにね。
お風呂だから私がはだかんぼうなのはいいんだよ。
左手と右足がうまく動かないから、入浴を手伝ってもらうのも仕方ないと思います。
男の人が入ってきちゃうのなんか絶対嫌だし、コトリさん――父さんの部下で、ちょっと格好いい女の人が介助で一緒っていうのもわかるんだけど。
だけどね。
「な、なんでコトリさんまで裸なんですか!?」
「服を着てたら濡れますから」
そうだけども!
せめてタオルくらいまいたらいいでしょ。
って思うんだけど、コトリさんは堂々としてて。っていっても背はすらっと高いし、おっぱい大きいし。
腰はキュッとしててお尻は丸みがあるし。
比べるのもどうかと思うけど、母さんより断然格好いい身体だから、堂々とできるんだろうね。
そのせいかこっちが恥ずかしくなっちゃう。
この人と私の共通点なんて、性別と鼻がちょっと低いってことくらいしかないもん。
「コトリさんは恥ずかしくないんですか?」
「特に」
変なこときいちゃったかも。
少し吊り上ったコトリさんの金色の眼が私をじっと見る。
「傷が残ることを気にされているんですか?」
そっと左肩を撫でてくれるけど、そういう事じゃないよ!
抗議したかったけど、なんだか疲れてきちゃったので、後はされるがままにしとこう。
なんて思ってたのに
「おぐしを洗いますので、下を向いていただけますか」
「……あ、はい」
言われたとおりに下を向いたら、目の前におっぱいはあるし、お股のところのもじゃもじゃっとしたのも見えるし。
あ。
髪の毛と同じ亜麻色なんだなあ……。
なんて。
自分で言うのもなんだけど、私って気持ち悪い!
前世は男の子だったし、そういう本が大好きだったっていう覚えもある。けど、こんな風にどきどきするのってどうなんだろ。
髪にお湯をかけてもらう間、眼をぎゅーっと閉じてどきどきの原因を視界から遮断して、はふはふと深呼吸。
わしわしと髪を洗ってもらって、香油で整えてもらう頃には、もう違う意味でのぼせちゃってた。
それなのに、コトリさんはまだ私を湯がくつもりみたい。
「トレ様、終わりましたよ。湯船に」
「え、いえ。あの、一人で入れます」
両脇に手を入れられて抱きかかえられて……って、なんかむにっとしたのが背中に当たるんですけど!?
「暴れないでください」
「でも……でもーっ!」
前世のお父さんお母さんとあったせいなのかもだけど、ふわふわぼんやりしてたはずの男の子的な気持ちがはっきりしてて。こういうスキンシップとかは……。
あーもう!
これ以上なにかあったら、恥ずかしくて死んじゃう!
薬湯に入って、ほかほかになって。でも、ぐったりどろどろになった私の左肩と右足の傷に、コトリさんが軟膏を塗りこむと、包帯をくるくるとまいていく。
「着替えくらい一人で大丈夫です!」
って言ったのに、コトリさんはその手を休めることなく左右を紐で留めるパンツを履かせてくれた。
つるつるした手触りの又布が冷たくて「ひっ」って変な声が出ちゃっう。
なんなのこの恥ずかし固めは!
パンツの後はフリルのついたオレンジ色のキャミソールと星が刺繍された白いデニムパンツ。
レンカ村やフフトの町では見たことがないくらい、明るく染められたキャミソールがちょっぴり目にまぶしくて目を細める私に
「ありあわせですから、少し我慢してくださいね」
なんて謝りながら、自分はお風呂に入る時より少しラフな制服に着替えて、今度は私を鏡の前に座らせる。
浴場から脱衣所とか。
長椅子から鏡台の前とか。
移動は全部抱っこだし、本当に自分でもどうしていいのかよくわからない。
「いえ、村では見たことないくらいきれいな染物だったから」
「そうですか。肩は痛くないですか?」
肩紐の位置を少し直すと、今度は髪に櫛を入れてくれた。
自分で言うのもなんだけど、恥ずかしかったり慌てたり。色々な感情がぐるぐる通り過ぎた後の私の顔は、よく見るとなんだかまとまりがない感じがする。
とっちらかってるというかなんというか。
姿見の前で服のバランスを見たり寝癖を直したりはしてたけど、こんな風に自分の顔と向き合う事ってあまりなかった
デアルタさんとかクレアラさんとかテアとか美形陣は置いておくとしても、友達や先生と比べて低い気がする小さい鼻。
鼻に比べて大きい青みがかったグレーの眼はなんだか落ち着きがなくきょろきょろ動いてる。
眉も細いし、全体的に薄い顔――日本人的っていう表現だと、この世界では変だけど、まぁそんな感じ色が白い顔をぱっと燃えるみたいに赤いメープルシロップみたいな色の内側に少しカールした髪が包む。
随分長くなったな……。
「コトリさん、髪の毛を切ってもらう事はできますか?」
「そろえるくらいであれば」
返事は簡潔。
でも、そういうんじゃないんだ。
櫛で形を整えてくれるコトリさんは、髪留めを口にくわえたままくるくると私の髪を結い上げていく。
お風呂で潤いを取り戻したせいなのか、ちょっとまとまりが悪いみたい。
自分でもうまく結えたことないし、これって誰かにバランスを見ながら切ってもらえるいい機会なのかも。
「肩ぐらいまで切りたいんですけど」
って言ったら、コトリさんはぴくってした。
結い上げようとした髪がはらりと落ちて、肩にかかる。
「せっかくきれいに伸ばしたんですから、もったいないですよ」
「でも、トレもうまく結えなくて。おろしてるとちょっとだらしない気もして……」
ごにょごにょごにょ……。髪を切るっていうと母さんもコトリさんも反対する。
髪質がきれいだからとか、もったいないとか。
だけど、気分を変えたいときだってあるでしょ?
「どうしても切るのでしたら、州都の理髪店で切りましょう。時間が空いたらご案内しますから」
そういいながらもう一回くるくると私の髪をお団子にして。でも、髪留めを挿しても上手に止まらなくて、コトリさんは鏡の中で苦笑い。
「やっぱり切りましょうか……」
あきらめたみたいにこぼしながら、お団子からこぼれたはらはらと落ちる髪を何回か手ですくおうとするコトリさん。
大人っぽい人だなって思ってたけど、不器用なその様子がなんだかおかしい。
「コトリさん、上手に切ってくれますか?」
「んー。五分五分ってところでしょうね」
五分五分なんだ!
半分くらい失敗しそうって自分で言っちゃうコトリさんがなんだかおかしくて。
多分、自分で言っておかしいって気づいたコトリさんも笑いだして、最初は二人でくすくす笑ってたのに、ちょっとしたらけたけた言って笑ってた。
そういえば、何日も笑ってなかったんだ。
笑ってる内にほっぺたが痛くなって、そんな事に気づく。
それと笑ったらちょっぴり元気が出てきたことにも。
お家に帰りたいのはもちろんだけど、今はなんだかお腹いっぱいご飯が食べたい。
そんな気持ち。
今回は主人公が異文化コミュニケーションを推し進めるエピソードにしようとしていたんですが……。
書いたものが予定より長くなってしまって、ちょっと構成しなおしています。
先々週くらいに、後書きに同じ様な文章書いてましたね。
という訳で明日、続きを投稿する予定です。
一人称の視点を守ろうとして、そのために書きたい事を上手に書けないときがあって。
それをどうにかしようって思う内にどんどん長くなってという悪循環。
もっと上手にお話を構成したいのになあ。
と思うんですけど、まぁ気長に頑張ろうと思います。
次回更新は2013/02/14(木)7時頃。今度こそ、主人公が異文化交流を深めるエピソードを投稿します!




